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狩猟祭(1)






「陛下…!」



 シャルロットの腕の中で、アロイスは力なく寄りかかる。その背中には、幾本もの弓が突き刺さっていた。





「っ陛下!!」


 シャルロットの呼びかけにも応えることはない。


 手を握っても反応してくれず、流れ落ちた血液が地面を赤く染めた。





 やがて視界が真っ赤に覆われ、アロイスの姿が消え去る。

「…陛下……?」



 辺りを見回しながら歩き出したシャルロットは、足元に違和感を覚えた。




「っ!!」


 そこは、血塗れになった亡骸の山の上だった。


 その頂点で横たわっているのは、見慣れた黒髪の最愛の男性。









「っアロイス様!!」




 飛び起きたシャルロットは、変わりないベッドの上にいた。


 額から汗が滴り顎に落ちる。息を整えながらシーツを握りしめた。



「ッハア、ハア…」


 毎晩のようにこんな夢ばかり…。


 腕の中で何度もアロイス様を失いかける。




「いつまでこんな夢を…」




 しかもよりによって、今日は狩猟祭。


 ただでさえ神経を張り詰めていたというのに、あのような夢を見てしまったら余計に過敏になってしまう。



 ソフィーや侍女に支度をされながら、鏡越しの目の下の濃いクマに溜息がこぼれた。









「さすがは皇女殿下ですね。このような立派な狩猟祭を準備なさるとは」

「それほどでもありません。ですが、そのように言っていただけてとても嬉しく思います」


 貴族たちに淑女の如く振る舞っていたステラは、シャルロットの白馬が通り掛かり顔を上げた。




「シャルロット!」


 ニコリとしたシャルロットが下馬するとステラが距離を詰める。



「夫人たちのことは任せましたわ」

「もちろんよ。それより気を付けてよ。森の中は危険だらけと耳にするわ。貴族派も来ているし…」

「ええ…。油断はしないようにします」


 二人は周囲の貴族たちを窺う。



「ここにいたのかシャルロット」


 黒馬に乗っていたアロイスは、馬の足を止めてその場で飛び降りた。



「狩猟が始まったら私から離れるな」

「はい」


 ステラはアロイスに聞こえないようこっそりと耳打ちをする。



「…口煩くはない?」

「お優しいのですよ」

「シャルロットも物好きねえ」


 二人がクスクスと笑っている姿を、アロイスは何だ…?と疑問視していた。






「こんなに間近で陛下をお目にかかれたのは初めてですわ…」

「気品溢れて立ち振る舞いにさえ風格を感じますわね」

「気品ならシャルロット様も負けておりませんわ。

髪の一本に至るまで繊細で、妖精と言われても納得できます」


 わたくしは納得できないけれど………。




「まあ!見てください今日のお姿」

「お二人ともお揃いなのですね」

「素敵だわ…」




 皇帝派の令嬢たちはキャアキャアと甲高い声を上げている。

 夫人たちのようにしたたかさはまだ持ち合わせていない。純粋で可愛らしい…。




 シャルロットがひらひらと手を振ると、わっと声が上がった。


 ステラはふふんと息を吐いて鼻高々だった。





「わたくしが提案したように、服をお揃いにして良かったでしょう。皇帝陛下と皇后陛下の仲睦まじさをアピールできます」

「思ったより効果は絶大だな」


 アロイスも感心していた。




「見ろよ。雛のような令嬢たちがわんさかいる」

「年増の夫人たちもいるぞ」



 アロイスの護衛であるラクロワとトルドーも令嬢たちから名を呼ばれている。

 ラクロワはご機嫌で手を振り返したが、トルドーは無視を極めて周囲への警戒心を解かなかった。




「…アロイス様、トルドー卿は分かりますが…、ラクロワ卿は少々勤務態度に問題があるように見えます」


 シャルロットは聞かれないよう声を落とした。



 以前アロイスのいる執務室に立ち寄ったシャルロットは、ラクロワが棚に肘を付いて欠伸をしている姿を見てからというものの、不信感を抱いていた。




「あのような方にアロイス様をお任せするのは不安です」

「……前世で勤務態度が良かった私の専属護衛騎士たちは、あの事件の時どうしたと思う?」



 とても低い声…。シャルロットが見上げると、アロイスは悲しげな目を隠すように閉じた。



「私に剣を向けた。六人も置いていた護衛騎士が、全員私の首を狙ってきたのだ」



 それで今世は、護衛騎士が二人だったのね…。


 そういえば…。




「…わたくしも…、味方は一人もおりませんでした」




 逃げて、逃げて、逃げた先で、逃げ道を失い、アロイス様がわたくしを助けるために瀕死になり…。





「私は今世、内面に目を向けることにした。ラクロワ卿もトルドー卿も、選りすぐった精鋭だ」



 振り向いた先で、シャルロットの視線に気が付いたラクロワがひらひらと手を振った。

 シャルロットは貼り付けた笑みで対応し、前を向く。


 やはり、薄情そうに見えるけれど……。






「皇帝陛下、シャルロット公女、ご挨拶申し上げます」 


 肩幅の広い大きな体の影がシャルロットたちを覆い隠す。



「ディートリヒ公爵。

ここ数年の優勝者はそなただと聞いている」

「はい。老いても若い衆に負ける気はしませんよ」



 初老とは思えぬ若々しいエネルギーに満ち溢れたディートリヒは腕を曲げて筋肉を見せつけてきた。


「先日のパーティー、とても楽しかったですわ」

「ありがとうございます。まさか公女も狩猟に参加されるとは思いもしませんでした」

「実はわたくしも少々弓を嗜んでおります」

「そうでしたか。しかし今年の優勝も私がいただきますよ」


 ディートリヒはそう発言しながら、愉快そうに笑った。



「モーガン卿やフォーゲル公爵は…」

「騎士団で統率者不在というわけには参りませんから、モーガンは留守番です」

「フォーゲル公爵家は毎年狩猟には不参加で、向こうにいる」



 その視線の先には、夫人たちと話し込むリンジーを守るように目を光らせてそばに控えるマーカスの姿があった。


 そういえば宰相の家系って、代々運動音痴だったかしら………。




 アロイスはシャルロットの手を包むように握る。

 怒っていらっしゃる…?


 いつもより強い力に何だろうと思い、シャルロットはアロイスを見上げた。



「そろそろ狩猟祭が始まる。私たちはこれで失礼する」

「はい。ご武運を」





 ステラに見送られ、アロイスはシャルロットを引っ張るように連れて行く。






 醜い感情だと、自分でも思う。


 澄んだ瞳に別の男が映り込むのも、鳥の囀りのような声が他の男を探すのも、もやもやした気持ちが溢れる。


 彼女の父であるテノール大公と同じ程歳が離れている男でさえ、目の前で話をされると引き裂いてやりたくなる。



 厄介で、しかし切り捨てられない感情。



 アロイスは隠れて息を吐いた。




 そうしているうち、審査員の合図の元、狩猟祭が始まった。






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