これからは、ずっと
シャルロットとアロイスが本体と合流ししばらくして信号弾が上がった。シャルロットが川の下流にいる可能性を指摘したことで、川沿いでぐったりしているソフィーとマルティンが発見されたのだった。山賊に出会すこともなく保護され、馬車でタオルに包まれている。
アロイスは合流してすぐに一人の騎士に別行動の指示を出していたが、泣き疲れて膝の上で眠っていたシャルロットには聞こえていなかった。
神殿に到着した後にシャルロットは使用人たちの噂話を耳にした。シャルロットを襲った二人は骨折等で重体かつ下半身に付いているものを切り落とされ、それを知った山賊たちはアロイスひいてはラングストン帝国に畏怖するようになったという。
ようやくたどり着いたイデルス神殿で、一行は長い休息を取った。ソフィーとマルティンを見舞ったシャルロットを二人はその目で確認し、無事で良かったと涙を流す勢いで安堵していた。低体温が続き弱っていた二人は数日間休みをとることになった。
「ふかふかのベッドだわ…」
シャルロットは寝巻き姿になると真っ先に横になった。長旅の疲労と山賊に襲われかけた緊張が残っているせいか、体が重い。
「シャルロット様、陛下が来てしまいますよ」
「あ…そうだったわ」
そんな話をしているとちょうど、エリックがアロイスの訪問を告げる。シャルロットが許可をするなりソフィーの代わりの侍女は明かりを落として部屋を退出し、アロイスと二人きりになった。
神殿に向かうまでの数日間は、アロイス様と寝屋を共にしてきた。とはいえ、何度見ても鍛え抜かれた体は直視できない。
「そなたはいつも顔を逸らす」
大きな歩幅であっという間にシャルロットの正面に現れ、顎に手を掛ける。やんわりと上を向かされ、シャルロットは視線を合わせたり逸らしたりしていた。
「アロイス様が色気を振りまかれていらっしゃるから…」
「そなたに惚れ直してほしくてな」
この場に合わせて揶揄っているのか、熱情のこもった瞳の通り真実なのかは分からなかった。
アロイスに肩を押され、シャルロットはベッドに落ちる。
「…すまない、しばらくこの体勢はやめておくか」
アロイスはシャルロットの隣に身体を下ろした。
「やめないでください」
骨張った手を握ると、アロイスはシャルロットの顔の横に肘をついた。すぐ目の前にアロイス様のお顔がある。もし強引に事を進められたとしても、先ほどと異なり短剣もない今は抵抗もできない。そもそも抵抗する気もなけれど。
「暗いと積極的にもなれるんだな」
ツェルンの森の山賊が怖くなかったわけではない。
ただ、アロイス様は違うというだけ。
「…アロイス様と共に眠るようになってから、前世の嫌な悪夢を見ることがなくなりました」
「………」
「アロイス様がいないと…もう安心して眠れなさそうです」
彼女の言葉に、歓喜で打ち震えそうだった。
味方が私だけでは、いざという時に前世のような最期を迎えてしまうかもしれない。私以外の様々な協力を得て欲しいと思うのに、私だけに溺れればいいのにとも思う。底無し沼にはまって、身動きが取れないほどに。
彼女の意識を私だけに向けたい。私だけに執着してほしい。
「これからはずっと一緒だ」
アロイスの形の良い口元が綻ぶ。
そう、ずっと。
逆行するまで共にいたように、今世も、その先も…。
そう求めてしまうのは、彼女の息を苦しくさせるだろうか。華奢なこの肩には耐えられない重荷だろうか。
「嬉しいですわ」
純真な彼女はふわりと笑う。私がそなたのように純粋でないと知っても、そなたは同じように微笑みかけてくれるのだろうか。
「…寝る時間だ。そなたも疲れたろう」
夜は人の気持ちをしんみりさせる。好きな女が隣にいれば尚更。シャルロットの横に寝転んだアロイスの腕が引っ張られた。
「……わたくしはまだ眠りたくありません」
シャルロットの胸が当たり、アロイスの指先が柔らかな腿をかすった。
「明日はわたくしたちの結婚式です。夫婦になるというのに、アロイス様は全然手を出してくださりません。前世ではあんなに…」
消沈したシャルロットは一度言葉を止めた。
『私は…初めてそなたに会った時から、そなたの同意なく体を貪った。
だから今世では、そなたの心も体も、大事にしたいのだ』
アロイス様はその言葉を忠実に守ってくださっている。
「…あの日、我儘と偽ってアロイス様がわたくしのことを大事にしたいと仰ってくださったことは嬉しく思っております。ですが…わたくしは…」
前世で乱暴に体を奪われたのは初夜だけ。それも、優しさが全くなかったわけではない。
「…わたくしでは…だめなのですか?
ビアンカ王女でないと…」
どうしても、不安になってしまう。
愛されていると実感していても、どこかで彼女の存在がちらつく。
突如身体を起こしてシャルロットに馬乗りになったアロイスは、熱い緑の視線を向ける。まるで焼き殺されそうなほどの、獰猛な獣のそれだった。
「私が考えぬようにしているというのに、そなたは誘惑してくるのだな」
「え…」
「今は体もそなたしか受け付けない。
望むのなら朝日が昇るまででもしてやれるぞ」
「そっ、それほどは…」
顔を逸らしても真っ赤な耳が照れていると主張する。その耳をアロイスの唇が吸い付き、柔く噛み付いた。生温かな舌で舐め取られ、シャルロットは体中がぞわりとした。
「心配せずとも、婚儀が終わり皇宮に戻ったら…嫌というほどしてやる」
「っ…」
首筋に口付けたアロイスがシャルロットと視線を合わせる。口元を緩め優しい顔を向けられ、シャルロットの胸の高まりはピークを超えていた。心臓がもたないっ…!
枕に顔を埋めたシャルロットを吐息で笑い、アロイスは今度こそ横になった。
「愛している」
背後から聞こえた甘い囁きとともに、髪に口付けられる。きっと今頃わたくしの耳まで赤いと笑っていらっしゃるに違いないわ…。
「こんな気持ちはそなただけだ、シャルロット」
わたくしの心を満たして、離してくださらない。
「わたくしも…愛しております。アロイス様…」
シャルロットは話すだけで吐息が震えた。口元が緩んでいたアロイスは、誰に見られているでもないが誤魔化すように白いうなじにチュッと口付けた。
「良い夢を」
シャルロットの腹に力強い腕が回る。触れ合う背中から温もりが広がって暖かかった。シャルロットは自然と微笑んで目を閉じる。
「はい。…おやすみなさいませ」
目覚める頃には、二人は抱き合うように向かい合っていた。