九十七話
「帰ってきたな」
「ここも何やら久しぶりな感じがするの」
転移魔法でデーヴァンへと移動した俺達だったが、流石に街中へ直接移動するというわけにもいかないので少し離れた森の中へと転移し、そこからは歩いて来ていた。
とはいえ、そんな遠くに転移した訳ではないので、歩いたのはほんの数十分程だろう。
「やっぱり並んでるな」
「封印から出て初めてきた時を思い出すの」
俺とエルが封印から出て初めてきた時、あの時は中へ入るためのお金がなくて身につけていた装備品を同じ待機列にいた商人に売ったんだったか。
今回はちゃんと通行料を支払えるからその必要はないな。
冒険者として依頼を受けていれば通行料もいらないのだが、流石に転移でここまで来るのに最適な依頼なんてものはなかったから、素直にお金を払って入るつもりだ。
そのまま列に並び、自分達の番になって予定通り通行料を支払った俺達は、約一ヶ月ぶりにデーヴァンへと入った。
五百年経っても昔の名残を残していたこの街は、流石に数週間やそこらで大きな変化はなかったが、よく見てみると何やら冒険者らしい格好をした若者が増えたようにも感じる。
「なんか、冒険者増えたか?」
「ふむ、確かにそのような気もするな。何かあったんじゃろうか」
「この街は冒険者が多いって聞いた」
ミイナの言うとおり、この街は比較的冒険者が居る場所だ。
近くに魔族王国があった頃の名残だかなんだかって話だったが、それでもここにいた冒険者はどちらかと言うと年齢の高めな、これから引退に向けて準備でも始めようかという類の者が多かったと思う。
確か、マリアナが世間話のついでのように話していたんだったか、ここは冒険者を引退する者に人気のある街なんだそうだ。
大戦の名残で防備に重きを置いている割に近くに敵になるような相手がおらず、警備や見張りなんかの仕事は結構あるが実力はそこそこでも大丈夫という、そろそろやんちゃしてられないなって感じの人たち向けな仕事があるからだとかなんとか。
「流石に、新人が全然いなかったって訳ではないけど……」
そんなことを考えながら、俺達は揃って冒険者ギルドへと向かっていた。
今日の宿を取るにあたり、前まで使っていたところでは少々手狭だろうということで、お勧めの宿を聞こうと考えてのことだ。
マリアナへの土産は既に渡しているが、一応ミイナについては紹介しておこうとも思っている。ピニエール達のことも説明しといたほうがいいだろうしね。
「お、あれヤウメルじゃないか?」
ギルドにつき、中へ入った先のカウンターに座っていたのは少女というのがピッタリな女の子だった。
彼女は、俺達が盗賊から助け出したヤウメルという子で、その後はこの冒険者ギルドの受付嬢の見習いとして働かせてもらっている。
この前ギルドに来た時は見なかったのだが、今日は受付に新しく増設された小さな机の後ろで何やら書類と睨めっこしていた。
「ユウマお兄ちゃん! エルお姉ちゃん!」
俺がヤウメルの名を出したのと同時に彼女の目がこちらへと向き、俺達の存在に気づいた彼女はパッと表情を明るくした。
「ヤウメル、もう受付の仕事をしているのか? 凄いじゃないか」
「おーおーヤウメル久しぶりじゃの。仕事はどうじゃ? ギルドの先輩に虐められたりはしておらんか?」
彼女がこのギルドで働き出したのは俺達がここを出る少し前、つまり、まだ働き出してから一ヶ月弱しか経っていない。
見習いとして採用された彼女が受付を任されるのは、流石にまだ早いように思うが……。
「ヤウメルね、受付修行してるの。新人さんの依頼受付の仕事。先輩のお姉さん達はみんな優しいよ。冒険者さん達が怒った時とかも助けてくれるし」
そう言ったヤウメルの後ろには、受付嬢の一人が座っている。
「つまり、ファムルはヤウメルの指導役ってところか?」
そこに座っている女性もまた俺達の見知った人物だった。
彼女は、俺達が元勇者だったり魔王だったりっていう事情を知らせてあり、依頼の処理などを一手に引き受けてくれている。
「はい。今はヤウメルちゃんのお目付役です。ヤウメルちゃんには立派な受付嬢になってもらわなくては」
彼女もまた、俺達がここに来たときに受付嬢として初仕事をしていた新人だった。働き始めてすぐに後輩ができたのが嬉しいのだろう、とても良い笑顔でヤウメルに教えるための書類を精査している。
新人同士さほど重要な仕事が回されないことから、ヤウメルの指導役として任命されたらしい。
