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魔王は勇者の中にいる  作者: さかもときょうじゅ
六章 勇者と魔王と迷宮再び
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六十八話

 不意に口をついた。

 ユウマが口にした『あまり使えない』というのはそんな言葉だった。

 検証し、魔法を一度に二つまでしか吸収できず、放出する順番も制限されているらしいという結論を出したことで、ユウマの脳裏からポロリと漏れてしまっただけ。

 何のことはないただの感想。


「……今……何と言った」


 しかし、そのただの感想でしかない言葉にピニエールは怒りに震えた。

 いや、ただの感想だった()()ではなく、ただの感想だった()()なのだろう。


 自分が尊敬するボスから頂いた杖。

 自らの神からの賜り物。

 それを、悔し紛れの負け惜しみでも、恐怖からの逃避でもなく、ただの感想として侮辱された。

 その事実がピニエールの脳を焼く。


「え? なに?」


 しかし、ユウマにその怒りの発露の経緯は伝わらない。

 いきなりピニエールの雰囲気ががらりと変わった、ただその現象に困惑する。


「貴様、今、我が(あるじ)からの授け物を侮辱したのか? 我が神を侮辱したのか!?」


 ピニエールに、先程までの相手を小馬鹿にした空気はない。

 纏っていた黒いオーラもさらにドス黒く、封印前のエルが纏っていたものと同様なまでに黒く黒く染まっていく。


「なんだ? そんなにその杖が大事だったのか?」


 ユウマには理解できない。

 感情を精神強化というスキルで固め、ましてや転生者であることで本当の神という存在を実際に目にし、その神に対して感謝などの想いこそあれ、崇めるという感情を持たないユウマには、ピニエールの豹変が理解することができなかった。


 いや、頭では理解している。ユウマも頭では理解できているのだ。前世でもそういった人種は少なからずいたのだから。

 しかし、彼らの言うボスという存在がそこまで、精神を捧げるまでのものなのだということに理解が及ぶまでに時間がかかった。


(こいつらのボスってそんなに凄いやつなのか? ちょっと会話した感じだと小物っぽかったけど。

 そういや、前世でも普通の人間がまるで神みたいに崇められてることがあったな。あれの関係者に軽い気持ちで冗談を言ったせいで、殺されるかもってくらい睨まれたっけ。

 あれか? カリスマってやつか?)


 ユウマは、前世での経験と重ねることで現状を把握しようと頭を働かせる。


(こういう輩って、こうなると何するかわからないんだよなぁ)


 前世での記憶、先の狂信者ともいえる相手がその後にしてきたいくつかの嫌がらせを思い出し、眉を潜める。


「貴様のような下等な人族如きが我が神を愚弄するなど万死に値する! その命をもって償え!」


 ユウマが、『あー、面倒なことになった』と、今までの杖の検証に対して出していたやる気を削がれていく反面、ピニエールの怒りのボルテージは膨れ上がる。


「この杖の真の力を見せてやろう!」

「なんか、キャラ変わってるぞお前」


 ピニエールはユウマの愚痴に近い言葉には一切耳を貸さず、ただただ怒りに任せて杖の装飾である髑髏をもぎ取った。

 すると、装飾の下からはもう一つの魔核が現れる。

 その魔核は先の髑髏の瞳に嵌め込まれたものとはサイズも、輝きも違う。

 同じ魔物の魔核ではあるのだろうが、明らかに格が違って見えた。


「死ね! 下賤の人族!」


 そう言ってピニエールが杖を振ると、一筋の黒い光がユウマに差した。


「なんだこれ、光なのに黒い。黒いのに光ってる。変な魔法」

「これはこの杖に封じられた禁忌の魔法! 五百年前に生きたホワイトドラゴンが自らの核に封じていた、古竜をも殺す死の魔法だ! 人族である貴様に耐えられるのもではない!」


(へー、これがエルが言ってた即死系の魔法ってやつか)


 ユウマは、精神強化のスキルのおかげか、即死系の魔法の射程内にいても狼狽えることは無く、恐怖も浮かんでこない。

 むしろ、光の境目を触り、『おお、ちゃんと出られないようになってる』などと考える余裕すらあった。


(なんか、本当に人間辞めた感があるなぁ)


「我が神を侮辱したことを後悔しながら死ぬがいい! 愚かな人族の古き英雄!」


 魔法の発動が完了したのか、一層光が強くなっていく。

 そして、光で視界が満たされた瞬間、ふっと視界が暗闇へと変わる。

 黒いのに明るい、そんな不思議な状況から一転して暗黒。視界の全てが闇へと沈んだ。



(これが死か、前世では味合わなかったからな。始めての経験だ)


 ユウマは、即死の魔法によって暗闇に落とされた今でも然程の恐怖を感じなかった。


(……ん? なんでだ?)


 恐怖は感じない。

 しかし、そのこと自体に疑問を感じる。


(死後にまでスキルが関わってくるのか?)


 神にもらった精神強化のスキル、ユウマの記憶によればそれは造られた身体の方に備わっているもののはずだ。

 その身体を失ったはずの死後の自分が、何故死に対して恐怖を感じないのか。


(いや、死んだ後だからな。恐怖もなにもないか)


 ユウマが一人で納得しようとしたその時。


(死んでおらんからじゃ)


 脳内にエルの言葉が流れ込んでくる。


(おお、エル、死んでも俺の中に封印されてるのか。不憫なやつだな)

(馬鹿を抜かすな。恐らく、お主が死んだら妾も死ぬじゃろうよ。お主の中にまだ妾がいるのは、お主がまだ死んでおらんからじゃと言っておる)


 エルの声は、ただ脳内に流れているだけ。

 ただそれだけなのに、不思議とユウマは自分の頭を叩かれたように錯覚した。

 まるで冗談を払うツッコミのように。


(わかったわかった。

 なんだ、死んでなかったのか。ならこの暗闇はなんだ?)

