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逃避行






「ぐっ…」

 後ろ手に捕らえられていたモーガンは、騎士に背後から突き飛ばされ地面に顔から衝突した。


「ディートリヒ卿…!」

 シャルロットはすぐさま駆け寄り、その両肩を支える。

「くっ、せいぜい亡国を思って泣くんだな」


 一人の騎士が馬鹿にすると、周囲にいた騎士たちも笑い飛ばす。やがて騎士がいなくなると、見張りが数名だけ残ったようだった。



「…お怪我はありませんか、皇后陛下」

「わたくしは平気です。それよりディートリヒ卿の方が…」

「私は鍛えておりますので」


 あれだけ力づくでやられていたのに、解放された今は普段通りの落ち着きようだった。

 その姿を見て、シャルロットもまた平静を取り戻しつつあった。





 まさかこんな形で戦争を仕掛けてくるとは思わなかった。




 逆行前は王国が友好条約を破って開戦したものの帝国が圧勝し、敗戦した王国は従属の印としてビアンカ王女を送った。


 けれどわたくしとアロイス様を人質にとってしまったら、それは本格的な宣戦布告。

 敗戦したら王国が滅ぼされかねない上、王家の首も飛ぶかもしれない。



 自分達の身柄の保証さえできないのに、わたくしたちを人質に取るなんて方法は意にそぐわないはず。



 本当に、逆行前のように穏便に戦争を終わらせるつもりならば。




「武器を蓄えているという噂はありましたが、両陛下が王国訪問されている今開戦するとは…」




 けれど真意は?


 この戦争に命さえ賭けているとしたら?



 わたくしとアロイス様が湖に沈んだあの日のあの時のように、帝国を征服する算段なのだとしたら?




「…ソフィーの命が危ないわ。それにマルティン卿やエリック卿も…」


 敵国である帝国の人質、その侍女であり疑いの目を向けられていたソフィーは、混乱に乗じて殺されかねない。

 公式的な護衛騎士たちも見せしめに何をされるか、考えただけでも恐ろしい。






「国王が来る前にここから逃げましょう」

 

 二人まとめて入れ込まれた牢屋。しかしここにいるのも長くはないだろうとモーガンは踏んでいた。



 ここに来るまでの道のりは何も知らない貴族や使用人たちが行き交い、皆一様に驚きの目で見つめてきた。


 本当の牢屋は城の地下、最奥にあると聞いているが、連れて行くには何も知らずに廊下を行き交う者の人目が多すぎたのだろう。




「可能なのですか?」

 モーガンに合わせて、シャルロットも声のトーンを落とす。

 


「そのために陛下は我々を逃したのですから」

「逃した…?」

「あの場での狙いは陛下でした。しかし下手に皇后陛下が発言をしていれば、狙いが皇后陛下に代わっていたことでしょう」



 だからあの時、陛下はわたくしを見て頷いていたのね…。


「…また、守られましたね」

「……私は皇后陛下の護衛を任されました。

なので必ずここからお出しし、お守りします」



 溌剌として威勢の良いリチャード、ステラの事となると熱くなって誰も寄せ付けないニコラス。

 父と弟に比べるとモーガンは何かに熱くなったり執着することはなく、貴族らしく気品があって、真面目で、いつも余裕のある感じがしていた。



 けれど彼もディートリヒの家系。

 そう思わせるくらいには、モーガンの目つきがギラりと光り、使命感に追われているようだった。





「腹部を押さえて、少々屈んでいただけますか?」

「…こうかしら?」


 モーガンに言われた通り、その場で腰を丸くする。



「皇后陛下!?」

「!?」

 唐突に大声を出されてシャルロットが吃驚していると、同様の反応を示した見張りがこちらに近づいてきた。



「皇后陛下!お気をしっかり!」

 体調の悪いフリね…。


「うゔっ、お腹が痛いわ…!」

 顔を歪めてその場に崩れ落ちる。渾身の演技を見せるシャルロットに、見張りも只事ではないと牢から顔を覗かせた。



「おい、どうした」

「皇后陛下が腹痛を訴えられておられます。

先ほど王国の騎士たちから暴行を受けた影響だと」

「…暴行なんて受けてたか?」

「せめて医師に診てもらいたいのですが」



 「うーん…」と悩んでいる声が聞こえ、シャルロットは更に上体を伏せて「先程蹴られたところが痛いわ…!」と髪を振り乱した。



「…分かった」

 そう言って鍵を開けて入ってくる。

 その瞬間を、モーガンは逃さなかった。



 見張りの肩を掴み、鳩尾に膝蹴りを入れると、「っうぐっ…」と見張りが衝撃を受けている間に首裏を素早く打った。

 




