六話
翌日、目覚めの鐘が鳴る前に起き出して身支度をしていると、外が明るくなり始めた頃に迎えの者が戸を叩いた。
これから領をぐるりと囲っている壁の東門の前で集まり、簡単な最終確認を行った後に領を出ることになっている。
後は魔族の国に向かって馬を走らせ、今日中に魔王を討伐するのだ。平原を抜ける際に魔王軍が居る場所を迂回しなければならないが、一応昼頃には魔族の国に着く予定だ。
東門では既に何人か集まっており、最終確認の最中だった。
「勇者殿、本日はよろしくお願いします」
今回の魔王討伐に参加する騎士の一人、レオン・ルドマンが挨拶に来た。
常に礼儀正しく、心地の良い青年だ。
「ついにこの時が来ましたね、訓練通りやれば問題ありません。気負わず行きましょう」
レオンの後ろからローランが顔を出す。騎士団から派遣されたのはこの二人だ。
二人共実力は申し分なく、王国騎士団団長のローラン、レオンは副団長だ。
団長と副団長が同時に出てきて大丈夫なのかと疑問に思ったが、それ程今回の魔王討伐に力を入れているのだろう。
二人ともスキル持ちで、ローランが〈ソードマスター〉、レオンは〈鉄壁の守人〉という戦闘スキルを会得している。
ソードマスターは名前の通り、剣による戦闘に卓越しており、鉄壁の守人は盾の達人といったところで、レオンがタンク、ローランがアタッカーと、そのまま彼らの役割になっている。
スキルについては俺が確認したわけでは無く、彼らの自己申告だ。
どうやら、教会の測定器を使うと魔力だけでは無く、スキルもわかるんだそうだ。その分魔法局で鑑定するよりも高額の謝礼金が必要になるうえに、ステータスに関しては魔法局と変わらず魔力しか鑑定出来ないため、貴族の中でも高い地位にいるか、彼らのように王国騎士団で団長や副団長に選ばれる者くらいしか利用しないらしい。二人のステータスをこっそり鑑定してみたら、ローランは筋力が、レオンは防御が2,000近い数値になっていた。
「お二人共、今日はよろしくお願いします」
二人に挨拶を返しながら、馬が集まっている方へ向かう。
この一ヶ月程の間に乗馬の練習もしたのだが、こればかりはなかなか上手くいかず、普通の乗馬や馬車の御者として操るのなら問題ないが、今回のように急ぎで走らせるまでには上達しなかった。
そこそこ手応えはあったので、討伐作戦が無事に終わったら報酬で馬を買って練習するのも良いかもしれない。
ちなみに、今回はローランの後ろに乗せて貰うことになっている。
「魔法局の方達はどうしました?」
「もう来ていますよ。今は消耗品の確認をしているはずです」
「確認ももう終わるかと思いますが……戻られましたね」
レオンの視線の先に目を向けると、ローブを羽織った三人組がこちらへ向かっていた。
「ユウマさん、来ておられましたか」
「本日はよろしくお願いします」
「……よろしく」
ジェレールが挨拶し、後の二人がそれに続く。
丁寧に挨拶をした方がケイナ、口数の少ない方がレイナという名で、姉妹の魔法師だ。
魔法局からはジェレールとこの姉妹が派遣されて来ている。
ジェレールは召喚された時に会った魔法局デーヴァン支部の支部局長、姉妹魔法師達は職員の中でも魔力値の高い二人が選ばれたらしい。
ケイナは回復担当で、レイナは補助メインの余裕があれば攻撃魔法も使う補助・牽制担当。どちらも魔力値の高さで選ばれただけあって、1,000前後の魔力値を持っている。デーヴァンには劣るものの高ランク冒険者クラスだ。
デーヴァンは高い魔力値を最大限利用して攻撃魔法や相手の能力を低下させる呪術などを使う。
俺は基本的にこの三人を守ることを考えて行動し、余裕があれば前衛の手助けをすることになる。
