九十話
(ユウマ! 作戦を変えるならなぜ言わん! 魔人はあの広場で撃退される予定のはずじゃろ!?)
避難所でエルが魔人と対峙したとほぼ同時に、俺の脳内へと念話が届く。
(お主が撃退されるところを、後から来る冒険者や兵士に目撃させねばいかんのに、何故あの場を動いたのじゃ!?)
そう。
今回のこの騒動は、俺達が魔人をどこかから連れてきて暴れさせたとか、それが予定外の行動をとって焦っているとか、そんなことじゃない。
もっと単純な話で、俺が魔人に姿を変えて街を襲撃していたってだけだ。だからこそ街への被害に万が一もないし、魔人が暴走して、なんてことも起こり得ない。
エルやセリアラナが戸惑っていたのも、撃退される筈の魔人が、予定と別の行動をしたから驚いているというだけである。
(いや、何度も話しかけたけど全然返事がないから仕方なかったんだよ。それに、分かりやすい捨て台詞みたいなの残しただろ?)
エルは、今ここにいる魔人が俺が姿偽装で変装したものだと知っている。というか、これ自体はエルが発案者だし。
となると、エルの視点からすれば、俺が、エルの身体が魔力体だと知りながら、身体に傷を付けた程度で『これで簡単には追いかけて来れない』と言ったということになり、それが流石におかしいってことくらいはすぐに気付くだろう。
そうなれば単純だ。
つまりは言葉の裏の意味、『怪我した状態を見せたまま追っかけてきてね』という本当に伝えたい内容をエルなら理解してくれる。……多分。ってことで行動に移したわけだ。
(ちゃんと、間に合うように余興とかやって時間稼ぎもしたし、かなり魔人っぽさが出た悪くない演技だったろ? エルの台詞も本物の勇者みたいだったぞ)
(魔王である妾が勇者とは、笑える話じゃの)
今、避難所前では魔人とエルの魔法のせめぎ合いが繰り広げられている。
本来ならば、俺がエルに魔力勝負で負けることはないが、『満身創痍ながらも人々を守る魔族』という印象をここにいる人たちに残すため、こう、バチバチした感じで魔法同士をぶつかり合わせているのだ。
まぁ、実はこの魔法、完全な見掛け倒しなんだけどね。
もちろん、余興として使った山を吹き飛ばした魔法はちゃんとした攻撃に使えるものだが、今使っているのは全くの別物。
光魔法で、先程の攻撃魔法に似せた渦巻く炎を見せながら、風魔法を使って周囲に強めの風を起こしているだけという、安心安全な魔法だ。
それをエルの防壁魔法にぶつけて、あたかも強力な魔法同士がぶつかり合ってる風に見せてる。そうそう誰かが怪我をするようなものじゃない。
魔力勝負とか関係なく、防御系の魔法や魔術が使えれば大した力がなくても防げる程の超低火力だからな。
安全だけど派手に見える。この場では理想の魔法と言えるだろう。
(それで、新しい作戦ではこの後どするんじゃ?)
(本当に全然聞こえてなかったのか)
(うむ。全く)
どうやら、この念話は相手が考えていることを聞こうとするか、話しかけられたら答えるつもりがある状態で相手が語りかけてきた時に話せるといった感じらしい。
余裕がなかったり、何かに集中している時なんかは話しかけても気付かないってことか。
まぁ、普通の会話でも同じようなことはままあるし、そういうものだと考えておいた方が良さそうだ。
(とりあえず、元の作戦の『魔人強くない? と思わせてから、その魔人から守ってくれた人ってかなり凄いんじゃ? ってなって、最後に、この人たちと仲良くしといた方が良いんじゃないか? って考えに至らせよう』っていう部分は同じだ)
(そこを変えてしまっては意味がないからの)
(そうだな。ただ、さっきまでは状況的にそこに至るのが難しくなってただろ?
