九十二話
「魔族に狙われてるって、どういうことだ?」
「ユウマさんは今回の騒動で貴族街が襲われたことはご存知ですよね?」
それはまぁ知ってる。
ピニエールが対処してたやつだ。
「その貴族街襲撃に際して、真っ先に襲われたのが彼女の家なのです」
「でもさっき、そのこの家は爵位を失ったとか言ってなかったか?」
「確かに爵位はないのですが——」
「彼女の祖先は勇者様のパーティーメンバーですので、爵位こそ失いましたが、貴族街の家までは奪われませんでした。そんなことをすれば上からなんと言われるかわかりませんからね」
「だとすれば、爵位を奪うのもどうかと思うがの」
エルの言葉に、モルドアルさんとメリシネオルさんの両名が苦笑する。
「王家としてはそれも止めたかったみたいですがね。かの家は事ある毎に勇者様の復活を口にし、王家批判とも取れるものまで口走ったとかで敵が多かったのです。そこで、爵位を奪って発言力をなくしたうえで生活は保証するという感じで落ち着いたそうです」
「当時はその件でこの領地もかなり荒れていたらしいです。父である先代領主よりも更に昔の話ですので、殆ど昔話のような形で聞かされた覚えがあります」
王家の批判か……。
多分、俺の最後の言葉とかが関係してるんだろうなぁ。
「それで、その者の家が真っ先に狙われたのはわかったが、それでは理由として薄くないかの? 他にも襲われた家はあったのじゃろ?」
「それはそうなのですが……」
エルの問いに対して、メリシネオルさんが言い淀んだ。目線はモルドアルさんの方に向いているが、何か言いづらい内容なのだろうか。
と思っていたら、当のモルドアルさんが口を開く。
「実は、彼女はこの街が襲われている当初、ある場所に隔離されていたのです」
「隔離って……おいおい、まさか」
「はい。彼女はこの街から奴隷として売り渡される者たちの一人として捕らえられていました」
それは流石に爵位剥奪どころの騒ぎじゃないぞ。
いくら昔の話とはいえ、その子の家って王家が守ろうとしてたわけだろ? その家の唯一の子孫を奴隷にって……本格的に領地取り潰しとかなってもおかしくないんじゃないか?
「言い訳のようになってしまいますが、彼女は売り渡す者たちのリストには入っていおりませんでした。流石に、それがどのような結果を生むのかは承知しておりますので」
「じゃあなんで?」
「それが彼女が魔族に狙われているのではないかと考えるに至った理由です。リストになかったはずの彼女が領地から連れ出され、奴隷にするために隔離されていた。そんなことをするとすれば……」
「犯人は魔族の可能性が高いってことか」
予想の域は出ないが、あながち間違ってもいないだろう。
無論、モルドアルさんが嘘をついていなければだが……彼の処遇は既に決まっている。減刑もなければ、罪が重くなることもない。そんな状況で嘘をつく必要はないはずだ。
「確かに、そうなると魔族に狙われている可能性は低くなさそうじゃな」
「それに、これは彼女の願いでもあります。ユウマさんたちのことを彼女に話したところ、あなた方についていきたいと。話しては不味かったですか?」
「いや、それは構わないけど」
俺が勇者だってことは特に隠してるわけでもないし。
「それで、俺たちはその隔離されてる場所に行けばいいのか?」
「彼女を含む、奴隷にするために隔離していた者たちは既に街へと帰還させています。何故か既に他国へ出立する寸前だったところをどうにか抑えられました」
モルドアルさんが言うには、奴隷にしようとしていた人たちを捕らえていた場所で警備していた兵士が、命令もないのにその人たちを動かしている者がいるのに不審に思って報告をしてきたんだそうだ。
それが、魔人騒動の真っ只中だったらしく、俺たちがゴタゴタやってる裏で彼は彼で頑張っていたらしい。
「それはまた……タイミング的に魔族の関与がありそうな感じだな」
「そうじゃな。今回のこと自体、そちらの目眩しじゃったのかもしれん」
「恐らくそれも兼ねていたのでしょう。それをユウマさんたちが計画を全く別のものに変えてしまったので」
「急いで動こうとして抑えらえたと」
旧魔族派の奴らも色々と計画していたようだ。
捕まえたカルドナはそんな話はしてなかったから、知らなかったのか忘れてたのか。
エルの正体を知ってから茫然自失って感じだったからな、忘れてたってのが有力かもしれないな。
「そういえば、カルドナはどうしてるんだ? どっかの牢にでも捕えてるのか?」
「それは……」
ん?
