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家族の再会





「おかえりなさいませ」



 父親のベーベル・テノールの外套を使用人が脱がす。



 待ちきれず出迎えたシャルロットの声に反応したベーベルは厳かな顔を一瞬で緩め、シャルロットを抱き上げた。




「ただいまシャルロット、元気にしていたか」

「はい。お父様は?」

「変わりない。お前に会えず寂しかったぞ〜」



 力強く抱きしめられ、「ふふっ」と笑っていると、別の手が伸びてきて包み込むように頭を撫でられる。



「お兄様!」

「ただいまシャルロット」

「おかえりなさいませ」


 クリストフ・テノールは凛々しい目元を細め、破顔していた。




 懐かしい香り。


 懐かしい体温。



 幼い頃はこうやって抱き上げられ、二人は確かな愛情を注いでくれた。


 嫁いでからは、一度も会わせてもらえなかったけれど…。




「お父様…お兄様…」


 クリストフの腕ごと、ギュウとベーベルに抱きついたシャルロットは、こぼれそうな涙を堪えようと肩に顔を埋めた。



「どうしたんだ?シャルロット」

「さては寂しかったんだろう?」



 頷いたシャルロットに、クリストフは吐息で笑った。


 年齢の割に落ち着きがあり、感情の波が穏やかだと言われているが、その内面はまだまだ子ども。



「…すまなかったな、シャルロット…」


 ベーベルもそれを分かっていて、背中をさすり撫でた。





 シャルロットの母のせいで、融資を求めなければ公国を維持できない状況にまで追い詰められている。


 家を空けていたのはシャルロットのためであることは、シャルロット自身も十分分かっていた。



「今夜は一緒に寝るか?」

「そこまで子どもではございません」

「では眠るまで手を繋いでいてやろう」





♢♢♢




「眠れないのか?」


 何度も寝返りを打つシャルロットに、いつしかアロイスが手を伸ばしたことを思い出す。


 骨が浮かぶすらりとした指先に引き寄せられるように手を伸ばすと、アロイスの方から指を絡めてきて、くすりと笑った。




「まるで子どもだな」



 気を許したようなアロイスの笑顔に、シャルロットも嬉しくなってふふっと笑う。


 アロイスが頭を撫でていることも知らず、胸が満たされたシャルロットはものの数分で眠りに付いていた。





♢♢♢





「…はいっ」



 過去を思い出したシャルロットがくすくすと笑うので、ベーベルとクリストフは不思議そうに顔を見合わせた。



 家族の久々の再会により夕食の席では会話が弾み、いつの間にか夕焼け空は暗くなり、月が浮かんでいた。



「もう少しお話ししていたかったですわ」


 寝室のベッドに横になったシャルロットのすぐ隣で、椅子に腰掛けていたベーベルは微笑む。




「明日も明後日も話せる。安心して眠ると良い」

「はい…」


 頬に掛かったシャルロットのラベンダーの髪を払ってやる。


 眠たげな目でにこりと笑ったシャルロットは、瞼を下ろししばらくもせず寝息を立てた。


 








