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魔王は勇者の中にいる  作者: さかもときょうじゅ
七章 勇者と魔王とレジスタンス
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八十三話

 魔物の大量発生を受けて緊急依頼が発行されたケレイナでは、現在上を下への大騒ぎになっていた。

 この街で暮らす者達にとって、以前起きた軍への多大な被害を出した大量発生はまだ記憶に新しく、魔物が襲ってくるという事実だけで通常以上の強い恐怖心を覚える出来事なのだ。そのため街中では、まるでこの世の終わりを迎えたかのような顔をした者もいる。


 そんな中にありながら、冒険者ギルドにいる面々で恐怖した様子を見せる者は少ない。

 元より、現状のケレイナの街に残っている冒険者など、この街に骨を埋める覚悟の、お年寄と呼ばれる一歩手前まで足を突っ込んだ者や、まだこの街から出るには実力も年齢も伴っていないお手伝い程度の新人だけなのだ。

 その他の冒険者真っ盛りの者達の殆どは、既に街を出てしまっている。

 ギルドに来ていた少数人の新人達が、魔物の発生に狼狽えて騒いでいる場面こそあるものの、覚悟を決めている年配者達の中に命の危険で騒ぐ者は皆無と言っていいだろう。


(わけ)ぇ奴らは避難しとけぇ。この(まち)ぁワシらが守ってやる」

「だらしねぇ若い兵士達にゃあ任せちゃおけんからなぁ」

(かず)ぁ減っちまって街を守る力もあらしねぇ。避難した奴らぁ守っときゃいいんだ」


 エルがユウマの指示通りに行動すべく、近くの防具屋で身を隠せるフード付きのローブを購入し、冒険者ギルドに戻ってきたとき、ギルド内で声を張っていたのは、そういった覚悟を決めた年配組の冒険者達だった。

 平均年齢が六十後半に届こうかというような、冒険者としてはほぼほぼ引退している年齢の者達。実際、今のケレイナを守ろうと、昔の装備を引っ張り出してきましたと言わんばかりの装いの者もいる。

 彼らの言葉は、外面こそ兵士や若者達を馬鹿にしたようなものであったが、その実、『もう若い者が死ぬことはない。死ぬなら自分だ』と言っているのだ。現に、それを理解している冒険者ギルドの受付嬢やギルドマスターの表情は硬く、そして暗い。


(ふむ……)


 この風景は、エルの目にとても美しく映った。


(いつの時代も、若者を守ろうという者達というのは良いものじゃな)


 彼女の生きた時代は完全な戦乱の時代。敵と見れば殺し、油断すれば殺されるような殺伐とした時代。あの頃を大戦の時代と呼ぶようになった今の世でも、恐ろしい時代だったと語り続けられている。

 しかし、そんな中でもここと同じような場面には多々出会うことがあった。

 若い者達は己らの宝であると豪語し一人敵陣に突っ込んでいった者、部下を逃すために身を挺して殿(しんがり)を務めた者、若き芽を摘ませはしないと奮起し、彼らはそのまま帰ってくることはなかった。だが、その者達のお陰で救われた命も多い。


(あやつらの活躍で今現在を生きる子達もおるのじゃろうな)


 少し前まで自分の国の後継にあたる場所にいたこともあってか、少し感傷に浸るようにそんなことを想う。

 魔族と人族という違いこそあれど、こういった考え方は変わらぬものだ、と喜びを感じてしまうのは、やはり自分が国を背負っていた過去があるからだろう。


(良い者達がいる街じゃな。誰も死なせずに解決する、というのも苦労する価値がありそうではないか)


 ユウマの思いつきのような形で実行することになった無血作戦だったが、ここにきてエルにもやる気が込み上がってくる。


「良い心意気じゃ! お主らの想いを、命を、無駄にはできん! この窮地、妾が救ってみせよう!」


 ただし、『やる気』が『目立たない』という目的を追い出す形になったが。

 冒険者達の喧騒を吹き飛ばすかのような声量で発せられた宣言が、ギルド内に響き渡るのだった。




(と、いうわけでの。妾はこの騒動を解決する手助けをすることにした)

(やることは変わってないが……目立たないようにってのはどこにいったんだ?)


 エルの報告を聞いて、俺は頭を抱えることになった。


 俺は今、メリシネオルさん達の話し合いが終わって、用意してもらったあばら家で休んでいるところだ。隙間風が吹き込むぼろ家だが、この小さな村で家を一軒貸してもらえるのだから文句はない。

 というか、これで文句なんか言った日には別働隊の人達にどんな目で見られることか。


(まぁ、起こったことは仕方がない。本当なら、目立たずに相手の出方を警戒する役目を負ってもらいたかったんだけど、元々その魔物の騒動を放っておく手はなかったしな)

(目立たずにという方も妾がなんとかするつもりじゃ)


 そんなに目立っておいて、どうやって……と思いはしたが、そういえばエルは魔力体を解除するだけで煙のように消えることができるんだったと考え直す。


(どうせもう相手は動き出してるわけだし、その騒動を片付けたら大きな行動に移すだろう。そうすればどこかで尻尾を掴むくらいはできるか)

