表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/122

終幕








 帝都ソルダに入ったアロイスたちは、その惨状を目の当たりにした。



 人々の笑いに溢れていた賑わいのある街。

 ラベンダー色に染まっていた帝都は、戦火に包まれていた。



 家屋はほとんど崩壊され、人もまばら。

 地面には焦げ跡や血溜まりができ、ピクリとも動かない人が転がっていた。



 どこからともなく聞こえる悲鳴や泣き声が、その恐怖をより実感させる。






 しかし、皇宮に近づくうち、皆目を見張った。





「俺たちは王国には屈しない!」

「今すぐ出ていけ!」

「お姉ちゃんを返して!!」



 一般人である帝国民たちが、武器を手に持ち王国軍相手に抵抗していた。


 



「お前ら!絶対に許さない!!」


 泣きながら剣を持つ男は、王国軍の剣を必死に受け止めていた。

 その背後には、幼子が丸くなって泣いていた。



「その前にお前が死ぬだろうな!」




 隠れていたもう一人の王国軍兵士が剣を振り上げる。

 男はもうだめだと目を瞑った。





「そこまでだ」



 威圧感のある声に、人々はぴたりと動きを止める。






 黄金の紋章に黒塗りの馬車。眩いそこから濃い赤色のローブを肩に掛けたアロイスが現れると、帝国民はその馬車に安堵し、王国軍は煌びやかなアロイスをすぐに皇帝だと理解した。


 鷲の紋章のマントをした騎馬の騎士たちがその横に一列に並ぶ。




 それまで剣をぶつけ合っていた者たちはみな、アロイスの動向に注目した。





「王国軍に告げる!

ジャスナロク国王の身柄は帝国が拘束した!」


 別の馬車から乱暴に降ろされたスーザは、アロイスの前に投げ出された。


 身なりは豪華なものだが揉みくちゃにされたスーザからは、誰も王の威厳を感じなかった。




「今すぐに武器を捨てて投降しろ!」




 アロイスは人々に見せつけるように、スーザの首に剣を突きつける。




 その瞬間、帝国民は涙を流しながら歓喜に沸き、王国軍は膝から崩れ落ちたという。



 


「…ゆ、許さんぞ…!」



 しかし一人、威勢の良い兵士がいた。


 馬に乗り、身なりの良い王国軍の軍長は、皇帝アロイスに向かって剣を向ける。



「皇帝を捕らえよー!!」



 しかし誰も、その指示には従わなかった。




「な、何をやってるんだ!お前ら!早くあいつを───」


 そう言いかけた軍長の背後から、馬が突撃する。

 馬上から落ちた軍長は、その馬が怯えて逃げる際に踏みつけられると気を失って大人しくなった。




「陛下!」


 上手く馬を押さえながらやってきたリチャードは、馬から降りるとアロイスに膝をついた。




「ご無事で何よりです」

「公爵の息子が随分と活躍してくれたお陰だ」

 そう言うと、リチャードはキョロキョロと周囲を見渡す。



「…あいつはどちらに…?」

「負傷して馬車で慎重に運んでいる最中だ。

公爵にも申し訳ないことをした」

「あいつが、怪我を?」

 訝しげだったリチャードは、はぁーっと盛大に溜息を吐いた。



「あいつもまだまだだな。これじゃあいつ引退できることやら…」


 肩を上げるリチャードに、アロイスも笑いが溢れた。




「陛下!!」



 必死の叫びだった。



 

 黄金の髪を靡かせたステラは、アロイスを見つけるなり駆け付ける。



「ステラ……」



 馬から降りたステラの険しい顔は、アロイスを見つめるうちに和らいだ。





 服には返り血を浴び、長くこの光景を目にしてきたのか戦慄している。



 小さな肩には耐え難いほどの重荷だったことだろう。



 

