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ドレス工房 サリラント

 






 シャルロットはソフィーの案内で一室に足を踏み入れた。


 数々のドレスが用意されており、大胆にも胸元や足を露出するデザインばかり。

 帝国の方は幼い令嬢もこのようなドレスを着ているというのに、わたくしは見ているだけで恥ずかしくなるわ…。





「あら、こちらの方ね」


 シャルロットに大きな影が被さる。

 見上げないと顔の見えない背丈の女性が、紫に色付いた唇を薄く歪ませた。




「初めまして、帝国一のドレス工房、サリラントのサリルと申します」


 自身で帝国一と言ってしまうほどには服飾界ではダントツの腕前で、実際に今後も彼女が市場を独占することになる。



「テノール公国より参りました。シャルロット・テノールと申します」




 どの顔のパーツも細長く、男性より短く刈り上げられたブラウンの髪と、痩せ形の体付きも相まって冷淡な印象を受ける。


 前世でも第一印象はそうだった。


「お待ちしておりました。早速採寸させていただきます」





 しかしシャルロットがドレスを脱ぐと、吊り上がった細目はカッと見開かれる。




「まあ!胸囲は本物でしたの!?公国のドレスは胸が見えないからてっきり…。この腕は…、武術をなされていますね!?ああ…素敵…。この引き締まったくびれからの腰囲の流れ…。足のラインも美しいわ…ああ……」




 シャルロットの体をなぞりながら舐め回すように眺めた後、サリルは白目になって一気に脱力した。


「マダムサリル!気をしっかり!」

「サリル様が倒れたわ!」


 やはりこうなってしまったわね…。

 




 サリルの部下が代わりに採寸を終え、飾られていたドレスを合わせているうちに、サリルは目覚めた。

「シャルロット様…」



 まるで恋を覚えた乙女のようにうっとりとしながら近寄られ、シャルロットは引きつった笑みで後退する。



「我がサリラントはシャルロット様のためならば他のどんな婦人の予約も押し除けてドレスの製造を押し進めます。帝国で取れる宝石を微細にカットし、最高級のシルクを用いて必ずやシャルロット様の納得のいくデザインのドレスを仕立てることをお約束します。

装飾品の業者にもこちらから声を掛け、シャルロット様を輝かせる逸品をご用意させましょう」



 …服従ぶりが犬並みね…………。




「…ご好意ありがたく頂戴いたしますわ」

「その代わりと言っては何ですが…サリラントと専属契約を結んでくださいませ」


 不気味な笑みを浮かべたサリルの指が、何かを掴もうと虫のように蠢く。



 シャルロットの肌がぞわっと粟立った。


 前世では食欲のない時期にシャルロットがほんの少し痩せただけで、『完璧なスタイルがあっ!!』と断末魔の叫びを最後に意識を失い、丸一日白目のまま眠りに付いていた。




「お、お待ちください。専属契約となれば、わたくしの一存では決めかねます。皇帝陛下の許可がなければ…」

「陛下はシャルロット様に関する契約の承認者としての立場を放棄されましたので、その前承認者であるシャルロット様に全ての権限の承認権がございます」



 ソフィーが粛々と発言したことで、サリルの目はいきいきと輝いた。



「契約書の用意もございます」


 テーブルに書類を置いたサリルは、さあどうぞと言わんばかりにペンを差し出してきた。




 サリルは興味のないものには淡白な反面、理想に近いものに出会ってしまうと情熱的になる。


 その熱意で数々の逸品を生み出した前世、シャルロットがパーティーに出席する度着用したドレスや装飾品が夫人たちの間で話題となり、サリラントは売上が倍増、シャルロットも初対面の夫人たちと話すきっかけを得られた。




