七十二話
翌朝、エルは早々に新魔法構築の作業のためジェレーナさんと共に何処かへ出かけて行った。
といっても、魔法の構築は屋敷内でやるはずなので外に出たわけではないだろう。
俺は、昨日決めた予定通りこの街を観光するつもりだ。朝食を食べたら早速出かけようと思っている。
「それで、この街の見所ってなんだ?」
食事を終え、口の周りを拭いながら俺がそう聞いた相手は子供魔王だ。
彼女ならこの街の観光名所くらい知っていてもおかしくはない。
少なくとも、ジェレーナは知っているだろうからフォローしてくれるはずだ。
今日の午前中は、子供魔王も俺と一緒に観光に行くことになっている。
魔王が友好な相手の領地を見て回るなんて、観光というより視察とか顔見せって感じになりそうだな。なんて言っていたら、ジェレーナ曰く実際にそういう面もあるとのことだった。
午後からは魔法構築について学ぶ為にエル達の方へ行くらしい。
「ウチが知ってるのはこのお屋敷と迷宮くらいだよ」
「そうか、ジェレーナは……」
「残念ながらこの街で観光する場所はそう多くありません。エルキール様が挙げた、このアリスマグナ屋敷と迷宮くらいでしょう」
子供魔王の答えに対して、まぁそんなもんだろうな、と思いながらジェレーナのフォローに期待したのだが、まさかの同じ答えで俺は言葉に詰まった。
「……俺は、魔法の構築が終わるまで何をしてればいいんだ……」
「一人で迷宮に入ったりしたらエルさん怒るだろうしね」
だろうな。
まだあの迷宮は最深部まで到達していないが、後で入らせてもらえる可能性が高い事はアリシオーネさんに確認済みだ。
そんな状況で俺が一人で迷宮に入ったりしたら、エルが怒るのは目に見えている。
「こうなったら、とりあえず散歩だな。
ただただ適当に歩いてこの街を散策しよう」
「そういうのもいいかも知れない。まさに観光って感じがするよ」
「だろ? お前らのもう一つの目的である視察にも繋がるし、一石二鳥ってやつだ」
「いっせき……?」
(あー、前世での言葉ってたまに伝わらないことあるよな。四文字熟語なんか元になった史実とかがなきゃ生まれてないってのはわかるけど、この世界で使われてる似たような言葉とかに変換してくれたりはしないんだろうか……。
というか、一石二鳥ってなんかの史実から来た言葉だっけ?)
「なんていうか、一回の投石で二羽の鳥が取れるっていう、まぁ、一度で二度美味しいみたいなことだな」
「いっせきが『一石』でにちょうが『二鳥』ね、そんな言葉知らなかった」
「多分この世界にはないんだろう。俺の前世で使われてた言葉だ」
「ユウマさんは勇者ですからね。エルキール様、『ゴブリンの二頭狩り』と同じ意味かと」
ゴブリンの二頭狩り、ジェレーナのいう通り一石二鳥と似た経緯で生まれた言葉で、ゴブリンを倒す時に剣の一振りで後ろにいたもう一体のゴブリンまで倒せたという話から来ている。
そんな言葉があるならそう翻訳して欲しいものだ。
ちなみに、この言葉の意味はジェレーナが『ゴブリンの二頭狩り』という言葉を発した時点で思い出した。この世界の知識としてインプットされている、つまり昔から常用されていた言葉ということだろう。
「ま、そんな重要な意味があるわけじゃない。観光も視察もできてお得だねってことだな」
「そうだね! じゃあ、早速行こう!」
互いに食事を済ませたので、簡単な準備をした後に俺達は揃って屋敷を出た。
その後、しばらく街中を歩き回っていたが、これが思いの外楽しめる。
迷宮を持つ領地ならではとでもいうのか、装備品を扱っている店や道具屋など冒険に必要な物を販売している店など、迷宮探索に関連するお店が多く、ただ見て歩くだけでも面白い。
中には魔道具や魔具を専門で取り扱っている店もあり、そこには、魔力を炎に変える杖や、魔力が続く限り水を出し続けることのできる水差しなどの便利道具が並べられていた。ものすごく高価で、気軽に買えるようなものではなかったが。
これらの魔道具のほとんどはこの街の迷宮で見つかった物らしい。極々稀に迷宮内で宝箱が発見され、その中から得られるんだとか。魔具に関しては、そんな迷宮産の魔道具を解析して作っている物が殆どだそうだ。
言われてみれば、魔具に関しては店に置かれている魔道具の劣化品みたいな効果の物が多い気がする。
「さすが、名物が迷宮ってだけはある」
「何日もってなると飽きちゃいそうだけどね」
「エルキール様、そういったことはあまり大声で話してはいけません」
「わかってるよ。でも、今は魔王エルキールじゃないから大丈夫」
子供魔王の言った通り、彼女は今フード付きのローブで顔を隠している。
門では自身の身分が伝わらなかったとはいえ、この街の中に子供魔王のことを知っている者がいないとは限らない。
そんな、いつ正体がバレるかわからない状態では視察なんてできるはずもないので、正体を隠して動いているのだ。
おかげで俺は、斥候らしく口元を布で覆ったジェレーナと、フードを目深にかぶった小柄な人物を連れた怪しい男、という不審者のような状態で街中を歩く羽目になったのだが、まぁ仕方のないことだろう。
今は昼食を取るために適当な店に入ってくつろいでいる。
この後は、子供魔王が屋敷に戻り、俺はまた散策する予定だ。念のため、俺も一緒に一度屋敷へと戻り、子供魔王達を送るつもりではあるが。