 愛する妻を病で失い、次に必要とした妻には利用されて捨てられた。


 失意の中でも正気を保っていられたのは、常に私を支えようと背伸びをしていたクリストフと、目の前の天使…シャルロットのお陰だった。





 寝ていても口角が上がっているシャルロットの幸せそうな寝顔を見ているだけで、耐え難い痛みが胸に襲いかかる。


 ベーベルは握ったままの手をそうっとシーツの中に置き、扉を慎重に閉ざした。






「父上」



 そこにタイミングよくクリストフが現れる。


 振り返ると、シャルロットに見せる優しい表情ではなく、一家の行く末を不安視する後継者としての顔付きをしていた。




 場所を移した二人は侍女が紅茶を淹れ、立ち去るのを確認してから口を開く。





「ガーメル国はやはり、融資に難色を示してきた。

向こうも財政はひっ迫しているからな…」

「ダラス公爵もです。先々代と先代で三度融資をしているから、これ以上は支払えないと」



 元から期待などしていなかったが、僅かな望みも霧散していく。


 懐が寒いのは、どの国も似たようなもの。




 息をすることさえ苦しく感じる。


 時計の針が音を奏でるほど、濁った空気が二人の気持ちを一層重くさせた。





「…最後の頼みの綱に頼るしかないのか………」




 そう口にしただけで、服が皺になる程膝の上で手を握り締めていた。



 絶対に選択したくなかった。


 あくまで最後の手段として、どうにか回避できないかと模索していた。




 テノール公国を支配している、大国ラングストン帝国に頼ることを。




「……しかし本来は、援助を得るには……」

「…ああ。…宝石が取れるわけでも、発展した技術があるわけでもない我々に差し出せるのは…」



 過去のどんな国の歴史を見ても、娘を国の発展に利用するのは当たり前のこと。


 他に差し出せるものがあれば、それを代わりにもできる。

 しかしテノール公国は先代まで堕落していたため顕著な特産物もなく、ベーベルたちの手の中は空っぽだった。




「…私は反対です」


 クリストフの言葉に、ベーベルはムキになってすぐに言葉を返していた。



「私も本意ではない。本意なわけがない」



 ベーベルの強い眼差しに、クリストフもそれ以上反対はできなかった。



 愛するシャルロットを売るような真似をしたくない。




 まだまだ共に過ごしていたい。


 シャルロットの好きなティータイムを楽しみ、花を眺め、その成長を、笑顔を、隣で見ていたい。



 そしていつか、本当に心を寄せる人が現れたのならば、その時は祝福して、送り出してあげたかった。




「…だが…他に道はないのだ」


 絞り出した口調から、ベーベルもクリストフと同じ思いなのだと伝わってくる。



「…っくそ…!」

 クリストフは握り締めた拳でソファを打った。








 クリストフとの話を終え、夜も更けた頃、ベーベルは自室のデスクで溜まっていた執務に没頭していた。


 昂まる感情を仕事でどうにか押し殺そうとしていた。



 便箋に筆を走らせていたが、ふいにポタリポタリと手紙が濡れてしまう。



 公国存亡の危機に晒され、なんとか繋ぎ止めて来た。


 心をすり減らし、愛する我が子との貴重な時間を割いてまで頑張って来たというのに…。

 


「っく…」


 ベーベルは力任せに手紙を握りしめた。




 こみ上げるものを隠すように背を丸め、手紙を握り潰したまま目元を覆う。


 不甲斐ない自分が情けなく、どうしようもないほど悔しい。




 私は売り払うために、娘を手塩にかけて育ててきたわけではない…!







 外部の講師を招き、シャルロットがダンスレッスンを受けている間、侍女たちはシャルロットの部屋を掃除していた。


 そこを通りかかったクリストフは、机に積まれた書物の山を見て、勉強熱心なものだ…と感心した。



 ラングストン帝国の古代史、ラングストン帝国の貴族たち、ラングストン帝国と他帝国の違い…。





「…!!」



 そこにあったのは、ラングストン帝国に関する書物ばかりだった。



 何故急にラングストン帝国について調べ始めたんだ……?

 そう考えて、まさか、と一つの結論に至った。






 シャルロットのレッスンが終わり、休憩を挟んでいるところに、クリストフは「少し良いか?」と声をかけた。


 改まった様子になにかしら…?とシャルロットは思ったが、断る理由もなかったので了承した。




 いつもは香りを愉しむクリストフも、今日ばかりは思い詰めたような顔をして出された紅茶には手を付けない。




 お兄様…どうしたのかしら……。




 躊躇いを振り切るように顔を上げたクリストフに応えるよう、シャルロットも紅茶のティーカップから手を離す。


「……なんでラングストン帝国について調べてるんだ?」


 

 開口一番尋ねられ、シャルロットの体が強張った。


「…公国を納めている大国ですから、知っておくべきだと思ったのです」



 シャルロットは動揺を悟られないよう真っ直ぐに目を見て答える。




「それだけか?」



 クリストフは聡明なシャルロットが家の事情に気が付いて、ラングストン帝国に身を売る覚悟でいたのかと踏んで探りを入れていた。



「はい。美味しい紅茶や希少な花が多いそうで、大変興味を持ちましたわ。いつか訪れてみたいです」

「……そうか…」



 私の気のせいだったのか……?


 クリストフが釈然としないまま、シャルロットは休憩が終わりレッスンに戻って行った。




 

 危なかったわ…。



 シャルロットの心臓はやけにどくどくと激しく鳴っている。


 過去のことをクリストフに話すわけにもいかず、誤魔化す他なかった。



 あれで気兼ねなく、私を帝国に連れて行けると良いのだけれど…。





「シャルロット様が今お召しになっている、襟で首まで隠した質素なドレスは、我が公国での正式なドレスとなっております。

 人前で首や腕、足を見せるのはもちろん、胸元の開いたドレスの着用は相手に対し無礼にあたります。


しかし諸外国では既にそのスタイルを放棄し、襟で着飾らず胸元を広く開け、丈が膝までであったり、体のラインを見せる細身なドレスなどがあり、パールや宝石で煌びやかなものが主流です」


 帝国に嫁いで真っ先に直面した問題が正にそれだった。


 帝国のスタイルに倣い、露出の多いドレスを着用していたけれど、人目を意識してしまい赤面せずにはいられなかった。




 家庭教師は画家の描いた絵でこと細やかに説明を続けた。



「ドレスが華美な分、装飾品は控えめな方が多いです。反対に公国はドレスが質素なので、宝石は大きく目立つものが好まれます。

特にこの宝石は──」


 帝国にいた頃のおさらいのようで、シャルロットは初見のように聞いていた。



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