それならいっそ街の人間も巻き込んでしまおうって思ったんだ)
(それで避難所の襲撃か)
(そういうこと。
結果的には想像してたよりもいい流れになった。
予定と違って、街の人をかなり怖がらせてしまったのは申し訳ないとは思うけど、メリシネオルさんの活躍をしっかり見せられたのは嬉しい誤算だ)
もちろん、メリシネオルさんやセリアラナ達には、俺が変更する前の作戦の概要は話してあった。
ただ、魔人をどう用意するかについては、『あてがある』みたいなことしか伝えてなかったのが良くなかった。俺達が用意したやつが制御しきれなかったのかもとかって考えてしまったんだろう。
そりゃあ、神話に出てくるような化け物が解き放たれた、なんて思ったら怖いよな。どこかで伝えられたら良かったんだけど、エルと会話ができなかった時点でそんな余裕も無かったからなぁ。
でも、使った魔法は基本的に害をなさないように気を付けたうえで、事あるごとに避難所にいる人たち全員にこっそり回復魔法を使ってたから、怪我もなければ、驚いて心臓が止まった、なんてことも確実にないと断言できる。
寧ろ、俺が来る前より健康になってるんじゃないか?
(だからまぁ許してもらえるだろ。領地の今後にも関わる事だし)
(お主の方がよっぽど魔王らしいではないか)
いや、大変だったんだぞ? 音とか振動とかは通しながら、周囲に被害が及ばないように山の周りに防壁魔法発動するの。
流石に魔法の威力を間違えたと少し後悔した。
そんなことを考えてたら、エルが内心でため息をついたのが伝わってくる。
こんな感情の機微も分かるものなのか、とちょっとだけ驚いた。
(で、ここからはまた当初の予定通りだ。エルは他の人たちと協力して俺を撃退してくれ。もちろん、魔人の正体はバレないようにな)
(うむ)
ちなみに、今現在魔人の正体に気付きそうなのはセリアラナだけだ。
彼女は、俺の正体が勇者なんじゃないか、みたいな話をしてたくらいだからな。本気だったのかは知らないが、魔術が効かないって辺りから、もしかしたらってなっているのだろう。
メリシネオルさんも、エルが来たことで心に余裕ができたのか、何か引っかかるみたいな顔をしてるけど、俺と大昔の勇者が同一人物って答えにはまだ辿り着けそうにないな。
(それで、やり方なんだが——)
俺は、エルと改めて作戦の流れを話し、エルの了承を得て実行に移すことにした。
——————
「誰でも良い! 遠距離で攻撃ができる者は妾が抑えているうちに魔人に攻撃を仕掛けてくれんか!?」
見掛け倒しの魔法によるせめぎ合いの中、唐突にエルが声をはった。
それまで、激しい攻防をただ眺めるだけだった者達にとって、それは簡単に了承できる要望ではないだろう。なにせ、当たれば一撃で身体が消し飛びかねない目の前の魔法が、ちょっかいを出したことで自分に向かってくる可能性があるのだから。
現に、全く身動きしていない魔人に対して攻撃を仕掛けてきた者は今の今まで一人もいない。
冒険者や兵士はもちろん、冒険者ギルドのギルド長ですら静観していたのだ。
「奴の攻撃は全て妾が止める! しかし、攻撃に移るだけの余裕がないじのじゃ!」
エルは、少しでも魔人への攻撃を増やして、そこに隙さえできれば自分が特大の攻撃を加えてやると言葉を続けた。
「妾の攻撃さえ当てられれば、奴を完全に仕留めることもできるかもしれん! 誰でもいい! とにかく数で攻めてくれんか!?」
実際は、魔人が逃げ出すようにしなくてはいけないので倒し切ることはないけどな。
「おい! 冒険者の中で攻撃魔術を使える奴がいるだろ! 嬢ちゃんの言う通り攻撃しろ!」
誰もが、行動に移すことを躊躇する中、ギルド長の怒声が響く。
彼は、近くに落ちていた剣や鎧の一部、足元の石など、手当たり次第に魔人へと投げつけながら、呆然と立ち竦む冒険者達へと叫んでいる。
「街を守る兵士達! レジスタンスとして参加してくれている者達も攻撃しなさい!」
メリシネオルさんもまた、動きを見せない者達の元へと駆け寄り肩を揺さぶったりして、彼らを正気に戻そうと動き回っている。