なんか、メリシネオルさんの顔色があまり良くないんだが。
「彼女は死にました」
「……は?」
メリシネオルさんの話を継いで発せられたモルドアルさんの言葉を、俺は一瞬理解できなかった。
「彼女は、寮の警備兵が管理している留置所に捉えていたのですが、兵士が気づいた時にはもう死んでいたとのことです。兵士の数が減っていたとはいえ、簡単に侵入できるような場所ではない筈なのですが……申し訳ございません」
モルドアルさんだけでなく、メリシネオルさんまで頭を下げてくる。
「そうか……無血解決はできなかったか……」
正直、今回の件は思ったより上手くいっていて、文句なく敵味方全員の被害を減らせたと思ってた。けれど、それは慢心だったらしい。
普通に被害を出してしまった。
「そうだよな、相手には転移魔法を使える奴がいるんだ。それを見落としてるなんて……」
実際、貴族街を襲っていた魔物はその転移魔法で送られてきたものだろう。
だというのに、それを見逃してるとは。
「まいった、結構頭にくるなこれは」
「こういう言い方は良いものではないが……仕方ないじゃろ。相手とこちらじゃ準備期間が違う。妾たちだけでここまで被害を減らせただけでも良しとせねば」
「……まぁ、それはそうだな。ただ、もしもボスとやらに会ったら一発殴るだけじゃ済ませてやらん」
仲間に自爆の魔法陣を付けていることといい、今回のカルドナのことといい、奴らのやり方は気に食わない。
「ま、それはいい……いや、良くはないけど、とりあえず置いとこう。カルドナから何か情報は得られたのか?」
「それが、殆ど何も得られなかったのです。今回の襲撃に関することなどはそれなりに聞き出せたのですが、他のこととなると、元より殆ど知らなかったようで」
「かなりの秘密主義らしいからの」
そういえば、ピニエールも何も聞かされてなかったらしいというようなことをアルファトも言ってたな。
「唯一、今回のことに関わらないもので『ボスには更に上の者か、協力者のような者、もしくはその両方がいるのではないか』というのがありました」
「協力者については、いるだろうな。いくらなんでも旧魔族派を全て一人で管理してるとは思えないし」
「部下に顔を見せずに指示を出し続けるのは難しい。ボスの顔を知っている者が一人は必要じゃろう」
「問題は、更に上の者ってやつか……」
ボスって、トップだからボスなんじゃないのか?
ボスって呼ばれてるだけで、実は下っ端だったり?
「それについては、カルドナも自分の想像みたいなものだと言っていました。命令にどこか統合性がないというか、思い返してみれば、ボスとは別の者の思惑も入っていたような気がすると」
別の者の思惑かぁ。
「考えてわかるようなものではないな」
「そうじゃな。情報が少なすぎる」
「じゃあそれは保留ってことで。俺達に関わってこなければ気にしなくていいことだしな」
そう言って、俺は思考の方向を変えた。
「とりあえずは、ミイナだっけ? その子に会うか」
「それと、エルさんには捕えられていた人たちへの説明の場にも同行していただけると有り難いのですが」
「ほう、何故じゃ?」
「彼らは、意味もなく捕えられ、隔離されていたので、恐らく現領主に対する厳罰を要求すると思います。もちろん、説得は私がしますが、街を救っていただいたエルさんに一緒に来ていただければ彼らも納得しやすいのではないかと思いまして」
街を救うために立ち上がったという点では、レジスタンスを結成したメリシネオルさんもその中に入るのだが、実際に魔人から街を守ったというならエル以外に適任はいないだろう。
エルがいるのといないのとでは、説得力が違うというのも納得できる。
「協力してやったらいいんじゃないか?」
「まぁ、その程度なら良かろう」
「ありがとうございます」
メリシネオルさんに連れられて俺達が向かった先は、領主の館からさほど遠くない一軒の屋敷だった。今は持ち主のいない貴族の屋敷らしい。
屋敷に入ってすぐの大広間では、十人程の身なりのいい男女が体を休めていた。
「ユウマさん、こちらです。エルさんは少しお待ちください。後程この場で説明を行いますので」
広間を通り過ぎ、俺は少し奥の部屋へと案内される。
部屋の前まで来ると、メリシネオルさんが振り返って口を開く。
「ミイナはこの部屋の中にいます。私はエルさんのいる広間に戻ります」
「わかった。こっちが済んだら俺もそちらに向かうよ」
「では、失礼します」
メリシネオルさんが言葉通り広間の方に戻り、俺は目の前の扉を叩いた。
「八潮雄馬だ。入ってもいいか?」
戸を叩くと同時に、中にいるであろうミイナへと声をかけてみると、中から、どうぞとの返事があったので、そのまま扉を開けて部屋へと入る。
「こんにちは。俺は八潮雄馬という。五百年前に勇者をやってた。君がミイナさん?」
「そう」
部屋に入ってすぐの椅子に座っていたのは、十四、五歳くらいの少女だった。
彼女以外にこの部屋には誰もいないので、彼女が目的のミイナさんで間違いないだろう。と思っての言葉だったが、案の定、肯定の言葉を返された。
「で、ミイナさん——」
「ミイナでいい」
「……じゃあミイナ、君は俺が勇者だって聞いた後に俺達について来たいって言ったってことだったけど」
「うん。私は……私の家は、代々勇者が戻ってくるのを待ってた」
「待ってた? 俺が封印されてからもう五百年くらい経ってるはずだけど」
「ずっと待ってた。初代のケイナ様レイナ様の願い」
ケイナとレイナの願い?
