八十五話
「すまん、ユウマ。間に合わんかったみたいじゃ」
「どういうことだ!? その反応からしてあっちはケレイナの街なんだろ!? 何が間に合わなかったんだ!?」
エルの言葉に対して俺は強い焦りを感じていた。
俺がおかしな枷をつけていたせいで街に被害が出たかも知れない、そう考えただけでも背筋に嫌な汗が伝う。
そこに、俺のすぐ近くからカルドナの高笑いが聞こえてくるのだから尚更だ。
「ユウマさん、魔物が動き出す前にエルさんに伝えたのは、魔物のことだけじゃないんすよ」
そういえば、その話をしていたときにアルファトは『他に掴んだ情報と一緒にエルさんに話した』と言っていた。
魔物の騒動の他に掴んでいた情報、それが先の爆破音に繋がるということだろう。
「その情報というのはなんなんだ?」
「貴族街への襲撃っす」
「貴族街?」
アルファトの答えに疑問が起きる。
確かに、貴族街にある貴族達の屋敷を襲撃すればかなりの利益を得ることができるだろう。なんたって、相手は貴族だ。屋敷内に保管されている品々は、さぞ高価な物ばかりが揃っているだろうからな。
だが、先程まで聞いていたカルドナの行動や言動からは、そういった所謂お金を必要とする意思は感じられなかった。
どちらかといえば、そんなものより計画第一って感じで……。
「つまり、貴族街の襲撃が計画で必要なことだったってことか」
「詳しくはわからなかったっす。でも、何かもしくは誰かを探してたみたいっすね」
「お前はボスってやつから聞いてないのか?」
「俺は雇われっすからね。そういう重要な話なんて聞かされてないっすよ。ただでさえ上からの情報が殆どない組織みたいっすし」
ピニエールも命令だけされて大した情報は貰ってなかったみたいっすよ。なんて言いながら苦笑いするアルファト。
ボスの右腕を自称しておいて、ろくな情報も貰えてなかったなんて、そんな顔にもなるってものだろう。
「そういえば、ピニエールはどうした?」
「あやつをその件で動かしておったのじゃが、このとおり、間に合わんかったんじゃろう」
「正直、襲撃がいつ頃実行されるかわかんなかったっすからね。魔物の件が早まったんでそっちも不味いかもとは思ったっすけど、まさかここまで早く動き出すとは思ってなかったっす」
「そうか……」
魔物が動き出すという話をエルから聞いたのが約一時間前。そして、今現在も、まだ日は東の空にある。
元々、魔物に街を襲わせてから貴族街に襲撃をかける計画だったとしたら、本来は昼頃に動き出す筈だったのだろう。それがここまで早くなったというのに、それに対処しろというのは酷というものだ。
「俺の、ミスか……」
やはり、結局はそういう答えになる。
「いや、反省は後だ。とにかく人命救助に向かうぞ。ピニエールはあっちで動いてるんだろ?」
「神よ! 貴方の僕はここにおります!」
「ああ、ここにいたのか……って、なんでいるんだよ!」
俺の問いに対する可笑しな返答は、そこにいるはずのない可笑しな本人から、そして、街へと向かおうとする俺の背後という可笑しな方向から返ってきた。
木の後ろから出てきたアルファトといい、意表を突くのが好きな奴らだな。
「私、エル様の指示通り、市民の被害を無くしてまいりました! 神のために! ここにいるのは報告のためです!」
「被害を無くしてきた?」
言ってることまで可笑しい奴だ。
いや、それは元々か。
「そうです、神よ! 私はエル様のご指示のもと、こやつらの陰謀を阻止すべく迅速なる行動をもって暗躍していたのです! それはそれは、聞くも涙語るも涙の壮大な物語がございま——」
ピニエールの馬鹿みたいに長い話を要約すると、彼はアルファトが入手した情報によって計画の阻止に向かい、数ヶ所あった襲われる予定の屋敷の中にいた者達を気絶させて拐って回っていたらしい。
いつ起こるかわからないうえに、何をしてくるかも予想がつかない。そして、守り抜こうにも目標が複数箇所となれば手が足りない。
ならばどうするか。
「私は、悩んだ末に名案を思い付きました! 複数箇所を守らないならば、目標になっている者達を一箇所に纏めてしまえばいいのです!」
そうして、集めた者達を避難所へと連れて行き、そこを守ることにしたそうだ。
