九十五話
翌朝、俺たちは昼食を済ませた後にメリシネオルさんの元へと向かっていた。目的は、昨日話していた通り魔族の国『エルキール魔族王国』との交流について話すこと。
昼食後になったのは、朝はこのための下準備でエルとともに子供魔王のところに顔を出していたからだ。流石に、何の連絡もなくいきなりこの領地との交流を斡旋するわけにはいかないからな。
「一応、あっちの反応は良かったな」
「人族との融和を掲げているだけはあるといったところじゃな」
ケレイナとの交流に対する子供魔王達の反応は上々だった。やはり、人間側との繋がりは多い方がいいということだろう。
ただし、別れてから殆ど日を開けずに再び現れたことには呆れた目をされたが。
「あとはこっち次第だ」
俺は目的の部屋の扉を叩く。
「メリシネオルさんいるか?」
「ユウマさんですか? どうぞ、開いていますよ」
返事を受けて扉を開けると、中ではメリシネオルさんの他にモルドアルさんとゴドリスがソファーに腰掛けていた。
俺たちがやって来たのはメリシネオルさんの自室ではなくこの領主館の会議室だから、彼女以外の人がいるのはおかしなことではない。流石に、昼時に自室にいる程彼女は暇じゃないからな。
まぁ、ゴドリスがいるのには驚いたけど。
「またお揃いで」
「お主は忙しいのではなかったのか?」
エルの視線はゴドリスへと向いている。
「いや、お前らの仲間が手伝ってくれてるおかげで作業が捗ってな、少しばかり時間に余裕ができたから報告に来てたんだ」
ピニエールとアルファトのことだろう。
彼らは今日も朝から復興の手伝いに行かせている。流石に旧魔族派だった彼らを子供魔王の前に連れてくわけにはいかないからな。
「それは良かった。俺達は待ったほうがいいか?」
「いや、報告は済んでる」
「そうか、ならギルド長も聞いていってくれ。魔族の国とのことだから、場合によっては意見を聞くこともあるかも知れない」
「わかった」
その後、数日中にエルキール魔族王国との交渉の場を設けるつもりであることや、現状の魔族王国側の反応などを俺が、魔族としての考え方や、文化的な違いなどをエルが話し、今後の行動について話し合った。
「つまり、魔族側としては人間側に味方を増やしたい、場合によっては武力的な協力も求めているということですね」
「まぁ、武力的なというよりは戦術的な協力関係だな。前にも言ったと思うけど、今のケレイナは魔族の国に戦力的な面じゃ遠く及ばない。ただ、旧魔族派に襲われたという共通点があるから、情報のやり取りなんかを積極的にしていきたいってことだった」
「そうですね、話を聞く限りだとこちらに有利すぎるように感じますが……」
「あとは、人間側で敵対する奴が出て来たときの立ち位置とかだな。その辺は魔族側も——」
話し合いはメリシネオルさんを中心に進められていく。
次の領主になるための実績づくりのためだそうだ。モルドアルさんはほとんど発言せずに補佐役に徹している。
「それだと、冒険者ギルドの介入が入るぞ? あっちにも支部はあるからな、正直、最も魔族と人間と等しく接してる組織と言える」
「でも、今回の件だと動かなくないか? ギルドはあくまで国との関わりのない組織だろ? 今回のことに首突っ込むのは国やりとりにちょっかい出すってことにもなるけど」
「ギルドをあまり甘く見ないほうがいい。利益以上に所属してる冒険者の権利にうるさい組織だ。その内容だと冒険者が戦力として見られかねないってことで確実に介入してくる」
「難しいな。なら——」
ゴドリスに会議に参加してもらったのは正解だった。
国の管理から外れた独自組織であるギルドの考え方を知れるのはかなり有益だといえる。
そんなこんなで、話し合いは三時間近くにも及んだ。
結局、ある程度まで内容をまとめたところで、後は魔族側と直接話しての詰め合いだということで俺たちは話を終える。
「ユウマさんとエルさんがいないければ全く成り立たないものになってしましました」
話し終えたところで、ボソリとメリシネオルさんが呟いた。
「仕方なかろう。妾たちが封印されてから五百年以上かけて緩やかに進んでいた関係を、今になって急激に進めようとしているのじゃからな。間に誰かを立てねば実現などできまい」
「まぁ、俺たちも乗り掛かった船ってことで互いの橋渡ししてる程度だからな。大した負担でもない」
「普通はそれでも十分な負担になるんだけどな。単純な移動距離で考えても、馬を使い潰す覚悟でほぼ半日掛かる道のりを往復するんだぞ? 転移魔法がなければここまで簡単な話ではなかった」
