八十二話
ボア肉酒盛り騒動から三日後、俺は馬車の中にいた。
無論、逃げ出したとか、用事であのアジトから出てるとかではなく、他の街で仲間を集めていたというレジスタンスの別働隊と合流するために移動しているだけだ。
そして、いまだに俺は今回の騒動をどう収めるかで悩んでいる。
「なんか方法を考えないとなぁ」
わざわざ目標を設定して、エルと別々で動いたりするくらい気合いを入れたのだから、失敗したらちょっとかっこ悪い。
「どうしたんですか? ユウマさん」
俺のこぼした独り言に反応して、馬車と並走している馬に乗った男性が声をかけてくる。
彼は数台で進む馬車の護衛役だ。本来ならば俺も護衛する側に回るべきなのだが、ボア肉を提供してからというものかなり待遇が上がったため、馬車内での待機として護衛を免れていた。
ボアを狩って来たのはエルなんだけどね。
「考え事をしていただけだから気にしないでくれ」
声をかけてきた男性には適当に返事を返し、俺はまた今回の件にどう決着を付けたものかと考えを巡らせていく。
そんな感じに頭を捻らせていると、唐突に馬車の揺れが激しくなった。
ケレイナ領は、エルキール魔族王国からデーヴァンへと向かう途中で道を逸れ、獣道もかくやというような道とも言えない道を進んだ先にあるらしい。その道に入ったということだろう。
現在、俺達が向かっているのはケレイナ領の外れにある村……というか集落である。とくに決まった名前はなく、ただケレイナの外れの村と呼ばれている場所だそうだ。
そこで仲間達と合流し、ケレイナ奪還のための最終準備を進めるのだと、迷宮跡地に作られた拠点を出る際に聞かされた。
その準備が整うまでには、どうするか決めておかなければならないだろう。
エルには拠点を出る前にこちらが動き出すことを伝えたから、今頃は俺達を追い越してケレイナ領へと向かっているはずだ。
俺が拠点とやらでレジスタンスの相手をしている間、あっちはあっちで、結界魔法の設置から動作確認、使い方に慣れて落ち着くまでの護衛などと随分気にしてやっていたようで、魔族王国を出る際に子供魔王達に惜しまれながら見送られたと言っていた。
もう、俺達の目的地であるケレイナの外れの村は通り過ぎた頃だろうか。
エルが先に着いていてくれると、いざって時に影転移で移動できるから便利でいいんだけど。
その後もガタガタと舌を噛みそうな悪路が続き、日が落ちる少し前くらいに俺達は目的地へと辿り着いた。
一応、乗っている馬車は商人の団体移動に、周りを行く護衛達は冒険者風に偽装しているのだが、これはケレイナ領に入る際に必要になるもので、村に入る際には馬車内の確認すらなかった。既に手回し済みってことなんだろう。
「紹介しよう。彼はケレイナ領筆頭騎士団騎士長補佐のバルモラだ。今回の奪還作戦において我が兵達の指揮を取る。こっちは秘書官をしていた——」
「…………」
村に入ってすぐに案内された村長の家の一室で、俺は別働隊にいた人達の紹介を受けていた。説明してくれているのはセリアラナで、メリシネオルさんは部屋の最奥に座っている。
彼女は兵と呼んだが、今回の作戦において集められた者達にそんな呼ばれ方をするほどの実力者は見受けられない。
俺だって、あの拠点にいた間ずっと暇していたわけではない。
せっかくの機会だから、誰かに魔法を使った時の魔力を隠す方法を練習しようと、魔力感知力の低そうな人達を一通り鑑定して回ったりしてたのだ。
お陰であまり魔力を込めなければ察知されないくらいには上達できたし、拠点に集められていた人達の殆どがただの農民程度の実力だということは確認できている。
エルに教えられた『発動している魔力を透明な魔力で包む』というものではなく、魔力を薄めるイメージでやったので完全な隠蔽はできないのだが……それはいい。
集められた彼らは現在、村の人達に提供された各家で寛ぎながら他の人達との顔合わせをしているのだろう。
俺がこっちに呼ばれている理由はここまでの経路で護衛役を免れたのと同様で、戦力として一目置かれているからだ。
しかし、紹介された筆頭騎士団騎士長補佐というなっがい役職の彼は納得がいかないようで、挨拶をすることもなく俺を胡乱な目で睨めつけてきている。他の者達も似たような心境のようだ。
まぁ、今回のことで急に集められただけの俺が、多少なりとも彼女ら優遇されているというのを納得しろというのは無理な話だと俺も思う。
「俺はユウマという。冒険者だ。よろしく」
だが、そんなのは俺が気にしてやることじゃないので、適当に流しておく。
彼らが待遇に不満を持って自棄を起こしたりで、被害を広げるようなことがないことを祈るばかりだな。
セリアラナにはそこのところ頑張ってもらいたい。
その後は、各自集められた戦力の確認と、今後の方針なんかを話し合っていた。
今後の方針については、俺のやろうとしていることにも関係してくるのでちゃんと聞いていたが、やはり力押しの強行奪還作戦らしく、このままいいけば無血開城とはいかなそうだ。
戦力に関しては別働隊が連れてきた人達の方が、幾分か戦力になりそうな人が多いようだ。これもまた俺のことが気に入らない理由の一つだろう。自分達が確保した者達にも強いメンツはいるのに、なぜか俺だけが特別待遇なのだから。
(ユウマ、今良いかの?)