 あの事件が起きた日には会っていないから、わたくしを裏切った側かどうかは確かではないけれど…、盲目的にわたくしのスタイルに夢中だから、恐らく敵ではなかったはず。



 それに、優れた裁縫・加工技術を持ったサリラントの右に出る者はいない。専属契約を結んで損をすることもない…。



「分かりました。サイン致しましょう」

 シャルロットはペンを受け取った。





 サリル一行が乗った馬車が小さくなっていくのを窓から眺めていたシャルロットは、ようやく穏やかになったわ…、と溜息がこぼれた。


 けれど平穏になって考えてしまうのは、アロイスと何度も夜を共にしていた女性のこと。




 ビアンカ皇妃…。



 彼女も当然、この世界にいる。



 それはこの四年でも確認済みだった。





 ソフィーは声を掛けようとしたが、シャルロットの悄然とした横顔を目にして一度口を閉ざした。


 何か悩みの種でもあるのかしら…。公国から帝国に来られたのだから、不安でないはずがないわね。




「どうぞシャルロット様」


 テーブルにカップが置かれ、シャルロットはソファに腰を下ろした。



「ハーブティーね」

「今朝摘み立ての茶葉を使用いたしました」


 香りが漂い、一口含んだだけで、シャルロットの体から疲れが抜け落ちるよう。



「とても落ち着くわ」

「お口に合ったようで幸いです。よろしければデザートもご用意しておりますが、どうなさいますか?」

「ありがとう。頂こうかしら」



 ふんわりとしたシフォンケーキはソフィーが淹れた紅茶と相性が良かった。


 一度もソフィーのような侍女を見かけなかったけれど、これはかなり経験を積んでいるはずだわ。


 また、こうして帝国で呑気にお茶をすることになるなんて…。





「そういえば、一月(ひとつき)後に狩猟祭が行われるのはご存知でしたか?」

「ええ。名目しか知らないけれど」



 紅茶を啜り、さりげなく言葉を発した。

 本当は一度経験があるけれど、前世の話をするわけにもいかないもの…。




「貴族だけが参加できる年に一度のイベントです。

ウサギやキツネ、猪などを仕留め、数や大きさにより得点を競い合います。熊を仕留めた者は、その年の優勝者となることが多いです。

皇室主催で今回の担当はステラ皇女殿下なのですが、出欠確認のお手紙が届いておりました。

陛下は当然参加されると思いますし、シャルロット様も参加なさいますか?もちろん断られることも可能ですが…その場合良くない噂を広められる可能性もあります」

「…派閥争いが激化しているものね…」

「ご存知でしたか…」

 



 公的イベントに出席しないなんて未来の皇后陛下に相応しくないと声を大にし、陛下と不仲なのではないか、婦人たちに怯えて隠れているのではないか、と囁く。

 後ろ指を差されるのは想像に容易い。



「帝国貴族たちとは親睦を深めないといけないわね」

「婚姻の儀を迎えるまでは、シャルロット様は婚約者の立場ですので、皇后陛下としての公務に携わることは許されておりません。接触を図るなら、パーティーやお茶会がよろしいかと思われます」


 あくまで客人、ということね…。



 

 前世であの事件が起こる頃、わたくしは孤立していた。


 貴族たちを言葉巧みに操り、どちらの派閥も手駒にしていたビアンカ皇妃は、それだけでわたくしを追い込める立場にあった。



 生き残るためには敵を増やさないことが不可欠。

 公務で仲間を増やせない以上、別の働きかけをしなければならない。


 せめて皇帝派とは懇意にしておかないと……。



「貴族のリストを用意してくれる?」




 把握はしているけれど、突然帝国に嫁ぐことになったわたくしが知り過ぎていたら不自然よね…。

 知らないフリが得策だわ。



「かしこまりました」

「それから、狩猟祭には出席するわ」

「ではその分のドレスも発注しなければなりませんね」

「いいえ」


 マダムサリルに再訪問を求める手紙をしたためようとしていたソフィーは不思議そうな顔をする。


「発注するのは弓よ」

 シャルロットは綺麗な所作で紅茶を啜った。



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