七十四話
俺は、ピニエールとの面会を終えて再び散歩に出たのだが、自由時間は残念ながらそんなに長くなかった。
屋敷を出た時点でエルからお呼びがかかったのだ。
いや、あまり長くても暇を持て余すだけだったのだから残念ながらってのは 違う気もするが。
「魔法の改造が終わったって?」
出てすぐに屋敷に戻った俺を迎えてくれたのはアリシオーネさんとエルだった。
「うむ、なかなか面白かったぞ。やはり自分が知らん魔法を学ぶというのは楽しいものじゃな」
「そういや結界魔法は使えなかったって言ってたな」
封印される前の話をしていた時に、エルの城でも〈保存結界〉という結界魔法が使われており、その魔法はエルが使えないからわざわざ来てもらっていたと言っていた。
「今回のは使えるのか?」
「使えたの」
「同じ系統なのに不思議なもんだな」
そもそも、俺に言わせれば魔法ってもの自体が不思議の塊なんだけどな。
「うーむ、そのことについての原因は予想できなくもないが、確信はできんな」
「まぁ、使えるようになったんなら良かったって考えときゃいいか」
「そうじゃな」
使えたものが使えなくなったというなら残念だと思うが、使えなかったものが使えるようになったというならそれは成長と言えるし、喜んでいいだろう。
「それで、完成した魔法をこの街に張るのをユウマさんにお願いしたいのですが」
「新しい魔法を? この街を管理しているエリスマグナ家の方がやったほうがいいのではないですか?」
「最初の起動に魔力を多く使うんでの、最初だけはサービスしてやろうと思ったんじゃ。今までと違って、発動後の魔法は魔法陣で管理するようにしたし、魔力も魔核で維持できるようにしたのじゃが、どうしても発動時には魔力的な隙ができてしまうからの」
「ああ、なるほど。初回サービスか」
発動時に大きな魔力を使うとなると、発動した直後はそれだけの魔力を使える者の魔力が減って戦力外になるって事だからな。研究に付き合ってもらったわけだし、初回くらいはサービスしてもいいだろう。
「にしても、それだと今後が不安じゃないか?」
「これ以降は我々エリスマグナで研究を続けます。最初の目標が発動時の魔力消費をさえることですね」
「妾達は、進展があった時にその結果をもらうことになっておる。初回サービスくらいどうということもなかろう」
「そうだな。文句はない」
要研究ってわけだ。
「じゃあ、さっさとやってしまおう。守りを固めるのは早いほうがいいだろうから」
「今、王国魔族団に遣いを出しています。連絡が取れ次第結界を張ってもらいたいので、魔法陣を設置した場所にご案内します」
そう言ったアリシオーネさんの案内で向かった先は、屋敷の地下二階、牢や尋問室があるところより更に下りた場所にある部屋だった。
地下一階の次の階なので地下二階と呼びはしたが、牢や尋問室があった場所から考えてもだいぶ長く下り階段を歩いたので、殆ど地下三階か四階って感じだ。それ程厳重にしておきたいのだろう。
この街の守りの要なのだから当然ではあるが。
「ここは元々宝物庫のような形で利用していた場所です。一室を空けて魔法陣の設置場所にしました」
「宝物庫、なんか浪漫があるな」
「妾の城にもあったぞ。中はもう空じゃろうがな」
「五百年も経ってるからな」
「リンド魔族王国の宝物庫って実在したんですか? 殆どお伽話のような感じですよ」
「知っている者自体少なかったからの。じゃが、確か一部の部隊長格と側近には知らせてあったのじゃから、現魔族王国を開拓する資金にでもしたのじゃろ」
戦争で敗走して早く国を立て直さなければいけなかったわけだし、金も入用だったことだろう。
有効活用されたのであればいい。エルはそう付け加えた。
「こちらです」
階段を下り切った先の扉をくぐり、そのさらに奥の突き当たりにある部屋、そこが新しい魔法の魔法陣が設置されている場所らしい。
部屋の扉を開くと、部屋の中ではエリスマグナ家一同に加え、子供魔王とジェレーナが待ち構えていた。
「待ってました!」
「エルキール様、言葉が良くありません」
「わかってるよ」
部屋についた途端に子供魔王がお叱りを受けているのは、笑っていいものなのだろうか。
どうやら、魔法構築を途中から見ていた子供魔王が、完成品した魔法の発動を早く見てみたくてワクワク待機中だったらしい。叱られているのにそのテンションは下がっていない。
「すぐに王国魔族団の方がいらっしゃいますので、もうしばらくお待ちください魔王様」
「あー、早く見たい」
「結界魔法だろ? 目視はできないんじゃないか?」
「それでも、新しい魔法の発動なんて見るの初めてだから早く見てみたい」
