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呼び起こされる過去




 その後ひっきりなしにシャルロットに挨拶をする貴族が代わる代わるやって来て頭がパンクしそうになっていたところ、アロイスらが戻り二人は早めに会場を後にした。


「親しみやすいお方で良かったですわ」

「本当に」

 シャルロットの踵を鳴らす音を耳にしながら、リンジーとフェラニアは先代の皇后陛下を思い浮かべた。皇后陛下とドレスの色が被った令嬢は、身分の低い殿方にまで婚姻を断られ売れ残りと後ろ指を差され、皇后陛下より注目を浴びた美しい令嬢は、事故で火災に巻き込まれ、人前に出られない姿形になり首を吊った。

 令嬢や婦人は皇后陛下が来訪するとビクビクしながら気を配っていた。

 女性である限り国のトップには立てないとはいえ、皇后陛下という地位は皇帝陛下に唯一意見しても許される立場にある。その地位にいるだけで、令嬢や婦人は逆らえる立場にはない。

「シャルロット公女には感謝しなければなりせんね。公女のお陰で貴族派が静かになったのですから」

「わたくしたちが力になりませんと…」

 ホールで生き生きとダンスを踊り、気兼ねなく会話を楽しむ令嬢婦人を見つめながら、二人は小さな決意を固めていた。





 

 翌朝、シャルロットはさっそく限られた婦人たちにお茶会の招待状を書いた。

「ディートリヒ公爵夫人とフォーゲル公爵夫人がとても良くしてくださったの」

「それは良かったです。きっとシャルロット公女のお人柄の良さに応えてくださったのですね」

「ふふ、そんなことないわ。

…はい、これで最後よ。今日中に配達するよう、伝えてくれる?」

「畏まりました」

 ソフィーが手紙を持って廊下に出ていき、伸びをしたシャルロットも護衛騎士のエリックとマルティンを連れて部屋を出た。




「もう、おやめください…」

「お前の方から誘ってきたのだろう」

 庭園に出る通路のどこかから、男女の言い争う声が聞こえてくる。何かしら?足を止めたシャルロットは草木に囲まれた外を窺った。

「私以外の女にも手を出していると聞きました。私は本気であなたを好きで体を許したのに、酷いですわ…」

「はっ。何を馬鹿げたことを。俺は伯爵家の出で、ディートリヒ皇室騎士団の騎士だぞ。お前のような平民相手に本気になるわけがないだろ。相手してやっただけでもありがたいと思え」

 正に悪の権化。あまりにも非情な言葉にシャルロットの中で怒りが芽生えた。


「なんだお前こんなとこにいたのか。取り込み中か?」

「付け上がった女に現実を見せてやっただけだ。もう用はない」

「へーえ、なかなか良い体してんじゃん。俺がもらっていい?」

「好きにしろ」

「じゃあ遠慮なくいただきます」

 シャルロットが距離を詰めたことで皇宮の角で木々に隠れていた姿が露見した。ディートリヒ皇室騎士団の鷲の紋章が入ったマントが二つ、そのうちの一つが下働きの女を壁に乱暴に押し付けた。