(どうした?)
レジスタンス達の作戦会議が続く中、エルからの脳内連絡が届いた。
(妾はケレイナ領に着いたぞ)
(お、早かったな領内はどんな感じだ?)
(酷いものじゃな。街中は乞食のような者達が溢れておる。それに、外壁を守る兵が多い。外壁門もかなり厳重じゃ)
(あー、領民を逃げさせないためか……)
(じゃろうな。冒険者ギルドで軽く話を聞いたんじゃが、最近、行方不明者や原因不明の死者が多いそうじゃ。流行病が原因じゃとかで、死んだ者の亡骸すら見ることが出来ずに神殿で処理されると告げられるだけじゃと言っておった)
(んー……病気が満映したってのは本当らしいから不思議ではないような気もするが……奴隷にする領民を奴隷にする一環で集めてるってのも考えられるか……?)
(妾にはそちらの方が可能性が高いように思える。どうやら、その流行病というのが主に貧困層と富裕層から広がっているんじゃそうじゃ。中間の一般市民で発症した者は少ないんじゃとか)
それは確かにおかしい。
貧困層に病が広まるというのはわかる。身の回りをろくに整えられない者が多い界隈だ、病魔が真っ先に襲いかかる部類の人達だろう。
だが、その後がその上の一般市民では無く、ひとっ飛びして上流階級にあたる者達というのは違和感しかない。
(大方、自分達の障害になりそうな人達を隔離するためとかそんなとこか)
(じゃと思う)
相手は領主の側近なのだから、邪魔者を排除することくらい簡単にできてしまうだろう。流行病という口実があれば尚更だ。
(厄介だな)
カルドナとかいうやつがそれ程までにケレイナで好き放題できているということは、領内には相応に協力者がいる事になる。
少なくとも、病死を偽装する者や、その後に対象者を運び出す者なんかは確実に相手側にいる。病気関連ってことは教会の関係者が怪しいな。
「ひとつ聞いていいか?」
「なんだ?」
「メリシネオルさんが病気が流行ったって言ってたよな? それは教会でも治せない類のものだったのか?」
俺の質問に顔を気落ちしたように顰めるセリアラナ。
この世界での教会は病院のような役割をもつ。通常、病気や怪我を治すのは教会の役目だ。神の奇跡と言われる手法で人々を癒すことで信者を増やし、そこからお布施をもらう事で運営している。
神の奇跡というのは……まぁ、ただの回復魔法なのだが、今の時代にも残る数少ない魔法という面で言えば確かに希少だろう。
「教会の者には完治は難しいと言われた」
「そうか……」
「他の領地から来ていた神官には治すことができたそうですが、その方は既に領地を出てしまっています。その状況になった時にはもう他の聖職者を派遣してもらう費用がありませんでした……」
セリアラナと同様に落ち込んだ様子でメリシネオルさんが捕捉する。
他から来た者には治せたということは、その神官とやらが殊の外実力の高い者だったのか、もしくは……。
(魔族が邪魔しているか、ってことだよな)
(そうじゃろうな)
教会にいる聖職者達、いわゆる神官や神子と呼ばれる者達が使う回復魔法は聖魔法と呼ばれ、普通の魔法と違い、詠唱を唱えることがある。
この詠唱というのが魔術で使う詠唱とは異なり『聖句』と呼ばれ、誰かに魔法構築を肩代わりしてもらう魔術の詠唱とは違い、聖句は神に語りかける内容になっている。要するにお祈りというやつだ。
聖魔法はこの祈りによって効力を上げることができる。俺は使ったことがないので感覚はわからないが、魔術とは逆で、魔法を発動するための魔力を肩代わりしてもらう仕組みらしく、信仰が深ければ深いほど、神に愛されていれば愛されているほど、肩代わりしてくれる魔力が増えて魔法の効力が上がるらしい。
今回の場合は、聖職者達が神から魔力を借りられないように魔族が何かしているのだろう。