新しいものに心躍るという感覚は理解できる。
確かに、新しく手に入ったものを使い始める時ってワクワクするよな。
おれは、そう考えながら部屋の真ん中に視線を移す。
部屋の中央には、俺の腰くらいの高さまである杖のような物が床から生えている。
その杖の先端、持ち手部分とでも言えばいいだろうか、そこに嵌められている水晶が今回新しく作り直した魔法が込められた魔導具なのだろう。よく見ると、水晶の中に淡く魔法陣のような図柄が浮かんでいるのがわかる。
せっかくだから近くで見てみようと、その魔道具へと足を向けたところで部屋の扉がコンコンと音を鳴らす。どうやら魔族団からの連絡が来たようだ。
アリシオーネさんが扉を開け、彼女に招かれて部屋に入ってきたのは魔族団第四番隊の団長ウェルーニアさんだった。
「新しい結界を使うとのことだったので、確認のため同席させていただきたい」
「いいよ。魔族団の人にも見てってもらった方がいいし」
「エルキール様、ここではエリスマグナ家の方に判断を委ねるべきでは?」
「いえ、こちらとしてもお見せしていいと考えたのでお通ししました。魔王様がよろしいのであれば我々としても問題はありません」
ジェレーナの言葉に返したのはマルクルさんだ。当主が問題ないと考えたのであれば文句を言う者もいないだろう。
「失礼しました」
ジェレーナもそう考えたのか、一礼して子供魔王の後ろへと下がる。
「団長さんが来たんだ、初めていいてことだよな?」
「そうじゃな、魔法自体の確認は済ませておるし……初めて良いな?」
エルの目線の先にいるのはエリスマグナ家一同と子供魔王達。どちらもトップが首肯したことを確認して俺は魔道具へと視線を向ける。
「で、この魔法の名前は?」
「<判別結界>と名付けた」
ふむ、かっこよくなったな。
監視防衛なんかよりよっぽどいい。
俺は、自分の名付けセンスのなさに軽くため息を吐きながら、目の前の魔道具へと魔力を込める。
——<判別結界>
魔法が発動した途端、すっと魔力を多めに吸われる感覚があり、水晶がふわりと光る。
「これで発動は完了じゃな。エリスマグナ家の者はこの魔道具に魔力を登録しておけ。念のためエルキールも登録するかの?」
「うーん、一応しておこうかな。この結界、ウチのとこでも使うんでしょ? 試しておきたい」
「ん? 子供魔王にこれをプレゼントするって伝えたのか?」
「構築の見学をしておる時にな」
なんだ、サプライズじゃなかったのか。
「話したってことは素材の目処は立ってるんだな」
「うむ。ここの迷宮で揃うようじゃ」
俺達が話している間に、魔力の登録が進められていく。
登録自体は簡単で、水晶に触れて魔力を流すだけ。面倒な身分確認なんかもない。
「登録を終えたら、その登録者に反感を持つ者の位置がわかるようになるはずじゃ」
「ふむ、何の反応もありませんね」
「私もありません」
「ウチも何もない」
エリスマグナ当主夫婦に敵意を持つ者はいないらしい。
いや、子供魔王にまで反応がないというのはちょっとおかしいな。この部屋の上の階には彼女を攫おうとしたピニエール達がいるはずなんだから。
魔法が失敗したか……?
「失礼しますっ!」
魔法の完成を実感できず、喜んでいいのかと微妙な顔を浮かべながらの沈黙を破るように、屋敷の使用人らしき人が部屋へと飛び込んできた。
「どうしたんですか?」
「マルクル様、先程、捕虜からこの街に敵襲があるとの情報がありました」
「敵襲?」
「はい。捕らえている二人組からの連絡が途絶えた場合にこの街を襲うように仕組まれていたようです」
これだから、あんなおかしな奴の忠誠なんて信用できないんだよ。
今頃、ピニエールの楽しそうな笑い声が尋問室に響き渡ってるに違いない。
「情報はアルファトと名乗る者から得たもので、信用度は高くありません。まだ奴隷契約をしていない状態で話していましたので」
「奴隷契約をしている方は何と?」
「それが、そちらの方は全く知らされていなかったようで、反応はありませんでした。それがただ知らなかっただけなのか、もう一方の者が虚偽の情報を話したのか……判断ができなかったため緊急でこちらにお知らせに参りました」
「なるほど。では、すぐに証言をした者の奴隷契約をしなさい。その上で再度確認を——」
マルクルさんが支持を出している最中、俺の脳裏に何やら反応があった。
エリスマグナ家の面々と子供魔王が一点へと目線をやったことから、彼らにも反応が感じられたのだろう。目線の先は外門の反対側、この屋敷の裏手の方だ。俺が午後の散歩コースにしようと思っていた方向でもある。
