八十八話
「ギルド長! 襲撃です!」
机に積み上げられた書類の束と格闘していた俺のもとに叫びながら現れたのは、このギルドに残っている唯一の職員である少女トレニアだった。
一階にある受付から走って階段を上がってきたのだろう、言葉の後にはあはあという息切れた様子を見せている。
「相手は何匹だ? 場所は東門か? それとも貴族街か?」
今のこの街で襲撃と言えば、それの犯人は魔物だろう。
恐らく、大量発生の残りか、少し前までこちらを騒がせていた貴族街への襲撃の続きか、そんなところだ。そう考える。
しかし、職員からの答えはまったく別のものだった。
「相手は一人! 場所は市民街です!」
市民街、この街は貴族街と市民街、そしてスラムと呼ばれる貧民街の三区画に分けられている。
厳密に言えば、市民街と貧民街は同じ区画だが、貧民街にいる者たちというのは同じような場所に集まりやすい。それ故に市民街の中でも、市民街と貧民街という暗黙の了解のような区別がなされ、そのまま呼ばれる。
彼女の言う市民街というのはその区別された市民街、つまりは、俺達冒険者ギルドが居を構えていて、市民が多く暮らす区画を指したものだろう。
「くそっ! この辺りにまで魔物がでやがったのかっ!」
魔物の大量発生が報告されてからすぐに市民の避難が開始されているとはいえ、完全に無人になったわけではない。
中には、大量発生の対応に行ってくれた引退した冒険者たちのように、街は自分たちの手で守ると言って自宅から動かない年配の者たちもいたはずだ。その者たちはまだ避難所には行っていないだろう。
貴族街は、貴族たちが真っ先に避難していたし、自分たちが先に避難するわけにはいかないと言って屋敷から動かなかった気概のある貴族も、何故か自宅から避難所に移動させられていたから人的被害は出なかったが、ここらの市民街ではそうはいかない。
「それが……」
俺の言葉に、どこか戸惑いの混じった声が返ってくる。
「なんだ、何かあるのか!? ……いや、トレニア、お前いま襲撃が『一人』によるものだと言ったか? 一体や一匹ではなく一人だと」
普通、魔物を数えるときは、一体二体とか一匹二匹という数え方をするはずだ。
どっちになるかは人によるし、その魔物によって変える奴もいるが、一人二人と数える奴なんかそういない。
そう数える相手といったら、俺達と同じ人間か……。
「相手は恐らく魔族です。私が直接見たわけではありませんが、人型だったと報告がありました」
「魔族……っ! そういうことかっ!」
魔族と聞いて俺の脳裏に浮かぶのは、つい先刻このギルドにやってきた三人組。トレニアもまたその者たちを思い浮かべているのだろう。
主に言葉を交わした女性は冒険者だというし、俺から見ても悪さをするような感じじゃ無かったのだが……相手はどう見積もっても俺より格上、俺じゃあ計りきれなかったってことなんだろう。
「あの化け物が暴れてるってのか……」
そんな化け物に『何をしてもいい』とお墨付きを与えてしまったのは俺だ。
領主からの手紙があったとはいえ、最終的に俺は書状を渡してしまった。
「くそっ……なら俺が出る!」
こうなったら、あのときの覚悟を現実にするほかない。
俺は命を捨ててでもこの街を守る。たとえ、倒すことができなくとも、最低でも追い払ってみせる。
そう考えた俺は、長いこと飾りとしての役目しかなかった愛剣を掴み取った。
そこに、新たな来訪者が現れる。
「トレニアちゃんはいるか!? あ、ギルド長もいるじゃねぇか」
「なんだ、ラルドか。魔族が暴れてるって話は聞いてる。今から向かうところだ」
やってきたのは、先の魔物大量発生にも参加していた元冒険者のラルドだった。彼は、
歳で冒険者を引退し、今は確か雑貨屋をやっていたと記憶している。今回の件で昔の装備を引っ張り出して街のために立ち上がってくれた者のうちの一人だ。
「ギルド長が行くのか? ちっと歳食いすぎだろうに。まだ剣は振れんのか?」
「これでも元Bランクだぞ。多少だが鍛錬は怠ってないしな」
この役職についてから忙しくて、流石に毎日剣をってわけにはいかなかったが、偶に木剣を振るくらいのことはしていたんだ。全盛期並みとはいかねえだろうが、足手纏いになるようなことはねえ……と思いたい。
「そら頼もしいことだなぁ。だけど、俺はあんたを呼ぶためにここに来たんじゃねえ」
「何があった?」
「増援がきたって伝えに来たんだ。メリシネオル様が仲間を連れて来てくれた」
まさに希望と言える言葉。
それが、ラルドからもたらされる。
「メリシネオル様!」
ラルドの言葉によって目的地を変えた俺がやって来たのは、この街の東門。そこには、多数の武装した者たちを連れた見慣れた女性がいた。
