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お見通し






 帝国に嫁いだ公国の公女。



 今最も皇宮を賑わせる話題で、陛下の一目惚れだの運命の出会いだの、初対面でシャルロットにプロポーズをしたアロイスとの世紀のラブロマンスのように語られていた。




「陛下が跪かれたらしいわ」

「まるで騎士ね。素敵だわ」


「帝国一の優れた容貌の持ち主で、この強大な帝国の支配者よ。一度は私もされたかったわあ」

「シャルロット公女が選ばれたのよ」

「とても綺麗なお方でしたね。先代皇后陛下は大輪の薔薇のようなお方でしたが、シャルロット公女は一輪のネオンマリンのようなお方でしたわ」




 若い令嬢たちが集い、頬を染めてアロイスの話に夢中になっている。

 その輪の隣を皇女であるステラが通り掛かったにも関わらず、目に入らないほどだった。




 あの人も公女に似ていると考え、皇后宮にネオンマリンの庭園を作ったのかしら…。


 そんなことを思っていると、アロイスの横顔がステラの視界に映る。



 引き継ぎ業務のため多忙で夜も寝ていないほどなのに、こんなところで何を…。




 いつもと変わりのない真顔だったが、その瞳は憂いを帯びていた。

 その視線の先、窓の向こうに目を向ける。



 そこにいたのはシャルロットだった。


 侍女ソフィーと護衛騎士エリック、マルティンを連れ、散歩をしている。

 長いラベンダー色の髪が風で舞い上がり、華奢な手で髪を押さえていた。




「陛下、こちらにいらしたのですか。

次の会議が間も無く始まりますのでお急ぎください」

「…ああ」


 宰相に呼ばれたアロイスは一度シャルロットを振り返り、その場を後にした。





「世紀のラブロマンスはあながち間違いではないのかもしれないわね」


 光を求める闇。


 光が見てくれなければ、どんなに闇が見つめていても相手から見えることはない。




「ロマンチストですね」

「あれほど愛されるなら幸せじゃない」

 

 ステラの言葉に、護衛としてついて回るニコラス・ディートリヒは冷めた目を伏せ黙り込む。



 侍女たちが色目を使っても受け流し、公務で関わる令嬢たちが押し寄せても、アロイスにはシャルロット公女以外まるで眼中にない。




「狩猟祭の出欠確認の返事が届いております」

「確認するわ」


 部屋には侍女によって仕分けられた手紙の山がある。皇女というだけで公務を背負わされるのが厄介よね。


「公女…狩猟に参加するの…?」



 手紙には確かに、そう記されている。ステラはシャルロットを思い浮かべた。


 剣も握れなそうな細い腕。怪我とは無縁そうな白い肌と麗しい容姿。


 特にシャルロットは、他の貴族令嬢や婦人たちにはない透き通った美しさがある。まるで静かに輝く月のような。剣を取るような争いからは程遠い…。




「お茶会に参加の間違いではありませんか?」

「そうよね…」


 侍女の言葉にステラは頷いた。


 一応確認しないと…。









 同じ頃、ソフィーに皇宮を案内されていたシャルロットは、遠巻きに数多くの視線を感じていた。


 皇妃として嫁いできた頃もこんな感じだったかしら。


 やはり慣れないものね…。




「お疲れではないですか?」

 ソフィーも気付いているようで、心なしか居心地悪そうに見える。



「ありがとうソフィー。でももう少し見て回りたいの」

「しかし…今朝もまた悪夢にうなされて、あまり寝られてないではありませんか」


 帝国で暮らすようになってから、前世の最後の瞬間に似た夢を見る機会が増えた。


 うなされて、跳ね起きて、夢で良かったと体が震える。

 そのせいか近頃は寝不足気味だった。




「…あと少しだけ見たら休むから、お願い」


 シャルロットのうるうるとした眼差しに、ソフィーは勝てなかった。


「…畏まりました」




 ソフィーは眉根を寄せしぶしぶといったように了承した。


 それでなくとも、悪夢のことを陛下に報告するしないよう頼み込まれ、シャルロット様が疲労困ぱいしていることをお伝えできないのに…。




 シャルロット自身も毎夜の悪夢で精神的に疲れは感じていた。

 けれど今現在回っているのは皇宮。



 もしかしたら陛下にお会いできるかもしれない。


 けれど、公務の邪魔と思われるかしら…。

 



