九十四話
エルが満足するまでお茶と茶菓子を楽しんだ俺たちは、ミイナの家があった場所に来ていた。
「これはまた酷くやられたの」
「うん、でも、全部がダメにはなってない」
確かに、家の一部が形を残している。
といっても、本当に一部だけだから殆ど崩れたというのも間違いではないけど。
「やっぱり、魔道具とかが置いてあった部屋は無くなってる」
「例の魔道具も無いか」
「うん。何も残ってない。多分、瓦礫の下敷きになってる」
「強い魔力も感じんし、形は残っておったとしても機能してはおらんじゃろう」
俺たちは、残った部分が崩れてきたりなどの二次被害に気を付けながら、家だった物の中を歩いていく。
「あ、これ」
そこで、ミイナが何やら見つけたようで、ふと声を上げる。
「どうした?」
「これ……」
彼女の手に載っていたのは、延焼に巻き込まれたのか黒く焦げ付いた一つの小箱だった。
ポンッと煤を払ってみれば、二つの杖が交差した紋様が刻まれているのが見て取れる。
「これ、私の宝物入れ。お父さんとお母さんの絵が入ってる」
ミイナは、丁寧に箱を開けて見せてくれた。
中には、彼女のいうとおり一枚の絵と、その他に一通の手紙のような物が入っている。
「この手紙が、お父さんたちが残してくれた最後の手紙。この手紙をもらった後、お父さんたちは魔物に殺されたって」
「そうか……」
彼女にとってその手紙は、両親を思い出せる大切な思い出であると共に、辛い過去でもあるのだろう。
ミイナは、箱の汚れを気にすることなく、それをきつく抱きしめている。
「残ってて良かった。これは大切な物」
「そうだな、綺麗にしてやるからちょっと貸してくれ」
彼女から受け取った箱に<清掃>の魔法をかけてやると、黒く汚れた箇所が落ち、先程の紋様がはっきりと浮かび上がった。
「これは家紋かなんかか?」
「そう。初代のケイナ様とレイナ様は魔法使いだったから、その二人の家だから杖が二つ描かれてる」
「保存の魔法陣が施されておるな。かなり綻んでおってほぼ機能しておらんが。魔力も殆ど発しておらん」
壊れかけの魔法陣とはいえ、それのおかげで炎の中でも形を残していたのだろう。
何にしても、何一つ残らず無くなってしまったりしていなくて良かった。
その後も、軽く見て回って幾つか無事だった物などを回収したのちに、俺たちはその場を後にした。
「こんにちはー」
ミイナの家を出た後は、予定通り彼女とピニエールたちの冒険者登録をするためにギルドへとやってきた。
「あらら、これは大変そうだ」
とりあえずパーティーの代表として俺が先頭で建物の扉をくぐって挨拶してみたのだが、ギルド内は領主館にも勝らずとも劣らない騒々しさだった。
「こっちはこっちでやることは多いだろうからな、忙しいのは領主たちだけじゃないか」
「仕方ないの。一応、受付でどゴドリスに会えないか聞いてみるとしよう」
「そうするか」
メリシネオルさんが連れてきたレジスタンスの者たちだが、彼らには領主館の専属の騎士になる権利が与えられたらしい。
それが今回の報酬なんだそうだ。
どうりで、自分たちの活躍の場があるのか気になってたわけだよ。仕える先が無くなったり、自分たちの実力を見せられなかったりしたら、報酬がなくなるかも知れないもんな。
その彼らだが、ことの収集ついていない現状ではまだ騎士として雇われていない。
雇う側が慌ただしくしているおかげで、手続きも何もできる状況では無いからだ。
では、その者たちは今何をしているのか。
それがこのギルドの騒がしさに繋がる。
元冒険者のレジスタンスメンバーが、一時的にここで冒険者として働いているのだ。
人手が足りない現状ではありがたいことなのだろうが、ギルドとしては急な人員増加でてんやわんやになってしまっているというわけだ。
エルの話では、ここの受付嬢は一人しか残っていなかったらしいしな。
「流石に、受付は一人増えてるな」
「あれは、臨時で街の人を雇ったんだ。ギルドに関わる仕事はさせられないが、書類の整理やら受付業務やらは手伝ってもらえるから助かってる」
受付の方を見ていた俺の横から声をかけられた。
そちらに目をやると、ギルド長であるゴドリスがこちらにいかつい顔を向けている。
「そちらから来てもらえるとはありがたい。忙しそうなのに」
「忙しいぜ。俺も書類を持ってくるのに降りてきてお前たちに気付いただけだしな」
言われてみれば、彼は両手に紙の束を抱えている。
