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真実の憶測






 踵を鳴らしてやって来る、華やかなドレスのシャルロットに、アロイスは眩しげに目を細めた。



「今日の主役だな」


 瞳より濃い紺色のドレスは、シャルロットのシルエットに合わせぴたりとくっつき、色香が漂う印象に仕上げていた。


 しかし髪留と同じ精緻なレースがほどこされ、何より柔らかな印象のシャルロットが着こなすと清純さも想像させる。





 アロイスの護衛たちまで腑抜けた顔をしていたため、アロイスはその一人、ヘクター・ラクロワの足を踏みつけた。



「いっ…俺だけですか!?」

「いつもの行いだろう」



 涼しげな表情で目を閉じたまま笑うのは、アドリアン・トルドー。

 どちらのマントにも、ディートリヒ皇室騎士団の鷲の紋章が掲げられている。




 ディートリヒ公爵夫人主催のパーティーに向かうため、シャルロットとアロイスは用意された黒塗りに金の模様をした絢爛な馬車に乗り込もうとしていた。




「お待たせいたしました」 


 シャルロットに微笑んで、アロイスは手を差し伸べる。馬車に乗るエスコートだ。


 その手を取り、馬車に乗り込もうとしたシャルロットの耳元で、すれ違いがてらアロイスは呟いた。



「近くで見れば見るほど、綺麗だな」



 温かな吐息のくすぐったさから、シャルロットは揃えた指で耳を押さえ振り返る。




「アロイス様っ…」

「素直な心の内を晒したまでだ」



 さらっと口説き文句を述べてしまうのも、塔の中の教科書で習ったのかと疑うほど、いつもさりげない。


 しかしその疑問を口にしてしまうのは、さすがに配慮が欠如していると思われてしまうのだろう。


 


 平坦な道を馬車が徐々に走り出す。

 シャルロットとアロイスの護衛は騎馬で馬車に続いて走っていた。



「時間がないから早々に切り出そう」


 見つめ合って愛を囁くような、甘ったるい声じゃない。


 先ほどとは打って変わって、静かな声色をしていた。






「…ジャスナロク王国の第一王女、ビアンカ王女殿下のお話ですか?」

「ああ…。このように邪魔されずに話せるまとまった時間も取れないからな」



 申し訳なさそうなその言葉だけは、シャルロットの聞き慣れた声でホッと安堵した。






「以前の世でそなたが嫁いできたばかりの頃、ジャスナロク王国が領土拡大を目論み、ラングストン帝国との友好条約を破り、開戦した。

帝国の偉大な軍事力により半年で終戦したが、敗戦したジャスナロク王国は戦争賠償金と共に従属の証として上質な絹と、第一王女ビアンカを寄越した」



 わたくしが前世で皇妃として嫁いだのは、本来は一年先のこと。それから半年後に、彼女はやってきた。



 グレーを混ぜたような滲んだブラウンの髪、淡いピンク色の瞳。人を惑わす色香漂う笑みと、瑞々しいふっくらとした唇。




 彼女がやってきた日でさえ、アロイス様はわたくしと寝屋を共にした。けれど…。






「敗戦国とはいえ、他国以上に力を持つジャスナロク王国との関係悪化を懸念した臣下たちは、私にあの女の部屋を一度でも尋ねるよう進言した。

臣下の意見は聞き入れなかった私だが、偶然あの女と出くわし、甘い香りに気が昂り…、傾倒していった」



 あの女の部屋はより濃厚な香りで、私は気が狂っていった。

 あの女がいないと全ての人間を破壊したくなるほどの苛立ちに襲われ、あの女と部屋に行くと気分は最高潮にまで上がった。





 シャルロットにとっては耳を塞ぎたくなるような話だった。


 もう前世の事とはいえ、懸想している方と他の女性の睦事を連想させるような話を厭わずに聞いてなどいられない。



 シャルロットは拳を強く握り締める。


「…半年後、あの事件が起こった。国民が愚かな私に憤り、反乱を起こした。臣下も兵士も、皇宮内の者たちを含め帝国民が武器を持って押し寄せていると、あの女の護衛であるモーリッツに聞いて、真っ先に頭に浮かんだのはそなただった。

そなたを探し回る最中(さなか)、兵士にナイフを突きつけられ、助けてと泣いて懇願するあの女に会った。

だが私はあの女を見捨て…、その後そなたの元に辿り着いた」



 ナイフを突きつけられたビアンカ皇妃殿下を見捨てた?


