七十六話
転移魔法によってエルキール魔族王国へと帰ってきた俺達。
と言っても、まだ王国に戻ったわけではなく、王国の近くの森の中にいるわけだが。
「まず、ピニエール。お前はその格好をどうにかしろ。目立ちすぎだろ」
「私はこの服以外持ち合わせておりません。それに、持ち物は全て拠点に置いてきてしまいましたから」
「俺も何も持ってきてないっす。武器は取り上げられたっすしね」
「そりゃ、捕虜にする奴の武装をそのままでってわけにはいかないだろうしな。本当に他の服はないのか?」
「主のような収納の魔法は持ち合わせていませんしねぇ。むしろ、いつでも余分なものを持ち歩ける方が珍しいのです。流石は主です」
どんな話題からでも俺を持ち上げられるピニエールの方が、流石だと俺は思う。
「じゃあ、まずは誰かが王国に入って服やらなんやらを用意しないといけないのか」
誰かがって言っても、実質二択なんだけどね。
子供魔王は、戻った時点で城に直帰することになるだろうし、ジェレーナもまた同様だろう。
ピニエール達を行かせるのは論外。というか、こいつの服を買おうってのに着替え前の本人を行かせるのでは本末転倒だ。
そんで、ピニエール達と子供魔王だけを一緒に残すわけにはいかないから、俺かエルのどちらかはここにいる必要がある。
となると、俺かエルのどちらか残った方ということになってしまうわけだ。
「そういえば、エルさんは?」
と、誰が行くべきか考えていたところに子供魔王から声が上がった。
「そうか、この辺りの話ってしてなかったな。
エル、出てきてくれ」
(良かろう)
返事と共に俺の横に光が灯る。
そして、だんだんと光量が上がり、直視できないほど明るくなった所でパッとその光はかき消え、その場にはエルが仁王立ちしていた。
「はっはっはっは! 諸君! 妾こそ、リンド魔族王国が魔王エルフェルタ・リンドじゃ!」
皆茫然である。
開いた口が塞がらないってやつだろうか。
「なんか、演出が派手になったか?」
「うむ。少々改良したのじゃ。神々しさが増したじゃろ?」
「魔王が神々しくてどうするんだよ」
硬直した面々を他所に、俺はエルの登場方法への感想を述べる。
どうせみんなが復帰するのに少しかかるだろうしね。
「エルさん、今どこから」
「転移魔法を既にお持ちだったのですか?」
「神と共におられる方もまた神であったのですか」
「二人揃って理解の範疇超えてくるっすね」
子供魔王の思考が復活したのをきっかけに、全員が硬直から復帰した。
「いや、今のは転移とかそういうんじゃない。ただ魔力体を出しただけだ」
「魔力体?」
「ああ。今、エルキール達が見ているエルはエルの本体じゃない。と言うか、今まで見てきたエルは全部、エルが作り出した魔力体だ」
「つまり、エルフェルタ様は他の場所におられるのですか?」
「まぁ、間違ってはおらんな。お主らの想像とはちと違っているじゃろうがの」
俺は、子供魔王達にエルが俺に封印されたままであることや、普段は魔力で作った魔力体と呼んでいる物に意識をのせて行動していることなどを説明した。
「なるほど、ユウマさん達が同じ部屋に泊まるにはそういうことでしたか」
「まぁ、別々の部屋でもいいんだけどね。わざわざ借りてもお金の無駄だし」
ジェレーナが俺達に初めて接触してきたのは宿屋だったからな。借りていたのが一部屋だったことを知っているのだろう。
もしかして、魔族王国で一部屋分しか用意されていなかったのはそのことがあったからだろうか。
「そんな感じではあるが、多少距離が離れて問題はない。服は俺かエルが買ってきてもいいけど……ま、俺が適任か」
「そうじゃな。妾が男物を買うよりはお主が行く方が良かろう」
「だよな。仕方ない、行ってくるか。
