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【完結】二度目の人生、今度こそ皇帝陛下と幸せな人生を  作者: 水谷すみれ
最終章〈二度目の人生、今度こそ皇帝陛下と幸せな人生を〉
118/122

帰ってきた日常








 唐突に眩い光が差し込む。

 ゆっくりと瞼を開くと、誰かがカーテンを開けていた。


「お目覚めですか」


 この声…。



 ぼんやりしていたシャルロットの意識が覚醒していく。


 帝国に帰ってきて寝込んでいたはずのソフィーが、いつもの侍女服を着て微笑んでいた。



「ソフィー?」

「はい。皇后陛下」


 シャルロットは慌てて起き上がり、ソフィーを止めようとする。




「まだ寝てなきゃダメよ。クラメール先生に安静にしているように言われてたでしょう?」

「許可はいただきました」


 シャルロットの静止を払いきっぱりと言い切ったソフィーは、次の瞬間目元の皺を深めて柔らかに笑った。



「…本当に、皇后陛下がご無事で何よりです」

「…わたくしもよ。ソフィーが無事で安心したわ」


 

 シャルロットが伸ばした腕に、「今だけ、お許しください…」とソフィーは引き寄せられる。

 二人はそっと、互いを抱きしめ合った。







 帝国に戻ってきてから休養していたシャルロットにとっては、この日が初めて公務に戻る日だった。



「おはようございます、皇后陛下」

「おはようございます」



 部屋の外で待機していたマルティンとエリックに挨拶を返す。



「マルティン卿…、もう戻られても平気なのですか?」

「はい。ご心配をお掛けしました」



 媚薬のお香に当てられた騎士たちに襲われかけたマルティンも、帝国に帰ってきてから休養していた。



 あまり触れるものでもないかと、シャルロットは「そうなのね、良かったわ」とだけ述べて執務室へ向かう。





「…あのさ」



 シャルロットの後に続いていたエリックは、ふいにマルティンに声を掛けられる。



「あの時、助けてくれてありがとう」


 小っ恥ずかしそうに目を逸らすマルティンに、エリックは緩む口許を手で隠していた。





「…惚れた女が他の男に言いようにされるのを、黙って見ているわけないだろ」

「あの時、本当に救われたっていうか、助かっ───……………は?」



 流し目に見るエリックの色香に、マルティンは頬が熱くなるのを感じた。



「え、ちょっ、…今の、なに?」

「そのまんまの意味だけど」

「そのまんまって!」


 慌てるマルティンの様子を楽しむように、エリックはどこか余裕があった。



「マルティン卿?

顔が赤いですよ。まだ具合が悪いのではないですか?」

 シャルロットに心配そうに覗き込まれて、マルティンは両手を振って否定した。


「ちっ、ちっ、違います!」

「……そう?」



 シャルロットが前を向き直ると、マルティンはジト目でエリックを見上げた。




「揶揄うな」

「本気なんだけど」

「…なんかその飄々とした感じ、昔のモーリッツの野郎に似てるな」

「それは心外だな」


 思い切り顔を顰めるエリックが面白くて、マルティンは吹き出して笑っていた。






 滞っていると思われていた公務は、機械人間から完璧人間と賞賛されるようになったコルネイユによりほとんど片付けられていた。


「こちらが皇后陛下が不在の際に、私が処理をした案件の一覧になります。

そしてこちらが皇后陛下の印章が必要なものになります。

こちらが───」



 テーブルも整頓されていて、説明も分かりやすい。

 少しくらい、散らかっているかと思ったけれど………。



「補佐官にしておくには勿体ない人材ね」

「恐れ多いです」

 コルネイユは淡々と述べる。

 


