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今夜、食われる準備を




『避けては通れぬ道です。いずれはさらなる対立が深まり、公子の仰る通り国内で争いが起こります。そうすれば最後、好機と見た従属国に攻め込まれかねません』


 そう発言したものの、あくまで懸念。起こりうる確証はどこにもない。

 けれど前世では、帝国の民が反乱を起こし、兵も便乗して、わたくしやアロイス様は命を狙われた。そしてアロイス様の予測通りなら、ジャスナロク王国にラングストン帝国は支配され、乗っ取られた。

 皇帝の座を狙い、貴族派の立場を強めようとしていた貴族派は、前世でもアロイス様やわたくしを引き摺り下ろそうとしていた。反乱に加担するか、若しくは引導したことも考えられる。


 窓にはポツポツと雨が打ち付けていた。不吉な雲が辺りを漂う。

「胸はもう少し隠した方が良いかしら…。これでは色香が溢れすぎて死者が出るわ」

「それはサリル様だと思いますが…」

「この谷間は隠さないとダメね」

「こちらのレースでよろしいでしょうか」

「余計にエロくなるじゃない!ダメよ!シャルロット様はスタイルが既にエロいんだから!」

「サリル様、気を鎮めてください。また鼻血を出して倒れられてしまったらよくやく仕上がった純白のドレスが汚れてしまいます!」

「そうよね。汚すのは陛下の役目よね。

はあ〜。陛下が羨ましいわ。毎日あの体に触り放題だなんて…」


 思案を巡らせていたシャルロットは、サリラントで仕立てたウェディングドレスの試着をしていた。

 今世では一度も寝巻きの内側に触れられたことはない。前世では、ビアンカ王女が嫁ぐまでは毎晩触れられていたけれど……。


 考えただけで恥ずかしいわっ……!

 真っ赤な顔で首をぶんぶんと振るシャルロットを見つめ、サリル一行はニヤニヤと笑っていた。


「シャルロット様を溺愛されている陛下のことですから、夜もお熱いのですか!?」

「絶対そうに決まってますわ。羨ましい!」

「美形で一途で身体つきも良くて、おまけに皇帝ですものね!」

 何だか話が盛り上がっていたものの、シャルロットは何も答えずに話を聞いていた。色々と想像しちゃうわよね…。



 