お前ら変なことするなよ? 俺がいないうちはエルの指示に従え。勝手なことしたら遠慮なく殺すからな」
「死にたくないからおとなしくしてるっす。この変人が変なことしても俺は関係ないっすからね」
「私が主に逆らうなどあり得ません!」
「そもそも、奴隷契約されてる人が逆らうことなんてできないけどね。ユウマさん、服屋の場所はわかる?」
俺は、子供魔王から服屋の場所を聞いた後に魔族王国へ入り、服屋へと向かった。
捕虜のためにいい服を揃えてやるつもりなんて欠片も無かったので、教えてもらった服屋に着いた後は買い物もすぐに終わり、再びエル達の元へと戻っていく。
流石に、この短時間で何かが起こることもなく、全員普通に待機しているだけだった。これで戻ったら誰かに襲われてましたとかなってたらもう呪われてるレベルだろう。
まぁ、魔物の襲撃はあったようで、傍に大きな猪が倒れていたが。
「思ったより高かった。お金はまだあるからいいけどさ」
「ふむ、これは私も嫌いではありませんね。流石は主、服の見立ても素晴らしいです」
ピニエールに渡したのは、所謂執事服といったもので、燕尾服に近い見た目をしている。服屋の店員に「奴隷の服が欲しい」と伝えたら、あからさまに嫌な顔をされたので、「訳あって使用人として雇っている」と当たり障りないような嘘を言ったら用意してくれたのだ。
アルファトの分はない。別に変な格好じゃないし。
「これはこれで目立つよな」
「もっと普通の服はなかったのかの?」
「なんか、店自体がそういう服が多い所だったんだよ」
「魔王様がお伝えしたお店が、城の使用人の服をあつらわせている場所だったのでしょう」
ジェレーナに言われて納得した。
そもそも、この国の王様に店を聞いたのが間違いだったのだ。普通の店を紹介されるはずがない。
まぁ、ジェレーナも服に関しては殆どが支給品か現地調達だから、この国の服屋には詳しくないらしいけど。
大丈夫かこの服?
ファッションセンス皆無なピニエールと、出されるがまに買っただけの俺、そして、王族の周りにいる者の服しか知らない子供魔王。誰一人として普通の感覚での評価ができてないんだが。
「問題ないっすよ。エルキール様の召使だと思われるだけっす」
と思ったら、普通の感性の人がいた。
やるじゃないか、アルファトくん。
「じゃあ、これで行こう。城に戻るぞ」
この後、俺達は外壁の門を通過し、城から来た馬車に乗って子供魔王の魔王城へと戻った。
子供魔王が歩きで帰ってきたことや、見知らぬ者を連れていることで、門の前でちょっとしたごたごたがあったけど。
ダメだったじゃないか、アルファトくん。
「俺のせいじゃないっす。魔王の周りの感性なんてわかんないっすよ」
という彼の言い訳を聞き流しながら、城へと帰還し、俺達の子供魔王護衛任務は終了。
ピニエール達の情報を渡すということで彼らを引き渡し、俺とエルは応接間へと通され、使用人らしき男性がお茶と魔菓子である黄金焼きを持ってきてくれた。
言われてみれば、ピニエールに買った服とこの人が来ている服が似ているな。本当に同じ服屋で用意した物なのだろう。高いわけだ。
「無駄遣いだったな」
「ん? ああ、服のことか。金の明確な使い道があるわけでもないのじゃから別に良かろう。今回のことで多少は礼金を出すと言っておったしの」
エルが言った通り、どうやら今回エリスマグナ屋敷の迷宮内であった襲撃から子供魔王を守ったということで、礼金をくれるらしい。
元々、子供魔王を連れていくことがあの迷宮に行く条件だったのだから、彼女を守るのも条件のうちだと言って断ったのだが、エル達が開発した結界の魔道具の礼も兼ねているから受け取って欲しいんだそうだ。
