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作られし喝采



「それで。皇室の未来より大事な、帝国民の信頼を得られるかどうかの分かれ目となる話とは」


 シャルロットは心の中で、もうやめて…!と叫び泣きそうになっていた。護衛騎士のエリックとマルティン、トルドーは変わらずだったが、ラクロワはちらりとシャルロットに視線を寄越す。

 恥ずかしくて顔を逸らすと、アロイスが不機嫌さ全開で庇うように腰に腕を回し、シャルロットを引き寄せた。

 



「先日から続く雨により地盤が緩み、帝都ソルダで土砂災害が起こりました。民家20件ほどが犠牲となり、自警団が生き埋めになった者たちの救出に当たっております。

ソルダでも貴族のいない東部地域のため、放っておいても目立った反発は起こりませんが、帝国の大半を占める平民階級の者たちの支持率が下落することは間違いありません」


 人に食ってかかられそうな気弱なレヴィナスの口から支持率という言葉を使った意見が出るとは思わず、シャルロットには意外だった。しかしアロイスは一切驚いた様子を見せない。


「私が即位してまだ間も無い。早々に皇后を決めたことで帝国皇室の未来を示し、今は好意的に見ているが、私がどのような政策を施すのか、帝国民を思いやれるのか、探っている段階だろう」

「大臣たちを緊急招集するのであれば前例通りですが、対応が遅いと批判の声が上がるでしょう」


『まずすべきことは、私たちの地位を揺るぎないものにすることだ』




 以前アロイス様はわたくしにそう仰った。

 この地位は平民たちには崩すことはできないと、以前のわたくしならば思っていたこと。けれど前世で経験した今なら分かる。


 貴族の支持も平民の支持も、どちらも欠かせない。


「わたくしたちが出て直接指揮を取るのはいかがでしょう」


 その提案に驚いたのはアロイスやレヴィナスだけではなく、マルティンやエリックやトルドー、欠伸をしていたラクロワの注意まで引いた。

「…しかし…皇室が災害時に出向くなど…それこそ前例が……。一介の領主でさえ滅多にそのようなことは致しません」

「だからこそ、帝国民の心を打つのです。わざわざ出向いたとなれば、あっという間に帝国中に広まりますわ」


 わたくしもアロイス様の隣にいるのであれば、甘いことばかり言っていられない。例えそれが仕組んだことであっても、支持率を上げなければ前世の二の舞になってしまう。

 災害時の救出は自警団の管轄で皇宮で起こらない限り皇室が関与する義務はない。ボランティアの枠内になり、もちろん皇后の公務にも含まれないためアロイス様もわたくしも動くことができる。



「良いんじゃないか」

 ようやく口を開いたアロイスのその後の指示は早かった。


「すぐに出発準備だ。マルティン卿、コフマン伯爵夫人を呼んでシャルロットの着替えをさせろ。レヴィナス卿、東部地域までの道はぬかるんでいるか?」

「いえ、馬車でも安全に走行できます」

「では馬車で向かう。土砂災害の起きたエリアの住民を避難させる馬車も手配しろ」

「どちらに避難させるおつもりですか」

「ここだ」


 まさか皇宮だとは誰も思っておらず、皆が唖然と立ち尽くしていた。通常平民は生涯皇宮に足を踏み入れることができないと言われている。パーティーや行事があっても皇宮に入れるのは貴族のみ。

 行政官や騎士の地位を得たり、武芸に秀でて皇宮に招集された例はあるが、それも皇族の許可が必要になり、いち貴族が平民を招き入れることも法で許されていない。



「平民を皇宮に避難させるなど…貴族たちから下賤な者たちを高貴な者しか入れぬ場所に入れるなんて、と反発を受けかねません」

「しかしかなりの数だ。ここ以外、収容できる場所があるか?」

「……教会はいかがでしょうか」


 レヴィナスが黙り込んだところで、エリックが小さく声を発した。

「普通はしない被災者の避難を私たちの都合で行うのだ。教会は借りを作ったと良い気になって何を要求してくるか分からない」

「しかし教会は貴族派でも皇帝派でもない、国民に寄り添う中立的立場…。共にこの山場を乗り越えれば、国民を尊重したわたくしたち側に傾いてくれるのではありませんか?

貴族たちから反発を受ける心配もございませんし、何より教会は皇宮と東部地域の中間地点にあるのですから、避難に時間を取られずにすみます」



 もし教会という帝国民の信頼をおく団体が皇帝派側に付き、若しくは傾けば、より貴族派の立場を追い込める。それに帝国民の支持率も高まるに違いないわ。デメリットよりメリットの方が大きい。


 しばらく迷っていたアロイスだったが、目を閉じ「ではその通りにしよう」と頷いた。

「教会に急ぎ使者を送れ。協力を得られたなら避難先は教会とする。得られなければ皇宮だ」

「では指示を出してまいります」

「待ってレヴィナス」


 マルティンとやってきたソフィーに連れ出されそうになったところで、シャルロットは彼を呼び止めた。

「温かいスープとパンを避難先で渡したいから、厨房に頼んでもらえる?」

「かしこまりました」

「お願いね」

 その様子を見ていたアロイスは口角が上がっていた。頼もしいどころではない。何かあれば十分彼女に皇宮を任せられるレベルだ。前世では聡明さを埋もれさせ、周囲に怯えていたというのに。