「この領地も、その魔法さえあればここまで困窮することもなかったかも知れませんね……今更言っても仕方のないことですが」
ゴドリスの話に反応し、今まで聞き役に徹して情報の提供程度にしか話さなかったモルドアルさんが言葉を漏らした。
魔族が暗躍していた以上、転移魔法があったとしても領地の復興は妨害されていただろうが、領地のためにできることは何かないのかと悩み続けていた彼としては、当時に選択肢としてあったらと思わずにはいられないのだろう。
「一応、この魔法も材料さえあれば魔道具にできるけど……」
「そんなものを持ってたら、それこそ戦争にでも巻き込まれかねないだろうよ。この領地の復興には邪魔にしかならねえ」
「だろうな」
仮に、転移の魔道具のことを誰かに知られて、それを戦争に使いたいと言われても俺とエルが手を貸すことはまずない。
となると、その矛先はケレイナ領に向かうことになるが、出てくる相手は十中八九は大領地だろう。その力は復興の助けとして利用するには大きすぎる。ならば初めから目的となる物を持っていない方が都合がいいということになる。
「材料といえば、物資の件はどうしましょうか」
「それもあったな。私の伝手はもう使えないだろうし、他の領地の反応もゴドリスの報告通りとなるとな」
メリシネオルさんとモルドアルさんが、互いにため息をつきつつ話している。
「物資? 何か問題があったのか?」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
俺に聞かせる気はなかったのか、丁寧な口調に戻したモルドアルさんが口籠る。
メリシネオルさんも、話していいものかと考えているようだ。
これまでも結構力を貸してるからな。他の厄介ごとを話すことを躊躇うのもわからないでもない。
こっちからすると、自分たちが実行した作戦の後始末のつもりでいるからそこまで躊躇する必要もないと思うんだが。手伝えないことなら無理だとはっきり言うし。
「実はな、王国の調査が来るまでの間、この領地を維持するだけの食料と資材が足りてねえんだ。俺はそれに関しての報告でここに来てたんだよ」
「そういや、何かの報告でって言ってたな。食料と資材か」
「王国が調査を出すまでにはまだ時間があるし、国からの支援を受けられるとなったとしても、それは更に先の話だ。当面の維持費として金銭的な支援は早めに貰えるだろうが、物資はどこかから買わなきゃならねえ」
「しかし、ケレイナの近くで取引に応じてもらえる領地がないんです。一応、デーンヴァンからは食材の購入と多少の支援などを約束してもらえたのですが、他の領地はあまり……やはり、散々失政を繰り返していた領地との取引は遠慮したいということでしょう」
ゴドリスが説明を始めたことで考えても無駄だと思ったのか、メリシネオルさんが説明を補足してくれた。
「国からの支援がほぼほぼ確定してるってのに動かないのか?」
「近くに大きな領地がないことが災いしてしまってますね。デーヴァンは辺境伯領でそこそこ大きな領地を持っていることと、なぜかあそこの商人ギルドが支援に関わってくれたことで多少は動いてくれましたが、他は、動くには自領の余裕がそこまでないのです」
ああ、あそこの商人ギルドギルド長のルドマンとは顔見知りだからな。俺が関わってるのをどこかで聞いて、勇者が関わってるならどうにかなるだろうってことで動いてくれたのかも知れない。
他は……まぁ、支援が確定してても支払いまで確定してるとは言えないから、余裕のない中で支援をして、そのままケレイナが潰れちゃいましたってなったら嫌だって感じだろうか。
「私が領主として認められるかどうかが確定していないというのも大きいみたいです」
「メリシネオルさんが領主にならなかったとしたら、支援の見返りがなくなる可能性は高いな」
「現領主である私の名前を使うと、今は支援を受けられたとしても、将来的な信用に関わりますし」
「難しいものだな」
メリシネオルさんが『モルドアルは領主じゃなくなり、自分が次の領主だ』と話をしても、確定したものではないからなかなか頷いてくれない。
モルドアルさんの名前で話をしたら聞いてもらえるかも知れないが、実際に彼が領主ではなくなった時、そんな状況で支援を求めたのかと信用を落としかねない。
どちらを取ってもうまくいかないってことか。
「メリシネオルさんの名前でも関係なく信用が得られて」
「それでいて多少なりとも資材の余裕があるところじゃな」
信用と、余裕か……。
……ん?