(そうじゃな。元より今回の黒幕であろう者はわかっておるんじゃ。難しく考えることもあるまい)

(できれば、目的を知っておきたかったんだけどな。先手を打てるようになるし)


 相手の狙いが分かっているかどうかで、こっちが後手に回るか先手を打てるかが変わる。どう対応するかというのを、予め考えておけるかどうかというのは小さくない。


(でも、既に後手に回ってるからあまり変わらないか)


 勿論、先手は打ちたい。打ちたいが、相手は既に魔物の大量発生という手札を切っている。その対処を強いられている時点で、俺達は後手に回っていると言っていい。

 流石に、俺達が関わっていることや、敵味方含めた被害を減らすという足枷を嵌めて事に挑んでいるという事情までは知られていない筈だから、今回の件は相手の動きのタイミングがうまく嵌っただけなんだろうけど、後手で処理しなきゃいけない状況なことは変わらない。

 それでも対処の楽さでいえば裏方が欲しいところなのだが、今更言っても仕方がない。


(そっちはどのくらいで動きそうなんだ?)

(魔物達はまだ集まり始めている段階らしい。明日の昼頃には動き出しそうじゃと言っておった)

(なるほど……)


 それならば、今日の夜のうちに集まり始めている魔物達を一掃してしまう、というのはどうだろう。

 相手の手札を一つ潰して、焦りを誘うくらいのことはできるんじゃないか?


(それは良いが、妾は動けなくなるぞ)

(どういう意味だ?)

(魔物が突然消えたとなると、ギルドの警戒は強くなるじゃろう。そんなときに妾が消えたりしたら、その後が動き難くなるという意味じゃ)

(あー、確かにそうなりそうだな)


 魔物の警戒をしていたらその魔物が一夜で消えて、それらをどうにかしてやると言っていた者もまた一緒に消える。なんてことになった場合、基本的には、英雄譚のように『何処ぞの勇者が忽然と現れて魔物を倒し、また忽然と消えた』みたいな話になるか、『意図的に騒ぎを起こそうとした者が失敗して逃亡した』と疑われるかのどちらかだろう。

 そして、冒険者ギルドというのは後者の考え方をする可能性が高い組織だ。

 普段から魔物などの動きに警戒し続けている者達が、取って付けたような英雄譚など信じまい。ましてや、エルはたかだかEランクの木っ端冒険者だ。自分が倒しましたと言おうが、仲間が倒しましたと言おうが、これまた信じてもらえるとは思えない。


(冒険者ギルドの人に同行してもらって……ってのは無理か)

(そもそも行かせてもらえんじゃろうしの。妾が助けてやると言った時も、まるで背伸びした子供を見るような目を向けられたぞ)

(見た目からしたらまんま子供だからな)


 俺は十八歳前後、エルも年齢でいえば二十歳になるのだが、エルは種族柄、俺はこの身体を作った神様がいい加減だったからか、いいとこ十五歳前後という、文句なく子供な外見をしている。十五歳というのがこの世界では成人している年齢であるとはいえ、大量の魔物を一晩で倒し切るなんてことができるなどと考えてくれるはずがない。

 そんな子供の言葉を信じて職員を共に送り出す程、冒険者ギルドってやつは馬鹿じゃないのだ。


(そうなると、やっぱりちゃんと魔物を倒してから消えた方が良さそうだな)

(それならば然程疑われることもないじゃろうからの)


 流石に、自分から魔物を倒すのに協力しておいて『魔物を街にけしかけた』と思われることはないだろうし、報酬などを受け取らずに消えれば『報酬目当ての自作自演』などと言われもしないだろう。


(じゃあ、また明日だな。こっちも魔物が動き出す前か後かくらいで動き始めると思う)


 流石に、領地の外れにいるとはいえ明日の昼までにはこっちにも情報が伝わってくるだろう。

 魔物の大量発生なんてトラウマ物の事件を聞いたら、メリシネオルさん達だって動き出さない訳にはいかなくなる。それまでにある程度の準備ができていることを祈るばかりだ。

 一応、先の会議で意見を求められた時に『できるだけ急いだほうがいい』とは伝えてあるし、ちゃんとやっていると思いたい。その際に、当然だろと言わんばかりのすっごい嫌な目で見られたりはしたが。

 俺はエルから魔物のことを聞いていたので、急げと言わずにはいられなかったのだが、彼らの目には子供の浅知恵に映ったことだろう。

 仕方のないこととはいえ、まさかエルもまた同じタイミングで似たような目に合ってるとは思わなかった。


 ちなみに、俺を見つめてたその嫌な目の中にはセリアラナのものも含まれていた。

 やっぱり、彼女に敬称は必要なさそうだ。



 そうして翌日。

 予想通り俺達が待機している村に魔物の件が伝えられ、ケレイナの街から少し遅れて、この村でも大きな騒ぎが起こる事になった。

 村人達は魔物がこちらにもこないかと戦々恐々とし、他の街や領地で集められた者達は自分達が動く前にケレイナが陥落するのでは、と不安を顔に出している。

 メリシネオルさん達はさらに酷く、顔を真っ青にさせながら報告を聞いていた。やはり、以前の大量発生の際のことが脳裏に焼き付いているのだろう。


「メリシネオル様! すぐにでも応援に向かいましょう!」


 報告を聞いて真っ先に声を上げたのはセリアラナだった。

 ひとつ遅れて彼女の言葉に乗っかった他の者達もまた声を上げ始めるが、一部の者は、まだ準備が、と声を濁していたので、馬鹿にされた俺の忠告が届かなかった者もいたらしい。