それこそ、プレゼントのお礼なんてと思ったが、国の防衛強化に使える物を貰っておいて何も返さないなんて事をしたら、他の者や国に示しがつかないんだとか。
「我が国が正当な報酬を払わないなんて噂が流れたら、他の地との貿易に支障をきたし兼ねませんので」
とは、ジェレーナの談だ。
親衛隊のわりに政治にも多少の覚えがあるなんて、できた配下だな。
この後、準備ができ次第、子供魔王との謁見をするらしい。そして、それが済んだら今回のことと結界について聞かせて欲しいらしい。
俺達がこの部屋でくつろいでるのは、子供魔王の準備待ちだ。
「いやぁ、色々あったな」
「そうじゃな。新しい迷宮にも入れたし、魔法の開発もできた。なかなか充実した旅行じゃった」
まったりとソファーに背を預けながら煎餅を咀嚼し、エルとだらりと適当な会話をする。なかなか贅沢な時間だと思う。
ちなみに、迷宮で採った果物は既に子供魔王達に渡してあるので、後この国でやらなければいけないのは結界の設置くらいだ。それにしたって、設置場所を決めてもらわねければ何もできないので、今現在で何かしなくてはいけないことはない。
適当に謁見して、適当に報告するだけである。
しばらくそうしていると、案内してくれた使用人から、謁見の準備ができたとの報告を受け、子供魔王との謁見をする王座の間へと向かう。
子供魔王を助けた時にも行った部屋だ。
王座の間へと入り、子供魔王の言葉を聞く。
子供魔王の言葉は、前の時よりもちょっとだけ様になっていたような気がする。魔王としての威厳が出てきたというかなんというか……迷宮での特訓で少しは成長したのだろうか。
そうだとしたら、子供魔王の子守を引き受けた甲斐があったというものだ。
子供魔王の話し自体はすぐに終わり、今回の褒賞として多少の報酬を出すということも聞き、謁見はそう長くない時間で終了した。
その後、部屋を移動し、今回の件について魔族団の団長達に説明として王国を出た後からの出来事を簡潔に伝える。
別に、子供魔王に怪我があったとかではないので、特別文句が出るようなこともなく、話は淡々と進められていく。
「ほう、これが新しい魔道具ですか」
と、結界の魔道具の話になった時だけは食いついてくる人が何名か出てきていたが、特に大きな問題は起こらず……いや、エルとその人達との話に花が咲いたことで多少時間は喰われはしたけど。とりあえずは滞りなく報告を終えた。
「こんなところですかね。魔道具の設置場所については決まり次第教えてください」
そうして話を終え、俺達は城に用意された部屋へと移動する。エリスマグナ家へ行く前に間借りしていたのと同じ部屋だ。
結界の設置や、ピニエール達の尋問が済むまでの数日程は、またこの部屋を貸してもらえることになっている。
「それにしても結構な金額貰ったな」
「ミスリル硬貨など、妾もそう見ないぞ」
ミスリル硬貨は、その名の通りミスリルで作られた硬貨で、金貨の百倍、日本円にして百万円程の価値がある。五百年前とでは多少価値が変動しているかも知れないが、それでもなかなかお目にかかれない物であることに変わりはない。そもそも、街中でそんな高額なものが売り買いされることの方が少ないのだから。
今回報酬として貰ったのはその硬貨が十枚。
つまりは約一千万円程。
「それだけ感謝してるってことなんだろうけど……」
「こんなものは使えんからな。一度ギルドに預けてから使うことになるじゃろう」
普段使われない硬貨というのは、そのまま普段は使えない硬貨という意味にもなる。
そこらへんの屋台でミスリル硬貨を出したところで、お釣りが足りないだろう。
というか、まず偽物を疑われるに違いない。
「確か、商業ギルドも冒険者ギルドも銀行みたいなことをやってるって話だったな」