 まさか、アロイス様がそんなことを…。

 



「心だけは最後までそなたのものだった。

どうかそれだけは信じてほしい…」 



 すぐ隣で、孤独な闇にとらわれたような瞳が見つめて来る。


 どこか寂しげで、真摯な表情は、紛れもなく真実を語っているようだった。




 掠れた声が、伝わる温もりが、湧き出した苦しみを溶かしていく。




 本当に…ずるいお方だわ…。



「信じますわ。身を挺してわたくしを守ろうとしてくださったのですから…」




 そんな風に見つめられて、わたくしが拒めないと分かっているでしょうに。


 でも、アロイス様のお気持ちが本当にわたくしにだけ向いていることがよく分かる。




「アロイス様のお話ではモーリッツ卿は味方を装っていたようですが、彼はビアンカ皇妃殿下が謀ったことを認めました。きっと反乱に便乗して、もう一人の皇妃である邪魔なわたくしを処分しようと…」

「いや、あれは私のことも始末するよう指示を受けていたと言った」




『陛下も始末するよう指示を受けていたから、丁度良かった』




 そういえば…。だからわたくしは疑問に思った。


 ビアンカ皇妃殿下もアロイス様をお慕いしていると思っていたから。




「けれど陛下がいなくなれば、ビアンカ皇妃殿下はその地位ではなくなります…。帝国の法律では女帝にはなれませんし、痛手を被るのは向こうなのではありませんか?」


「ああ。しかし皇族はあの女とステラだけになった。

ステラを処分すれば、あの女は帝国の唯一の皇族。

子を孕っていたとうそぶいて、男児を連れてくればその者を皇帝として、陰から実権を握ることもできただろう。

しかしそれ以上に考えられるのが…ジャスナロク王国による、ラングストン帝国の乗っ取りだ」



 シャルロットは眦を決した。まさか…。





「帝国の軍事力に勝るはずがないのに突然戦争を起こし、わざと敗戦してあの女を送り込んだ。愚王と言われた私に反感を抱いていた帝国民を唆して、帝国を瓦解し、帝国統一の必要性や皇位継承問題を主張して……。

皇族唯一の生き残りであるあの女の親族であることを理由にジャスナロク王国の皇太子や第二皇子、若しくは国王陛下がその手で帝国を収めたかもしれない」


「あり得なくはないですわね…。領土拡大を目的として友好条約を無視した軽率さについては、わたくしも引っかかっておりました」

「…そなたとの婚姻が早まって、既に前世とは違う未来を進もうとしているのかもしれないが、前世のように帝国の奪取を謀っているのなら、再び同じようなことが起こるかもしれない」




 不安に塗れた表情のシャルロットを安心させようと、アロイスは穏やかな顔でそうっと色付いた頬に触れる。




「そうならないよう、愚王と言われつけ込まれる隙を与えぬよう、私は今度は臣下たちの意見を聞き入れ、政務の良策を見極めるよう努めている。

有事に打つ手がないとはならないよう、信用できる味方を増やし、先手を打とうと思う」




 わたくしよりも、アロイス様の方が具体的に考えられていた。


 あのような塔の中で、貴族たちが既に手にしている基本の知識をゼロから、たった四年で学ばれたというのに。




「あのような惨劇を繰り返さないためにも、ジャスナロク王国に戦争を起こさせない必要がある。そのためにはまず懇意にしているふりをして、監視しなければならない。理由なく首を取るわけにもいかないからな」




 戦争をすれば間違いなく帝国が勝つ。ラングストン帝国は戦争大国だが、降参した国の王族たちは殺したことはないし、従属国として成り立っていることが多い。


 王国の面子は潰せても、見せしめに処刑をすれば国民が皇帝に不信感を抱くことだろう。



 前世でアロイス様が逆らう者を数多く手に掛けたことが、帝国民の反乱の引き金になってしまったように。






「ではずっと…ビアンカ王女と顔を突き合わせることになるのですね」

「そうとも限らない。私は“理由なく”首を取れないと言ったのだ。

いくら統治者が愚かな王とはいえ、何百年も大国として成り立っていたラングストン帝国を狙うほど野心家な奴だ。監視だけで大人しくなるとは思えない」

「…それは、つまり…」




 その先の言葉を口にする前に、馬車が止まる。



「まずすべきことは、私たちの地位を揺るぎないものにすることだ」




 そうだったわ、今はディートリヒ公爵家のパーティーに向かう途中だった…。


 前世では味方がいなかったために、ビアンカ王女にしてやられてしまった。




「シャルロット」


 先に降りたアロイスの差し伸べる手を掴み、シャルロットは馬車から降りる。公爵邸からは既に明かりがもれ出ていた。





『シャルロット皇妃殿下。ビアンカ様の下命により、ここで死んでもらう!!』




 愛しているならと身を引いた。


 愛する人が愛する人と幸せになれるなら、わたくしの流す涙など大したものではないと。


 けれど、アロイス様を愛していなかったのなら…。






 今度こそ、アロイス様は渡さない。





 この帝国も守ってみせる。






 二人が会場入りを果たした瞬間、静まり返ると共に全ての視線を二人占めした。



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