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お披露目






 麗しい美男美女に誰もが息を呑む。まるで時が止まったように、二人から目を離せない。

 さっと中央の道が割れて、二人は気にした様子もなく歩き出す。皇帝と皇后という身分以前に、後光が差しているように見えて誰も自ら声を掛けられやしなかった。

 アロイスに腕を組んだシャルロットは、表面上は平然を取り繕ってはいた。しかし転んだり失言をして失敗を犯しやしないか、内心は冷や冷やしていた。


「陛下と一緒にいらっしゃるということは…あの方が…?」

「ラベンダーの髪よ、間違いないわ」

「あれほどお美しいお方だったとは…」


「仲睦まじいご様子だこと」

「お似合いですわね…」


 アロイスは薄らと笑いが浮かんだ。今回のパーティーで真に求めていたのは、皇帝派との交流ではない。私たちの関係を見せつけ、シャルロットに手を出させないことだった。

 アロイスの足は優雅な音楽が流れるホールに向かう。そこでは既に男女がステップを踏んでいた。シャルロットは「まさか…」と小さく言った。


「今世は踊れる」

「っ共に練習しておりません!」

 アロイスの引き継ぎ業務が忙しく、踊る時間を確保するどころか、せいぜい休憩がてらのお茶を差し出すくらいしか、シャルロットはまともにアロイスと会えていなかった。

「大丈夫だ」

 アロイスが片手を背側に回し、もう片方の手を差し出す。正式に踊りに誘う格好に会場が騒めいた。



「一曲踊っていただけますか」

 深緑の目はこの状況を楽しむように笑っていた。皆が見ている手前、断ることもできない。

 …仮に断る選択肢が残されていたとしても、わたくしは断れなかったに違いない。どうする、と言いたげに小首を傾げるアロイスは、チョコレートのように甘い目でシャルロットを見つめていた。


 

「…喜んで」

 その手を取ると、アロイスの顔が緩む。その顔を見ていると、シャルロットの方まで笑んでいた。ダンスをしていた男女がステップを止め、フロアを空けた。


 中央までアロイスに導かれ、二人は互いの体に触れる。腰を撫でる大きな手のひらが熱く、シャルロットは短く息を吐いた。密着した体から熱気が伝わる。アロイスと近くなり、さらに皆に注目されていることもあり、シャルロットの緊張は最高潮に達していた。


 アロイスの動きに合わせて、足を動かす。その動きに問題はない。寧ろ…。


「……どなたと練習なさったのですか」

 わたくしがリードされている。そのことに、シャルロットの機嫌がみるみる悪くなった。

 ダンスの基本ステップの本はアロイス様にお渡しした。けれど一人で練習をしたところで、これほど慣れた動きはできない。

「なんだ、妬いているのか?」

 

 不貞腐れたように顔を逸らすシャルロットが面白くて、アロイスはわざと体重を掛ける。後ろに倒れかかったシャルロットの左手が宙に投げ出され、右手は何かを掴もうとアロイスの首に掛かっていた。シャルロットの腰をしっかり押さえていたアロイスは、鼻が付きそうな距離でくすりと笑う。

 「おお…」というため息のような歓声が聞こえたところで、アロイスは空いた手でシャルロットの右腕を引き、体勢を立て直した。

「…アロイス様…!」

「ステラに頼んだのだ」


 怒り気味のシャルロットに対し、アロイスは乾いた笑みが浮かんだ。前世でシャルロットは令嬢たちが花のように咲き誇るダンスホールを羨ましそうに見つめていた。



「本当は踊りたかったのだろう?」

 アロイスは罰が悪そうにシャルロットを見やる。途端に申し訳なくなって、シャルロットは「それは…」と言葉を濁した。

「前世ではそなたにダンスを申し込んだ相手を手に掛けることで、周囲を抑制していた」

 血塗れのパーティーはその場でお開きとなり、それ以来シャルロットにダンスを申し込む者はいなかった。そのことに満足していた私は、シャルロットの気持ちも、被害者の事も考えていなかった。


「パーティーで一番最初に踊るのは特別な意味があるからな」

「…それで、練習してくださったのですか?」

 練習などと聞くと格好が付かない。アロイスは笑って誤魔化した。

 シャルロットは「ふふっ…」とご機嫌そうに笑う。

 アロイスは安堵して和やかに溜息を吐いた。気分も表情もころころとよく変わる。そこも可愛いのだが。






 ダンスが終わると盛大な拍手が上がった。アロイスとシャルロットが中心から離れると、中断していた者たちのダンスが再開される。

「陛下が踊られるお姿は初めて拝見しましたが、公女とご一緒だと絵になりますなあ」

 拍手と共に出てきた公爵の隣には、さらりとした金髪の夫人がいた。きつそうに見えるのは狐目のせいなのだろう。二人の背後でアロイスと年が近そうな青年が爽やかな笑顔をしていた。