「ひとつ、心当たりがあるぞ」
「本当ですか!?」
「ああ、これも魔族側だが」
「エルキールのところはそこまで余裕があるわけではなかったと思うがの」
「いや、子供魔王のとこじゃなくてエリスマグナだ。あそこは今、食料と資材が有り余ってるはずだろ?」
エリスマグナ屋敷、エルキール魔族王国に属する領地で、白眼族という種族の者たちが管理している。
そして、あそこは資源の宝庫ともいえる迷宮を保有している場所だ。
「俺とエルは少し前までそこにいたんだが、その時にダンジョンの魔物を根こそぎ狩り尽くしてな。その時の殆どの素材やらなんやらを置いてきたんだ。だから、今はあそこに物資がたんまりあるはず」
「確かに、あそこならばこの領地を数日程持たせる食料と復興のための資材はありそうじゃな。最悪、妾たちがもう一度攻略してきても良い」
「魔物が新しく湧くのは結構すぐだって話だったしな。俺たちなら最下層まで一日もかからないってのもわかってるし」
既に一度攻略している迷宮だから、二度目も簡単に済ませられるだろう。
「それに、これなら魔族王国にも利がある。物資を売れば金銭を得られるわけだからな」
「またユウマさんたちに助けてもらうことになってしまいますが、それが実現できればケレイナは魔族との交流を深めることができるかも知れませんね。今後も取引をしていくことになるでしょうし。私の実績にも加えられる可能性があります」
実は、今回の話を進める上で、魔族側からしてもメリシネオルさんが領主になってもらわないと困ることになる。
のしやわ友好の約束をした相手がいなくなったら、手助けする意味がなくなるからだ。
これは他の領地が支援を渋ったのと同様の理由だな。
「今まで魔族とのやりとりをほぼ全て引き受けてたデーヴァンの利益を損ねないように気を付けなくてはいけませんね。ケレイナとデーヴァンとの連携を密にする必要があります」
「元より味方を増やさねばならなかったのですから、私が直接デーヴァンの領主に掛け合ってみます。次期領主として認められるための手としても必要なことですので」
「俺も一応デーヴァンの冒険者ギルドに連絡を取ってみる。あそこは資材の支援も結構協力的だったからな、悪い返事はねえと思うが」
デーヴァンの冒険者ギルドってことは、ギルド長はマリアナか。
俺も一度顔出しに行こうかな。お土産の迷宮産果実も渡したいし。
「じゃあ、魔族の国に行く前にデーヴァンだな。俺も行くから、ついでに送っていく。早めに済ませたいだろ?」
デーヴァンなら影転移で移動できるからな、他の人も一緒に転移してしまった方が早い。
「勇者様、転移魔法は馬車も送ることができますか?」
「ん? できるとは思うけど、転移で行くのに馬車が必要か?」
「貴族が移動時に自分の家の家紋が入った馬車を利用するのは絶対に必要なことです。緊急時などは別ですが、そうでない時に馬や徒歩で相手の元へ向かえば確実に侮られます」
「モルドアル、デーヴァンの領主様はそのようなことを気にする相手ではなかったと思いますが」
「重要なのは相手の考え方ではないんだよメリシネオル。万が一、他の貴族の目に止まることがあれば、お前だけでなくケレイナという名前自体が常識を知らぬ者の地だと後ろ指を刺されることになる。
貴族としての名だけならまだいい。それは家がどうにかすることだからね。しかし、領主となるのであればそうはいかない。貴族が領地の名を背負うというのは、覚悟だけでなく実際の行動を持って示さなくてはならないんだ」
モルドアルさんの名前ならば支援を受けられる可能性があるというのは、こういった細かいことを大事にこなしていったことで得られた評価も大きいのだろう。
メリシネオルさんは前領主の娘とはいえ、領主としての教育はあまり受けていなかったようだ。何もなければ、この地の領主になるのは彼女の兄だったのだから仕方のないことなのかも知れない。
「まぁ、そういうことなら問題はないと思う。馬車ごと転移できればいいんだろう? できなかったら、俺が馬車をマジックボックスで持ち運べばいい話だ」
相手が生き物でなければ収納できるはずだからな。
それに、アルファとは巨体のグランドオーガを転移させてたんだ。それより小さい馬車が転移できないってことはないだろう。
「ならまずは先触れを送る必要があるな。うちのギルドに行きゃあデーヴァンのギルドに連絡を取る魔道具がある。それで連絡をとりゃあっちで使者を用意してくれるだろう。そっちは使者に持たせる手紙を用意してくれ」
連絡用の魔道具!
そんなものがあるのか。
「わりぃが、一応あれはギルドの機密事項にあたるものだから見せてはやれねえぞ?」
顔に出ていたのだろうか、ゴドリスが俺に向けて苦笑いでそう言った。
「ちょっと気になっただけだ」
まぁ、いいさ。離れた相手と会話できる魔法は魔道具の話を聞いた時点で脳裏に浮かんできたからな。この魔法が魔道具のものと同じかはわかないけど。
というか、これ便利だな。相手を指定して会話ができるのか。距離に応じた魔力が必要になるのが玉に瑕といった感じだな。
この魔法が魔道具として使われているという知識は俺にはないから、魔道具自体は俺が封印された五百年前以降に確立された技術なのだろう。やっぱり、魔道具、つまりそれに使われる魔術の知識は五百年前より今の方が進歩してる。
「では、私は謁見を願う旨の手紙を用意します。モルドアル、手伝ってもらえますか?」
「勿論だ」
「じゃあ俺はギルドに戻るとするか。ユウマと嬢ちゃんたちはどうする?」
んー、この後のことは特に決めてなかったな。
「街の手伝いにでも行くか。ピニエールたちに任せっきりってのもあれだしな」
「そうじゃな」
「……私も手伝いに行く」
こうして、話を終えた俺たちはその場で解散し、復興の手伝いのためにゴドリスと共にギルドへと向かった。




