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魔王は勇者の中にいる  作者: さかもときょうじゅ
六章 勇者と魔王と迷宮再び
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六十九話

「なぜ……なぜ、生きているんだ……?」


 まさか、自分が生きていることを疑問視する声が、仲間側から聞こえてくるとは思わなかった。

 トリアンさんはもう少し喜んでもいいと思うんだ。一応、俺が助けてるみたいな状況なんだから、演技でもいいからこう……ね。


(思ってた反応と違う)

(即死系の魔法から生還したのが不思議なんじゃろ)

(そらそうだが、トリアンさんは即死系魔法の知識があったってことか)


 俺は事前に即死系魔法の存在について知らされていたから、『古竜を殺す程の魔法』って聞いてすぐに即死系魔法に結びついたけど、トリアンさんもそうだったって……ん? 古竜を殺す?


「あ、そうか。即死系とか関係なくそんな魔法くらったら死ぬか」

「古竜を殺すというのが、あの者の妄言でなければではあるが……正直、私から見てもあの魔法はその言葉を裏付けるほどの魔力を感じた。少年が生きているのは奇跡と言っていい」

「奇跡、奇跡ね」


(まぁ、間違っちゃいないな。この体作ったの神様なわけだし、神の御業とか奇跡とかって言えなくもない。そう呼ぶにしてはちょっと神様の関わりが間接的すぎる気もするけど。

 いや、そんなことより、つまりは……)


「なんだ、聞こえてなかったのか」


 あの魔法を破る時の、怒りと呆れを織り交ぜた情けないツッコミのような叫び声。

 どうやら、トリアンさんが変な顔でこっちを見てたのはその叫び声のせいではなかったらしい。とんだ早合点だった。

 良かった良かった。


「聞こえなかったかというのは、先の『ふざけるな』という叫び声のことか? 何か意味があったのか?」


(……なんだ、聞こえてたのか)


 まさに天国から地獄だ。そういう、ぬか喜びシステムやめてほしい。

 小銭を見つけたと思ったら、ただの鉄屑だった時のような絶望感。

 買い物で代金を綺麗な数字で揃えられたと思ったのに、手数料でバラバラになってしまった時のような脱力感。


(いや、例えがしょうもないの)

(実際そこまで落ち込んでないからな。恥ずかしいけど)


「ま、なんでもいいじゃないですか。死ななかったって結果だけを喜べば」

「それは……っ! そう、なの、だが……研究者として、だな……」

「その辺は帰ってからにでもして、今はとりあえず目の前の敵を処理してしまいましょう」


 目の前の敵ピニエールは、俺が生還したことへの驚きからは既に抜け出し、なぜ魔法が効かなかったのかという疑問に頭を捻らせている状況のようだ。

 そして、一つの結論に達——


「まぁ、いいでしょう」


——することができなかった。

 いくつかの推論を立てることはできる。魔核が劣化していたのか、魔核に保存された魔法には保存期間の限定があるのか、そもそもホワイトドラゴンが溜め込んでいた魔法にそこまでの力がなかっただけなのか。