遠距離攻撃、回復、補助、どれも戦況を左右するポジションなので、責任重大だ。
もちろん、前衛組も崩れたらマズイので気を付けなければならないが、そちらは可能な限りレオンに頑張って貰いたい。
「皆さん揃いましたか」
門の近くに停めてあった馬車からロスヴァールさんが出てくる。
「ヤシオ様、装備品などを用意してありますので使ってください」
馬車の近くに、魔力伝導率増加の加工がされている部分鎧とローブ、接近戦用のショートソード、防御を上げる腕輪、筋力増加の指輪、魔力放出率アップのペンダント、装備品以外だと魔力回復や傷薬などの消耗品が入ったポーチが用意されていた。
それらをちゃちゃっと装備して、準備を整える。
「それでは、準備も整ったようですし、魔王討伐隊の皆さん、この国の未来のため、よろしくお願い致します」
「「「「「はっ!」」」」」
「はい!」
俺だけ返事が揃わなくてちょっと恥ずかしかった。
デーヴァン領を出てからタルヴ大森林までは特に問題もなく進む事が出来た。
タルヴ大森林では何度か魔物と遭遇したものの、速度重視のため可能な限り無視しし、どうしても避けられない魔物だけを倒していく。
大森林を抜けて平原に出たら少し回り道だ。平原の魔族の国側にいるという魔王軍に見つからないよう慎重に進む。
といっても、探索の魔法を使っていればまず見つかることは無いので、それほど気にせず進めた。探索魔法はそこまで珍しい物ではなく、魔法局の三人も使えるため、俺と魔法局組でローテーションを組んで探索しながら進んでいる。
それでも、大森林の魔物の時のように避けられないのは倒すという訳にもいかないので、多少進みは遅くなってしまう。
結局、魔族の国に着いたのは予定より少し遅れて昼を少し過ぎてからだった。
「少し予定より遅くなりましたが着きました。ここが魔族の国です」
「ローランさん、魔王がいる場所はわかっているのですか?」
「ええ、魔王は常に魔王城の最上階にいます。平原の魔王軍と合流したという情報はないので、まだそこにいるでしょう」
「ユウマさんの探索魔法は範囲が広いですし、探索しながら進みましょう。ここからは敵の本拠地ですから、平原の時以上に敵を避けて通るのが難しくなります」
ジェレールの提案で広範囲を探索しながら進む。魔力の温存と、探索範囲の都合上ここからは俺一人で探索を担当することになった。
敵らしき反応を回避しながら魔王城に近づき、魔王城が探索範囲に入った所で城全体を探索する。
「あ、まずい」
「どうしました?」
ついポロッと出てしまった言葉にジェレールさんが反応した。
「いえ、城の最上階付近に魔王らしき反応が見えたのですが……」
「良かった、やはりまだ平原には行っていなかったのですね……それがなぜまずいと?」
「どうやら魔王が探索に気付いたみたいなんです」
「そんなことあるんですか!?」
ずっと黙っていたケイナが驚きの声を上げる。
「それが、探索魔法を使って魔王の反応が見えた途端に反応が敵対に変わりまして。偶然とは思えないんですよね」
「確かに、それを偶然とするのは楽観的過ぎますね……」
ローランが眉間に皺を寄せる。
「ただ、現状何かする様子は無さそうですね。他の魔族を呼んでる訳でもないですし、最上階から動いてもいません」
「……変」
「そうですね。何か策があるのか……罠でも仕掛けてあるのでしょうか」
レイナが呟き、ジェレールも魔王の行動がわからないようで頭を捻っている。
「とりあえず、警戒しながら進むしかないんじゃないですか?」
相手がどう動こうと目的は変わらない。そもそも、何をしてくるのかわからないのだから考えたところで無駄に時間を消費するだけだ。元々強行突破が前提の作戦なのだから、ここは進む以外に無い。