「ヤウメルちゃんが受付嬢としてしっかり仕事ができるようになったら、私は今後の新人指導としての仕事がもらえるんです! 今はまだ私も色々教えていただきながらですが、将来はこのギルドの受付嬢を全員私が教えた人達で埋め尽くして見せます!」
そうなるには、彼女が教えていない現在の受付嬢が全員辞めるか、他の地域のギルドに移動する必要があるのだが……まぁ、目標を高く保つのはいいことだしな。
「頑張ってな。それで、俺達はマリアナに挨拶してこうと思ってるんだが、今時間あるかな?」
「そうですね、今日は重要な用事はなかった筈なので大丈夫だと思います。ではヤウメルちゃん、一緒にギルド長のところにユウマさん達が来ていると伝えに行きましょう」
「はい!」
とても元気のいい返事をしたヤウメルを連れて、二人で二階のギルド長室へと向かうファムルとヤウメル。
ヤウメルが、睨めっこしていた書類を机に置くときに喜んでいたように見えたが、気付かなかったことにしておいてあげよう。
少しその場で待っていると、彼女達が戻ってきた。
「ギルド長がお会いするそうです。今は来客の対応をしているのですが、相手の方もユウマさんと知り合いですし、一緒に話を聞くから連れてきていいとのことでした」
「来客? まぁ、いいと言うなら行くけど」
「ではご案内します。ヤウメルちゃん、ユウマさん達をギルド長室にご案内して。一応、知り合いじゃないと思ってやるのよ?」
「わかった! ユウマお兄ちゃん、こちらへどうぞ!」
うん、早速知り合い感満載だけど、ファムルも指摘するつもりはないようだからいいか。
二階へ上がり、既に何度か訪れているギルド長室へとヤウメルの案内で向かう。
彼女が扉を叩き、俺達のことを伝えると、中から入っていいわよとの返答が来る。そこでヤウメルが戸を開け、俺達を中へと入れてくれた。
「ヤウメル受付嬢っぽかったぞ。頑張ってるな」
「ありがとう! もっと頑張る!」
努力の成果はちゃんと評価してやるのが成長のためには必要だ。
俺はヤウメルを褒め、一階へと戻っていく姿を見守った。
「しっかりやっておるようじゃな」
「少し安心したよ」
彼女の姿が見えなくなるまで階段の方を見やっていた俺と、ほぼ同じことをしていたエルとでちょっとした会話をし、俺達はそのままギルド長室へと入る。
「ユウマさんにエルさん、お久しぶりです」
部屋に入った俺達を迎えたのは、ギルド長であるマリアナとローランだった。
彼はもまた俺達の正体を知っている人の一人で、五百年前は魔法局と呼ばれていた組織が名を変えた魔術局のデーヴァン支部の局長でもある。
魔法局といえば、五百年前の大戦で俺と共に魔王城に向かったメンバーのうち三人がそこから派遣されてて、ミイナの祖先であるケイナとレイナもそこに所属する人達だったな。
かなり遠いが、一応間接的にミイナの関係者と言えるかもしれない。
「来客ってのはローランだったのか。久しぶりだな」
「封印から出てきたとき以来じゃの」
「ええ、お久しぶりです。今日は冒険者ギルドに少々依頼をしようと来ていたのですが、ユウマさん達とお会いできたのは運が良かったですね。私はあまりここには来ませんから」
「魔術局の支部局長だもんな。頻繁に冒険者ギルドに来てるわけはないか」
立場的にも忙しいだろうからな。
「まぁ、今日はただ挨拶にと思ってきたんだ。ちょうどいいしローランにも紹介しておくよ」
そう言って、俺は後ろにいるミイナとピニエールとアルファトを順に紹介していく。
「彼女はケレイナの街で仲間になったミイナ。色々あって一緒に旅することになったけど、一応魔法の素質がある」
魔法の素質のところでローランが興味を持ったようで、ミイナへと視線を向けた。
「魔術局にはやらんぞ? 妾達のパーティーメンバーになるのだからな」
そんな彼の視線を制するようにミイナの前に立つエル。
彼女の言葉を聞いて自分がミイナを凝視していたことに気付いたのか、恥ずかしそうに頬を掻いたローランは、すまなそうに口を開いた。
「大魔法使いに『素質がある』と称されたことに驚いてしまって。すみませんでしたミイナさん」
「大丈夫」
当のミイナは特に気にした様子もなく謝罪を受け入れている。
「で、こっちの二人はエリスマグナで知り合ったピニエールとアルファトだ。こっちもまた色々あって今は俺と隷属契約をしてる。一応、この二人もパーティーメンバーってことになるのかな?」
「冒険者登録はしておるからの、そういうことで良いのではないか?」
「私はか……ユウマ様のお役に立てるのであればどのような立場でも構いません!」
未だに俺のことを神と呼びそうになるピニエールだが、この街に入る前にその呼び方はやめるようにと言い含めた。