どういうことだ?
「私の家は、勇者様を見極める魔道具をずっと守ってた。それで王家からも守られてた。教国への切り札」
……とりあえず、この子がレイナの子孫だってことはわかった。
ケイナはもっと活発な感じだったからな。
「教国への切り札ってのはどういうことだ?」
「教国の王様は勇者の子孫だって言ってる。でも、勇者の魔力は持ってない」
ミイナの途切れ途切れの説明をまとめると、教国の王、つまり教皇は、代々勇者の子孫ということで民衆の支持を集め、その地位を守っているらしい。
しかし、俺自身が一番理解しているように、この世界で俺は子孫を残していない。
ならばどうやって自分たちが俺の子孫だと証明していたのか、それが勇者の魔力に関係するんだそうだ。
魔力というのは指紋のように個人個人で違うものだ。しかし、魔力同士を比べることで血縁関係だと証明することが可能らしい。
いわば親子のDNA検査のようなもので、この魔力の持ち主とこの魔力の持ち主は血縁関係にありますよーってな感じだという。
そして、教皇が勇者の子孫であることを証明しているのが、その魔力による血縁検査というわけだ。
教国は、勇者の魔力の記録を所持していると昔から主張しているらしく、その記録を元に歴代の教皇たちは魔力検査を行い、勇者の子孫であるとして教皇の座についているんだそうだ。
「でも、教国が持ってる勇者の魔力は偽物」
「俺、この世界で子供作ってないからな」
何度も言うが、俺はこの世界に来てから子作りなどしていない。
というか、前の世界でも子供はいなかったのだが……まぁ、それは置いておいて。少なくともこの世界に俺の子孫がいるというのはおかしい。
であれば、必然的に歴代の教皇を勇者の子孫だと証明してきたという勇者の魔力は偽物ということになる。
しかし、俺の性事情など知らないはずのケレイナ家がなぜそのことに確信を持っていたのか。それが本物の勇者の魔力の記録を持っていたからなんだそうだ。
「勇者は一度だけ魔力の検査を行なっているって言ってた。本当?」
「魔力の検査か……そういえば、召喚されてすぐに鑑定板で計測したな」
「その時の魔力の記録が残ってた。それで、教国の言ってることが嘘だって知ってた」
言われてみれば、俺は召喚されてすぐに鑑定板での計測を受けている。それが元だっていうなら、確かに教国の嘘なんてすぐに見破れることだろう。
「でも、教国が持ってる魔力の記録もその時のものの可能性はあるだろ?」
もちろん、俺の子孫でないことは俺がよく知っていることだから、俺はそれが偽物だと断言できる。
しかし、ケレイナ家やこの国、ティオール王国がそれを確信することは難しいのではないだろうか。
「昔、教国の王様に検査させたことがあるんだって。それで、偽物だって分かって、そのことを黙ってる代わりに教国と仲良くなったって」
「それで切り札か」
つまり、『お前さんらがついてる嘘をバラされたくなかったら仲良くしようぜ』というやりとりがあったってことだな。
流石、俺を魔王を封印するための人柱にした国だけあって姑息な手を使う。と思ったが、それによって教国が勇者の子孫であることを悪用するのを防いでいたらしく、一応は役に立っていたようなので良しとしよう。
ティオール王国としては、勇者の名声を広めることは歓迎しても、その名を汚す行為だけは絶対に許せなかったんだそうだ。
まるで誰かに脅されているかのように、頑なに教国に対して制限をかけていたとの逸話が残っているらしい。
誰に脅されたんだか。
……お礼に行くって一言だけでどんだけの影響を及ぼしたんだ俺は。
「でも、それも昔の話で、今の人はあまり信じないって。それでケレイナ家は貴族じゃなくなっちゃったんだって」
