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狩猟祭(2)

 






 馬から降りたシャルロットは弓矢を構える。


 足を止めてこちらを振り向いた鹿に弓矢が突き刺さった。




「お見事です。これで三頭目ですね」

「小物ばかりだから、ディートリヒ公爵には敵わないわね」


 マルティンは動かない鹿を捕まえる。



「去年公爵は巨大な熊を二頭も持ってきたそうですよ」


 エリックの言葉に、シャルロットは公爵自身が熊のようだけれど…とその姿を思い浮かべた。





 鹿に気付かれないよう、気配を消して木に隠れていたアロイスは姿を現し、「捕れたか」と確認する。



「そなたの弓の腕前は本物のようだな」

「アロイス様には及びませんわ」



 前世ではアロイスは建前として狩猟祭に参加したが弓の腕前はからしきだった。


 長年塔に閉じ込められ何もさせてもらえなかったのだから、それも無理はない。


 当時の護衛が仕留めたものを自身の手柄としていたはずだった。


 しかし今回は四頭目。そのうち一匹は得点の高い猪。




「…ステラには感謝している」



 弓や剣をベッドの下に隠し、監視がいなくなってから練習をした。そのための書物も用意してこっそり持ってきてくれていた。




 シャルロットは穏やかな顔付きになっていた。

 そんな時だった。


「あぁっ!!」



「叫び声…!」



 すぐ近くからだった。



 貴族派が何か…!?


 まさか皇帝派の誰かに危害を加えたのでは…!




「シャルロット!」



 駆け寄ったシャルロットをマルティンとエリックは追い掛ける。乗馬していたアロイスたちも馬を走らせた。




 日に透かされてなびく金髪の青年の腕に矢が刺さっている。


 その手を押さえながら、青年は苦痛の表情を浮かべていた。



「あれは…」


 アロイスの顔が曇る。





「どうしましたか」

 シャルロットを見上げた男は、淡い紫の髪を見て驚愕した。



「シャルロット様…!」


 どこの貴族かしら。


 体格は立派な成人だけれど、艶々の肌もどこか可愛らしく見える顔立ちも、わたくしより若く見える。




「お逃げください、巻き込まれます…!」

「シャルロット!」



 アロイスの声が聞こえた直後、マルティンが手早くシャルロットを覆い、地面に伏せさせる。




 その瞬間カッと地面を弓が打つ。



 シャルロットの背筋に冷や汗が流れた。




 今、わたくしを狙っていた…?




「お怪我はありませんか、シャルロット様」

「…ええ、大丈夫…」




 ガタガタと音を立てるように震えが全身を支配する。


 マルティンはシャルロットの背に当てた手を離さなかった。



 剣の時の気絶といい、シャルロット様は剣や弓の攻撃に酷く怯えている。


 どうしてこんなに…。



「シャルロット!」




 アロイスが馬から降りようとすると、ラクロワは森に向けて剣を抜いた。



 そこか。森の奥深くを閃光の如く睨み付けたアロイスに圧倒され、弓を引いていた者は手元が狂う。


 誰もいない地面に矢は着地した。




「どうなさいますか、陛下」


 ラクロワは剣を肩に乗せ、弓矢がやってきた方向にほくそ笑む。

「…撤収だ」



 アロイスは今度こそ馬から降りると、身震いが止まらないシャルロットを背後から抱きしめた。



「シャルロット」





 優しく労るような声。


 アロイス様の声。



 アロイス様の温もりだわ……。



 何故、こんなにも安堵してしまうのか。


 その声を耳にするだけで、張り詰めていた糸が切れてしまう。



 アロイス様を守りたかったのに。


 こんなところで油断してはいけないのに…。





「そなたが肩肘を張る必要はない」



 大きな温もりに包み込まれ、心が溶かされていく。


 あの夢のようなことを引き起したりしない、そう強がっていた心が、甘えを看過されたいと思ってしまう。





 アロイスに目で合図されたマルティンは、腕に矢を打たれた青年に肩を貸す。


「現場保存のため残りましょうか?」



 トルドーの発言をアロイスは否定した。


「いや、今は皆が無事に戻ることを優先とする。矢を回収して引き上げだ」

 




 アロイスに横抱きにされて馬に乗せられたシャルロットに、マントが被せられる。



 温かい…。半身に感じるアロイスの温もりが心地良くてシャルロットは目を閉じた。



 抱きとめるように回った腕が、肩を撫でる。


 いつまでもこの腕に包まれていたい。アロイス様の温もりを感じていたい…。






 


 腕の中で妖精が寝息を立てている。余程気疲れしていたのだな…。



「寝てしまいましたね」

「近頃は深く眠れていなかったようだ」


 ラクロワがまじまじとシャルロットの寝顔を見つめているので、アロイスは一瞥した。



「ラクロワ卿、朝まで残業がしたいか」

「いえいえ〜。ご遠慮致します〜」


 にへらと笑ってラクロワは前を向き直った。



「けど公国一の美女と言われるほどはありますよね。本当にお美しい」

「私の妻だ。手を出すな」

「分かってますよ。褒めただけです」



 トルドーは「どうだかな」と鼻で笑い、エリックも「ラクロワの手癖の悪さはディートリヒ皇室騎士団内でも一、二位を争うと言われていますから」と含み笑いをした。


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