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正体





 部屋に押し寄せた帝国騎士たちに守られるように立っていたが、磨かれた宝石のように真っ先に目に留まった。



「シャルロット…!」


 アロイスは目を見張った。





「脱走してきたのね…!」


 目をカッと開いたビアンカは、シャルロットたちをきっと睨んだ。


 それにしても来るのが早過ぎる。

 部屋の近辺だけでなく、この階までの階段には人手を増やしておいたのに…。




「…何だ、この匂い…」

「頭が片割れそうだ」

「力が抜けていく……」


 帝国騎士たちは室内の強烈な香りに異変を覚え、回廊に走った。

 騎士たちが窓を開けて外の空気をいっぱいに吸い込む様子を見ていたビアンカは、廊下に倒れ込む王国騎士たちが目に入り舌打ちをした。




「誰か、部屋の窓を開けろ!」


 トルドーの言葉で動ける騎士たちが部屋の窓まで走った。




「ちょっと、勝手なことをしないて…!」

「ビアンカ、もう止めるんだ」



 レオナルドは袖で口元を覆う。

「…レオナルド兄様?」


 敵対する様子なく帝国の連中に囲まれているということは…。




「…裏切ったのね」


 アロイスの胸板に押し付けていたビアンカの拳は、怒りのあまり震えていた。


「今ならまだ引き返せる。陛下から退きなさい」

「…裏切り者の言葉なんて聞きたくないわ」


 

 醜い罵倒が口から飛び出そうなのを必死に堪えながら、ビアンカは声を絞り出す。

 凄まれたレオナルドはショックに顔を青ざめたが、目を逸らすことはしなかった。


 



 窓が開かれても何人かの騎士たちは崩れ落ち、ぐったりとしていた。

 しかしやがてその目は虚になり、シャルロットやビアンカ、マルティンら女性陣を獣のような目で見つめた。



「っ…具合の悪い騎士は廊下で休ませろ!」

 

 不穏な空気を感じ取ったラクロワは騎士たちを担ぎながら廊下の壁に横たわらせる。









 これほどのきつい匂い、逆行前以来だわ…。

 口元を覆っていたシャルロットは、アロイスたちの姿に息を呑んだ。



 アロイスのシャツははだけ、その上には胸元を広く開けたビアンカが跨っていた。

 シャルロットの顔から血の気が引いていくと、ビアンカは満足げに微笑んでアロイスに顔を寄せた。




「っ…!」

「王女殿下、誰を相手にそんなことをなさっているのか分かっておいでですか。今すぐに陛下から離れてください」

「断るわ」


 エリックが警告し、帝国騎士たちがじわりじわりと距離を詰めるが、ビアンカは怖気付いたりしなかった。



「貴方は罪人です。例え王女殿下であろうとも、帝国は容赦しません」

 トルドーの言葉を聞くなりビアンカは不敵に笑った。



「こうなったらしょうがないわね」

 枕の下から取り出した鋭く光るものが、アロイスの首元に当てがわれる。



「陛下…!」

「武器を下ろしなさい」


 ビアンカの傲慢な物言いにも従う他なかった。

 騎士たちは首元の短剣を見るなり、互いの顔を見合いながら剣を下ろした。しかし限界に近い騎士たちの顎には汗が流れ、床に滴る。


 その息が荒っぽいものに変わっていることを、ビアンカは見逃さなかった。




「貴方たち…何を考えているの?」


 アロイスから下りると、騎士たちに猫のように忍び寄る。

 胸元を見つめながらごくりと喉を鳴らした騎士たちに、吐き出すように笑いがこぼれた。






 そうよ、これが本来の反応よ。



 女を求めてやまない猟奇的な目。

 指が掠れるだけで体は大袈裟なほどに反応を示し、逆上せたように顔が蒸気する。



 ビアンカはその背中をシャルロットたちに向けて押した。



 逃げ延びたシャルロットはドレスの裾が破れ、髪も乱れていた。




「欲望のまま、動きなさい」


 まるで洗脳のよう。乱れた息をした騎士たちは今にも飛び掛かりそうな勢いだった。



「……っ……」

 その目は獣のように荒々しいものだった。



 可笑しわ。

 まさかこの一瞬で帝国騎士たちまでお香の効果を受けたの…?




 尋常ではないことに気付いたシャルロットが一歩一歩と後退る。

 その前にはエリックとマルティンが立ち塞がると、狙いをマルティンに変えた騎士たちがハイエナのように飛び掛かった。




「避けろナディア!!」


 エリックの呼ぶ声が聞こえても、マルティンは固まって動けなかった。





『ほらほら、少し剣を振るったくらいでもう汗かいて。俺は本気出してねえぞ』

『虐めるなよ。女の汗もいいもんだろ』




「っ…!」


 気色悪い目つきは、過去にマルティンが“女”だからと辱めてきた男たちを思い起こさせた。



「マルティン卿!」

「止めろ!」


 エリックは真っ先に動くと、騎士の腹に拳を入れる。次に襲いかかった騎士にも蹴りを入れた。



「お前ら落ち着け!」

 トルドーとラクロワ、レオナルドまで止めに入り、シャルロットはマルティンの前に回り込んだ。



「マルティン卿!」

 

 自身を抱きしめるようにして怯えるマルティンを、シャルロットは人のいない壁際まで誘導する。

 ちらりと見えた顔色は酷く悪かった。






「っ…どいつもこいつも役立たずね…!」



 思い通りにいかず苦虫を噛み潰したような顔をしていたビアンカは、痺れを切らしたようにシャルロットに足を向けた。



 その手に握られた銀色が振り上げられ、皆がシャルロットの名を叫びながら振り返る間が、とてもゆっくりに感じられた。







「そこまでだ」



 振り上げられた腕は逞しい腕に捕らえられた。



 震えるほど強く握られた手から短剣が落ちると、アロイスは素早くビアンカの両手を背後で拘束した。



 

「っ痛っ…。何で…!」



 ベッドを見ると、アロイスを拘束していたはずの縄が解かれていた。

 





 未だにお香の効果を見せない。




 それに私に触れても平然としている…。




「…ここまで冷静でいられるはずがないのに、何で…」

「“こうなるかもしれない”ことを予測して、舞踏会前に解毒剤を飲んでいたからだ」





 一体どこから予測されていたの。





「媚薬なんかで人の心は手に入らない」




 その単語に、皆が言葉を失った。


 


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