 あの顔は、見覚えがあるわ…。


「い、嫌…っ!やめて…!!」

「簡単に股を開く尻軽女が。調子の良いこと言ってんじゃねえよ。騎士であり貴族の嫡男の俺に抱かれることを光栄に思え」

 前世でわたくしの専属護衛騎士だったうちの二人、トリシア・サイエルとレート・ジルア。腕っ節が強いだけで弱い者には強く出るところは、昔からなのね。

 最期の時も、逃げるわたくしを血眼になって追いかけ回していた。




「あいつら…。なんて酷いことを。しかもシャルロット様の御前で…!」

「……貴方たち」

 マルティンは固く拳を握り締める。同じ思いだったシャルロットは声を張った。

「こちらは皇帝陛下の皇宮ですよ。陛下の敷地内で、一体何をなさろうとしているのですか」

 振り返ったサイエルとジルアは切羽詰まって…とはならず、余裕の笑みさえ浮かべてシャルロットに近寄った。

「これはこれは、シャルロット公女様ではありませんか。お目にかかれて光栄です」

 跪いたサイエルはシャルロットの手を取ろうとしたが、シャルロットは無視してジルアと女の元へ向かった。サイエルの額に青筋が浮かぶ。

「貴女は持ち場に戻るように」

「は、はい…!ありがとうございます」

 ジルアの腕から抜け出した女はパタパタと足音を立ててその場から走り去った。



「公女は彼女に嫉妬なさっているのですか?よろしければ私が相手をしますよ」

「わたくしの質問に答えなさい」

「そのように目くじらを立てていると陛下の気に入られた美しいお顔が台無しですよ」

 ジルアの質問には答えず強気な態度を取ったが、挟み打つようにサイエルはシャルロットの背後に迫る。

「陛下に嫌われては苦労することでしょう。帝国には他に公女の居場所はないですからね」


 薄ら笑みを浮かべシャルロットのうなじに顔を寄せたサイエルの喉元に、二本の刃がバツ印を作るように重なった。エリックの冷めざめとした視線とマルティンの怒りに燃えた視線がサイエルの頭を射るように刺す。

「それ以上シャルロット様を侮辱すれば、シャルロット様を選ばれた皇帝陛下への反逆とみなす」

 低い声で威嚇したエリックにサイエルは視線だけをギョロと向ける。

「…貴様ら、平民の分際で私に剣を向けるな」

「平民か貴族かは関係ありません」


 シャルロットはドレスが汚れないように気を付けながら元の庭園に向かう道に戻っていく。エリックとマルティンは剣をしまった。

「騎士である前に真っ当な人であるかどうかが大事なのではないでしょうか」

 最後に一瞥したシャルロットはその場を立ち去る。エリックとマルティンもその後に続いた。残されたジルアとサイエルは三人のいなくなった先に睨みを利かせていた。



「申し訳ございませんシャルロット様。同じ団の騎士として、代わりに謝罪致します」

 頭を下げたエリックに、シャルロットは「いいのよ」と述べるのが精一杯だった。前世で追われた記憶も重なり、全力疾走したように心臓がバクバクとしている。あの元護衛騎士たちのことは忘れないと…。

 マルティンは一人不服そうな顔をしていた。


「…お二人とも守ってくださってありがとうございました。とても心強かったです」

「いえ、当然のことをしたまでです」

 エリックは頬を緩ませ謙遜していたが、マルティンは何か考え込んでいて返事がない。

 同じ女性であるマルティンは、女性があのような被害に遭う事が何よりも許せなかった。未だにはらわたが煮え繰り返っていたのだが、シャルロットに顔を覗き込まれ我に返った。

「はっ……、シャルロット様…」

「マルティン卿も、ありがとうございます」

「は、はい…」

 シャルロットの笑顔を見ているうち、マルティンの怒りは落ち着いてきた。エリックは二人の様子を見ながら一歩引いて微笑んでいた。







「シャルロット公女、お待ちしておりましたわ」

 先に到着していたステラは、立ち上がってドレスを持つ。

「お待たせしてしまい申し訳ございません」

 マルティンとエリックのお陰でシャルロットの緊張はほぐれていた。


 シャルロットが昨夜ディートリヒ公爵邸のパーティーに赴いた話を出すとステラはうんざりしたように言う。

「わたくしもお伺いしたかったのですが、生憎狩猟祭の準備がありまして。

貴族派がいないのなら公務なんて後回しにして向かうべきでした」

「ご公務は優先すべきですわ」

 ステラの冗談に笑みがこぼれる。けれど、気になるのは…。

「やはり、皇帝派と貴族派は犬猿の仲なのですか?」

「くだんの件で貴族派は皇帝の不在を必要以上に懸念し、バジリオ侯爵家の長男をわたくしの婿に迎え、皇帝にしようとしたのですから。

元から仲はよろしくないですが、決定打となったのはそれですわ」 


 貴族派の筆頭、エンリオス公爵家とバジリオ侯爵家。

 エンリオス公爵家の子息は戦没したものの、息女に貴族派の婿を迎え入れ、跡取りとして育てられているという。

 バジリオ侯爵家にも、シャルロットと年の変わらなほどの子息がいる。


「ステラ皇女殿下は、バジリオ侯爵家のご子息と面識があるのですか?」

「パーティーなどで嫌でも顔を合わせますよ。

そういえば…シャルロット公女と似てますね」

 顎に指を当てていたステラは、ふとそう思って口に出ていた。


「わたくしですか?」

「貴族派にしては、穏健ですよ。敵には違いありませんが」

 皇妃という立場により、小さなパーティーには出席できなかったシャルロットは、虎視眈々とシャルロットを引き摺り下ろそうとするエンリオス公爵とバジリオ侯爵のことは覚えているものの、子息や息女と深い関わりを持つことはなく、印象に残らなかった。