「そうじゃな。まずは冒険者ギルドかの」
「商業ギルドは登録してないからな」
お金を預けるのにはどちらのギルドの方が、というのは特にない。
なんせ、多少の手数料を取られるものの、双方のギルドに預けたお金を別のギルドからも受け取れるのだから。冒険者ギルドに預けたお金を商業ギルドから、商業ギルドニ預けたお金を冒険者ギルドからという風に。
これは、冒険者証の発行方法が変わった頃に作られた仕組みらしいが、詳しいことはよくわからない。俺達が封印された後にできた制度だから、俺の知識には入ってないしね。
管理が安易になったからとかそんなとこじゃないかと思っている。
「なら、この後ギルドに行ってみるか?」
エリスマグナを出たのは今日の朝方。
この街までは転移してきたから時間なんて経っていないし、説明云々を終えた今現在でも、また日は頭上にある。
「この国の冒険者ギルドというのを見てみるのも良いかもしれんしな。やはり魔族がやってるのかの」
「わからんぞ、人族のギルドでエルフがギルド長をしているんだ。もしかしたら人族のギルド長なんてのが居るかも知れない」
まぁ、ギルド長に会うことなんてそうないとは思うが、もしかしたら人族の受付くらいは見られるかもな。
「人族の職員なんて、それこそあっちの領地に戻れば嫌ってほど居るだろうけどな」
「それはそうじゃろう。この国で見られるかに意味があるのじゃから」
そんな他愛もない話をし、お茶を持ってきてくれた使用人にこの後ギルドに行くということを伝える。
念のため確認するからと多少待たされたが、ピニエール達の尋問も問題なく進んでいるようで、普通に外出を許可された。
止めても意味がないと分かっているからかも知れないが。
俺が転移魔法使えるようになったことは知ってるはずだしね。
城を出て、その足で冒険者ギルドへと向かう。
魔族王国に来た時に散歩して周囲の観光らしきことはしていたが、その時のように建物などを見るのではなく、改めて周りを見るように街中を歩いてみると、目に映る人々の多様性に驚かされる。
魔族だけでもいくつかの人種が見受けられ、その中にエルフやダークエルフ、ドワーフに、竜人族までいる。他にも、人族に見える者や、被ったフードで顔はわからないが蜥蜴のような尻尾が見えている者、獣のような耳を頭上でピクピクさせている者など、本当に様々だ。
「デーヴァンとは全然違うな」
「あそこは少し特殊かも知れんぞ。魔族との戦争で最前線じゃたのじゃから、こちら側だった種族としては暮らしにくかろう」
「でも、今じゃ交流の最前線だろ?」
「あちらでも、人族以外がおらんわけではなかったじゃろ」
「でもここまで少なくもなかった」
「こちらにも人族らしき者はそう多くない。同じことじゃ」
それもそうか、と考えながら辺りを物珍しそうに見渡しつつ歩を進める。まるで田舎から上京してきた新人冒険者のようにキョロキョロしながらも、俺達は城の門番に教えてもらった冒険者ギルドへと辿り着いた。
魔族王国の冒険者ギルドは、デーヴァンの冒険者ギルドとはあまり違わない見た目をしている。あえて違いを挙げるなら、あっちよりも入り口が大きいことだろうか。多くの種族に対応できるようになのだろう。
「どうせ暇じゃし、金を預けたら依頼でも受けてみるかの?」
「それはいいな。ここらで冒険者らしい仕事でも——ブファッ!」
冒険者ギルドの扉を押し開けようとしていた俺は、飛んできた何かに衝突され、情けない声を上げたながら吹っ飛ばされた。
「一昨日きやがれってんだ!」
ギルドの中から響くそんな声を聞いた『俺が何かしただろうか』と疑問に思いつつ、飛んできた何かと共に、俺は、通りを挟んだ向かいの木箱を破壊する弾となったのだった。




