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「うゔっ…、痛い、痛いわ…」

「リンジー様、後数日の辛抱です」

「きっともうすぐお子様にお会いできるのですわ」


 宰相マーカスの妻リンジーは、臨月を迎えてからほとんどベッドを起き上がれずにいた。


 楽しみにしていた午後のティータイムも庭園の散歩もできず、時折猛烈に襲いくる腹部への痛みに頭が真っ白になる。



「リンジー様、きっと産気づいているのですわ」

「医師によれば、今日か明日にはということでしたが…」



 侍女たちがそんな会話をしていると、何やら廊下の方が騒がしくなってくる。



「もう何事!リンジー様のご出産が近いのだから騒がしくしないで!」


 耐えきれなかった侍女長が廊下に口出しに行くと、使用人が余裕のない様子で早口に言った。



「それが、王国軍が帝都を襲っているようなのです!」



 予想だにしなかった言葉に、侍女たちは一瞬何も考えられなくなった。しかし次にその意味を理解した途端、さーっと血の気が引いていった。



「っ何ですって!?」

「どういうこと!?」

「帝都の人間が無作為に襲われているらしいわ!

街に買い出しに出ていた厨房担当が見たのよ!」

「早く逃げた方が良いって!」


 使用人たちは足音をバタバタと立てながら他の使用人たちに言って回る。



 侍女長は背後の室内を振り返った。




「お腹が、痛い…」


 顔に冷や汗をかいたリンジーは、ギュッと目を瞑っていた。陣痛と闘っていてすぐに邸宅から逃げ出せるような状況ではない。

 それに今命の危機に晒されると知れば、ショックで子が流れてしまうかもしれない…。



「侍女長、どうなさいますか…」

「………」

「侍女長…!」


 どうするべきか決めかねていると、階下から複数の足音が聞こえ、「お待ちください…!」と引き止める声がした。



 侍女たちが警戒していると、姿を現したのは王国軍…ではなく、ディートリヒ公爵夫人であるフェラニアと、同じ皇帝派の夫人たち、そして彼女たちの侍女や護衛だった。



「ディートリヒ公爵夫人!皆さままで…!」

「フォーゲル公爵夫人はどちらに?」

「こちらにいらっしゃいますが…」

 他の夫人たちの服装は日常用のドレスだったが、フェラニアはまるで騎士のような装いで、腰には剣を携えていた。



「帝都が王国軍の襲撃を受けています。手を貸しますので一刻も早くこの場から逃げてください」

「しかしどこへ逃げると言うのです…っ?それに旦那様の指示もなく勝手に動くわけにはまいりません!」


 戸惑う侍女長を差し置いて部屋に踏み行ったフェラニアは、リンジーの元へ向かう。


「…公爵夫人?」

 痛みで朦朧としながらリンジーが目を開くと、そこには安心させるように微笑むフェラニアの姿があった。



「フォーゲル公爵夫人、今帝都に危機が迫っています。わたくしは夫人を避難させるために参りました」

「…帝都に…危機…?」

「はい。主人もその対応のため出払い、宰相もしばらくは皇宮から出て来られないはずです。

わたくしとともに、来ていただけますか?」


 リンジーはどうにかこくりと頷いた。

 フェラニアは部屋の窓から顔を覗かせる。その様子を見に行った侍女長も、現実を目の当たりにした。



 王国軍と思しき見なれない軍服を身に纏った血まみれの兵士たちが、邸宅の目と鼻の先にまでやって来ていた。



「我が邸宅は真っ先に襲われました。私を探していたようで、ディートリヒの邸宅と知っての行動です。

宰相の妻であり子を孕っているフォーゲル公爵夫人もまた、人質としては格好の餌食でしょう」

「………!!」


 ここで避難しなければ、リンジー様の命も危うい。

 それに邸宅にはまだほとんどの使用人が避難せずに残っている。



「フォーゲル公爵のいる皇宮には一報を入れました。侍女も多くなければ避難できる場所です。

同行者は数名に絞り、他の者たちは帝都から離れた場所に避難させてください」

「…かしこまりました」



 侍女長が動き出したことで、フォーゲル公爵邸の使用人たちは無事に邸宅を逃げ去ることができた。

 その後王国軍がフォーゲル公爵邸を襲い、隈なく捜索したが、人っこ一人見つけ出すことはできなかった。
















 宰相マーカスの提案により、残っていた騎士団が帝都ソルダに駆り出された。

 しかし数では圧倒的に不利なものがあり、少ない戦力が失われないよう騎士団毎での行動を言い渡された。

 そのため、帝都全体に戦力が行き渡るということはなかった。






 色とりどりに輝くフロントガラスの光を浴びた祭壇に、背後から光が差す。


「どなたですかな」


 祈りを捧げていた白髪の老人が、眼光鋭く出入り口を振り返った。

 