 すると静かになった見張りがバタッ、と倒れ落ちる。



「お見事です」

 モーガンは入り口を跨いでシャルロットに手を伸ばした。


「足元が悪く頭上も低くなっております。お気を付けください」



 その手を取り、シャルロットは牢を抜け出した。


 その後も残っていた見張りを撃退したモーガンは、迷うことなくどこかへと向かっていく。

 道中にも何人かの騎士と遭遇したが、五人を相手にしてもモーガンはどこか余裕のある動きをしていた。




「あ、のぅ、ディート、リヒ卿、どちらへ…っ」


 それに対し、ついていくのがやっとなシャルロットは息を切らし、肩を上下させていた。

 モーガンは曲がり廊下で先を気にしながら、シャルロットを振り返る。



「城内の地図は頭に入っております。恐らく帝国の騎士たちも一時的な牢屋に入れられているはずですので、このフロアに…」

 


 モーガンの合図によりシャルロットたちは再び進む。

 公務以外、散歩とティータイムばかりして怠けていたつけが回ってきた気がするわ…。

 


 汗ひとつかいていないモーガンとへとへとになったシャルロットが辿り着いたのは、先程自分達がいたような牢屋だった。




「っ…!」

「っゔっ…」



 前を歩いていたモーガンがぴたりと歩みを止めた。止まりきれなかったシャルロットは顔を打ち付け、痛む鼻を抑えながら後退する。



「ディートリヒ卿、どうかなさいまし……」



 屈強なモーガンが立ち塞がり、前が見えていなかったシャルロットはひょいと顔を覗かせた。



「ほう、これはこれは皇后陛下。自ら私に会いに来てくださるとは光栄です」

「っ………国王陛下…」


 一気にシャルロットの顔が強張った。

 そこにいたのはジャスナロク国王スーザだった。


 そしてスーザを取り囲む騎士たちが一斉に剣を抜くとこちらに身構える。モーガンはとっさに王国騎士たちからシャルロットを庇うように右に手を伸ばした。



 騎士の数は二十人ほど。


「…皇后陛下、ここはひとまず引いて───」



 シャルロットを守りきれないと判断したモーガンは逃げることを告げようとした。



「それはご遠慮願おう」


 嘲笑うスーザの言葉と共に、シャルロットたちの背後から新たな騎士が取り囲む。




「っ…」

「そんな……っ」




 背後の王国騎士たちも二十人ほど。

 その数にシャルロットが怯えていると、モーガンはシャルロットを壁側に追いやった。



「くらえ!」

 背後にいた騎士の剣が振り下ろされ、モーガンが剣で受け止める。

 騎士の腹を蹴ろうとモーガンが脚を上げると、前に迫っていた別の騎士が切り掛かってきた。



「っ…」

 一人目を力で押し返したモーガンはその剣を受け止めたが、不意をつくように次々と騎士たちが襲い掛かってくる。




 狭い通路で挟み撃ちにされ、時折シャルロットに伸びる手を追い払いながら、王国騎士の剣の相手をするのは至難の業だった。


 ようやく五人を倒してもまだ敵は何十人と残っている。


 

 厄介な奴らめ。

 せめて、皇后陛下をどこかへ避難させられたら…。




「っきゃ!」


 モーガンが考え事をしているうちに、シャルロットは王国騎士に腕を引かれていた。

 


「皇后陛下!!」

「よそ見をするな!」

 すぐさまシャルロットを助けようと手を伸ばしたが、王国騎士の剣が前を横切った。

 モーガンの額から血が流れ、髪がハラリと垂れる。




 血で片眼が塞がったモーガンに一斉に飛び掛かってきた騎士たちの攻撃を避けきる事はできず、脇腹を剣が突き刺した。

「っ…!!」


 騎士がにんまりとしながら剣を引くと、モーガンの脇腹からどろっと血が溢れ出た。






 引っ張られた勢いで肩を強打したシャルロットは、痛みのあまりきつく目を閉じた。

 何がに強く肩を引き寄せられ、顔に生温い息が吹きかかる。



「ああ、お美しいですね、皇后陛下…」


 目を開くと、抱きとめた王国騎士が鼻息を荒くさせてシャルロットを間近に見下ろしていた。



「パーティでお見かけした時からずっと、この世のものとは思えないほどの美しさだと思っておりました…」

 その吐息が再び顔にかかり、シャルロットは顔を背けた。


 っ気色悪い……!



「おい貴様」

 シャルロットが言うよりも早く、スーザがその騎士に指をさした。



「私の妃だ。手を出すな」

「…恐れながら陛下、まだ陛下の妃となられたわけではないはずです」


 しかしシャルロットの美しさに惚れ込んだ騎士は、その肩を抱いて離さない。




「屁理屈はやめてその汚い手を離すんだ」

「お断り致します!」

 

 騎士はとうとう剣を抜き、スーザに襲い掛かる。


「なっ…!!お前ら!こいつを殺せ!」


 それを他の護衛騎士たちが阻み、押し合いになっていた。




 その隙をついてモーガンは騎士たちの急所を狙っていく。

 

「行きましょう!皇后陛下!」


 残りの騎士たちを交わしながらモーガンはシャルロットの腰に手を添えて促す。

 二人は来た道を逃げるように戻って行った。





「正に、傾国のプリンセス、ですね」


 ずっと物陰に隠れていたベアは不敵に笑うと、騎士たちの合間を縫って牢屋の奥へと向かった。





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