いくらなんでも、隷属契約をしている相手から神なんて呼ばれ方してたら俺が変な目で見られる。
本当は、ユウマさん程度にして欲しかったのだが、様とだけは呼ばせてほしいと懇願され、執事の格好をするならということで妥協している。これはこれで目立つけど、普通の格好をしている相手にそう呼ばれるよりはマシだろう。
変装は案外似合ってるし。
「俺もユウマさん達には助けられてる形っすからね。役に立つっす」
アルファトの言う『助けられてる』というのは、彼らが旧魔族派から狙われている可能性のことだろう。
一応彼らの主人みたいな立場なわけだし、二人が襲われるようなことがあったら助けてやるつもりだ。なんか、主人と従者の立場が逆転しているような気がしないでもないが、実力的にこうなってしまうのは仕方ない。
「とまぁ、仲間も増えたし暫くここから離れてたから挨拶にと思って来たんだ。今後のことはまだ決めてないけど、また暫くの間ここの街でお世話になるかも知れないしな」
「それと、当面の宿の情報じゃな」
俺の言葉にエルが捕捉する。
「そうだった、メンバーが増えたから冒険者ギルドでいい宿を紹介してもらえないかと思ったんだけど」
「それ、ギルド長の私に聞くの? 受付ならまだしも、私がそんなこと話したら流石にまずいでしょう」
「え? なんで?」
「それは流石に一つの宿に対する贔屓になるわ。評判が悪いところついての注意くらいならまだしも、おすすめってなるとね」
うーん、確かに、ギルドの長が評価した宿なんて話が広がれば、その宿の評判が上がる反面他の宿からしたらたまったもんじゃないか。
しかし、それならそれで他の宿も評価を受けられるくらいに頑張ればいいんじゃないかとも思うが。
「そうもいかないの、王家とか貴族ならそれでいいのでしょうけど、ギルド長ってそこそこの発言力を持っている割にそれらの人達と比べたら力はないでしょう? お金で買収されてってことがあって一時期問題になったのよ。貴族とかを買収できるほどの実力もお金もないけど、ギルド長くらいならってね」
「それはそれで実力だと思うけどな。それだけのお金を用意できるくらいには、元から評判の高い店だったってことだろうし」
「そうでもないのよ。その時問題になったのは、実際には大した力もないのにあまり表に出せない類のお金を使って評判だけ上げたって感じだったの。全員が全員そうだとは言わないけれど、その事件がきっかけで、ギルド長が一つの店の宣伝をしないというのが冒険者ギルドで暗黙の了解のようになったわね」
なるほど、使われるお金が真っ当なものとは限らないか。
「商人ギルドの場合はギルド員全員に徹底しているらしいですね。冒険者ギルド以上にお金関係に厳しくしないといけない所ですから」
「そういえば、この街に来た最初に商人ギルドで宿のことを聞いたら冒険者ギルドにって勧められたな。その時はそんな話はしてなかったけど」
「初めてこの街に来たという相手にそんな話をしても仕方がないじゃろうからの」
「というより、商人ギルドでその手の話をする人なんて、あまり他のギルドのルールとかを気にしない冒険者とか田舎からきた人くらいですもの。どちらにしても、武力で制圧できる冒険者ギルドをお勧めしておくのが無難でしょう」
武力でって……物騒ではあるが、確かに力のある冒険者が多く居る場所だからな。何かあったらギルドの中にいる冒険者にでも頼めば抑えられるだろう。
「じゃあ、またファムルにでも聞くか」
「前は親戚が経営する宿じゃったが、なかなか良いところじゃったしの」
「ああ、あの子の親戚の所ね、確かにいい宿だわ」
おいおい、普通にギルド長が評価を口にしてるじゃないか。
いや、俺達はもう泊まったことがあるから、変にお勧めする形にならないしいいのか?
「でも、よく考えたら丁度いいかも知れないわ。ローラン、例の件をユウマ達に頼んでみたらどうかしら。それなら、魔術局から貸家を提供できるでしょう?」
「なるほど、それは名案ですね」
マリアナが、俺達にはどうにも話の意味がわからないことを言い出す。
「例の件ってなんだ? 依頼なら受けるかどうかは内容によるけど」
冒険者ギルドからの無茶振りとかは断るみたいなことは言ってあるからな。
どうせ、今後の行動は決めてないから、おかしな内容とかでなければ受けてもいいけど。
「ユウマさんとエルさんに魔術学校の臨時教師をしてもらいたいのです!」
ローランから発せられた依頼は、おかしな内容かどうか微妙な線のものだった。




