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魔王は勇者の中にいる  作者: さかもときょうじゅ
七章 勇者と魔王とレジスタンス
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八十四話

(何をどうしたらそうなるんだ?)


 カルドナの捕縛。

 それは、今回の騒動の収束と言っても過言ではない出来事だ。


(話せば長くなるが、まずはこちらに来てもらえんか? 自爆などされてはたまらん。一応、魔法妨害(マジックジャミング)をかけておるが、魔法陣の解除はお主の方が確実じゃからな)

(ああ、わかった)


 俺は、言われた通りにエルの元へと影転移(トランスファー)で移動する。


 影から出たて最初に目に入ってきたのは、エルに足蹴にされている細身の女性だった。

 腰まで伸びた水色の髪は土に塗れて汚れ、小綺麗にしていたであろう白を基調とした服は所々破れた上でこちらも泥だらけ。言葉にすると扇情的な場面を思い浮かべもしそうなものだが、顔がボコボコに殴られているのでそんな気は起きない。

 彼女が問題の魔族であろうということは頭の角と腰の尻尾から窺えるが、状況が状況なだけに憐憫の感情しか浮かばない。


 それにそもそも、俺にはそんなことを考えている暇もなかった。

 既に自爆用の魔法陣が彼女の額に浮かび上がっていたのだ。


「あ……っぶない」


 既に発動寸前というギリギリのタイミングで解除に成功する。


「で、どういうことなんだ?」

「こやつの格好は自業自得じゃ」

「いや、そういうことじゃ……自業自得?」


 なんでカルドナを捕まえる事になったのかという経緯を聞いたつもりが、返ってきたのは斜め上の回答だった。しかし、その答えはそれで気になる内容ではある。

 彼女の顔はどう見ても誰かから殴られてできた傷がある。それが自業自得というのは無理があるように思えるが……。


「こやつ、魔物を操る魔道具の制御に失敗しおってな」

「魔物を操る魔道具? それの制御ミスでなぜそうなる」


「そこからは俺が説明するっす」


 俺の言葉に返答したのは、木の影から出てきたアルファトだった。


「説明を受ける前に、なんでアルファトがいるのかっていう疑問が増えたんだが」

「それも含めて説明するっす」


 俺の返答に対して『それ説明してなかったんすか』と呆れた様子を見せた後に、アルファトはここまでの経緯を説明し始めた。



 ことの始まりは、エルが魔族王国を出る少し前に遡る。


「エルさん、例の二人の尋問が終わったらしいんだけど」

「例の二人? 尋問? なんのことじゃ?」

「やっぱり忘れてた」

「ユウマさんも完全に忘れてる感じでしたからね」


 エルの返答に呆れた顔をしているのは、エルキール魔族王国の現王である魔王カルアナ・エルキールと、その魔王直属の親衛隊副隊長であるダークエルフのジェレーナだ。


「エル様、二人というのは捕縛しているピニエールとアルファトのことです。ユウマさんが奴隷契約をしている」

「ああ、あやつらか。もう動かして良いのか?」

「はい。やはり二人とも奴隷契約を変更するつもりはないようですので、ユウマさんに返そうと思います。ユウマさんの許可が得られるのであればこのまま処刑しても良いのですが……」

「あやつはそういうのを嫌いそうじゃな」

「だよね。ユウマさんなら普通に連れていきそう」


 エルの言葉にうんうんと頷くエルキールとジェレーナ。実際に、この場にユウマがいても結果は同じだっただろう。こちらの世界に来てから人を殺すことへの忌避感が薄れているとはいえ、既に無力化していて、調べた限りでは大した罪状もない二人に対して『処刑してしまえ』と言ってのける程冷血にはなっていない。

『罪状が王族を襲ったこと? 実現してないしこっちで使うよ』とでも言っている姿が、エル達にも簡単に想像できる。


「うちとしても別に被害がなかったからいいんだけど、納得できない人もいるみたいだから、もしあいつらが何かやらかして奴隷契約を解除する事になったら教えて欲しいというのは駄目かな?」