そして、どうにか動き出した一部の者達が投げた物を、魔法に集中していると見せることで避けることなくくらい、攻撃が少し緩んだように見せると、千載一遇のチャンスと見たのだろう年配の冒険者が俺へと攻撃を始めた。
魔術に関しては俺に構築を頼んでいるせいで全くダメージはないのだが、矢や投げられた剣なんかは普通に当たるから、思ったよりうっとしい。こんな状態で攻撃魔法を維持し続けるのは難しいので、作戦として間違ってはいないだろう。
その作戦を提案したのが魔人本人でなければだが。
『グウウ、雑魚どもがぁ』
「奴の攻撃が鈍っているぞ! 何でもいいから手当たり次第に物を投げつけろ!」
俺が、怯んだ様子を見せながら魔法の見た目と風を抑えたことで、ギルド長達も手応えを感じたらしい。
それを見た、まだ固まっていた若い冒険者や、避難して来た住民達も投擲に加わる。
武器や石だけでなく、調理器具や木製の食器なんかも飛んできて、こちらから見るとちょっと笑ってしまう状況になっているが、ここで笑みなんか見せるわけにはいかないのでどうにか耐え、更に魔法を弱める。
「よし、これならいける! 少し離れておるのじゃ! でかいのをお見舞いしてやろう!」
状況を好機と見て、エルが防壁魔法にこめていた魔力を減らし、攻撃魔法へと移行する。
『させるかぁ!』
それをただ食らってやるのは流石におかしいので、俺もまた反撃する様子を見せた。
「『させない』はこちらの台詞です! か……魔人よ!」
反撃に移そうとした俺に、ピニエールの魔法が炸裂する。
お前のは魔術じゃなくて魔法だから普通に当たるんだよ。だから、的確に目を狙うのはやめてくれ。
まぁ、その方が俺が怯む理由としてわかりやすいからいいんだけどさ。
あと、一瞬、俺のこと神って呼びそうになったろ。ヤラセがバレかねないから気を付けろよ。
「ゆくぞ! くらえ! 〈光の火炎弾!〉」
俺の反撃が阻止された隙に、エルの魔法が炸裂する。
名前からして、炎系の魔法に光の属性を混ぜたものだろう。確かに、なんか炎の玉の周りを光の帯がぐるぐると回っていて、魔人には効きそうな見た目をしている。
『く、こんなもの!』
それを受けながらも、耐えようとしてみせる魔人。
だがそれも虚しく……あれ? これ、結構本気で魔力こもってない? 普通にダメージ受けるんだけど。まって、魔人の偽装が解けないように気を付けてこれ受けるの結構キツイ!
『ぐ、あ、ぐああぁぁ!』
結構本気の魔人の絶叫が広場へと響き渡った。
そして、魔法が効力を失って消えた先に、ボロボロになった魔人の姿が露わになる。
『ぐう、よくも……っ!』
こんな状態でも演技を続ける俺に、誰か拍手を送ってほしい。
「耐えたか、しかし、次は決めるぞ!」
拍手の代わりに、エルから追加の光の火炎弾が……。
『くそっ! こんな街、もういらん! 二度と来んわ!』
エルの魔法に半ば本気で焦り、俺は撤退を始める。
「逃さん!」
『ま、まて! それはっ!』
予定にないエルの魔法による追撃に、俺はつい言葉が漏れる。
「まてと言われて、親切にまってやる程お人好しではないのでな」
そんな俺の背に、躊躇なく放たれる火炎弾。
(いや、打つなよ! このボロボロに見せる即席の偽装魔法だって維持するの大変なんだぞ!?)
(仕方あるまい。逃げる相手に攻撃を加えぬなど、現実味がなかろう? 皆を守りながら手加減するというのもちと難しいしの。頑張って逃げてくれ)
『くそっ、くそがぁぁ』
そんなエルの返答を聞いた俺は、必死に飛行速度を上げてその場を逃げ出したのだった。
完全敗退で、二度と現れないだろうという印象づけるための演技を続けながら。
ちなみに、エルの魔法は街を出ても普通に追って来たから、街から見えないくらいに離れたところで同質程度の火炎魔法を使って対処することになったが、結構派手に爆ぜたから街にも爆炎だけは見えただろうし、いい演出になった……はず。
これで、何も見えませんでしたって言われたら俺は泣くぞ。