 支度を終えた二人は一足先に馬車で帝都ソルダの東部地域へ出発した。

「私たちが不在の間、ステラに皇宮を任せるよう伝えてきた。レヴィナスには補佐をさせる」

「ステラなら安心ですわね」

 窓の外を見ながら、シャルロットはアロイスと目を合わせようとしない。



「…シャルロット?」

「…ずるいと思われましたか?」

 予期せぬ言葉にアロイスは返答に逡巡した。


「国民の信頼を得るために、此度の災害で救済しようなどと……」

 その話か。

「ずるいも何も…、全ては私が引き込んだからだろう」



 誰にも渡したくなかった。


 夜闇に溶け込む深い青色の視線も、小さく脆い手も、弾力のある唇も、塔に篭っていた私と変わらぬほど真白い肌も、その全てを私のものにしたかった。


「そなたなら私の元に嫁がずとも、他にどこへでも行けたのだ」

 彼女の心を癒すためならば、このような嘘は容易い。

 どの従属国に嫁ごうとも、帝国の力があればその縁を切ることができる。他に行こうとする彼女を見逃せるほど、懐が広くはない。



「…アロイス様が引き込んだだけではありません。

わたくしも自ら飛び込んだのですから」


 アロイスを励まそうと、覗き込むようにシャルロットは笑った。涙の滲んだ目が光る。

「では同罪だな」

「そうですわね」

 ずるいのは彼女の方ではない。

 シャルロットの頭を引き寄せると、肩に寄り掛かり目を閉じていた。アロイスはその頭に頬を寄せ、目蓋を下ろした。







「そっちを持てお前ら!」

「持ってるって!」

「おいこっち誰か来てくれないか!中に子供がいるんだ!」

「悪いがこっちで手一杯だ!」


 大粒の雨が地面に打ち付ける。風も相まって声が届かないのか、怒鳴るように叫んでいた。

 その家族や救われた者たちが離れたところから祈るように両手を絡めて見守っている。

 ふと何かの影が見えて来たと思うと、馬が引き連れた馬車だと分かる。しかし一台ではない。何台もの馬車が続き、その周囲には馬に乗った騎士たちがいた。



「まさか…あれは…!」

「皇室騎士団だあ!かっこいい!」

「それだけじゃないわ、あの馬車の紋章…」

「皇室の…!?」

 いくら帝都の中とはいえ、皇室の馬車がこんな平民区画を通るなんて有り得ない。雨で幻覚でも見たのかと思った女は目を擦ったが、見えていたものは確かに存在しているようだった。


 馬車から降りて来たフードを被った者が手短に指示を出した。

「予定通り救出班と避難誘導班に分かれる。二次災害の危険もあるから迅速に動くように」

 返事をした皇室騎士団が散らばっていった。それまで三人がかりでも瓦礫を退かせず苦労していた者たちの元に三人の騎士が加わり、いとも簡単に瓦礫が持ち上がる。

 泣いた子どもを男が抱き上げると、そばにいた女の一人が走り出し、悲痛な表情で子どもを抱きしめた。


「私たちは皇室騎士団です!

再び土砂災害が起こる危険があるため、今から皆さんをこちらの馬車で教会まで避難させます!

順番に乗車してください!」

 外に出ていた私たちは目を合わせ、初めこそ動けなかった。しかし一人、一人と向かうと、助かりたい一心で足が勝手に動いていた。

「皇室騎士団が出てきてくださったということは、これは皇帝陛下による恩恵…?」

「今まで聞いたことないわ」

「けど…皇帝陛下が命じられない限り、皇室騎士団が動くことはないはずよ」

 近隣の民家一つ一つを訪ね、騎士たちが平民を誘導する。金で皇室の紋章が入った黒い車体の馬車だった。

 土砂に埋まった者の救出のため、騎士たちは平民の男らと共に瓦礫を除去する。

 

「じゃあこれは…皇帝陛下が…?」

 馬車からもう一人誰かが降りてくる。くっつくように護衛が二人付いていた。

 先に降りた者のそばに寄り、何かを話している。強風が吹き荒れ、二人のフードが外れた。


「っ……!」

 その姿を見ていた私や周囲の者たちは息も忘れて魅入っていた。

「皇帝陛下…!!」

「それに次期皇后陛下のシャルロット様まで!」


 漆黒の髪と雪のように真っ白な肌をした者の、切れ長の目に埋め込まれた宝石のエメラルドのような瞳が、隣の人物を温かく見つめる。

 今帝都中を染め上げているラベンダー色の髪が宙を舞い、それを抑える手の指は繊細で、ふっくらとした唇が弧を描く。

 見つめ合う二人は人間を超越したような美しさで、お似合いだと直感的に思った。



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