「良いのではないか? ユウマも、そこまでするような奴を放っておく程お人好しではなかろう」

「では、そのような形で他の団長達を説得しておきます。初代魔王様の意思といえば文句を言う者もいないでしょう」

「そんな堅苦しい肩書はいらんのだがな」

「エル様、そうもいきません。そうでなくとも色々とお世話になっているのですから」


 彼女ら魔族王国の者達にとって、ユウマとエルというのは微妙な立ち位置にある。

 実際にユウマ達に世話になったというのは事実。ユウマ達が魔族王国に来る際に連れてきた旧魔族派の連中からの情報でかの組織の情報を得られ、更に自国の王を助けられ、そして今回のピニエール達からの情報だ。新しい結界に関してはエルから受けたものだと考えらなくはないが、他の部分だけ見ても、恩がないなどとは口が裂けても言えない。

 しかし、その相手が同じ魔族で自国の英雄であるエルフェルタ・リンドであるならまだしも、もう一人が自国を窮地に追いやったとされる勇者本人となると、感情的に認めれらない者は多いのだ。

 ユウマからしたら感謝されたくてやったことではないし、彼らの考えも理解できるから、そんな状況でも文句はない。

 しかし、国のトップとしてはそうもいかず、いつか恩は返さねばと考える。


 ユウマと共にいるエルへの敬意を深めるというのは、その微々たる一環であり、そこから段々とユウマに関しても認める者が増えればと目論んでいる。


「まぁ、そのうちお主らに頼る事もあろう。その時には力になってやれば良い」

「彼が困りそうな状況など思いつきませんが……」

「そんな状況じゃ、うちらには役に立たなそうだしね」


 そんな話をしながら、牢に入れてあるピニエール達を連れてくるように指示を出すエルキール。

 暫くして、彼女らのいる部屋へとピニエール達が連れられてくる。


「神よ!」


 扉を叩きもせずに部屋へと突入してきたピニエールの後ろから、このバカとは無関係っすという顔でアルファトがついてくる。


「俺はもうこの馬鹿な人とは無関係っすから、処刑するならこの人だけにしてほしいっす」


 顔に出すだけでは足りないと思ったのか、口にも出すアルファト。


「いや、別に良い。ピニエール、ユウマはここにはおらんぞ」

「なんと……やはり神の領域に戻られて……」

「それでは聞き様によっては死んだかのようではないか。別行動をしておるだけじゃ」


 この世界で『神の元に行った』というのは、厳密に言えば『死んだ』という言葉の代用にはならない。どちらかというと、神の元へと昇華されて、神の使いや、人の身で神の位へと至った者である人神(じんしん)になったという意味になる。

 どちらの場合でも殆どが死後の話なので、結果としては『死んだ』と言っているのとほぼ変わらない意味合いにはなってしまうのだが。


「お主らには、これから暫くは妾と共に行動してもらう予定じゃ」

「なんかやるっすか?」

「うむ、もう少ししたらユウマの思い付きを実現させる作戦に向かう事になるからの。お主らにも手伝ってもらうぞ」

「神の御心のままに!」

「うるさいの、こやつは」


 その後、ユウマからの連絡を受けて一足先にケレイナ領の街へと向かったエル達は、まず初めに情報取集から始めるが、その際に役に立ったのがアルファトの能力だった。

 彼は、白眼族と三眼(さんがん)族のハーフの生まれで、他者の思考を読む白眼族の力と、他者と思考を共有する三眼族の力を持って魔物や小動物を操ることができた。ハーフという生まれ故にどちらの力も純粋な種族のものより劣り、思考を読める対象が限られたり、思考を読んでいる最中の相手しか思考共有によって操ることができなかったりはするものの、小動物を操れるという力は、情報を集めるのにこの上なく有利に働いたのだ。


「俺の力は戦闘には向かないっすけど、ちまちましたことには向いてるんすよ」


 と、苦笑しながらこぼす彼はハーフであることに多少の劣等感の様なものを持っているらしいが、実際にこの手の分野では大きな活躍が期待できる能力である。


 アルファトはまず手始めに子犬を操って、数日かけて領民達の状況を確認する。その結果、予め聞いていた以上に街に住む者達の生活が落ち込んでいる現状が浮かんできた。


「それで、もしかしたら領民の売り渡しがユウマさん達が考えているよりも早く動いているかも知れないと考えたっす。なんで、今度はネズミを操って領主の館への偵察へと切り替えたんすよ」


