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運命の歯車が動き出す(2)



 青ざめた顔色のスーザを横目で見やる。これが我が父かと思うと反吐が出る。けれど状況をひっくり返す切り札もなさそうだし、今日のところは引いた方が良さそうね。

「ステラ皇女殿下、どうか誤解なさらないでくださいませ」

 ビアンカの言葉ににっこりと笑みを作りながら、ステラの頭の中では夫人たちの扇子を奪ってビアンカの頭をど突いていた。


「陛下も、申し訳ございませんでした。わたくしはただ…──」

「──もう良い。行くぞシャルロット」

「あっ、お待ちください…!」

 二人の後に続こうとするビアンカが、アロイスに細い指を伸ばす。かつて見せつけるように人前でアロイスの首に腕を回し、広い胸板を服越しに指でなぞっていた手だった。


「ご心配なさらずとも、」

 シャルロットは半身だけ振り返り、その手の前に立ち塞がる。


「きっと皇帝陛下によく似た賢明なお子が近いうちに産まれるでしょう。帝国の民も快く受け入れてくださると、わたくしは信じておりますわ」

 隙を見せてはいけない。少しでも自信のない顔をしてしまえば最後、彼女はわたくしの影に食らいつく。

 シャルロットが虚勢を張ったとも知らず、「帝国の母らしい」「さすがは皇后陛下であらせられる」と、ディートリヒ公爵とフォーゲル公爵は後ろ姿を見つめた。



「両陛下とジャスナロクの姫が揉めているぞ…」

「首を突っ込まない方がいい。帝国に目を付けられれば我が国はおしまいだ」

「ジャスナロク王国とは距離を置いた方がいいだろう」

 ビアンカはドレスがクシャクシャになるほど握りしめていた。

 何が皇后陛下よ…。この私に恥をかかせるなんて…!!あんな公国程度の姫の分際で、王国の姫である私に勝てると思ってるの…!?

 憎しみのこもった目で見上げたビアンカは、寄り添う二人に一層唇を噛みしめた。

 





「よくやった」

「今にも倒れそうですわ」

 逞しくなったものだとアロイスは感心したが、同時に自分の手から彼女が自立してしまうことを寂しくも思った。


「ジャスナロク王国は貴族派と手紙でやり取りをしていた。途中から貴族派を装って偽りの手紙を出して油断をさせていたが、まさかこの祝いの席にあの女を連れてくるとはな」

 手紙で帝国におけるシャルロットの待遇が悪いことを印象付けていたため、この場に貴族派もいるとなれば味方を得たと勘違いをして国王がシャルロットに仕掛けてくると予想していた。第一あの女は今外出禁止の全寮制アカデミーに通っているはずではなかったのか。

 …いや国王の権力を用いればそのルールを破ることなんて造作もないか。


「私のミスだ。辛い思いをさせてすまない」

 シュンと沈んでシャルロットの手を握るその様は、捨てられた子犬のようだった。不意打ちの攻撃は、もう仮面で防げなかった。堪えようとしても、頬が緩んでしまう。

「アロイス様がいてくださったから立ち向かえたのですよ」

 シャルロットの手がアロイスの頬を覆うように触れる。シャルロットから触れてくるのは珍しい…。目を瞬かせたアロイスを見つめ、シャルロットはクスクスと笑った。元気があるようで良かった…。アロイスはその笑顔を見て顔が緩んでいた。


 鮮やかな紅の絨毯を踏み、各国を代表してやって来た貴賓に次々と挨拶を済ませる。

「この度はご成婚おめでとうございます、陛下」

「ガーメル国王、即位式以来だな。遥々ご苦労だった」

 

 ガーメル国…。お父様が融資を求めた国だわ。

 ガーメル国はテノール公国と隣り合わせで、友好関係にあるけれど、ジャスナロク王国と同じ程には国が栄えており、豊富な資源もある。

 それなのに財政難に陥ったのは、従属国になることへの反発から、長い間ラングストン帝国と対立関係にあり、開戦と停戦を繰り返してきたからだ。

 医療水準は高めで兵は回復しやすいが、出生率が低い。戦える軍人は次々と命を落とし、人員不足で国の首都を乗っ取られ、敗戦を国中に言い渡した。

 それは僅か十年ほど前のこと。


「しかしまさか公女が帝国の皇后陛下になられるとは…」

「わたくしも思いもしませんでしたわ」

 あれほど追い詰められた公国なら、この娘を私の嫁にしてでも懇願すると思っていたのに…。クソッ、これほどの上物なら私の方から提案しておけば…。いや、せめて少しでも融資をしていれば、皇后陛下の生家に借りを作れたというのに…。

 ガーメル国王は悔しげに顔が歪む。内心を見破ったアロイスはシャルロットの腰に置いていた手をぐっと引いた。

「今では私の大切な妻だ」

 シャルロットは染まった頬を隠すようにアロイスから視線を逸らす。

「そ、そうでしたか…。どうか末長く続きますことを」

「ああ」


 ガーメル国王の元を去り、他の貴賓にも挨拶を済ませ、ようやく後方でベーベルとクリストフに出会えた。

 皇后陛下の母国ではあるものの、このような公式のイベントでは見えない序列があり、国力衰退が進んでいるテノール公国は従属国の中でも下から数えてすぐだった。



「シャルロット…、とても綺麗だ」

「嫁に出してしまうのが惜しいな」

 クリストフは眩しげに目を細め、妹の晴れ姿を目に焼き付ける。その隣で、日常的に硬い顔のベーベルは頼りなく眉が下がっていた。

「お父様、陛下が聞かれておりますよ」

 シャルロットはくすりと笑いが抑えきれなかった。鳥の囀りのような笑みを見るうちベーベルは、陛下の元に嫁がせたのは正解だったのかもしれない…と思った。


「シャルロットを返す気は毛頭ないぞ」

 目を細めてベーベルを見つめる。口角が上がり、冗談交じりなのはシャルロットにも分かっていた。

 それなのに心が弾んでしまう。前世でこれほど真っ直ぐに愛情をぶつけられたことはなかったために、未だに慣れない。


 頬が緩みっぱなしのシャルロットにつられ、ベーベルとクリストフも心から癒されたように表情が柔らかくなる。

「もちろん、既に皇后陛下となったシャルロットがうちに戻ることなどあり得ないとは承知しておりますが………」

 これほど美しい娘など、この世のどこを探してもいないだろう。純白のドレスに身を包んだシャルロットを見ていると、やはり嫁に出したことを後悔してしまいそうだった。



「そうだ、レイラも心配して来ているんだ」

「レイラが…?」

 使用人が少なく業務量が多いテノール家で、長い間たった一人でシャルロットの侍女を務めてきたレイラ。

 レイラには苦労をかけていた分、帝国との契約通り嫁いで頂いた莫大な融資金をレイラにも渡すようお父様に手紙でお伝えしたはず。わたくしがいなくなった後、その報奨金で好きなことをして欲しかったのだけれど…。

「仕事を続けているの?」

「シャルロットの部屋を未だに毎日掃除しているのは彼女だ」

 お父様より渡った報奨金は、向こう3年は贅沢しても暮らせるほどの金額だった。今すぐ仕事を辞めても支障は出ないのに、どうして…。



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