「これが判別結界ですか。便利ですね」
「ウチこの感覚に慣れるの時間かかりそう」
子供魔王の言葉には同意できる。
この結界の探知反応はこう、背筋にゾワっとくるのだ。ちょっとむず痒い。
感知後は相手の居場所なんかもわかってだいぶ便利なのは確かだが。
「ちょうど良いではないか。結界が動作しているのは確認できたのじゃ。能力も確認してみれば良かろう」
この結界の一番の特徴は結界に登録されたものを自動で守ってくれることだ。奇襲に対応できるというのは、守るという観点から考えれば相当大きな利点と言える。
そして、この結界には監視防衛にはなかった新しい機能が追加されていた。
「こう、すればいいんでしょうか」
マルクルさんがそう言った途端、侵入者の動きが止まる。慎重にこの屋敷へと向かって進んでいた反応が、ピタリとその場で停止したのだ。
これが新しい機能。
侵入者を<防壁>の魔法で囲ってしまうという捕縛機能だ。
「なるほど、これで何もさせないまま捕らえ行けますね」
通常、対象者を守るために使われるはずの防壁魔法を、対象者を外に出さないということに特化して、動きを止めるために使っているらしい。
「場所を教えてください。捕らえてきます」
「ここは、この屋敷の裏庭ですね……あれ? 反応が消えました」
この屋敷の裏が全面庭になっているとは思わなかった。どちらにしても俺の今日の散歩は暇なものになっていたらしい。と、マルクルさんの言葉を聞きながら考えていたら、先程まで反応が突然消えた。
「敵意が無くなった……わけではないですよね」
「そうじゃな。あらかた自害でもしたのじゃろ。情報を渡さないようにといったところじゃろうな。ユウマ、捕らえている二人組を確認してきたほうが良さそうじゃ」
「わかった」
俺達を狙ってる奴らの自害と言われて思い出すのは、あの自爆の魔法陣だ。
今回のやつは防壁魔法で囲まれていたから他に被害はないだろうが、すでに発動済みのピニエールはまだしも、アルファトにも同じ魔法陣が付けられていたら結構面倒なことになる。
なんたって、けれは今この屋敷にいるんだからな。
判別結界で反応しなかったということは、エリスマグナ家や子供魔王どころか俺に対しても敵意がないということになるわけだから、自分から発動してこの場で被害を出そうとは考えていないとは思う。
だが、前にあの魔法を使われた時は、強制的に発動させられていたから、いつ自爆するかわからない。というか、今は死亡したものだと思われていて発動していないだけだろうから、今すぐにボンッとやらてもおかしくない。
「アリシオーネさん、案内してもらえませんか?」
「先程の者の方を先に確認しますか?」
「いえ、もう片方の方を先に」
「わかりました」
そう言って案内された先は、一つ上の階、尋問室の隣にある牢屋だった。
「おっと、<魔法妨害>」
本当に間一髪だった。
俺が牢屋の前に到着した途端、アルファトの額に例の魔法陣が浮かび上がったのだ。
「ほい、解除っと。ピニエールの方はもう発動済みだから大丈夫だろうし、これで完全に二人とも死んだと思ってもらえたかな」
「いや、助かったっす。流石にもうダメかと思ったっすよ。いきなり魔力が吸われ始めたから、情報話して助けてもらおうとおもったんすけど、正解だったっすね」
「ああ、あの魔法陣は書かれた奴の魔力使うタイプだったか。前回は魔力を予め込められた状態だったし、ピニエールは自分で発動してたからちゃんと確認してなかったな。なんか、随分と使い方にムラがあるな」
俺が魔法陣を見て瞬時に確認できるのは、発動される魔法の内容だけで、魔法陣自体の条件なんかはちゃんと見ないとわからない。
以前と今回で使い方が違うのは何か理由があるんだろうか。
「にしても、やっぱりバケモンだったっすね」
あー、魔法陣を消すのに魔力を感知されたのかな。
「ピニエールも配下になるみたいっすし、どうせこのままだと奴隷にされて処刑か強制労働ってとこっすから、俺も配下にしてもらえないっすかね? そこそこ役に立つと思うっすけど」
「まぁ、敵意がないのはわかってるし、一人も二人も変わらんからいいけど……あいつが配下にってのは誰から聞いた?」
ピニエールを奴隷にってのは今さっきの出来事だ。口の軽い見張りでもいるのだろうか。
「丸聞こえだったっすからね」
「丸聞こえ?」
会話の内容だろうか。
そういうことに特化した能力でも持ってるってことかな。
「尋問室、隣っすからね。よく響いてたっすよ。
ピニエールが『我が神よ!』って叫んだ声」
「ああー……」
あれかー。
あれが丸聞こえかぁ。
……帰りたい。