 サリル一行に解放され廊下を歩いていると令嬢たちが頬を染めてご機嫌そうに会話をしていた。

「初めてお見かけしたわバジリオ公子。あんなに美しいお方だったなんて!」

「まるで一輪の薔薇よね…。陛下はシャルロット様に首ったけだけど、バジリオ公子様のお隣は空席ですわ!」

「わたくしも跪かれてプロポーズを受けたいわ〜」

 窓の外を見やると、ちょうどバジリオ公子が帰られるところだった。雨に降られ急ぎ足で馬車へ向かう。

 先日訪れたばかりなのに今日も皇宮を訪れられたの…?頻繁だと怪しまれてしまうのでは…。



 シャルロットを囲うように窓辺に手が付かれる。背後から熱が伝わり、振り向こうとすると声が掛かった。

「何を見ているのだ」

「っえ…!」

 耳元で拗ねたような低音が聞こえ、驚きを隠せない。直ぐ近くにアロイスの整った顔があった。


 アロイスは遠くに視線を向ける。あれは…バジリオ侯爵の……。

「…以前もあの者に会いに医務室まで足を運んでいたな」

 みるみる不貞腐れた顔になったアロイスに、シャルロットは疑問の声が微かにもれた。濁った深緑の瞳が、絡み合って解けなくなった感情をぶつけて来るよう。

「…アロイス様…?」

 一歩下がると背は壁にぶつかり、シャルロットは壁とアロイスに挟まれていた。やや乱暴な手が顎に掛かる。


 ……気に食わない。 

「あの者に何か特別な感情でもあるのか」

「そ、んなこと…ありませんわ…」

 先日のステラとバジリオ公子との出来事を話せば良いこと。けれど距離の近さに緊張が漂い、素直に口が回らなかった。

「答えぬならその唇を塞ぐぞ」

 カアアッと顔に熱が昇る。今世で一度もされたことのないキス。

 それを、していただけるのなら…。


「…答えません」

 アロイスの手がピクリと震えた。一瞬だけ見上げた先で、エメラルドの瞳がシャルロットを物欲しそうに見つめていた。

 間も無く恥ずかしさで目を伏せたシャルロットの腰が引き寄せられる。

「…!」

 顎を上げられ、その唇が迫り、シャルロットはきつく目を瞑った。

「…答えられない理由でもあるのか」

 しかし唇が触れることはなく、唇に吐息が掛かった。体の奥からじわじわと熱くなる。

「……答えなかったら…唇、奪ってくださると仰るので…」

「…キスがしたかったのか…?」

 アロイスは目を見開く。目を伏せながらこくりと頷いたシャルロットは耳までりんごのように赤かった。

 …どこまでも可愛らしい。


「キスしたらその先を我慢できるか分からないぞ」

 シャルロットの肩が跳ねる。その先、が分からないほど純粋ではない。

「アロイス様になら…わたくしは……」

 もじもじとして言葉を言い淀むシャルロットに、愛おしさが溢れ出す。ニヤリと笑ったアロイスは小さな体を強く抱きしめていた。

「っアロイス様!?」

「では今夜」

 甘い囁きが聞こえ、シャルロットは口を閉ざす。

「私に食われる準備をしておいてくれ」

 こ、今夜………!?




 このこみ上げる感情を抑える術があるのなら、是非とも知りたいものだ。

 愛おしくて堪らないからこそ、その瞳が他所を向くと我慢できない憎悪が顔を見せる。愛らしく美しい彼女は、永遠に私だけのものなのだと。


 天蓋を手で避けただけでシーツの下で体が一瞬動いた。目を閉じたまま、睫毛がビクビクと動いている。アロイスが動く度にベッドが沈んだ。

「寝込みを襲われたいのか」

 シャルロットが目蓋越しでも感じていた月明かりが陰った。そうっと目を開くと、シャルロットに覆い被さる影と視線が交わる。その目が気分良さそうに細まった。

 頬に口付けられ、流れるように首筋に、胸上にと落ちていった。


「シャルロット…」

「っ…」

 前世を思い出して身体中が熱くなる。

 うわ言のように名を呼ぶ声。シーツの擦れる音。肌に掛かる吐息。噛まれた胸元の痛み。首を這う舌のざらりとした感触。肌をなぞる指先の温もり。

 その全てが現在と重なって鮮明に蘇り、今後の展開を予測させた。どちらのものかも分からない息は乱れ、室内の温度を高くさせる。

 両の手に指を絡めてきたアロイスにじっと見つめられ、シャルロットは閉じかけていた目蓋を上げた。熱く重い何かを秘めて、甘い眼差しで見つめてくる。

「…シャルロット」

「……アロイス様…」

 名を呼んだだけで嬉しげに頬を緩めたアロイスは、ゆっくりと顔を近付けた。綺麗な宝石のような瞳が目蓋に隠される。

 わたくしは、このまま、アロイス様と…。



 互いの唇に吐息が掛かったその時、コンコンとノックがあった。



 二人は石のように固まり、アロイスは忌々しげに視線を扉に向ける。

「……誰だ」

「レヴィナスでございます。急ぎ陛下のお耳にお入れしたい事がございます」

「皇室の未来より大事なことか」

「アロイス様っ…!」

 それではわたくしたちがしようとしていることを間接的に伝えているようなもの…。元から補佐官には筒抜けかもしれないけれど…。


「少なくとも帝国民の信頼を得られるかどうかの分かれ目になるかと」

「ほう…。話を聞こう」

 アロイスに体を起こされ、シャルロットは体の隠れる羽織りを纏わされ、アロイスと部屋を移った。



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