エピローグ
それから二ヶ月も経たないうちに、ステラとニコラスは婚約式を挙げた。
その場では徐々にお腹が膨らんできたシャルロットの懐妊も発表され、皇室の祝い事に帝国中がお祝いムードとなった。
帝都は久々に屋台まで出され、人々は夜通し飲み倒し、踊り明かした。
帝都は、シャルロットとステラを祝うように紫と金色に染まっていった。
会場の喧騒をかき消すように噴水が水音を奏で、闇夜の空には星が瞬く。
室内にいても凍えるほど寒かった季節が終わったとはいえ、夜のテラスは少し肌寒かった。
シャルロットがぶるりと身を震わせると、肩に上着が掛けられる。
「風邪を引くぞ」
「アロイス様…」
壊れ物に触れるかのように丁寧に頭を撫でられ、シャルロットは頬が緩んだ。
「寒くないか?」
「大丈夫です」
お礼を告げると優しげな目元が細まる。
お腹が目立つようになってからというものの、アロイスの過保護ぶりは加速していった。
シャルロットに常に気を遣い、優しく接し、労った。
「空を見ていたのか?」
「はい。今夜は星がとても綺麗に見えるので」
「変わらないように見えるがな…」
そう呟いたアロイスに、シャルロットはクスクスと笑う。
温かくなってきた風が吹き抜ける。
シャルロットが帝国に来てから、既に一年が経過していた。
「今日まで、あっという間でしたね」
「…そうだな」
ここに来たばかりの頃は悪夢に魘されてばかりで、剣も血も怖いのに、守るのだとそればかり意固地になっていた。
奪われるのが、怖かったから。
命を狙われ、皇室もその立場が揺らぎ、混乱の中怒涛の日々を送っていた。
そのうち、あれだけ恐れていた記憶にも、今や新たな思い出が塗り替えられた。
新たな出会いもたくさんあった。
「…ビアンカ王女とレオナルド殿下は、お元気かしら」
「二人でいれば大丈夫だろう」
愛されている王女を羨ましいと思っていた逆行前が、今は遠く昔のよう。
あの頃は、わたくしも愛されたいと何度思っていたことか。
けれど、今なら分かる。
わたくしたちが亡き後も、きっと、ビアンカ皇妃は幸せにはなれなかった。
例え帝国の皇子を産み、皇太后として帝国を支配していたとしても。
「バジリオ子爵がジャスナロク王国を治めることとなったそうですね」
「ああ。国王にしては頼りないから、こちらから何人か臣下を送ることにした」
ビアンカ王女という大きな脅威はなくなった。
けれどきっと今後も、たくさんの困難が立ちはだかるのだろう。
以前のわたくしなら、怯えて何も言えなかった。
でも、もう逃げたりしない。
今度こそ、大切な愛する人たちを守るため。
わたくしは何度だって立ち向かう。
風がシャルロットの髪をさらっていく。
手で抑えようと気を取られていると、いつの間にかアロイスの顔が目の前にあった。
「っ…」
優しく、触れるだけのキス。
それさえも、シャルロットの心を温かくさせる。
「久しぶりに二人になれたんだ。他のことは考えるな」
黒髪が闇に溶け込んで、翠緑の瞳が輝く。
優しく、温かなその目は、どこか熱を帯びていて、シャルロットを惹きつけて離さない。
腰に逞しい腕が回り、二人の距離が縮まると、再び唇が合わさった。
───三年後。
澄み渡る空の下、淡い青色の花園がどこまでも広がっていた。
心地良い風が肌を撫でる。
深呼吸をすると、香り高い花の香りがいっぱいに広がった。
「シャルロット」
振り向くとサアッと風が駆け抜ける。
青いネオンマリンの花びらと共に、婦人用の帽子が空に舞い上がった。
「あっ…!」
トサッ、と帽子が地面に落ちた。
アロイスは拾った帽子の汚れを払い、シャルロットに被せる。
「ありがとうございます。アロイス様」
アロイスはにこりとシャルロットに微笑み、肩を抱く。
二人は大きくなったシャルロットのお腹を見つめた。
「パパ!ママ!」
その時、トットッと走ってきた三歳の少年が、二人の足元に抱きついた。
シャルロットのお腹を見上げ、「ママ、まだー?」とがっかりしている。
「ルアンはせっかちね」
「ルアン、授業はどうした?」
ルアンは「へへっ」と悪戯っ子のように笑う。
その顔立ちはアロイスにそっくりで、黒に近い紫色の髪に、青色の瞳はシャルロットに似ていた。
シャルロットにそっくりで愛らしいな…。
頬を緩ませたアロイスがルアンを抱き上げる。
「皇子殿下!」
走ってきた護衛はゼェハァと息を荒げている。
モーリッツと共に帝国に留学に来ていたルイス・ライトナーとヴォルフラム・ザックスだった。
「こちらにいらっしゃったのですね…」
その後ろから、同じように顎に汗を滴らせたベアが疲れ切った顔でやってくる。
遊び盛りの息子、ルアンは、今年から始まった授業を度々抜け出してはシャルロットに会いに来た。
シャルロットは不満げなルアンの髪を撫でる。
「ルアン、赤ちゃんはまだ産まれないから、授業を受けていても大丈夫よ」
「でも早く会いたい!」
駄々をこねる姿さえ、シャルロットには小さなアロイスのように見えて愛らしかった。
何があっても、この子たちの味方でいたい。
たくさんの愛を注いであげたい。
ずっとずっと会いたかった、大切な大切な、アロイス様とわたくしの子。
「早く会いたいわね」
微笑むシャルロットを引き寄せ、アロイスは二人を抱きしめる。
シャルロットは広い肩にそっと頬を寄せた。
〈二度目の人生、今度こそ皇帝陛下と幸せな人生を〉
完。
ここまでお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございます!!
ブックマークや評価、感想などとても励まされ、ようやく完結することができました!
(二年近く掛かりました!笑)
本当にありがとうございます(^ ^)
それではまたどこかでお会いしましょう!
水谷すみれ
次回予告です↓
〈魔力が強すぎて捨てられた王子に優しくしたら、愛され過ぎて困ってます〉
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