「他の男に興味を持つと、あの人が黙ってませんよ?」

「異性としての興味ではありませんから」

 クスクスと笑い合う二人の噂話によって、業務に追われていたアロイスは執務室でくしゃみをしていた。



「いつまでも公女と言うのも何ですし、お義姉さまとでも呼ぶべきでしょうか?」

 ステラは揶揄うようにわざとらしく言う。

「わたくしの方が年は下ですから。名を呼んでください」

「では、シャルロット。私のことはステラと呼んで」

「はい。ステラ」

 二人の前に紅茶が差し出される。皺の深い手ではなく、傷のある青年の手だった。

 ソフィーじゃないのね…。


 顔を上げるとその使用人はびくりと体が跳ねる。

「……貴方、皇宮の人間?」

 慌てたように背後の台車にぶつかり、ひっくり返ったハイビスカスティーの香りが辺りを支配する。ステラは吃驚して身動きが取れなかった。

 シャルロットたちの言いつけ通りに離れて待機していた護衛騎士が駆け寄る。

 

「誰か…!その者を捕まえて……!」


 温室の入り口から腕が伸びる。地べたを這いつくばっていたのは、服が泥だらけのソフィーだった。


「っソフィー!?」

「っくそ…!」

 使用人が内ポケットから取り出したのは、懐にも隠せる大きさの短剣だった。


「っ!!」

 鞘を投げ捨てた男は、シャルロットに刃先を向けた。鋭利な銀色がシャルロットの瞳の中で光る。

 しかしその刃先が届く前に、マルティンが男の腕を打って短剣を落とし、エリックが両腕を背に回させる。二人はそれで完結させるつもりだったが、ステラの護衛ニコラスは剣を抜き、無慈悲にも男の胸前を斬りつけた。



 血飛沫が上がり、見開いていたシャルロットの目に斬られた痕が映る。


「…あ……」


「ディートリヒ卿!シャルロット様の目が届くところにおいては剣で人を傷付けるなと、陛下から命じられております…!!」

 マルティンは声を張り上げた。


 

『シャルロット皇妃殿下。ビアンカ様の下命により、ここで死んでもらう!!』


 肉を切り裂く音。まだ温かみの残る体温。重い体の感覚。絶え絶えな息遣い。そのどれも、未だに鮮明に蘇る。


「いや…」

「…シャルロット…?」

 頭を抱えたシャルロットが嫌々と首を振る。様子が可笑しいことに気づいたステラが呼びかけたが、シャルロットにその声は届かなかった。 



『貴方は…ビアンカ様と一緒にいたはず…!』

 恐る恐る目を開いたシャルロットは、覆い被さるようにして俯く色白な顔を見上げ、驚愕した。

『陛下…!』

 二人は地面に崩れ落ち、視界に映った背中には深く切り裂かれた痕があった。

『っ陛下!!』


 

「いやあああああっ!!!!!」

 甲高い悲鳴を上げたシャルロットはそのまま意識を失い、その場に倒れそうになるところをマルティンが支えた。

「シャルロット様!」

「シャルロット!?」

「誰か侍医を!シャルロット様とコフマン伯爵夫人に!

皇帝陛下にも至急お伝えしろ!」


 エリックの指示で各々返事をした使用人たちが足早に動き出す。



「内部にまだ仲間が残っているかもしれない。騎士団に捜索させよう」

「そうだな、そこの者!ディートリヒ騎士団に事情を説明して、皇宮内を捜索するよう言伝してくれ」

「は、はい!」

 マルティンとエリックは優れた判断能力を見せつけ、その場の使用人たちを動かす。


 あの人がディートリヒ公爵の提案書を突っぱねてまでシャルロットの護衛を厳選し、何故貴族でもない彼らが選ばれたのか…ようやく分かった。剣の腕前だけでは、皇后となる人物を守れない。

 ニコラスはステラの隣で周囲を警戒している。

 …まあでも、この人が守る対象は私だから…間違った判断ではない…わよね………。





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