 領主の館では、書類を前にして死にそうな顔をしながら政策を協議している領主らしき者と若い貴族らしき者達の姿や、領地の行く末を語り合う悲壮感漂った顔の使用人達がおり、『大変っすね』などと考えながらそれらをスルーし、問題の魔族らしき者がいる部屋へと辿り着くことに成功。情報集めを開始した。

 この時、エルが冒険者ギルドへと情報収集に向かっており、アルファトは彼女がとった宿で作業していた。


 特段、盗聴等への対策は行われておらず、使役しているネズミが見つかりそうもないことに安堵しつつも魔族の観察をしていると、その者が魔物に街を襲わせる計画を立てていることを知る。


「そいつが話してた内容を聞いた感じ、なんか領民の売り渡しはもうどうでもいいって感じだったんすよ。それでなんかおかしいって思ってたところに、魔物の計画のことを誰かと……多分ボスっすね。そのボスと話してたのを聞いたっす」


 アルファトはエルの足元で『裏切り者』だのなんだのと呻いているカルドナを指差してそう言った。


「それで、このことをユウマさんに伝えてもらおうとエルさんが帰ってくるのを待ってたら……」

「妾も冒険者ギルドでその話を聞いておっての」


 それでユウマと連絡をとったエルはローブを購入、戻ったギルドで助けてやる宣言をしていた。


「帰ってきたエルさんから話を聞いた時には頭を抱えたっす。ユウマさんから目立たない様にって言われてるって聞いてたっすから」


 その後、エルがユウマに連絡を取ったところこのままいくということで決まったと聞き、ユウマにとっても想定内だったのだと安心して情報収集に戻ったアルファト。説明中にユウマから、『まぁ、仕方なかったからな』と言われてそんな軽い感じでこんな面倒なことをしているのかと、再び頭を抱えることになったが。


「そのままそいつを監視してたっすけど、今朝になってボスとは別のやつから連絡を受けて、急に動き出したんすよ。それで、他に掴んだ情報と一緒にエルさんに話したら——」

「魔物が動き出したんだな」

「そうっす。俺がエルさんに話しているうちに街から出てたらしくって、エルさんに冒険者ギルドに確認に行ってもらったら、そんなことになってたっす」

「それで魔物の討伐にエルが出たと。……で、なんでこいつはボロボロなんだ?」


 ユウマの質問に、なんと答えていいのかとちょっと困った顔をするアルファト。


「なんていうか、エルさんが言った通り、魔道具の制御ミスが理由なんすけど……」


 アルファトはその時のことを説明し始める。


「エルさんが、魔物の大軍の中でも目立って強いやつと他の人にはキツイくらい集まって動いてるやつらを倒していってたんすけど、森の奥にちょっとヤバそうな魔物がいたのを俺が見つけたんすよ」


 エルが冒険者達と共に魔物を殲滅している間、状況的にも実力的にもその中に参加するわけにいかなかったアルファトは、鳥を操って空からの偵察を行なっていた。

 目的はカルドナの捜索だったのだが、そのおかげで大型の魔物の存在に気付くことができた。


「魔物は二体いて、片方がブラックメガマンティスっていうメガマンティスの変異種で、もう一体がファイトモンキーってやつだったんすけど知ってるっすか?」

「あー、メガマンティスとファイトモンキーってのは一応知ってるな」


 ユウマのいう知っているというのは、彼の知識にはあるということで、実際に見たことがあるわけではない。

 メガマンティスという魔物は、一言で表すならば大人の倍ほどの大きさをしたこの世界でいうところのガマギリ、つまりは虫のカマキリで、ファイトモンキーというのも、メガマンティスより多少小さいだけの大きな猿だ。

 もちろん、どちらも普通のカマキリや猿のまま大きくなっているというわけではなく、メガマンティスの方は鎌を左右に二本ずつ計四本持っており、相対した冒険者がその四本の鎌に対処できずに犠牲になることも多い。

 ファイトモンキーは腕が発達していて、大人の男性の腰回り程の太さのそれをブンブンと振り回し、縄張りに入った者を執拗に追いかけるという厄介な性質を持ち、魔物の縄張りだと知らずに入ってしまった者が森から帰らなかったという事件が生息地付近では少なくない。


「メガマンティスはともかく、変異種のブラックがこの辺りにいるのはおかしいっすし、ファイトモンキーもこの辺りで出る魔物じゃないっすから、エルさんに伝えて調べてもらったんすよ」