「あら、陛下がいらっしゃいますね。ご一緒のお方は…」


 悩んでいたところで、誰かと話し込むアロイスの姿が見える。



「ディートリヒ公爵だわ」

 その声が聞こえたリチャードは顔を上げた。



「これはこれは、シャルロット公女。お久しぶりです」

「ご無沙汰しております、ディートリヒ公爵」

「皇宮にいたのか」

「はい。ソフィーが案内をしてくれました」

 



 ドレスを持ち慣れない階段で転ばぬよう丁寧に降りてくる。

 まだ若いというのに、落ち着いていて優雅な所作だ。さすがは皇后陛下となる方…。


 リチャードの口角が上がる。




「公女の護衛は私の息子にさせたかったのですが、陛下は私の意見書を破棄されたのですよ」


 リチャードは肩を竦めてシャルロットの背後に立つマルティンとエリックを見やる。


 所属する騎士団の団長に目を付けられたようで、二人は冷や汗をかく。


 まるで蛇に睨まれた蛙の気分だった。




「公子は既に団長代理として公爵の跡継ぎ業務をしているだろ。それなのに専属の護衛騎士となって騎士団を空けているというのはいかがなものかと思ったまでだ」

「…公爵には公子が二人いたと存じておりますが…」

「跡継ぎは上の息子です。公女と以前お会いしたパーティーで、先皇帝陛下の護衛をしていたのを覚えておいでですか?」


 爽やかな風貌の赤髪の騎士を思い浮かべる。



「はい」

「あれを公女の護衛に推薦したのです。下の息子はステラ皇女殿下の護衛を務めておりますから」


 あの護衛の方も赤髪だったわね。


 あまり印象にないけれど、前世でもあの方がステラ皇女殿下の護衛だった。




「そういえば一週間後、妻が小規模なパーティーを開くのですが、陛下とご一緒にいかがですか?家族をご紹介いたします」


 ディートリヒ公爵家のパーティー…。


 関わりを持つには良い機会だわ。



 ちらりとアロイスを見上げると、シャルロットの肩に手を置き小さく頷く。

 まるで背中を押してくださるかのよう。



「ぜひお伺いさせてくださいませ」

「それは光栄です。即刻招待状を送らせましょう」




 満足顔で馬車に姿を消したリチャードを二人並んで見送る。


「お忙しいのに、よろしかったのですか?」

「ディートリヒ公爵家は皇帝派で、小規模なパーティーとなると招待客も仲間内だ。

シャルロットを悪く言う者はいないだろうし、私も今世では親睦を深める努力をすべきだろう」



 本当はそれだけではないが…。


 アロイスは下にあるシャルロットの気の抜けた顔を見つめる。


 目の下には化粧で隠したクマが見える。顔色も良いとは言えない。



「…結婚式のことだが、三ヶ月後、前例通りイデルス神殿で執り行う。先立って神殿と新聞社、テノール公国には使いを出した。

本当はもっと早く行いたかったが…テノール大公たちが間に合わないからな」

「お心遣い感謝いたします」



 シャルロットはアロイスを見上げて、その深緑の瞳がこちらを見ていたことに気付いた。

 なんだか気恥ずかしくてもう見えない馬車の方を見やると、頭を大きな手が包み込み髪を撫でる。



「ウェディングドレスの特注は済んだのか?」

「はい。サリラントとドレス製作の専属契約をしましたので、ウェディングドレスもお願いしました」

「マダムサリルか…」



 前世でも力作ができると、真っ先に皇宮を訪れてはシャルロットを誘拐し、試着させていた。

 二人はそれを思い出してくすくすと笑いがこぼれた。


 ようやく、顔に出して笑ったな…。

 



「……疲れてないか?」

「え…」


 まさか、気付かれるなんて。


 ソフィーたちそばに仕える者以外には気付かれないよう、取り繕っていたのに…。




「…どうして分かったのですか?」



 見上げてくるシャルロットの頬を両手で包み込む。

 顔を近づけるだけで、湯気でも出そうなほど真っ赤になっていた。



「愛する未来の妻のことだからな」

「っ……」


 前世ではこれほど直球に言葉をぶつけられることはなかった。


 言われ慣れない言葉にドキドキとしてしまい、回らない頭では何と答えれば良いのか分からない。




 細まった目が楽しげにシャルロットを覗き込み、深い青色の瞳を見つめる。


 弾力のあるシャルロットの頬をふにふにと触れながら、アロイスの顔は犬や子を愛でるように綻んでいた。



「柔らかいな」

「…こっ、公衆の面前でこのような真似はおやめくださいっ…」


 照れた顔を隠すようにふいと逸らして、逃げるように皇后宮に戻っていく。

 真っ赤な耳は正直で、アロイスは吹き出すように笑っていた。

 



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