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我儘という名の






 侍女たちによるオイルマッサージや香り付けを施され、寝支度を終えたシャルロットは手持ち無沙汰で、周囲を見渡す。


 豪華な皇后の部屋はけれど前世のように派手すぎることもなく、ドレッサーもソファもテーブルも落ち着きがあるのに可愛らしい装飾が施されている。



 ベッドの天蓋は真白いレースだったが、幾重にも重なっているため外からは見えなさそうだった。

 部屋全体がほんのりとしたラベンダーの香りが漂う。





『陛下は臨時で即位されてから、皇后宮の家具を全て入れ替えたり、庭園に花を植えさせたり、迎える相手も決まっていないというのに、やけに力を入れてらしたのですよ』




 ふと、アロイスの即位式でステラが言っていた言葉が頭に浮かんだ。


 本当に家具だけでなく、絨毯や壁紙まで全て変わっている。

 庭園に花を植えたというのは…?




 窓から外を覗き込み、「えっ…!」と声がもれた。



 そそくさとバルコニーに続く扉を開き、踊り場まで出る。





 雲のない晴れた夜。

 満点の星空の中に、控えめな黄金に輝く月が浮かんでいた。


 その明かり下、無限に広がるのは本当に花畑だった。




 長い花びらは中央で外側に折れる。夜なので大きく花開き、闇を纏った群青色に染まっている。



 かつてシャルロットが好んでいた、青い花。





 ──ネオンマリン。





 青い花畑を眺めていると、コンコンと扉を叩く音がした。

「今、良いか」


 アロイスの落ち着きのある声が聞こえて、振り向いたシャルロットは胸の鼓動が高まる。

「…はい」




 扉の前に控えていた護衛が扉を開く。


 入ってきたアロイスも寝巻きの上に羽織を着ただけの簡単な格好だった。

 お互いに、普通は恋人か家族にしか見せない格好をしている。



 それだけでも緊張してしまうのに、あろうことがアロイスはシャルロットを見るなりふっと微笑んだ。


 夜の薄暗い部屋では、色っぽく見えてしまう。

 覗く厚い胸板にまで誘惑され、激しい心音を隠すように背中を向けた。




「そなたはまた…」

「はい?」


 シャルロットの肩に、アロイスの羽織りが掛けられる。


 …いつか星空を眺めていた夜のよう。



 そう思って口元が緩んでいると、アロイスの両腕がシャルロットの体に回された。

 寝巻きだけでほとんど素肌の感触が伝わってくる。





「会いたかった…」



 こちらが苦しくなるほど、悲しみに満ちた声だった。


 それなのに、嬉しくて嬉しくて堪らない。

 背中から伝わる温もりを大切にしたくて、アロイスの筋肉質な腕にそっと手を重ねた。




「ずっと…こうしたくて堪らなかった」

「…わたくしもですわ」



 瞼を下ろしたアロイスは、シャルロットの頭に頬を寄せる。


 吐いた息は熱く、声は掠れていた。



 長い四年だった。



 陛下はいらっしゃると分かったというのに、手紙を交わし合うこともできず、本当に皇帝となり再び会えるのかも、疑ってしまえば心が折れてしまいそうだった。






「愛している。シャルロット」



 それは前世でも聞いたことのない、甘美な響きだった。


 囁かれた耳が、じわじわと熱を帯びる。

 




「わたくしも…、愛しております。陛下」

「…名を呼んでくれ」




 前世では恐れ多くてお呼びできなかった。



 

「──アロイス様」




 ぴくり、とアロイスが動いた。




 今は、お呼びできることに喜びさえ覚える。






「愛しております。アロイス様」



 アロイスの身体中の血という血が、ぶわっと騒ぎ立つ。


 この言葉が、これほど心をかき立てるとは…。



 目を見張ったアロイスは、嬉しさを噛み締めるようにシャルロットの髪に顔を埋めて擦り寄せた。






 夜風でシャルロットが身を震わせると、アロイスはシャルロットの肩を抱いて中へと促した。



「また風邪を引くぞ」

「…ふふっ」


 室内に足を踏み入れながら、シャルロットは笑いがこぼれた。



「懐かしいですわね」


 アロイスと会えなかった間、シャルロットがその優しさをどれほど渇望していたことか。




 陛下に伝えられたとしたら、きっと驚かれるに違いないわ。


 温もりも、優しさも、変わっていない。



 けれど陛下は、良い意味で変わられた面もある。





 バルコニーに続く扉を閉ざしたアロイスは、シャルロットのころころ変わる表情を愛おしげに見つめていたが、やがて引き寄せられるように手を伸ばしていた。


 両手で頬を包むと、シャルロットの深い青色の瞳がアロイスだけを映し込む。


 キスもできそうな近い距離に、シャルロットの胸が再びざわめき立つ。

 





「…今日は疲れただろう。ゆっくり休むと良い」


 もう、そんな時間なのね。


 まだまだ一緒にいたいのに…。



 一度口を開いたシャルロットだったが、静かに閉ざしてベッドに入る。


 ベッドサイドに腰を下ろしたアロイスに顔を覗き込まれながら頭を撫でられ、雪解けのように抑えていた気持ちが溢れた。





「…陛下は…」

「名前」

「…アロイス様はどちらに?」

「皇宮に戻るが、騎士たちが扉の向こうにいる。案ずるな」

「………ともに寝てはくださらないのですか?」





 シーツを握りしめ、シャルロットは顔を真っ赤にしてまで勇気を出した。


 ずっと触れたかった愛する人に自分を求められ、アロイスは我慢しきれずまだ色付いている頬に口付けた。


 シャルロットは耳まで赤くさせてとろんとした目で見上げる。




「…そんな目で見るな。私も男だぞ」

「どんな目でしょうか」

「男の本能を駆り立てるような目だ」

「っわ、わたくしはそんな目はしておりません…!」




 アロイスが吹き出すように笑い、「アロイス様…っ」とシャルロットは焦ったように呼んだ。


 笑っていたアロイスがふとその瞳に翳りを落とし、シャルロットの頬を指先で撫でる。





「私は…初めてそなたに会った時から、そなたの同意なく体を貪った。

だから今世では、そなたの心も体も、大事にしたいのだ」

 シャルロットにはアロイスの懺悔のように聞こえた。



「私の我儘を聞いてくれないか」


 …本当に、どこまでもお優しいお方。




「はい…」


 アロイスは微笑み、シャルロットの額に口付ける。


 去りゆく背中をただ見ていたくなくて、シャルロットは口を開いた。





「アロイス様」

「どうした?」


 甘やかすような声に加えあまりにも優しい顔で見つめられ、その幸せに笑みがこぼれる。



「……また明日、お会いできますか?」

「ああ、朝食を共にしよう」



 朝からお会いできる。そう思うと、寂しさもどこかへ吹き飛んだ気がした。


「おやすみなさいませ」

「ああ、良い夢を」


 最小側の音を残して扉が閉まる。シャルロットは心穏やかな気持ちで、深い眠りについた。





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