「ディートリヒ公爵、公爵夫人、今夜の招待に感謝する」

「こちらこそ、足を運んでくださりありがとうございます」

 公爵はエネルギッシュで細い気配りが得意ではないが、公爵夫人はあくまでしとやかに振る舞い、細部にまでこだわり抜く。ドレスと装飾品一つ一つの調和が取れていることからも、前世と変わらない性格が窺えた。



「シャルロット公女、お初にお目に掛かります。

わたくしはフェラニア・ディートリヒと申します。

こちらが長男のモーガンでございます」

「初めまして、シャルロット公女」

「テノール公国からやって参りました、シャルロット・テノールと申します。

本日はこのような席にお招きいただきありがとうございます」

 簡単な挨拶を済ませていると、入り口の方が騒がしくなる。皆から挨拶をされ、軽く返してやって来たのは、青みがかった短髪の淡白そうな男性と、くるくると巻かれた焦げ茶色の長髪をした若々しい女性だった。



「フォーゲル公爵夫妻、お待ちしておりました」

 フォーゲル公爵家。

 代々宰相の家系で現フォーゲル公爵も20代前半の若さでその座に付いた。


 帝国の貴族には序列がある。特に、建国当時から皇室に尽くしてきたフォーゲル公爵家とディートリヒ公爵家は一位と二位を不動し続け、他の追随を許さない。皇室の味方である皇帝派の筆頭二大公爵家だ。



「陛下、既にいらしていたのですね。

遅くなり申し訳ございません」

「気にするな」

 フォーゲル公爵がシャルロットに目を向けると、アロイスはシャルロットの肩に手を置く。

 

「シャルロット、あちらがフォーゲル公爵ご夫妻だ」

「初めてましてシャルロット公女。三年前より宰相を務めております、マーカス・フォーゲルと妻のリンジーです」

 リンジーは垂れ目の目尻をさらに下げて可愛らしく微笑む。

「シャルロット・テノールでございます」

 言葉を交わし、シャルロットは笑みを見せた。


「公女、よろしければ私とダンスを──」

 そう言いかけたモーガンの言葉を遮るように、アロイスはシャルロットの腰に手を下ろし、体を寄せる。


「申し訳ないが」

 アロイスの頑なな目に見つめられて、それ以上の十分な説明もなかったがモーガンには伝わった。

 あれほどお美しいお方だ、本当に一目惚れされているのならば、断られて当然か…。

「失礼いたしました」

 その場面を見ていた令嬢たちからは黄色い悲鳴のようなものが上がる。


 マーカスは眉を顰めた。

 帝国一の美男、と女性陣の茶会では必ず名が上がると聞くが、それにしても本人を目の前にしてこれほど騒ぐとは。即位したばかりとはいえ、一国を治める皇帝陛下であらせられるというのに…。 



「陛下、今年度の予算案についてなのですが…」

 マーカスがそれ以上の言葉を言い澱んだため、アロイスはシャルロットの肩にポンと手を置いた後、マーカスとその場を離れた。アロイス様がいなくてもしっかりとやれ、ということかしら…。




「愛されておりますね」

 リンジーがアロイスたちに聞こえぬよう、こそこそと声を掛ける。シャルロットはつい照れてしまい顔が緩んでしまった。

「フォーゲル公爵夫人も、公爵にとても愛されているとお伺いしました」

「それほどでは…」

 リンジーは赤らめた頬に手をやる。本には載っていないことは侍女たちの雑談で覚えていたが、ここで役に立ったわね。


「新婚組は良いですね。わたくしのところは20年以上連れ添ってますから、ときめきなど忘れてしまいましたわ」

 フェラニアのため息混じりの言葉に、リチャードが黙ってはいなかった。

「ときめいてないのか?かんざしをやった時は喜んでいたではないか」

「あれはわたくしの機嫌が悪かったから、執事長が勧めてくれたものでしょう?」

 図星だったようで、リチャードは「ゔっ…」と言葉に詰まった。



「去年の結婚記念日なんてプレゼントは熊だったではありませんか」

「あれは毛皮を使えると思ったのだ!」

「生身のまま妻に持ってくる夫がどこにいるのです」

「ここにいるだろ」

 何故か踏ん反り返っているリチャードに、リンジーとシャルロットは苦笑しかできなかった。

 呆れ返ったように盛大なため息を吐いたフェラニアは、「あれでも騎士としては良い腕をしておりますのよ」と何を心配したのかシャルロットとリンジーに言い訳をしていた。


「父上は恋愛ごとに疎いですから」

「ニコラスもそういうところ似ちゃったのよねえ」

 モーガンは慣れているのか軽く笑っている。



「ステラ皇女殿下の護衛のお方ですか?」

「はい。本日も出席するように言ったのですが、護衛の仕事があるからと先ほど断りの連絡を入れてきたのですよ、全く。

無愛想で毒舌なので、万が一公女に失礼な態度を取ったら引っ叩いてくださって構いませんので」

「ひ、引っ叩くなど…」

 普段からそれをして躾けているかのような口調だった。ニコニコしたフェラニアに押され、シャルロットは笑って受け流した。



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