余談だが、俺の中にあるこの世界の常識で『詠唱を唱えることがある』というようにされているのは、聖句を唱えずに聖魔法を使用することもできなくはないからだ。
その場合、聖句なし高効果で使用すると『聖句を必要としない程に信心深く、神に愛されている』という事になり、魔法の無詠唱とはまた違った形で尊敬されるらしいが、これは、魔力が多いというだけでも実現可能であるということはあまり知られていない。
(そうなると、教会に協力者がいたとしてもトップがそのまま敵ってわけでもなさそうだ)
(偽装工作くらいならそこそこの立場があればできてしまうからの)
流石に、内情を把握し切れていない俺達に教会内の敵探しはちょっと荷が重い。
カルドナをどうにかした後はメリシネオルさん達に任せてもいいかもな。元々、その辺りの処理は考えているだろうし。
……考えてるよね?
(まぁ、なるようになるじゃろ……ん?)
(どうした?)
不安部分を曖昧にしたまま話を締めようとしたところで、エルの方で何かあったようだ。
(何やら辺りが騒がしくなってきおってな)
(今は何処にいるんだ?)
(冒険者ギルドじゃ)
冒険者ギルドが騒がしくってことは、魔物関連か?
(そのようじゃな。今掲示板に緊急依頼が張り出されたらしい)
(緊急依頼? 穏やかじゃないな)
冒険者ギルドが出す緊急依頼というのは、その街や領地にいる全ての冒険者宛に発行される特殊依頼で、その名の通り緊急時にのみ発行される。
緊急時と言っても、ちょっと強い魔物が出たとかそんな事ではなく、基本的には、街や領地自体が危機に陥りそうな状況で出される物だ。多くの場合は、その場に危機が訪れる程の『ちょっと強い』では済まない魔物の出現か、もしくは魔物の大量発生といった災害に近い自体に陥っていることを示唆する。
ただし、強い魔物という場合は高ランクの冒険者への指名依頼となるのが普通なので、今回の場合は……。
(魔物の大量発生じゃと騒いでおるな。ギルドマスターとやらが声高に戦力を集めておるぞ)
(そういや、魔物に襲われて税の引き下げに失敗したとか言ってたな)
メリシネオルさんが言っていた、借金を返し終わった後に行おうとして失敗した政策の中に『税金を下げようとした途端に大量の魔物に襲われて被害を受けた』というものがあったはずだ。
(今回の件もカルドナとかいう魔族がらみかの?)
(だろうな。こっちが動き出したのがバレて、相手も動き始めたってところじゃないか?)
(それで、妾はどうすれば良いのじゃ?)
(そうだな……)
今回のエルの役割は裏方。ここで目立つ真似をしてもいいことはない。
とはいえ、ここで魔物の討伐に向かう者達を見捨ててしまっては元も子もない。
(仕方ない。フード付きのマントか何か目立たないような格好で冒険者達を助けてやってくれないか? 相手の出方を探る意味も込めて)
目立たないように大量の魔物を倒すなんて少々無理のある頼みではあるが、無理を通さなければ実現できない目標を立てているんだから仕方がない。エルには頑張ってもらおう。
(目立たぬように暴れるか……そういうのは余りしてこなかったからの。楽しそうではないか)
目立たないようにとは言ったが、暴れろとは言ってない。
まぁ、すべきことは理解しているみたいだからいいか。
(状況次第でこっちも動くようにするから、また連絡くれ)
(了解した)
そう言ってエルは連絡を切った。
こっちの人達ははまだ知らないが、そのうち魔物の大量発生についての情報も伝わってくることだろう。
俺が動くのはその後だ。
メリシネオルさんが、なぜか途中からアリシネオルさんに改名してしまっていたので修正しました。
メリシネオルさんの双子の妹とかではありません。




