家族
胸が躍り、落ち着きなく足早に向かう。
「おお!シャルロット!」
扉が開かれると、笑顔の父が兄よりも先にやって来る。
「お父様!お兄様!」
「婚姻の儀以来だな!髪も以前より伸びたか?」
ぎゅうときつく抱きしめられて苦しかったが、父の温もりが嬉しくて抱きしめ返した。
ベーベルの後ろから顔を覗かせたクリストフは、押し潰されたシャルロットにくつりと笑う。
「父上、シャルロットの体に障ります」
「おお!そうだった」
慌てて離れたベーベルは、「すまないシャルロット。腹は大丈夫か?」と気にしていた。
「まだ人目にも分からないほどですから」
ベーベルが離れると、今度は自分の番だと言うようにクリストフが軽いハグをする。
「会えて嬉しいよ」
「わたくしもよ。でも、来るなら事前に知らせてくれれば良かったのに」
ようやくシャルロットを離したクリストフに促され、シャルロットは二人の向かいに腰掛けた。
「それは…戦争が始まったというからそれどころではなくてな…。
だが、皇帝陛下には一筆差し上げたのだが」
「アロイス様に?」
最近会えていないから、聞きそびれたのかしら。
「…でも、まだ戦争が終結して一月よ?
戦争の知らせを聞いて来たにしては……」
ギクリと効果音が聞こえそうなほど、二人は硬直していた。
「皇后陛下」
この声は…。
「レイラ!」
紅茶を持ってきたレイラに、シャルロットは嬉しさのあまり飛びつきそうになった。
「皇后陛下、危ないですよ」
「ふふ、ごめんなさい。みんなが来てくれて本当に嬉しくて…」
レイラだけではない。
公国の侍従や執事たちまでもが来ており、シャルロットの成長に目を潤ませていた。
「羨ましいものだ」
「陛下…!」
すぐに気付いた騎士たちの声により、周囲は頭を下げる。
ベーベルとクリストフも立ち上がり、礼をしていた。
「私にもそれほど飛びついたことはないというのに」
レイラが自然に引いていくと、アロイスがやって来てシャルロットの頭を撫でた。
「アロイス様…」
久々だった。
もうずっとその姿を見かせていないような気がして、見惚れるようにその顔を見つめていた。
相変わらず彫刻のように整っていて、お美しい。
けれどその目にはクマができていた。
「…何か付いているか?」
「あっ、いえ…」
見つめすぎた…!
シャルロットはサッと顔を逸らす。
「知らせない方が、そなたが驚くと思って黙っていた。皇后の生家だ、知らせなどなくとも、ゆっくり過ごすと良い」
「ありがたきお言葉、痛み入ります」
「そなたも家族とゆっくり休め」
アロイスが離れていくと、シャルロットはその後ろ姿を呼び止めていた。
「もう行かれるのですか?」
一瞬目を見開いたアロイスは、とても優しい目をして、再びシャルロットの頭を撫でる。
「私がいない方が話せるだろう。
それに、まだ片付けが残っていてな」
侍女たちがケーキを運んでくると、入れ替わりのようにアロイスは立ち去った。
「…………」
久しぶりにお会いできたのに、もういなくなってしまうなんて……。
「…上手くいっていないのか?」
「え?」
クリストフが不安げに尋ねてくる。
「マタニティーブルーとやらじゃないか?」
「違いますわ。
近頃、お会いできていなかっただけです」
レイラの淹れたお茶からは、ソフィーの淹れたお茶とは異なる香りがした。
一口含むと、懐かしい味が広がる。
「王国へ赴いていた分溜まっていた公務や、戦後の処理に追われているのですよ。
それに、わたくしの体調も整わないので、その分まで無理をしていらっしゃるんです」
ここのところ、徹夜続きのようで寝室にも戻られていない。
きっと今日の公務が減らされていたのも、お父様とお兄様が来ることを知っていたから、代わりにアロイス様がこなしてくださったに違いない。
「…その、例の話はどこまで知られているんだ?」
「…?…あ、お腹の子のことなら、ここにいるエリック卿もマルティン卿もご存知ですよ」
そう言った途端、ベーベルは咳払いをした。
「じゃあ心置きなく言えるな。
……シャルロット、懐妊おめでとう!」
それを皮切りに、皆が口々に祝いの言葉を述べる。
「産まれてくるのが楽しみだな!」
「おめでとうございます、皇后陛下!」
「おめでとうございます!」
逆行前は聞くことのなかった言葉。
テノール公国の誰とも会えず、帝国で誰にも祝ってもらえず、わたくしは、お腹の子と別れることになった。
それが今、この子はこんなにも祝福されている。
「…っありがとう!」
生まれ育った公国の皆んなに祝福され、シャルロットは顔を綻ばせた。
「実はな、秘密裏に、色々用意してきてな」
視界の端に映っていたプレゼントの箱を執事たちは嬉々として開けていく。
赤ちゃんの服一式、音の鳴るおもちゃたち、ゆりかご、絵本…。
「…お父様、まだ先の事なのですが…」
「まあまあいいじゃないか!
今から待ち遠しくて仕方ない!」
それらはほとんどベーベルが用意したもので、クリストフはその量にやれやれと呆れていて、シャルロットは久しぶりに大きな声で笑った。
それから、シャルロットたちは会えなかった時間を埋めるように話し込んでいた。
「わあ〜!懐かしい!」
公国から持ち出されたものの中には、幼少期のシャルロットが読んでいた古い絵本や、花の図鑑まであった。
「大公様に頼まれたのです」
「よく見つけたわね」
「シャルロット様のものでしたらどこに何があるのか把握しておりますから」
レイラは誇らしげだった。
「次はお前の番だな、クリストフ」
「何がです?」
「結婚だ。当主となるからにはやはり妻がいないと」
「結婚…!?」
それまでシャルロットと二人話し込んでいたレイラが大声を上げて振り向く。
皆が目を見開くと、恥じらうようにもじもじとしながらレイラは縮こまっていく。
「あ……、申し訳ありません」
わたくしが公国にいた頃は、そんなこと様子はなかったけど…。
誤魔化すようにレイラに話しかけられるも、当の本人は上の空な様子。
「まだ早いですよ」
「早いものか。妹のシャルロットには子供だって出来るというのに」
「しかし公国に嫁ぎたいなんて人はそうそう現れませんよ」
「心配無用だ。私がとびきり素敵なレディーを見つけてきてやる。
それとも何だ、気になる女性でもいるのか?」
二人のやり取りの後、沈黙が訪れる。
レイラが気になったように背後を振り向くと、クリストフと目が合った。
「っ………」
レイラは再びシャルロットに向き直る。
クリストフも心なしが緊張の面持ちだった。
「…ほう」
二人の様子を見ていたベーベルは納得したように頷いた。
「私はお前の妻に身分は問わない。どんな人でも構わないと思っている」
「…はい」
そっか。
そうだったんだ……!
シャルロットは緩む口元を抑えきれなかった。
もしお兄様とレイラが結婚することになったら…。
耳まで赤くしたレイラはにんまりと笑うシャルロットに話しかけるが、その動揺は見え見えで焦っているのか言葉を噛んでばかりだった。
幸せな時間はあっという間に過ぎ、その場はお開きとなったが、数日間滞在した公国の皆とシャルロットは笑顔が絶えなかった。