「ユウマさんはこの後どうするの?」
「とりあえず、次は屋敷の反対側を見に行くか、一度この街から出て、周辺を探険でもしようと思ってる。なんか冒険者っぽいだろ?」
この街の周りは森で囲まれている、少し先まで行くと俺達が通ってきた山があるのだが、そこまで行く気はない。
「この辺りは魔族団の者が定期的に魔物を退治して回っていますので、あまりすることはないと思いますが」
「冒険者のギルドもないから依頼とかもないしね」
「まぁ、暇つぶしだからな。別にそれでもいいさ」
そんな話をした後、店員が持ってきてくれた食事に舌鼓を打ち、俺達は屋敷へと向かった。
「お待ちしていました、ユウマ様」
屋敷についた俺達を迎えてくれたのは、屋敷の使用人だった。
俺達を客間などに案内してくれたのもこの人で、どうやら使用人の中でも位の高い人らしい。魔王様の相手をさせるわけだし、相応の人選でってことだろう。
それにしても……。
「俺を待ってたってたというのはどういうことですか? エルキールさんをではなく?」
「はい。エルキール様も勿論お待ちしておりましたが、ご主人様からユウマ様が戻ったら一度屋敷に戻ってもらうようにと申し付けられておりまして」
「俺はエルたちがやっていることでは役に立てないはずなんですが……」
魔法構築に関して全くの役たたずだったからこそ俺は暇を潰しているわけで、そんな俺を呼び出す理由が思いつかない。
「私めも詳細は伺っておりませんので詳しくは……」
「私が説明します」
使用人さんの言葉を引き継いだのは屋敷から出てきたアリシオーネさんだった。
「エルキール様は父上のもとへ向かってください。エル様もそちらにおられます」
「わかった。ジェレーナはどうする?」
「いえ、今回はそのままご一緒で問題ありません。魔法の開発は離れで行なっておりますので」
「そう。じゃあ案内してもらおうかな」
「セス、エルキール様とジェレーナさんをご案内してください」
「承知致しました」
アリシオーネさんの言葉を受け、使用人改めセスさんが二人を案内して屋敷の裏へと向かっていく。
「それで、俺に用ってのはなんです? アリシオーネさんも研究に参加してたんじゃないですか?」
「はい。ですが、今回の件は研究とは別口です。先日捕らえた二人組ですが……」
「ピニエールとアルファトですね」
「その二人組のうちの、ピニエールと名乗っている者がユウマさんに会わせろと言っていまして……こちらとしては断っていただいても構わないのですが、ユウマさんが来れば情報を話すとも言っています」
あのおかしな格好した道化師もどきが俺に?
なんだろう、ボロボロにされたことへの報復でもしようとでもいうんだろうか。
「勿論、我々がユウマさんに強要することはありません。兄から話は聞いております。ユウマさんのお陰で兄が助かったというのは間違いない事実ですので、エリスマグナ家としてもユウマさんには大変感謝しております。なので、このことは先ほど言った通り、断っていただいて一向に構いません。
しかし、この件についてエル様にお話ししたところ『ユウマに伝えて判断を仰げ』と申されておりましたので一応お話しをというのが現状なのです」
エルとエリスマグナ家は魔法の研究を経て随分と仲良くなったようだ。
呼び方も大魔王様からエル様に変わってるし。
「エルが俺に判断させろって言ってたのなら、せっかくだし話してみるか」
エルはその話を聞いた時に探索魔法でピニエールの状況を確認したはずだ。それで問題はないと判断したんだろうから、俺としてもそこまで警戒する必要もないだろう。
「では、拘束している部屋にご案内します」
アリシオーネさんの案内についてゆき、俺は屋敷の中へと入る。
ピニエールは屋敷の地下にある牢に捕らえられているらしい。迷宮で問題を起こしたり、無断で侵入しようとした者を一時的に捉えておくための場所で、普段はこの牢から出ていく者は処刑されるか魔族王国に送られるかのどちらかなのだそうだ。少なくとも、この街に入ることが許されることは二度とない。
この街ではそれほど迷宮というものが重要視されているということだろう。
しばらく階段を降りた先に件の地下牢があった。
入り口は白眼族の結界で守られ、見張りも二人立っている。簡単に出入りすることはできなそうだ。
「少々お待ちください」
アリシオーネさんはそう言って見張りの片方へと話しかける。
彼女の話を聞いた見張りの顔は何色を示していたが、しばらく話した後にアリシオーネさんと俺を通してくれた。
「この先で待たせてあります」
アリシオーネさんの指差す先には、鉄で作られた扉がある。ここにも見張りが一人立っていた。その先にある部屋は尋問室なんだそうだ。この街には尋問のための塔もあるらしいが……怖い街だ。
ちなみに、後でエルにそんな話をしたら、人族の国はもっとそういう場所が多いと返された。それどころか、拷問専用の場所が用意されている国もあるらしいとのことだ……怖い世界だ。
そんなどうでもいい感想を胸に、俺は見張りの人に開けてもらった鉄の扉をくぐる。
「お待ちしておりました! 新たな我が神よ!」
尋問室の中から俺を出迎えたのは、そんな言葉と満面の笑みで両手を広げたピエールだった。
……帰ろうかな。