「しかし、襲撃は来ませんでした!」
待てども待てども襲撃者は現れない。
魔物が動き出した後も、エル達が処理に向かった後も、そして、あらかた片付いてきたであろう頃になっても、襲撃者は来なかった。
「そして先程の爆発! 私は奴らの目的は人ではなく物なのだと判断しました!」
襲撃目標が人ではない。ならば、人的被害は起きないのだから、自分がこの場にいる必要もない。
ピニエールはそう考えて、こちらに合流してきたそうだ。
「神が望んだのは人を傷つけぬこと! ならばその目的は達したと考えたのです!」
「まぁ、間違ってはいないな。ただ、まだ人の方が襲われる可能性がなくなったわけではないだろ。
あと、うるさいから普通に話してくれ」
「承知しました。神よ。
人が襲われる可能性に関してですが、確かにないともいえません。しかし、そこまで高いものではないでしょう。ならば、情報を共有するのが先決だと考えました」
「確かに、あのままであれば妾達は無駄に現場に向かうことになっておったじゃろうからの」
「それもそうか」
爆発現場には既に人がいないという情報は確かに有益だ。街の人たちを助けに行くのでも、それを知っているか否かで効率が変わる。
その点でいえば褒めるべき行動なのだが、どうも彼の言葉や視線の端々に『神に会いに来ました』という感情が見え隠れしているように感じるせいで、素直に良くやったと言えない。
「まぁいいか。市民に被害はないんだな?」
「ありません。今は、貴族街への襲撃に使われた魔物が暴れているでしょうが、こちらへ来る途中に確認したところ、街を守る兵士共で十分対応できるでしょう。先に屋敷へと突っ込んだ多少ランクの高い魔物は、最初の爆発で自滅してしまったようでしたので」」
貴族の屋敷を爆破したのは例によって自爆の魔法陣によるものだったのではないか、というのがピニエールの推測だ。どうやら、屋敷の火が上がっている場所の付近に中型の魔物の死骸があったらしい。
「さて、そうなると、他の屋敷への襲撃を防ぐのが今やるべきことか」
「それでしたら私がこれとともに参りましょう。此奴らの目論見を潰してやります」
ピニエールが『これ』と言いながら指差した先にいるのはアルファトだった。彼の索敵能力は勿論、そもそも、この襲撃について知ったのはアルファトの力によるものだ。襲撃を受ける順番などを正確に把握するために連れて行きたいんだろう。
こちらとしては、その間に他の動きができるのでありがたいことではある。
ピニエールに任せ切ってしまうのは少し心配だが……。
「俺達はとりあえず避難所の守りに加わるか」
「いや、お主は一度戻った方が良かろう。あちらではお主がいきなり消えておったら向こうが混乱するのではないか?」
「ああ、そういえばそうか。なら、こっちはエルに任せる。何かあったらまた連絡をくれ」
俺は一旦、レジスタンス達のいる場所に戻ることになった。その際に、カルドナをどうするかという話になったのだが、ここにいてまた何かやられても面倒だということでこのまま俺が連れていくことになった。現状の説明にも使えるだろう。
そうして、影魔法によってレジスタンスがいる場所へと帰還する。
「なぜ、あなたがこの魔法を使えるのですか?」
レジスタンス達がいる村へと戻った俺に向けられた第一声は、カルドナによるそんな言葉だった。
まぁ、自分達が崇拝しているボスとやらから貰った魔具の力を普通に使われたのだから当然の反応だろう。
「秘密だ」
答えてやる義理はないけどね。
俺とカルドナの会話が聞こえたのか、俺に割り当てられたあばら屋の扉を叩く音が聞こえ、返事を待たずにその扉が開かれる。
いつ壊れるかわからない程ボロい扉だから、余り乱暴にしない方がいいと思うんだが、なんてくだらないことを考えていた俺の前に現れたのは、メリシネオルさんだった。
「ユウマさん! どちらに行かれていたんですか!?」
「すまない、ちょっと野暮用でね。ちょうど良かった。今から少しだけ時間作れないか? こいつの処遇とか色々話がしたいんだけど」
「時間などっ! もう領都に向かうための準備は終わっ……って、その人はもしかしてカルドナですか?」