「不在の間、苦労を掛けたわね。本当にありがとう」


 シャルロットの言葉に、コルネイユも心が温かくなるのを感じていた。



「いえ…」

「追加の休暇を与えるから、好きな時に申請して」

「ありがとうござ──」

「シャルロット!」



 ノックもなしに現れたステラに、シャルロットは分かっていたように両腕を差し伸べる。

 ステラがぎゅうと抱きしめると、シャルロットもまた抱きしめ返した。




「心配したのよ!」

「ごめんなさい、ステラ」

「本当よ!」


 固く抱擁を交わしていた二人だったが、仏頂面なニコラスがステラを剥がすことで離れた。




「何するのよ」

「皇后陛下は王国から戻られたばかりでお疲れのご様子ですから、配慮した方が良いかと」

「あら、貴方の口から配慮なんて言葉が出てくるなんて。だったらわたくしのことももっと配慮してくださる?」



 言い合っているステラとニコラスを、周囲はいつものことだと止めもしない。



「ありがとうコルネイユ。今日はもう休んで」

「…かしこまりました」



 女性で初の筆頭補佐官。

 今までは機械人間と揶揄されることの多かったコルネイユが、今や一歩廊下に出るとその有能ぶりを慕う者たちから次々と頭を下げられた。




 その後、ソフィーの淹れたお茶で一休みした二人は、互いに皇宮と王城で起こった出来事を話していた。



「あの時…私は、無力だった」


 ステラは臨時召集されたその時を思い出し、ドレスを握りしめた。




「貴族たちを取りまとめることもできず、言い負かされてしまって…。

詰め寄られて、怖いと思ってしまったの」

「……ステラ…」


 珍しく意気消沈とした姿に、シャルロットも心苦しくなる。




「あの時、強引だったけどニコラスが助けてくれた。それをきっかけに、フォーゲル公爵が名案を思いつかれて。

そのお陰で、王国軍は皇宮まで来られず、帝都もどうにか無事だったけど…。

わたくしは、本当に…何の役にも立たなかった」

「そんなことはないわ。

アロイス様だって順番に相手をしている貴族たちだもの。一斉に制するなんて簡単なことではないわ」


 

 順番となっても厄介な者がやって来ると、アロイスはげっそりとしてシャルロットを休憩を取っていた。



「それに、男性陣の中に女性一人で立ち向かうなんて、とても勇気がいることよ」

「…ありがとう…」



 涙を流すステラの背中を、シャルロットはそっと撫でる。


 ちらりと目を向けると、ニコラスはその背中を見つめながら、ただ、込み上げるものを必死に堪えているようだった。

 







 医務室の開いた扉にノックをすると、ベッドに横になったモーガンと、腕を組み佇むリチャードがこちらを振り返った。



「ご歓談中失礼致します」



「皇后陛下!」

「皇后陛下…」

 起き上がろうとするモーガンに「そのままでいてください」と告げ、シャルロットは二人に簡単な挨拶をした。



 腹に包帯を巻いたモーガンは、身体中に痛々しい傷跡が残っていた。



「うちの愚息じゃ使い物にならなかったようですね」

「とんでもございません!

あのような状況でわたくしを守りながら戦うなんて、負担を掛けてしまいました。

大事な後継者のお体に傷を付けてしまい、申し訳ございません」

「謝罪なら陛下にも仰っていただきました。

この程度で怪我をするくらいなら、後継者には相応しくありません」


 

 ゲラゲラと笑いながらリチャードにさらっと後継者問題を述べられ、悪い事をしたな、とシャルロットは罰が悪かった。




「陛下に御用がありますので、私はこれで」



 リチャードがいなくなると、二人の間に静寂が訪れる。



「ディートリヒ卿、本当に申し訳ございません」

「……そのようなお顔をなさらないでください」



 モーガンはシャルロットの心境を理解したようで、「父は元から引退する気はありませんから」と吐息で笑っていた。



「どうか、お気になさらないよう」

「…ディートリヒ卿には、本当に、感謝してもしきれないほどです」



 ディートリヒ卿でなければ、きっと、逃げている最中に殺されていた。


 次々と追手の来る王国軍を何十人も相手をしながら、道も分からない王城を逃げ回り、わたくしを守ってくださった。



 いくら次期皇室騎士団団長とはいえ、とてつもない負担だったはず。




「必要なものがあれば何でも仰ってください」

「お心遣い、感謝致します」

「…それから…。

守ってくださり、ありがとうございます」




 シャルロットは深々と頭を下げた。





 ふと、モーガンは騎士を志した時のことを思い出した。


 誰かを助ける父の格好良い背中に憧れていた、幼い頃の自分を。




「…騎士として、皇后陛下をお守りできたことを誇りに思います」



 その憧れた姿になれたと思うと、自然と心から微笑んでいた。


 




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