彼女こそこの領地の前領主の娘、メリシネオル様だ。
「ゴドリスギルド長、話は聞いています。魔物の大量発生から貴族街の襲撃、そして、今は市民街が襲われているとか」
彼女の言った通り、今現在も市民街への襲撃は続いている。
それは、先程から俺の後ろで聞こえている何らかの魔術によるものであろう爆発音からも明白だ。
「魔物と貴族街の襲撃は冒険者とその協力者でどうにかできたんだが、今起こってる市民街への襲撃は相手が悪い。メリシネオル様、その者達は?」
「相手、というと、襲撃している者の正体がわかっているのですか? 聞いた限りでは、人型であることと、魔族かもしれないということしか分かっていなかったはずですが」
俺の問いには答えてもらえず、代わりの問いが返ってくる。
どこか焦りのようなものが見えるのは、自分の情報不足に対するものか、それとも、魔族への恐怖か……若い者には魔族と聞いただけでビビっちまう奴もいるからな。冒険者でもそうだってんだから、貴族のご令嬢であるメリシネオル様が恐れるのもおかしくない。
「ちょっと前にギルドに魔族がきた。領主の手紙とやらを持ってたんで信用しちまったんだが、俺はそいつらの身分を保障するっつう書状を書いちまった。これは俺の責任だ。どうにかしなきゃならねえが戦力が足りねえと思ってたところに、メリシネオル様が援軍を連れて来てくださったって聞いて来たんだが……」
それで、俺の問いへの答えは? という意味を込めて言葉を区切る。
「この者達は、我々がこの街の平和を取り戻すために力を貸してもらうべく集めた冒険者や元傭兵の方々です。この街を守るために戦ってくれます」
メリシネオル様は、何事もなかったかのように先程の表情を消し去り、使命感を滲ませた顔つきへと変えて返答した。
「何人かは見たことがあるな」
彼女の後ろにいる者達の中に数人、見覚えのある顔がある。
確かあれは……。
「元この街の冒険者と兵士か」
「はい。全員ではありませんが、何名かはこの街から出るように言われて去った冒険者や兵士です。今は他の街で活動していたり、傭兵として働いたりしておりましたが」
「我々とて、何の策もなくただ人集めをしたところでそう簡単に集まるとは思っていませんでしたからね。近くの街や領地に移動した者達の中でも、まだ自分の故郷を救おうとする気概のある者を集めました。他は普通にお金で雇ってますが」
メリシネオル様の言葉に補足したのは、彼女の後ろに護衛のように立つ女性だった。
「あなたは、セリアラナ殿でしたかね。確か、騎士爵の……」
「爵位は取り上げられてしまったようですけどね」
「噂では聞いてる。メリシネオル様を危険に晒したとかってことで騎士爵を剥奪されたってことだったが、その様子じゃ間違いだったみたいだな」
「その話は後にしましょう、ゴドリスギルド長、セリアラナ、今は市民街を襲っている者の対処を優先すべきです」
メリシネオル様の言葉で、雑談へと脱線しかけていた話が元の路線へと引き戻される。
「失礼した。それで、その者たちは戦力として期待していいのだろうか」
「そのために集まってもらったのですから」
メリシネオル様の言葉に、後ろの者たちも頷く。
「ありがたい。俺の失態とはいえ、この街は守らねばならねえ。俺が前線で動くから、申し訳ねえがサポートしてほしい」
俺は、メリシネオル様が集めたという者たちに頭をさげる。
「俺、ギルド長に頭下げられることになるなんて思ってもなかったよ」
「俺もだ。たかがDランクで大して力になれないと思うんだけどな」
「私はお金で雇われた側だけど、偉い人にお願いされるってのも悪くないわね。ま、ここで活躍しないと報酬貰えなくなっちゃうし、ちゃんと頑張るけど」
元々がこの地の出身であるとはいえ、外に出ていたということは一度は故郷を捨てて自分の身を守る決心を固めたってことだ。それには相応の覚悟があったはずなのに、それを覆してでも再びここに来てくれたのだから、それに対して頭を下げねえってのはないだろう。
金で雇われたってやつに至っては、そこまで付き合う必要もねえってのにここまで来てんだから尚更だな。
「報酬に関しては、ギルドからもちゃんと出す。本部に殴り込みに行ってでもぶんどってやるから安心してくれ」
そんなことを言いながら、俺は今なお響き渡る爆発音の方へと体を向ける。
「では行きましょう。この街を守るために!」
メリシネオル様の言葉を合図に、俺達は市民街の中心へと歩を進めた。
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「ふむ、遅かったではないか。妾はお主が真っ先に来るものじゃと思っておったのじゃがな」