カルドナは普段魔族だとバレないように変装しているのだろう。メリシネオルさんは彼女が誰か一瞬わからなかったようだが、顔をしっかり見たことで正体に気付いたらしい。焦っているような表情が、一瞬で眉を潜めたものへと変わった。
「そう。カルドナだ。さっき言った野暮用ってやつでちょっとあってね。そのことも含めて話がしたいんだけど」
「……わかりました。ここで待っててください。他の者達を連れてきます」
そう言ってすぐさま踵を返すメリシネオルさん。多分、セリアラナとかを呼びに行ったのだろう。
「ユウマという名前……それとあの魔法……まさか、ボスの言っていた勇者というのは本物の勇者だったと?」
メリシネオルさんがいる間静かにしてると思ったら、どうやらカルドナは俺の正体に気付いたらしい。
「ということは、共にいたあの女性は大魔王様……?」
この質問にも答えてやる必要はないのだが、俺が何も言わなくても自分の中で答えを出したようだ。
「ま、別に隠すことでもないしな。お前の言った通り、俺は五百年前に魔王であるエルと一緒に封印された勇者の八潮雄馬だ。ヤシオが名字で、ユウマが名前な」
「最近、我々の計画を邪魔しているというのも……」
「そっちが最初にちょっかいを出してきたんだけどな。それ以降はどちらかといえば成り行きだ」
今回の件はわざわざこちらから首を突っ込んだんだけどね、というのは口に出さないでおこう。
「それで、私の魔術が通じなかったのですか……」
俺の答えから、自分が魔術を使う相手を間違えたことを悟り天を仰ぐカルドナ。
「本人に構築してもらった魔法は効かないらしいからな」
「…………」
彼女は、俺の相槌を無視して、天を仰ぐ格好のまま目を閉じる。
そして、ボソリと声を漏らした。
「そんなの、勝てるわけない……」
彼女らの上にいるボスとやらは俺達を排除しようと本気で考えているみたいだが、他の者達からしたら、『自分らの英雄本人と、それに打ち勝った人物に矛を向ける』という、それはそれは非現実的な考えに思えるのだろう。
彼女の反応からしても、まさか、自分たちが相手しているのが『本当に本物の英雄』だとは思っていなかったに違いない。
ピニエールは理解した上で挑んできた感じはあったけどね。
「そういうことだから、できれば諦めて色々話してくれると助かるんだがな」
俺は、彼女を治癒したときに言った言葉と似たような内容のものを向けるが、彼女からの返答はない。
そして、その後メリシネオルさんによって集められた人たちの前で街で起きたことを説明している間も、カルドナが言葉を発することは一切なかった。
説明を終え、影転移に関しても実演することでなんとか信じてもらうことができ、街から魔物の脅威がなくなったことを納得させることに成功した。
「それでは、まだ準備の時間があるということですね」
「いや、すでに首謀者を捉えているのだ。これ以上争う必要があるのか?」
「しかし、モルドアルはどうするのだ」
「奴にこれ以上ケレイナを任せるわけには……」
「と言っても、今回の件は魔族の仕業ということになる。奴に責任を追及するわけにもいかん」
「それでは民は納得しない!」
状況を説明したことで混乱を深める面々。
黒幕と思しき人物は捕らえ、計画は阻止できたらしいということは理解したが、そうすると今度は責任の在処というのが問題になる。
モルドアルの親類には金銭の貸し借りで世話になっているが、今回の件でお咎めなしとはいかない。まさに、俺が危惧していた『モルドアルは責任を取って処刑』という流れになりかけている。
これじゃあ、俺の目標が達成できない。
どうしたものか……。
市民に被害が出たかも知れないと考えていたときには『変な目標を掲げたせいで』と悔やんだものだが、そちらが問題がなさそうだと分かった時点で、再び無血の目標が頭を掲げてくる。
おかしなものだと思わないでもないが、実際に血を流さなくて済むのであればそれに越したことはないじゃないか、そう考えてしまう。
「今回は、ユウマさんの助力があってこその成果です。彼の意見も聞くべきでしょう」
俺の考えを知ってのことではないだろうが、まるで助け舟のようなメリシネオルさんの言葉がその場を静める。
「俺としては、今回の件で人が死んで欲しくはない」
この状況なら多少の我儘は許されるのではないだろうか。