 しかし、結論は出せない。


 結論が出せないのなら考えるだけ無駄である。

 ピニエールはそう考えることにした。


「見たところ、体力を削ることはできているようですし、こちらにはまだ魔法を吸収する核も残っていますからね」

「確かに、少し疲れた感じがするな。なんか、怠いっていうか、なんというか」


 この感覚は、前世であれば年相応に経験してきたものではあるが、この世界に来た後の俺にとっては初めての経験だ。

 こんなおかしな調整を受けた身体に疲労なんてものがあったんだな。


「我が(あるじ)を侮辱したあなたを生かしておくつもりはありません。体力が削られた状態ならばこの杖を持つ私の敵ではないでしょう」

「杖って、もう先っぽしか残ってないじゃないか。それもうただの飾りだろ」


 ピニエールが手に持っているのは杖に付いていた髑髏の装飾だけだ。あれをまだ杖と呼ぶ彼の根性は素晴らしいものがあると思う。


「早々にとどめを刺して差し上げますよ」


 もう、俺の言葉を聞く気はないらしい。

 さっさと決着つけて終わらせたいという感じがひしひしと伝わってくる。


「と言っても、どうやってとどめを刺そうっての? その魔核に保存されてるのって俺の魔法だろ? そんなんでやられる程甘くはないぞ」

「それは……こうするのです」


 そう言うと、ピニエールは手にしていた魔核の付いた髑髏を握り潰した。


「は?」


 なんでわざわざ自分の武器を捨てるようなことを、と俺が疑問に思ったのも束の間、ピニエールの周りに異変が起こり始める。

 最初の異変は地面に現れた。彼が立っている場所を起点に円錐状の岩が次々に迫り出してきたのだ。

 その次に起こったのは彼自身への異変。彼の体がバチバチという音を立て電気を纏い始めるというものだった。


「発動してるのは吸収してた俺の魔法と同じ系統の魔法だけど、発現内容が違うな」


 あの魔核に保存されていたのは〈岩の刺柱(アースソーンニードル)〉と〈追随する雷鳴(ついずいするらいめい)〉だったはずで、どちらもあんな形で発現する魔法ではない。

 岩の刺柱は、円錐状の岩が次々に生成される点は同じであるが、自分の周りに出てくるものではなく、相手に向かって直線状に出現するものだ。

 追随する雷鳴に至っては電気という点以外は全くの別物になっている。


「これが私の魔法。魔法そのものを自らに纏う究極の魔法です。纏魔法(まといまほう)と呼んでいます」


 名前そのまんまだな。


「自分で発動させた魔法以外に使えなかったり、消費魔力が異常に高かったりと、欠点が多い魔法なのですが、ボスにいただいたホワイトドラゴンの魔核のおかげでその欠点は克服されました。相手の魔力を利用しつつ、発動自体は自分の意思で行える完璧な魔法へと昇華されたのです。

 ただ、その都度魔核を破壊しなければいけないのが難点ですがね」


 ずいぶんとお金がかかる魔法のようで。


「しかしなぁ、それって俺が使った魔法以上の魔法が自分では使えないって白状したようなものだろ。それをなんで自慢気に……」


 わざわざ手持ちの魔核を破壊してまで俺の魔法を使ったということは、その魔核に保存された魔法以上のものを自分では発動できないということに他ならない。

 それができるのなら、魔核の破壊なんてせずに自分で発動した魔法を纏えばいいのだから。


「そうですね。確かにあなたの魔法、魔力は凄まじい。私の魔力では太刀打ちができません。だが、そのあなたの魔力を使ってしまえば話は別。

 しかも、これはただ単純に二つの魔法を使っているわけではありません。どちらの魔力も同時に制御しているのですよ。あなたの強大な魔力、その魔力で発動した魔法を倍にして利用しているのです。

 元々、私の纏魔法では一つの魔法しか纏えなかったのですが、魔核を同時に破壊することで二つの魔法を一つとして発動させた。これこそ偉大なるボスに授かった究極の魔法行使っ!」


 恍惚とした表情で説明をしているピニエール。

 あの顔はもう完全に狂信者のそれだ。


「己の魔法で死になさい!」


 ピニエールが右腕を振るうと、その軌跡をなぞるように雷の矢が出現し、足元の刺岩と共にこちらへ襲いかかってくる。

 範囲的に俺だけではなくトリアンさんを巻き込む可能性が高い。もう、手土産とかどうでも良くなっているんだろう。

 俺だけが避けるわけにもいかず、その場から動くことができない俺に二つの魔法が着弾し、轟音と共に土煙を巻き起こす。


「まだまだいきますよ!」


 一撃加えたくらいでは満足できないのか、ピニエールは同じ魔法を続けて発動する。

 吸収した魔法を使っていた時と違い、纏魔法とやらは同一の魔法を何度も使用できるようだ。


(相手の魔力を使うとか言ってたけど、それを何度も使用するって、その吸収した魔力の総量超えてないか? どういう仕組みなんだろ)