確かに、ギルド長自ら書類を持って動いてるというのは忙しい証拠だろう。
「面倒だから一階で処理しちまいたいんだがな、俺が居るとやりにくいってんでギルド長室に押し込まれた。それでも書類の運搬をしてる暇はないっつうもんだから俺が自分で持ち運ぶしかなくてな」
「大変じゃな」
「まぁな。で、何のようだ? 流石にお前さんらに振れる仕事はないぞ。瓦礫の片付けやらを手伝ってくれるってんならありがてぇが」
「それはそれで、後で手伝ってもいい。ただ、その前に色々頼みたいことがあるんで来たんだ」
俺が、ピニエールたちの冒険者登録をしたいという旨を説明すると、流石にここで話すと邪魔になるということでギルド長室へと案内された。
あの場で話すのは問題があるとの配慮のうえだろう。街を助けてくれた人の半分以上が実は冒険者でもなんでもない魔族でしたなんて話を聞かれたりしたら、じゃあなぜ助けてくれたんだとかとか、何か目的があってのことかとか、色々といらぬ勘繰りをされ兼ねないからな。
ゴドリスの好意を受けて場所を変え、俺はピニエールたちの事情を説明した。
「なるほど、今回の主犯格どもの元手下か」
「俺は手下って言う程深く関わって無かったっすけどね。ピニエールは自称幹部っす」
おお、ボスの右腕やら何やら意外にも自称する立場があったのかこいつ。
「あれは何かの気の迷いだったのです。神に出会い、私は気付きました。神こそが神なのだと!」
「おい、何言ってんのか全く分からねぇぞ」
「気にしないでくれ、俺にもわからん。とにかく、こいつらと行動する上で……何より今回のことを片付ける上で、こいつらが冒険者だったって状況にしておきたいんだが難しいか?」
「うーん……」
話終わり、冒険者登録について聞いてみるが、ゴドリスの反応はあまり良いものではない。
「冒険者登録だけなら全く問題ないんだが、登録履歴の偽装ってのは難しい……というよりほぼ無理だ。あれは管理してるものが人じゃなく魔術だからな。詳しく調べられりゃ簡単にバレる」
その魔術を管理してるのは俺らしいけどな。
にしても、登録時期の偽装は無理か……。
「なら、今回のことはエルを大きく表に立てるしかないか。ピニエールたちには悪いが、彼らのことを詮索されると余りいい結果になりそうもない」
「そうだな、あんたらが動いてくれてたのは街の者たちもしっかり理解してるだろうが、嬢ちゃんの方が目立ってたのも事実だ。そっちを押し出した方がうまくいくだろうよ」
「別に、俺はそれでもいいっすよ。魔人戦では殆ど活躍してないっすしね」
「私は神の御心のままに!」
「うん、わかった。わかったから静かにしてくれ」
こいつは、ことある毎に声を荒げないと気が済まないのか?
「じゃあ、その方針で。ピニエールたちはエルと一緒にいたから手伝って、今回のことで冒険者登録をしたってことにするか。それなら詮索する奴もそういないだろう」
「妾はなんでも良い。どうせ、王国からの調査が来る前には出るのじゃろ?」
「そのつもりだ」
エルの言葉に返答を返すと、ゴドリスが意外そうな声をあげた。
「お前ら、そんな早く出てくつもりだったのか?」
「そりゃまぁ、王国からの調査とか絶対にめんどくさいだろ。関わる気はない」
「なんだ、場合によっては金一封どころか表彰を受けてもおかしくないことだってのに」
「そんなものは求めてないからな。そもそも、俺は多分王家から嫌われてる」
「王家に繋がりがあるのか? いや、勇者だってんならおかしな話でもねぇか」
「そういうことじゃないんだけどな……」
俺は、変な誤解を受けないように五百年前の出来事を簡単に説明する。
「——ってことがあってな、ミイナの言い伝えといい、変な話が残ってることといい、嫌われてるっていうか怖がられてる? まぁ、好かれてはいないだろう」
「大戦の真実がそんなこととはな。昔の奴らも無茶なことをするもんだ。手に負えない魔王を封印するための勇者の怒りを買うようなことをするとは」
「まぁ、此奴がここまで規格外じゃとは考えておらんかったのじゃろう。人族など昔からそんな考えの浅い奴ばかりよ」
「言い訳できねぇな。今現在に至ってもそういった輩は消えねぇ」
仕方ない。完全な人間なんていないからな。
俺も、最後に残した言葉がだいぶダメダメだったみたいだし。
「昔話はこのくらいにして、ミイナとこいつらの登録を頼んでいいか?」