そんな考えが浮かんだからか、俺は、なんの捻りもなく素直に答えていた。
「モルドアルを咎めるなと言うのか!」
そんな考えなしの言葉に、その場にいた男性が声を荒げる。
多分、元々それなりに高い地位にいた人物なのだろう。拳を怒りに振るわせていながらも、妙に美しい所作を感じさせる男性だ。
「それでは納得がいかないのはわかる。けど、もし俺の意見を聞いてくれると言うのであれば、領主を辞めさせる程度で済ませられないか?」
「それでは民は納得しない! 今まで何人の命が犠牲になったと思っている!」
彼が元々いた地位ゆえの言葉だろう。
確かに、政策の不備で犠牲になった者は数えきれない程いるのだと思う。
しかし、それでも俺はモルドアルの処刑を受け入れられなかった。アルファトから、今もなお領地をどうにか再興しようと体調を犠牲にして働いていた彼の話を、ちらりと聞いていたからかも知れない。どうしても、モルドアルの処刑は受け入れられない。
そして、男性の荒げる言葉に完全に納得している者という点でもまた、ここにいる者の中でも半数に満たなかった。やはり、他の者達の中でも、可能であれば処刑はしたくないという考えの者が多いのだ。
魔族に操られると言う形で領地を危機に晒したというのは確かに罪深いが、その操られたというのが問題になる。
モルドアルの親類には自領の窮地を助けられているし、領民を奴隷にするという考え以外は、彼もまた領地のために力を尽くしていた。そして、その姿を見ている者も多い。
そんなモルドアルが、魔族に操られたことで処刑されるのが納得できないのだろう。
「そうか、民を……ケレイナの街にいる人たちを納得させられればいいのか」
そんな中、俺の脳裏に一つの案が浮かぶ。
「何か策があるのですか?」
俺の呟きに対して真っ先に反応したのはセリアラナさんだった。彼女もまたモルドアルを処刑するという未来に納得できない側なのだろう。
「ひとつ、手を思いついた。実行するかはセリアラナさんとここにいる人達次第って感じだけど」
「話だけでも聞かせてください」
「わかった、先ずは今回の件をどう収めるのかだけど——」
俺は、セリアラナさんに促されて思いついた内容の説明を始める。
「——ってのが思いついた策だ。これは、ここにいる全員が協力してくれなければ実現できない。だから、やるかどうかの判断は任せる」
出来る限りのことはしたい。
一度決めて、おかげで台無しになりそうになり、それでもまだ可能性がある、そんな目標を達成できるかも知れない唯一思いつく手段だ。
そこそこ成功率は高いと思うし、それが伝わるように説明できたと思う。
これでダメなら、諦める他ないか……。
「民の心が救われるというのなら、私は協力しよう!」
そんなふうに考えていた俺の案に真っ先に乗ったのは、予想外にもモルドアルの処刑を一番に推しているはずの男性だった。彼にとって、ケレイナの街に暮らす領民達こそが最優先なだけで、モルドアルも助かるなら問題はないということなのだろう。
この言葉が、モルドアルの処刑という手は良策ではない、と再確認させられる。
「そうだな、不可能ではないか……」
「領地に平穏が訪れるなら……」
男性の賛同を皮切りに、他の者達からも良い反応が返ってくるようになる。
「この計画を実行するならば、まずはモルドアルに話をつける必要があります」
ボソボソと続く話し合いを断ち切ったのは、セリアラナさんだった。
「私が直接彼と話しに行きましょう」
そして、彼女の決断は早い。
実際、俺の思いつきを実行に移すならモルドアルの意思を確認する必要がある。その話をするのに適切な人材は、彼女の他にいないだろう。
「私もお供します」
そんな彼女の言葉に返したのは、今まで黙り続けていたセリアラナだった。
「ユウマさん、私とセリアラナの二人をケレイナの街まで転移できますか?」
「問題ない」
「では、すぐにでも向かいましょう。皆は計画の実行のために準備を進めてください」
誰にも文句は言わせないとばかりに言葉を続け、そも場にいる者達を動かし始めるセリアラナさん。
彼女の有無を言わせぬ雰囲気ゆえか他の者から異論は出ず、俺達は計画の実行に向けて動き出すことになった。