 



「事前の連絡もなく訪問してしまい申し訳ございません。ステラ・ノア・ラングストンです」

 頭に深く被っていたフードを脱ぐと、どんな令嬢とも比べられないほど眩い黄金の髪をもった綺麗な女が現れる。


 初めて間近に見るステラに、老人は目を見開いた。


「…皇女殿下…!」

「教皇にお願いがあって参りました」


 ステラが教会に足を踏み入れると、マーカスを含む貴族や護衛騎士らが数名やって来る。

 やがてバタンと扉が閉ざされた。



「…何の御用でしょう」

「今、帝都は王国軍に侵攻され戦地と化しています。そのことはご存じでしょうか?」

「はい。そのためこうして祈りを捧げているのです」


 一歩一歩ステラは教皇に近付く。

 


「騎士は出払っているため王国軍を止めることもできず、罪のない帝国民が蹂躙され、略奪や暴行の被害が絶えません」

「西部地域の土砂災害の時のように、国民をここに避難させろというのですか?

いくら帝国一の教会とはいえ、帝都に暮らす国民の全員を避難させることができるほどの広さはありませんよ」

「今回のお願いは別のものになります」


 やがてスタンドガラスの光を浴びたステラが目の前まで来ると、教皇はその美しさと眩さに目を細めた。




「教会がいざという時のために武器を隠し持っていることは存じております」

「っ…!?」


 それまでの穏やかな口調をしていたステラから、全てを見透かすような視線のマーカスに会話の主導権が移った。

 その視線から逃れようと教皇の視線が彷徨う。



「どこに隠せるというのです」

「地下施設です。元は別の用途があったようですが…」


 かつて落ちぶれていた教会は地下で非道な行いをしていた。

 関与した貴族たちと共に真実は闇に葬られ、それを知る者はほとんどいない。

 しかし主だった行動もないため、帝国における教会の勢力は劣っていた。



「本来基準を超える武器の所有には皇室の許可が必要となりますが、今回は不問と致します。その代わりに、武器を国民に貸与してほしいのです」


 口の達者なマーカスと、ステラの背後に立つニコラスの眼圧から、教皇は言い逃れることなどできないと悟った。


 まさか、皇室に知られていたとは…。

 



「せめて戦う機会を与えたいのです

何の抵抗もできず帝国民が蹂躙されているのを、これ以上黙って見物していることなどできません」


 ステラはぽつりと言葉を溢した。


 皇女として、一般的な女性より華々しい人生を送ってきた。

 煌びやかな宝石、流行りの一点もののドレス、何かを欲しいと言えば誰かが与えてくれたし、手に入らないものなどなかった。



 けれど決して楽しいことばかりではなかったし、家族や友人、多くのものを失った。


 だからこそ、今残っているものを大事にしたい。


 残った家族の期待に応え、安心して帰れるようにしたい。

 国民が大切な人を失わないようにしたい。



 そのために、皇室の一員として、やるべきことをやるだけよ。





「そこまでご存じなら、命令もできるというのに…断れるお願いなどでよろしいのですか?」

「断る選択肢があるとは思えません。

それに、これは教会が名誉を高める絶好の機会ではありませんか?皇室と協力していざという時のために教会側が武器を所有していたとすれば、教会に対する国民の見る目も変わって来るでしょう」



 そこまで見越していたとは…。

 教皇は長い息を吐いた。



「さすがは宰相ですね。敵に回すのは恐ろしい人です」

「それほどでもありませんよ」


 ニコリとも笑わないマーカスの言葉が上辺ばかりのものであることが面白くて、ステラはくすっと笑った。



「着いてきてください。入口は私の執務室になります」

 

 


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