「すぐに出るわけにはいきません。なんの用意もない我々が向かっても、援護にはならないでしょう。

 皆さん、急いで準備してください。我らの領地を少しでも早く救うためには、迅速な準備が必要です!」


 メリシネオルさんが、彼らの声に乗せられることなく判断を下す。

 彼女の表情からは、今すぐにでもケレイナの街に向かいたいという思いがはっきりと見て取れるが、それがまた、他の者達からの否を跳ね除ける。自分が一番動きたいというのに、彼女自身がそれでも準備をと言うのだ。彼女に従っている者達でその指示を無視することが出来る者などいない。


 その後の彼らの行動は早かった。

 指示を受けてすぐに村中に散らばってゆき、準備を進める。


 この村からケレイナの街に向かっていく上で、いつ魔物の大軍と鉢合わせするかわからない。

 そのため、可能な限り足を速くするのに馬車の偽装などを剥ぎ取って、武装していても乗り込めるだけのスペースを作るために、潜入先で必要になるだろうと準備された食糧の類も最低限のものを残して降ろされる。

 戦力として集めた者達には、他の街から運んできた武器や防具を配り、予め装備しておいてもらう。

 そうやって、いつでも戦えるような形で救援に向かうつもりのようだ。


(ユウマ、魔物達が動き出したぞ)


 彼らの頑張りを眺めながら出発を待っているところに、エルからの連絡が届いた。

 どうやら、冒険者ギルドが予想していたよりも随分と早く襲撃が始まるらしい。


(魔物とやり合い始めるまでどのくらいだ?)

(そう遅くはならんじゃろう。既に外壁の見張りが魔物の姿を確認しておるそうじゃからな)

(なら、こっちは間に合わないな。まだ準備が終わってない)


 とはいえ、エルがあっちで動く以上は、住民の被害は心配いらないだろう。街自体の被害についてもそこまで酷くはならないと思いたいが、そこは人命優先なので勘弁してもらうしかない。


(人に被害がなきゃそう文句は言われないだろうけど、なるべく派手な魔法は控えてな)

(わかっておる。そろそろこちらも動く頃じゃからな、また連絡する)

(了解)


 そう言ってエルとの会話を終了し、視線を準備に翻弄する者達へと戻す。結局無駄になりそうではあるが、今ここでそれを伝えても意味はないだろう。

 魔物騒ぎに乗じて街へ入ることはできるかも知れないが、このままだとその後が辛そうだな。備蓄の類を置いていってしまうから、隠れ潜むというのは難しいだろうし、かといって、とんぼ返りでまた何処かに逃げて潜伏というのも厳しい。

 既に動くと決めた以上は動かなければ、助っ人として集めた者達のモチベーションを保てなくなるだろう。

 そもそも、市民を奴隷にという手段を止めるには今動かないと間に合わないだろうし……となると、無理やりにでも行動に移すことになって、そのまま混戦か。


 などと、急展開で対策を練る時間がなくなってしまった現状を他人事の様に考えて現実逃避をしつつも、それでも何か手はと頭を捻る。

 自分で決めたことながら、なかなか難易度の高い枷をはめてしまったものだ。


(ユウマ、面倒な事になった)


 纏まらない考えを垂れ流しながら、準備している人達をボーっと眺めている時、エルからの連絡が入る。

 あちらが動き出すと言ってから一時間程経っているだろうかといった時分で、こちらの準備もほぼ完了し、もう少しで出立といったところだった。


(まずい魔物でも出たか?)


 恐らく魔族に操られているであろう魔物達だ、この辺りでは見ないような高ランクの魔物が出てきてもおかしくはない。

 現状で面倒な事といえばそのくらいしか思いつかないが……。


(いや、そちらの対処は終えておる。今は残ったゴブリンやコボルトを他の冒険者達が処理しておるところじゃ)


 想像していたのとは別の理由だったようだ。


(ならどうした?)

(それがの……)


 どうにも言いづらそうにしているエルだが、どうしようもなく拙い出来事で慌てているというより、事態を把握できなくて困惑というか、なんとなくバツが悪いというか、といった雰囲気の口調をしている。


(状況がわからないと対処のしようもない。とりあえず何があったのか話してくれ)

(そうじゃの。ひとまず現状から話そう)


 そう言って一呼吸置いたエルが、とんでもない現状とやらを告げる。


(良いか、冗談ではないからな。

 妾の方でカルドナを捕まえた)


 この騒動自体がその場で終わりかねない、彼女の現状を。

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