「うむ、それでアルファトの言う場所へと来てみたら、何を考えたのかこの者が魔術で攻撃してきおってな」


 カルドナは魔物と冒険者達の乱戦に対して不意をつこうと準備していたのだが、そこにエルによる想定外の会敵となりパニックを起こし、操っている魔物ではなく自分で魔術を使い攻撃を仕掛けてしまう。

 これが、王国魔族団第五番隊の隊長であるヴァイリスが、以前エルとの戦いでやらかしたのと同様にエルに魔法構築を頼む形で発現させる魔術だったことから、エルに全くダメージを与えられなかった。


「それで更に混乱してしまったんじゃろうな。魔道具の制御を誤りおったんじゃ」

「俺は魔物も操るっすから、制御から離れた魔物がどうなるかは熟知してるっす……」


 操っていた魔物の制御ができなくなった場合に起こること、それは魔物の暴走である。

 エリスマグナの迷宮(ダンジョン)にて、アルファトがグランドオーガを操ってエル達を襲ったことがあったが、その際にも彼が先にエルによって気絶させられてしまい、操っていたグランドオーガが暴走している。


「突然じゃったし、魔術のせいで土埃が起こって視界が悪くての、咄嗟に反応してやれんかったんじゃ」


 魔物が暴走、それを止められるエルの動きが遅れた。その結果どうなったか……。

 魔物の最も近くにいたカルドナ自身が、操っていたはずの魔物に襲われたのだ。


「いや、酷かったっすよ。ブラックマンティスの鎌はいくら避けても服は切られるし、鎌を避けた所にファイトモンキーの拳が飛んできて顔は殴られてたっすし。こいつの悲鳴に気付いてエルさんが魔物に対処しなかったら死んでたかも知れないっすね」


 使役していた鳥越しなので、はっきりとは状況を把握できていなかったアルファトから見てもかなりひどい有様だった。エルが魔物を倒してからその場に向かい、カルドナの惨状を見たときには、ユウマが最初に感じたのと同様に憐憫さえ覚えたほどだ。


 その後は、気絶していたカルドナに自爆の魔法陣が発動し、それを見たエルが魔法妨害を発動しながらユウマに連絡を取り、この状況に至る。



「ま、そんなところじゃ。一応、被害を出さないというのが目標じゃったじゃろ。しかし、こやつはこの通りじゃ。すまんなユウマ」


 説明を終え、頭を下げてくるエル。


「いや、流石に仕方ないだろ。むしろ、死ななくて良かったなそいつ。取りあえず回復してやるか」


 あんな説明を聞いた上で、被害を出したなと怒るやつなんているなら、むしろ俺が殴って黙らせる。

 今回は回復させてやることで被害はなかったということにしよう。流石に許されるだろう。


 俺は、誰にともなく心の中で言い訳しながら、回復魔法を使ってカルドナを回復させる。

 回復し終え、生活魔法で顔の汚れ等を落としてやると、汚れの下から現れたのはカルドナの笑みだった。


「この状況で笑ってられるってのは結構な大物だな」


 自分の失態を大々的に語られた後だ、それでも笑っていられる精神力はなかなかのものだろう。


「その大物のあんたに聞きたいんだが、結局何が目的だったんだ? 領地が欲しいと言ったって、魔物やらなんやらでめちゃくちゃにしたら旨味もないだろう」


 どうせ答えないだろうと思いながらの質問だったのだが、意外にも答えが返ってきた。


「領地など、ついでですよ」

「ついで? なら本当の目的はなんだ?」

「本当の目的ですか……」

「教えてくれたらありがたいんだけどな」

「そうですね……一つだけ言えるとすれば……」

「言えるとすれば?」


 焦らすようにこちらを見ながら微笑むカルドナ。

 次に彼女から発せられたのは本当に一言だけ。


「もう、遅いです」


 そういうのと同時に離れた所から轟音が響いてきた。

 まるで、何かが爆発したような……。


「エル! あの方向は何がある!?」


 今の音はなにか、俺はその想像に背筋が凍り、エルへと顔を向ける。

 エルもまた音のなった方角に顔を向けていたが、その彼女の顔に余裕はなく……。


「やられたの……」


 その呟きこそが、俺の問いへの何よりの答えになっていた。

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