「ああ、王家が反対しても爵位の取り上げを止められないくらいに風化した話だったってことか」
「そう。だけど、うちの一族は勇者が戻ってくるって知ってたから、勇者に伝えたいことがあって待ってた」
「伝えたいこと?」
俺が戻ってくるというのはなんとなく予想ができたことだろう。
なんたって、ケイナもレイナも魔法局の人だったからな。封印が永遠でない可能性は把握していたはずだ。
それはいいとして、伝えたいことってのはなんだ? 俺と彼女たちはエルとの戦いに一緒に行っただけで、たいして交流は無かったと思うけど。
「『ごめんなさい』それがケレイナ家が勇者に伝えなきゃいけない言葉。それと、勇者に会えた子孫は勇者の助けになれって。国を裏切ることになったとしても勇者と共に戦えって」
「……はぁー」
思わずため息が出た。
ケイナとレイナの残した言葉にではない。
俺の残した言葉に対してだ。
「国を捨てることすら覚悟させるって……ちょっと考えてたより重い伝わり方してるな」
本当に、ただ一発殴ってやるって程度のつもりだったんだ。
そんな、国一つ相手取って復讐してやるっていうようなつもりはなかったんだ。
「自分の力がどれだけの影響を与えるのかを軽視しすぎた結果ってことか。やらかしたなぁ」
そもそも、封印から出るのに五百年もかかるとは思わなかったからな。
ヒョイっと出ていって、ゲンコツ食らわせて文句を言う。それだけのことだと思ってた。
「いや、ほんと、エルよりも恐れられてるじゃないか。俺が出てくるってことは魔王も一緒に出てくるってことなのに」
「メリシネオル様が勇者と一緒に魔族がいるって言ってた。それが魔王?」
「ああ、エルフェルタっていってな、俺はエルって呼んでる。色々あって彼女とは一緒に行動してる。俺についてくるようにって言われてたらしいけど、その場合は魔王とも一緒に行動することになる。別に、その言い伝えに従わなくてもいいと俺は思う。謝罪は受け入れるし」
「んーん、それでも私は一緒に行く。勇者と一緒なら魔王がいても怖くない。それに、もうお家ないし」
そういや、貴族街で唯一壊された家ってのが彼女の実家だってことだったな。
「今回の件には俺の力不足も多分に関わってるから責任は負うつもりだ。ミイナが望むなら何をしてでも家を建て直す。……といっても、魔族に狙われてるらしいってことだったから、ここに残るってのは難しいか」
「うん。勇者と一緒にいた方が安全」
「そうか。なら責任を持って君を守るよ」
まったく、自分の撒いた種とはいえ、五百年も経ってから芽を出さなくてもいいだろうに。
「エル達にも紹介する必要があるから、一緒に行こう。エルの他にも二人の魔族が一緒に行動してるんだ。一人はちょっとおかしな奴だけど、まぁ悪い奴らじゃないから」
「わかった」
そうして、俺はミイナのことをエル達に話すために部屋を出る。
「そういえば、勇者達は何のために動いてるの?」
「ああ、俺のことはユウマって呼んでくれ。
何のためにか……ハーレム?」
「ハーレム?」
「いや、でもそれは本気で目指してるってわけでもないな。なんだろ、ただ色々見て回るために旅をしてるってとこかな」
「旅……」
「嫌か?」
俺の言葉を聞いて黙るミイナだったが、すぐに顔をあげた。
「んーん、楽しそう。旅は初めて」
「そうか。それは良かった」
彼女は、俺の不用意な言葉で縛ってしまった一族の生き残りだ。
本当に楽しく生きてもらえたら俺も嬉しい。
そのためには、魔族から狙われてるかもっていう彼女をちゃんと守ってやらなくちゃな。
そんなことを考えながら、俺はエルのいる広間へと向かった。