 俺はピニエールの放つ魔法を眺めながらそんなことを考えていた。

 そして、しばらくしてやっと魔力が切れたのか、魔法の雨が上がる。


「ハァハァ……素晴らしい! 素晴らしい力です! やはりボスは偉大なお方ですね!」


 魔法を打ち尽くし、ハイテンションで声を張り上げるピニエール。

 だが……。


「随分盛り上がってるなぁ。

 勘違いさせて悪いけど、そんな魔法を二つ掛け合わせた程度じゃ足りないよ流石に」


 雷の矢と岩の刺によって立ち込める煙が晴れた先から、完全に無傷の俺と、俺の背後に移動されたこれまた傷一つないトリアンさんの姿が現れる。

 意気揚々と説明したうえで魔法を連射してくれたのはいいが、俺が杖の検証のために使ってた程度の魔法をたかだか倍にしたってだけじゃ俺の防壁魔法を超えるまでの威力になることはない。

 発動した防壁魔法を張り直したりする必要すらなく、全ての魔法攻撃を耐え切ることができた。


 確かに、周囲が軽いクレーター状になっている状況を見ればなかなかの攻撃力を誇る威力だったのだろう。

 下手すれば全盛期のエルの攻撃にも手が届くかもしれない。


「それに、攻撃力を上げるのが相手依存ってのはいただけないな。

 せめて自分の魔法で拮抗するくらいになってからじゃないとあまり意味がなさそうだ」


 自分の魔法を使って発動した場合に複数の魔法を纏えるのかはわからないが、魔法の同時発動ができれば不可能ではないように思える。

 もし、ピニエール自身の魔法が俺と同等かそれに近い威力を持っていたら……そして、その力を持った魔法を複数同時に纏えたとしたら、確かに纏魔法は俺にとっても驚異となっていただろう。


