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分かりづらい優しさ




「どういうこと…っ!?」


 夜闇で物の輪郭が薄れた室内に、一つの灯火が置かれている。そのそばでレイラに頼んでおいた書物を読み耽っていたシャルロットは、使用人たちが寝静まっているということも忘れて声を張り上げていた。



「どうして陛下の御名前がないの…!」


 机にはラングストン帝国に関する幾つもの書物が積まれている。その中でシャルロットが真っ先に手に取ったのは、現在の皇室について記されたものだった。


 子どもは皇子が二人と皇女が一人。

 エドガー・フィル・ラングストン皇子、21歳。

 マーティン・ロー・ラングストン皇子、18歳。

 ステラ・ノア・ラングストン皇女、11歳。


 陛下の名はアロイス・デル・ラングストン。

 それに、陛下は私より三つ年上だった。私が10歳の今、陛下は13歳ほど。



 シャルロットが考えられた可能性としては二つ。年齢と名前を偽っていたか、性別を偽っていたかだった。


 年齢を偽るくらいなら不可能ではない。帝国に嫁いだシャルロットが陛下に御目通りしたのは、陛下が20歳の頃。一番歳の高い第二皇子だったとしても25歳だから、十分にあり得る。

 けれど名前を偽っていたなら、誰かがうっかりボロを出しそうなものだが、記憶の限りそういったことはなかった。



 年齢を見れば一番近いのは皇女殿下だ。けれど実際にステラ皇女殿下とは面識がある上、陛下が性別を偽っていないのは…、前世で何度も見てきた体から覚えていた。

 

「それに、陛下の御兄妹はステラ皇女だけのはず……」



 それともこの書物自体が偽の情報を記していたのかしら?

 そんなことをしたら、この書物を手にとった全ての者たちが黙っていないだろうが、皇室が何かを隠すために国民には内密にしていた…という事は、どの国にも良くある話。



「……一体どうして………」


 それ以上読み進めても進展はなく、東西を失ったシャルロットは諦めて寝台にのぼった。



 翌朝まだ日が昇って間もないというのに、シャルロットは目覚めてしまった。見下ろした体はやはり非力な少女の姿だった。

 願望を込めて姿見を覗いたけれど、そこにはやはり10歳のシャルロットの姿があるだけだった。


 “あちら”が夢で、“こちら”が現実…?


「そんなわけないわ…」


 公国を出た時のどうしようもない悲しみも、慣れない帝国での生活ぶりも、こと細やかに頭に残っている。だとしたらやはり、過去に戻ったとしか考えられない。


 わたくしの時間が戻ったのだとしたら…陛下の時間も戻ったはず。

 今はどこにいらっしゃるのか分からないけれど、きっと今世も、生きていらっしゃるはず…。



「…陛下…」


 ベッドにうつ伏せなったシャルロットは、夢と現の間を彷徨っていた。



 決して褒められた人格をお持ちの方ではなかった。横柄で、身勝手で、逆らう家臣は躊躇いなくその場で殺された。

 シャルロットも何度その返り血を浴びたことか。けれど優しく、シャルロットを気遣う一面もあった。




♢♢♢



 一度に三人もの臣下を目の前で斬りつけられた時は、まるで年老いた老婆のように手の震えが止まらなかった。


「私の意見に逆らい…生きていけると思うな」


 シャルロットは顔面蒼白で、アロイスが剣を放って床に落ちるカランという音にさえ、大袈裟なほどに飛び上がった。

 それに気付いたアロイスは顔を顰め、亡骸を見やる。まるで汚くて目も当てられないようなものを見るようだった。


「何をそんなに怯えている」


 次にシャルロットを見つめた目は、興奮して血走っていた。

「…い、え…。怯えてなど…」



 口を割ろうとしないシャルロットの顎を掴み、自身も身を屈め距離を詰めた。不機嫌なアロイスは有無を言わさずシャルロットを追い込んでいく。


「……目の前で…、いきなり人が亡くなるのは…っ」

「以前も見たことがあるだろ」

「は、はい…。しかし三人も同時に見たのは初めてで………。申し訳ございません…」



 何が恐ろしいのかももう分からない。パニックに陥ったシャルロットは、ただボロボロと涙を流しては、何度も「申し訳ございません…」と非礼を詫びていた。


「…謝罪を求めているのではない」



 シャルロットの泣き顔を見ているだけで、アロイスの心は別の意味で波立つ。

 嘆息したアロイスは、シャルロットのドレスごと器用に抱き上げた。肝を潰したシャルロットは気が付くと涙が止まっていた。



「“それ”を片付けておけ」


 残された臣下たちは跪く。

 アロイスが廊下を歩くだけで、使用人たちは神妙な面持ちになり、壁に背が付くほど距離を置いて通り過ぎるまで頭を下げていた。



「……陛下、先ほどは本当に申し訳───」

「謝罪は求めていないと言ったはずだ」

「…はい」


 皇宮の階段を降り、川の流れる庭園に出た。月明かりを反射させた川が輝いて見える。



 火照った目元には夜風が気持ち良い。草を踏む足音も、風が木々をかき分けて進む音も心地良く、目を閉じて聞き入っていた。


 やがてシャルロットは椅子に下され、重い目蓋を開ける。



「…どうしてこちらに?」


 陛下は隣には腰掛けず、腰に手を置いて遠くを見ていた。




「そなたは……度々、ここへ来ているだろ。落ち着くのではないのか」

「………ご存知だったのですか…」



 真夜中にシャルロットが寝台を出て行く背中を、アロイスは何度も見送った。初めは誰かに情報を流している間者なのかと疑ったが、それは無用だった。


 毎回後をつけたが、この椅子に座り、眠ったように目を閉じて夜風を浴びているだけだった。



 知らぬ地に放り込まれ感傷に浸っているのか、寝床を共にするのが嫌なのか、他に理由があるのか分からなかったが、アロイスは度々その姿に見惚れていた。


 海のような瞳を瞼に隠し、ラベンダーの花のような淡紫色の髪が風に靡く。

 寝間着から華奢な肩と今にも折れてしまいそうな腕が伸び、透き通るような肌はふくよかな胸元を一層魅力的に見せた。月があまりにもシャルロットを儚く際立て、妖精か天使ではないかと思ったほどだ。

 いつしか、寝室を出ようとする背中を見送る度に胸が締め付けられるようになっていた。



「そなたは、いつかそうやって……」


 ───私の前から姿を消すのか?



「…はい?」

 アロイスは動かしかけた口を一度閉ざす。


「夜風に当たりすぎてひと月に二度も風邪を引いたのだ。ほどほどにしておけ」


 そう言ってアロイスはその場を立ち去った。



 それ以来、アロイスはどんなに癇癪を起こしても、シャルロットの前でだけは剣を振るうことはしなかった。



♢♢♢




「シャルロット様、失礼いたします」

 日中は公国内に関する教養や歴史を学び、夜は帝国に関する同様のものを学ぶ。そして一ヶ月が経った頃、父と兄が帰宅した。




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