鉱山の採掘職人
帝都を出てから鉱山地帯へ向かう道のりは舗装されていたため馬車でも快適だった。皇室の馬車に帝国民が湧き立っているのが馬車の小窓から見えていた。
「先月の宝石産出量はその前月と比べてマイナス69%。昨年の同時期に比べるとマイナス88%だ」
「大損害ですね…」
「帝国で宝石が採掘できるのはガルパット鉱山のみだからな」
鉱山はそこかしこに宝石が輝き、太陽の光が反射して一層煌めきを増し、二人は半目になっていた。
「ようこそいらっしゃいました!皇帝陛下!皇后陛下!
ガルパット鉱山を管理している町役場の所長、ピエール・ラクロワと申します」
……ラクロワ…?
シャルロットはアロイスの背後に控えるラクロワを振り返る。剣の柄頭に腕を置いたラクロワはやる気がなさそうな仏頂面だった。
「そちらは私のせがれでございます」
「そ、そうなのですね…」
目が空いているのか分からないほどにんまりとしていて、ふくよかな体付きのラクロワ所長。目尻の上がったトゲのありそうな顔で、騎士らしい引き締まった体付きのラクロワ卿。
「いちいち言わなくても見た目で分かんだから言うなよ」
髪色しか似ていないから名乗られなければ気が付かなかったわ…。
「それで、本日はいかがなさいましょう」
「鉱山に入りたい。それから横領している採掘職人らにも話を聞きたいのだが」
アロイスの言葉にラクロワ所長は頭を捻った。
「それは…難しいかもしれません。話をしようにも彼らは出てきませんし、それならばと私どもが鉱山に踏み入ろうとすると力尽くで追い出してきます。それで足を骨折した職員もおります」
「彼らは採掘を拒んでいるのですよね?それなのに鉱山にいるのですか?」
「はい。鉱山に繋がる坑道は一つなのですが、採掘職人らは夜も交代で監視しており、家には帰っていないようなのです」
シャルロットはアロイスを見上げた。眉を顰めたアロイスも同様に疑問に思っていたのか、シャルロットを見つめていた。
「採掘はしない。…だが他の者にも採掘はさせない、ということか?」
「そのようです」
「横領した追加雇用分と給与の支払いはどうなっているのですか?役人とまともに会えなければ支払いはできませんよね?」
「横領が発覚してからまだひと月ほどしか経っておりませんので、今月分の支払いはまだしておりません。今の状況では支払うつもりもありませんし…」
アロイスとシャルロットは益々疑問が増えるばかりだった。
「……支払いがなければ彼らとその家族は暮らしていけませんよね。採掘職人の家族というだけで街でも避けられたり虐げられつつあると調査結果にもありました。開き直って立てこもりのように鉱山にいても、採掘職人には何のメリットもないのではありませんか?」
「私もそう思う。このままの状況が続けば、採掘職人らには悪名が広がるばかりだ」
すぐに私たちが折れると思っているのか?使い捨てるという考えが一切頭にないわけがない。
「……何か別の目的があるのかもしれないな」
シャルロットは嫌な予感がした。
鉱山に立ち入る道は一本。その門の脇でトランプゲームをしていた4人は、「まじかあ〜強すぎお前!」「くそおまた負けた!」「お前らが弱すぎなんだよ」「もう一回だ!」と盛り上がっていた。しかしラクロワ所長と役人の足音が聞こえた途端、トランプを放って門の前に立ち塞がる。
「また骨を折られにきたのか、ミニブタ所長」
「給料は持ってきたのか〜?」
拳を片手で押さえ、バキボキと骨を鳴らす。随分と強気な態度ね…。
「本日は皇帝陛下と皇后陛下がお越しになっている。口を慎んだ方が君たちの身のためだ」
「えっ…」
咲き誇るラベンダー畑を彷彿とさせる髪が靡く。その隣に並ぶ異質な雰囲気を醸す美形の男にも目が向かい、一人は腰が抜け、他の者たちも驚愕の表情で後退っていた。
「あの紫の髪…!」
「本物かよ!」
「皇帝がここまで来るなんて…!」
動揺しているのが見え見えだった。役人には大口を叩けても、皇帝相手に歯向かえるわけがない。皆皇帝という存在に恐れ一度口を閉ざした。
「何日鉱山に閉じこもっている」
小刻みに体が戦慄し、顔面蒼白になっている。畏怖するあまり言葉が発せられないようだった。
「43日目になります」
背後に控えていた役人の一人が代わりに答えた。
「食糧を送ろう。長くろう城してそろそろ尽きてきた頃だろう」
えっ…?シャルロットは耳を疑った。そのろう城を止めさせ採掘再開させるためにここまで来たというのに、何故援助をするのかしら。
「…………いえ、その……」
「遠慮はいらない。中には入らずここで引き渡そう」
「……だ、大丈夫です…。足りてますんで…」
そういえば彼ら…、43日も引きこもっているのに全然痩せ細っていない。隆起した筋肉は美しく、至って健康体だわ。まるで引きこもりを予測してあらかじめ食糧を多めに備蓄していたように……。
それに帝国を潤す宝石の採掘が止まり世間の注目を集めているというのに、トランプゲームをするくらいには余裕がある。彼らが採掘を再開してもしなくても、彼らが今後生きていくには不利な状況だというのに、どこからその余裕がやって来るのかしら…。
「そうか。
確認するが、採掘を再開させるつもりはないんだな?」
採掘職人らは頷くことをしなかった。凍える時期だというのに冷や汗をだらだらと流し、アロイスと目を合わせない。
「……そ、それは……」
アロイス様の登場にかなり驚いた様子だった。やはり皇帝陛下を前にしては、採掘しないなんていえないということかしら…?
「職人のそなたらを労わらなかったこちらにも責任はある。
退職金を出そう。五年分の給与でどうだ」
「っ……」
「五年…!」
「そんなに…?」
「普通は一年分なのに…!」
四人の目の色が変わった。シャルロットはようやくアイスの目的に気が付いた。
アロイス様は彼らを試しているんだわ。採掘を拒む理由がもし本当に不当に労働量が増え賃金が割に合わないと思っているだけなら、このお金に飛び付くはず。けれど飛び付かなければ…。
各々がちらちらとアロイスを見上げる。しかし誰一人としてその案に乗ってくることはなかった。
つまり…横領までしていた彼らの真の目的は、お金ではないということ。
「お前ら、いつまで話をしているんだ」
「お頭…!」
鉱山に続く坑道から土で薄汚れた男が現れる。お頭、と呼ばれた男は筋肉の隆起した体が食べ頃の肉のように焦げ、汚れていても生命力に満ち満ちていた。その目はアロイスたちにガンを飛ばしたが、アロイスとシャルロットの容姿で誰なのか悟ったようにハッとしていた。
「皇帝陛下、皇后陛下……」
「頭がいたのか。話がしたい」
「採掘職人らを取りまとめているギヨーム・ティボーです」
ラクロワ所長はシャルロットたちが分かるようにこっそりと教えた。
「…………こちらがお話しすることはございません。お引き取りください」
眉間に皺を作り、ティボーは背を向ける。それに続くように四人も坑道に消えていった。