「ああ、それはすぐ手続きしてやる。後ろの奴らの登録はなるべく他の奴に目をつけられないようにしたいんだろ? ならここで手続きしてくといいい。書類を持ってきてやる」
そう言うと、ゴドリスは一度部屋を出て、一階から登録用の用紙と魔道具を持って来てくれた。
ピニエールとアルファトに書類を渡したゴドリスは、ミイナに渡すときだけ確認するように声をかける。
「ミイナは表で登録しないか? 隠れてやる必要はないんだろ?」
「それは何か意味があるのか?」
ミイナに向けての言葉だったのだが、俺は気になって質問を挟んだ。
「いや、大した意味はないんだが、冒険者になろうってときに意味もなくこそこそすることもねえだろ。後々面倒事に巻き込まれないって保証もねえしな」
「確かに、登録した街で調べてもそれを見てたやつが誰もいないってなると不審ではあるな」
「まぁ、登録についてはギルド長直々に確認してるわけだからその点の保証はしてやれる。それに、元々冒険者が少なくなってた支部だ、誰も見てなかったってことがあってもおかしくはねぇ。だからそこまで重要なことじゃねぇんだが、せっかくならな」
「……私は別にどっちでもいい」
ミイナは性格的に気にしないだろうな。
俺も別にどこで処理してもいいんじゃないかと思わなくもないが、万が一ということはある。いくら起こる可能性が低くいといっても、彼女の身に面倒事が降りかかる原因は払拭しておいた方がいいのではというのにも一理あるだろう。
「ま、どっちでもいいのなら正規の形で登録しようか。その方が、冒険者として旅を始めるって実感も大きくなるかも知れないし」
「ユウマが言うならそうしてみる」
ミイナが同意したことで一階で手続きをすることが決まり、ピニエールたちの手続きを手早く済ませ、下に降りて彼女の手続きも済ませた。
ミイナの登録時に、その場に手伝いで来ていた引退組の元冒険者数人から『頑張れよ』などと鼓舞するような言葉をいくつかかけられ、少し恥ずかしそうにする反面、嬉しそうな顔も見せていた。冒険者になったという実感が湧くかもという目論見はうまくいったようだ。
「それじゃ、登録も終わったし冒険者らしく街の片付けでも手伝いますか」
「そうじゃの。何もしないのも気が引ける」
原因の一部は俺たちにもあるからな。
「ミイナはどうする? 領主館に戻って待っててもいいけど。力仕事になるだろうし」
「大丈夫。手伝う」
冒険者としての初仕事が瓦礫の片付けというのはちょっと可哀想な気もするが、そもそも、冒険者に登録したての者が受けられる依頼は戦闘のない比較的安全なものばかりだから、やることはさほど変わらなかったりする。
配達の手伝いだとか、物や家を修理する時の手伝いだとか、逆に要らなくなった物を処分するための手伝いだとかな。危険があるものとすれば、街の外に出ての作業になる薬草採りなどの素材集めくらいだろう。
つまり、これはこれで冒険者らしい仕事と言えなくもないってことだ。
「じゃあ行こうか」
ちなみに、ピニエールたちは強制参加だ。
魔族の評判を上げるという考えもなくはないが、そもそもの話、犯罪奴隷として契約してる相手が休んでて俺たちだけが働くってのはおかしいからな。なんというか、管理する人間としての示しがつかないし、彼らからしても、そんなことされたら気まずいだろう。
ということで、受付で人手が必要な場所を確認し、日が落ちる少し前まで黙々と働き、作業が終えた後は、ピニエールとアルファトはこの街で借りている宿へ、俺とエルとミイナはモルドアルさんが部屋を用意してくれているとのことだったので領主館へと帰っていった。
ピニエールたちにも用意すると言ってくれていたのだが、ピニエールがそれを固辞したのだ。神と同じ場所で寝るなど恐れ多いだのなんだのと言って。俺と同じ部屋なわけないだろと伝えたのだが、彼はそれでも納得できないらしく、同じ屋敷で寝るくらいなら庭で寝るなどと言い出す始末だった。
最終的にアルファトが『こんなやつを連れて領主の館にいるなんて気が休まらないっす。
既に借りてる宿にこいつを連れてくっす』と言ったことでこういう形に落ち着き、こうして分かれて帰っている。
「明日はメリシネオルさんのとこに行こう。魔族の国との話もしないといけないしな」
「わかった」
「そうじゃな」
そうして、色々と動き回って疲れた体を休めるべく、俺達は各自に用意された部屋へ向かった。
まぁ、エルの分の部屋は無駄なんだけど。
魔力体解除したら俺の中に戻ってくからな。