市民街の中心、そこではエルが魔人との攻防を繰り広げていた。
そこにやって来たのが、厳ついおっさんと、メリシネオルさん率いるレジスタンスの面々だ。
厳ついおっさんは、エル曰くこの街のギルド長らしい。
「お前は……なぜここに? 俺はてっきり……」
「妾がこの襲撃の元凶じゃと思ったか? ククク、言ったじゃろう? 何かあったときは妾たちが守ってやると」
エルは、楽しそうにギルド長へと言葉を返している。
多分、ギルド長がどう考えるのか推測した上で、考えていた通りに動いていたのが面白かったのだろう。自分の考えていた通りにことが進んだ時ってのは安心するからな。その安心に、楽しいという感情も便乗して来たってとこか。
「悪かった。魔族かもしれねえって言われて疑っちまった」
「いや、元々魔族と人族は敵同士じゃったのじゃからな。仕方なかろう」
「そんなのは昔のことだ。『魔族への差別はなくならねえ』とか達観したようなこと言ってた奴がこれじゃあな。情けねえ」
ギルド長さん、あなたと話しているそいつは、確かにこの市民街襲撃の発案者ですよ。間違ってないですよ。
俺の計画では、犯人を逃したけど、壊れた魔導宮は回収しましたって感じに行くつもりだったからな。もっと平和的だった。
まぁ、そんなこと話したら計画が丸潰れだからな。これを伝えるわけにもいかない。
それに、万が一バレた時は俺も同罪だろう。街、結構破壊されちゃってるし。
もちろん、壊した家々に人がいないことは確認済み。
人的被害は皆無だ。
しかし、それでも街を壊した罪は問われるだろう。
「にしても、あれはなんだ? 魔族にあんな種族の奴がいたか?」
ギルド長が街に向けて火を放っている者を見てそう言った。
「魔族にはおらんな。あれは魔族ではないからの」
「じゃあ、なんだってんだ?」
「あの肌といい、髪といい、あれは魔人じゃな」
「魔人か……普通なら、嘘をつくなと言いたいところだが……確かにあれは神話とかに出てくるようなバケモンだな」
ギルド長には魔人がどのように見えているのかわからないが、普段の俺やエルのように偽装魔法で隠してる訳ではないそれは、それはそれは化け物じみているのだろう。
見た目は置いておいたとしても、魔力やら何やらといった部分だけ見ても魔王にすら匹敵するように創られた存在なのだから。
「ともかく、我々は市民の避難を優先します。あなたは冒険者ですか? ここはゴドリスギルド長とあなた方に任せてもよろしいでしょうか?」
「構わんぞ。お主らがくるまでは妾とあ奴らで対応しておったのじゃからな」
今、魔神と戦っているのはピニエールとアルファトだ。
戦っているというには防戦一方ではあるが、それは避難している市民を守りながらのことだから仕方ないだろう。
『我の計画の妨げとなる者らよ。貴様らは決して許さん。死をもって償え』
街の上空に浮かびながら魔法を放ち続けている魔人が、どこか人離れしている声でそう告げた。
「魔人ってのは会話ができるのか。奴の言ってる計画ってのはなんだ?」
「ああ、妾とピニエールらが未然に防いだ、魔物の大量発生と貴族街への襲撃のことじゃろう。どうやら、あの者が元凶だったようじゃぞ」
「それだけではありません。あれは領主を操り、この領地を混乱に陥れた元凶でもあります。私たちは、それを偶然知ったために街から出て戦力を集めたのです」
「なるほどの。では、領主にかけられていたおかしな術式は彼奴のものじゃったか。どうりで、街の破壊以外に妾たちへの憎しみのようなものを感じる攻撃をしてくる訳じゃ」
今に至るまでの事情を知っている者からしたら、エルとメリシネオルさんの会話は白々しさを感じるが、そんなことを知らない周囲の者たちには真実に聞こえることだろう。
なんたって、現在進行形で街を守ってくれている実力を持った冒険者と、この街の有力者の会話なのだから。
「では、我々は市民の避難誘導に向かいます。それが済み次第戻って来ますので、それまでどうか持ち堪えてください」
「良かろう。妾たちがきっちり守ってやる」
役目は終わったとばかりに、その場を後にするメリシネオルさん。
ギルド長は、その様子にどこかおかしなものを感じたらしい。
「なんだか知らねえが、キナ臭えな」
「そう言うな。色々あるんじゃ色々な」
「色々ってな……」
「そんなものじゃろう。世の中とはの」
「……この街は大丈夫なんだろうな?」
「何度も言っておるじゃろう? 妾たちが守ってやると」
不敵な笑みを浮かべながら魔人へと視線を向けるエルに対し——。
「……そうかよ」
厳つい顔したギルド長はそう返すしか無かった。
魔人撃退まで書くつもりだったのですが、ちょっと長くなりそうだったので一旦切ります。