「そうですね、元よりここから先は慎重に行くつもりだったのですから。奇襲ができなくなったのは痛いですが、仕方ありません」
ローランが指揮をとり、編成を決めていく。
「ここまでは私とレオンが前にいましたが、ここからは私とユウマを入れ替えます。罠のことを考慮すると探索魔法を使っている者が前に出ていた方がいいでしょう。戦闘時はいつもと変わらずユウマは中衛に戻って貰います」
「わかりました」
これまでも出来る限り戦闘は避けてきたし、ここからも可能な限りそうしていくのだから俺が前に出ている方が効率がいいだろう。罠を見つけた時にパーティーの進行を止めるのもその方が楽だ。
「一応、警戒もしておいてください。私の探索で引っかからない罠があるかも知れませんので」
皆が頷くのを確認してから、城の中へ入る。
城に入ってしばらく進んでみたが、特に罠が張ってある様子はない。
「何もありませんね……」
「そうですね、ユウマが探索魔法を使った時に敵対化したのがただの偶然だったのか、この先に大量の罠があるのか……」
「それとも、魔王が自分の力に相当な自信があるということでしょうか」
「ユウマさんの探索魔法に罠も敵も反応がないとなると……魔王に相当な自信があるというのが一番可能性高そうですね」
「とにかく先に進んでみましょう。一応、警戒は解かずに。私の魔法に引っかからない罠があるのかもしれませんし」
更に城の中を進んでみても特に罠はなく、魔族と出会う事もなく魔王らしき反応がある部屋の前までたどり着いた。
「……拍子抜け」
「だねー」
「二人とも、この先に魔王がいるかもしれないんですから油断しないように」
「すみません!」
「……ごめんなさい」
魔王らしき反応が部屋の中から動く気配はない。
部屋に入れば魔王との戦闘になるんだろうが……
まぁ、ここまで戦闘らしい戦闘もなかったので体力的な消耗はない。あえて言うなら警戒しながら進んでいたための精神的な疲労くらいだが、戦闘に影響がある程ではないので直ぐに突入できる。
「なぜ魔王が仲間を呼ばず、罠を張ってもいなかったのかが気になりますが……」
「そうですね。勇者殿、この部屋に魔王以外の敵や罠の反応はありませんか?」
「ありませんね」
「とにかく、考えていても仕方ありません。編成を城に入る前のものに戻して突入しましょう」
ローランは前衛に、俺は中衛に戻り戦闘の準備を始める。
「さてと、魔王の思惑はわかりませんが、行きましょうか」
「はい。レオンが先陣を切り、私が続きます。ユウマは後衛の守りを優先してください」
「では、訓練時と同様にレイナさんの防御魔法が発動してから動くという事でよろしいですか?」
「……合図が欲しい」
「では私が合図を出してから戸を開けます。団長と勇者殿は少し離れておいていただけますか?」
初動を確認し、皆息を整える。
レオンが手を挙げるのを合図にレイナが防御魔法〈防壁〉を発動すると、パーティー全員が淡く光り準備が整う。
直ぐにレオンが戸を押し開け中へ突入、ローランが後に続き、俺、ジェレール、レイナ、ケイナの順に部屋の中に入った。
そこは学校の体育館を思わせる広さで、天井も高く、奥の幾らか高くなった場所に禍々しく飾られた玉座が設置されている。
まさに魔王の間のイメージをそのまま現実に持ってきたような風景に……
「やっと来おったか」
ややそぐわない姿が……
「ずいぶん遅かったではないか。わざわざ兵士達を引かせておったというのに」
こいつが……魔王?
「とにかく、歓迎するぞ! 勇者パーティーの諸君!」
腰まで伸びた銀色の髪、頭には角、瞳は真紅に光り、玉座とマッチした禍々しい漆黒の服に包まれ……
少女が仁王立ちしていた。