「良くやった」


 アロイスはそっと、その肩に手を置いた。




「後は任せろ」



 その言葉に、我慢の限界を迎えていたステラはその場に崩れ落ちる。


「っふうっ…」

 馬から降りてきたニコラスに抱きしめられると、その胸の中で人目も忘れて泣いていた。







「…ディートリヒ公爵、戦況を聞かせてくれ」




 


 被害は甚大なものであったが、国王スーザが拘束されたことで、王国軍は意気消沈としていた。

 またアロイスが的確に騎士たちに指示を出したこともあり、それ以上の被害は抑えられた。








「うん、問題ありません」

「本当ですか!?」


 

 アロイスの命で先に皇宮に戻ったシャルロットは絶対安静を言い渡されたが、お腹の子は無事だった。



「良かった………。

本当は、もうダメだと思っていたので…」


 かなり無理をしてしまったから、しばらくは大人しくしていなきゃ…。




「…あの、ソフィーとディートリヒ卿は……」

「双方共に無事ですよ。寝ていれば良くなります」

「そうですか…」

 シャルロットは安堵した。



 けれど、まだ全てが終わったわけではない。







 その日のうちに皇帝アロイスは終戦宣言を発表した。

 ジャスナロク王国、帝国侵攻を企てた国王スーザと第一王女ビアンカの身柄は帝国が拘束し、臨時の権限により第一王子レオナルドが宣言を受諾。

 正式に調印をしたことで、一方的な蹂躙だった戦争は幕を下ろした。




 当時クラメールを筆頭とした医療改革が推進されたことにより、被害の少なかった首都の奥地に医者の学舎が建設され、医療知識を蓄えた者が増えたばかりであった。

 そのためクラメールら知識の深い医師は深手を負った患者の治療に集中し、医学生らは協力し合いながら軽傷者の治療に当たった。


 

 それ以上の死者を増やさなかったのは不幸中の幸いだが、この度の戦争で家族や友人、愛する人を失った者も多く、帝国民からは怒りの声が上がった。



 元々第二王子オスカルが帝国民の人身売買を行なっていたことから、ジャスナロク王国を嫌悪する帝国民が多かったが、今回の件で批判は一層高まった。



 国王と王女、そして兵士だけでなく、ジャスナロク王国を同じような方法で支配するべきだという過激な意見もあったが、アロイスは首を横に振った。

 

 しかし宣戦布告もない一方的な蹂躙、かつ帝国の傘下に入っていた国からの反逆だったため、帝国法に乗っ取って、アロイスも厳しい判決を下した。




 数日後、首都ソルダの広場を埋め尽くすほどの群衆の面前で、憎悪の視線や侮蔑の罵りに包まれる中、スーザは処刑された。

 その首が皇宮前に飾られると、残酷にも人々は僅かながら、怒りが収まったようだった。

 


 さらに数週間後、帝国の牢獄にてオスカル第二王子が、その後を追うようにビアンカ第一王女が処刑された事を皇室は発表した。



 レオナルド第一王子は侵略には関与していなかったが、その企みに気付いていながら何の対処もしなかったことから、ラングストン帝国とジャスナロク王国、及び両国に面する国への入国を禁じられ、遠い異国の地に追放された。

 


 そして唯一、病弱なために日頃から王政と関わりがなく、戦時下においても高熱で寝込んでいたという第二王女シエラだけは、罪には問われなかった。


 しかし帝国民の中には同じ王室の人間が不問とされていることに不満の声もあり、またシエラが国王代理として王国の統制をとるのは困難だと判断されたため、異例にも帝国の人間であるイアンが国王代理を務めることとなった。






 それから、壊滅的となった首都の復興が始まった。



 特に首都の入り口付近は徹底的に荒らされたため、家屋を失った帝国民は教会で過ごすこととなり、優先的に家屋が建てられた。



 復興にはアロイスとシャルロットも赴いた。


 両陛下の訪問に帝国民は励まされ、窮地にアロイスが終戦宣言をした姿を見ていた帝国民は特に、皇帝アロイスの支持を心に誓った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