「と言っても、纏える魔法の総数だったりとか制限はありそうだけどな」


 複数の魔法を纏うというのは、つまるところ自分の限界を超えた魔法の制御を要するということど同義はずだ。

 そう考えると、纏魔法ではあまり多くの魔法を纏えるとは思えない。


 現に、魔法を使い切ったピニエールは肩で息をし、大量の汗で額を濡らしている。結構な無理をしたのだろう。

 もしかしたら、俺から吸収した魔力だけではなく自分の魔力も使っていたのかもしれない。


「最終手段って感じだな。

 もう打つ手がないだろ?」

「そんな……」


 土煙が晴れて俺達が無傷で姿を表し、俺が確認するように話している間もずっと両眼を見開いたまま黙り込んでいたピニエールが口を開く。

 しかし、やっと開いた口から溢れるのは、なんでもない……絶望だった。


「私の魔法は完璧な……ボスの力で……完璧なものに……なぜ……」

「元々、あんたが吸収した魔法は大したもんじゃなかったからな。仕方ないさ」

「仕方ない……? 大したものじゃ、ない……?」

「ああ、杖のテストしてただけだからな」


 俺の言葉を聞き、彼の両の手が震えだす。

 その震えは怒りからだろうか、それとも恐怖からだろうか。表情を変えないピニエールの気持ちを読み取ることはできない。


「それで、あるのか? 打つ手は」

「打つ手……」


 もうすでにピニエールは俺の言葉を繰り返すことしかできていない。


「まだ抵抗する手段を持ち合わせてるってんなら話は別だが、そうじゃないなら大人しく投降してくれると楽でいいんだがな」


 こんなところで待ち伏せをしていたこともあるし、彼らが予め色々と準備をしていたらしいということはわかる。

 彼らの用意したものが既にネタ切れだというのならそれでいい。このまま降参してくれさえすれば楽に終わる。

 ただ、用意していたというにはまだそれらしい事はされていない。

 彼らの行動でそれらしいものと言ったら、俺をここまで連れてきた転移魔法くらいだ。

 ただ単に自分の力を過信してここに連れて来てしまえば終わると考えていればこれで終わりだろう。しかし、まだ何か隠し持っているのだとすれば面倒なことになりかねない。

 油断だけはしないようピニエールの動きに注視する。


「それで、あるのか?」


 俺は再度同じ質問を口にする。


「打つ手、ですか。ありませんねぇ」


 ピニエールが諦めてように両手から力を抜く。それと同時に震えも治っていた。


「そうか、なら——」


 その言葉を聞いて俺は体の力を抜いた。


「私に残された手段はこれだけですよ」


 俺の言葉を遮ってピニエールがそう呟くと、彼の体が発光し始める。


「嘘だろ」


 俺はこの光を見たことがある。

 つい最近、俺達はエルキール魔族王国に向かっている最中に、盗賊の真似事みたいなことをしていた旧魔族派の奴らを捕まえている。

 彼らを無力化し、ボスとやらがそいつらの隊長を乗っ取り、そのまま隊長を回収した時の置き土産。その時の部下達の額に浮かび上がったあの魔法陣。

 この光はその時のものに似ている。


「自爆しようってのか」


 あの部下達に浮かび上がった魔法陣は、自らを巻き込み、周囲を爆破するために仕込まれていた。

 それと同様のものならば今回も自爆覚悟での最終攻撃といったところだろう。


 しかも、今回は魔法陣自体を見えづらいところに仕込んでいたのか発動したタイミングでは気付かなかった。既に魔法が発動する寸前だ。

 前に使った魔法妨害(マジックジャミング)で発動を遅らせて魔法を解除するという手段では間に合わない可能性がある。


「ったく、そんなんで俺にダメージがないことくらいわかってるだろ」

「でしょうね。しかし、私としてもこのまま捕まるわけにもいきませんからね」


 俺としては、こんな後味の悪い終わり方は勘弁してもらいたいところだが、ピニエールの言い分もわかる。

 そら、捕まって情報を取られるよりも自死を選ぶだろう。仮にもボスの右腕とまで名乗ったのだから。


「そうか」

「さらばです。旧世代の英雄」


 ピニエールは、そういうと両手を広げ天を仰ぐ。


「偉大なるボスに栄光あれ!」


 彼の言葉と共に俺の視界は光に塗りつぶされた。

 俺とトリアンさんを守る防壁魔法を爆煙が包み込む。


 先のピニエールの纏魔法を使った攻撃よりも長い時間、爆炎は周囲を燃やし続けた。

 見たところ、部下達に使われていた魔法陣が発動していた場合の爆発よりも数倍は威力が上がっているだろう。

 魔法陣に込められた魔力の桁が違うのだ。


「ただの自殺にしては手が込んでる」


 俺は額に汗を流しながらその光景へと視線を向け続けた。


 しばらくして、フッと周囲の炎が掻き消える。魔法の効果が切れたのだろう。

 炎が消えると共に、周囲に立ち上っていた煙も徐々に晴れていく。


 全ての煙が晴れ、俺とトリアンさんの視界に入ってきたのは焼け焦げた大広間だった。

 地面だけではなく、壁から天井に至るまで黒く焼け焦げ、ボロボロと崩れる石壁が爆発の威力を物語っている。


「な、なてことだ……」


 不意に言葉を発したのはトリアンさんだった。

 彼の色のない瞳は一点を見つめている。


 トリアンさんの見つめる先は俺達の目の前。

 この爆発の中心地。

 ピニエールが立っていた場所だ。


 そこには一つの人影があった。

 爆発を受けてなおその場に立ち尽くす人影。


「なぜ……生きて……」


 無傷のピニエールはただ一言、そう呟いた。

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