(即死系の魔法〈死の陽光(デスサン)〉じゃな。妾が構築した最悪の魔法じゃ)


 死の陽光か、陽気なんだか陰気なんだかわからない名前だな。いや、(デス)ってついてる時点で陽光(サン)の方に陽気な要素は殆ど無くなってるけど……って。


(今、エルが構築した魔法って言ったか!?)

(うむ、妾が魔王として国を収めておる時にな、領地の近くでドラゴンが暴れておると言われて討伐しに行ったことがあったんじゃ。

 その時に構築してそのまま封印した魔法じゃな)

(……その時のドラゴンってまさか)

(魔法を使った後にわかったのじゃがな、ホワイトドラゴンじゃった。

 暴れ回って汚れておったせいでホワイトドラゴンの象徴である白い鱗が全く見えんかったのがいかんかったな)


 それってつまり。


(俺は今、五百年越しにエルの魔法を食らってるってことか?)

(……そうなるの)



「ふっざけんなー!」


 俺が心の声を口を通して張り上げたと同時に、目の前の闇が弾け飛ぶ。


 そして、目の前には目を点にして口をあんぐりと開くピニエール。

 その横にはこれまた目が点に……いや、白眼族である彼の瞳が点になっているかどうかは実際のところ分からないのだが、ピニエールと似た雰囲気を持ってこちらを見ているトリアン。


(なんだこの気まずい雰囲気)


 ユウマは困惑していた。

 自分に魔法を使ったピニエールが驚くのはまだわかる。倒したと思った敵が何故か死んでいなかったのだから。

 しかし、仲間であるトリアンまで何故そんな顔をしているのか……。


 いや、わかっているのだ。

 本当はユウマ自身も察しがついている。


 エルが昔使った魔法によって、何故か自分が攻撃を受けているという状況への怒りと、それを上回るような呆れの感情を言葉にした途端に開けた視界。

 死んだ筈の自分が生きていたのだから、喜んでくれてもいい筈のトリアンの呆気にとれた表情。


「聞こえてました? 叫び声」


 そう。

 魔法を破ったあの時の情けない叫び声、あれがピニエールやトリアンに聞こえていたとしか考えられない。

 トリアンからすれば、見知らぬ魔法に捕まったユウマが、おかしな奇声を発しながら、パーンとご開帳されたのだ。

 それはもう、呆気に取られた顔をするのも道理というもの。


 ユウマは、そのことを自覚し、トリアンの顔を再度確認、そして確信する。


 最終的に、自らの羞恥心の向かう先を見つけられずに身悶えるのだった。



——————



 なんてことだ。

 あの、人族とは思えぬ少年、ユウマと言ったか。

 人族を、いや、魔王をも超えているとまで思える力を持つ少年が死んでしまった。

 私を連れて帰るという我が家からの依頼を受けたばかりに、古竜おも殺しうるとまで言った訳もわからぬ魔法を受けて死んでしまった。


「私がこのような者達に捕らえられたばかりに」


 拳を地に打ち付けるも痛みはない。

 不甲斐ない。

 その気持ちが痛みを上回る。


 ただただ不甲斐ない。

 エリスマグナ家の次期当主として。

 護ることを誇りとするエリスマグナ家の一員として、ただ、不甲斐ない。


「護るべき己が護られ、そのような強き意志を持つ者を死なせてしまった」

「そう気を落とすものではありませんよ。弱者は強者に屈する他ないのです」


 怒り、そして悲しむ俺の心を蹴り飛ばすかのように、奇怪な格好の男が言葉を発する。

 その者の言う『弱者』という言葉を否定したくとも、結果がそれを阻む。

 事実、私は護られた。

 あの戦闘に私は手も足も出せなかった。

 彼の援護すらできなかったのだ。


 ただその場にいて、下手に動けば死ぬかも知れぬという思考に負けて逃げ出すこともできなかった。

 助けを呼びに行くことも、できなかった。


「さて、厄介な相手でしたが、ボスの命令は遂行できました。杖が壊れてしまったのも、この白眼族を連れて帰ればお許しいただけるでしょう」


 そうか、私も狙われていたのだ。

 命をではないが、ただの土産物として狙われていたのだったな。


「お前のような者の思い通りにはならんぞ」


 私は抵抗を試みるかのように振る舞うが、これはただの虚勢でしかない。

 護ることができなかった私が、自分自身に思い込ませるだけの、そんな虚勢。


 しかしそこには意地汚い計算もあった。

 先程までの攻防はあの杖あってのものだ。

 魔法を吸収するあの杖を失ったこの男ならば、私でも勝てるかも知れないという、本当に意地が汚い計算だった。


 だというのに、その計算もまた男の言葉で霧散する。


「上の部分だけでも取り外しておいて良かったです。これがあれば死の魔法以外の機能は使えますから」


 魔法の吸収がまだ使える。私にとって最悪の言葉だ。

 しかも、私の記憶が確かならば、あの魔核には少年の凄まじい魔法が吸収されたままのはず。

 私にはあの魔法を受ける力がない。


「そろそろ魔法の効果が切れる頃ですね。あの愚かな英雄の死体を回収して帰るとしましょう」


 絶望する私を捨て置き、男は自らが発動した禍々しい魔法の光の柱へと視線を移す。

 男の言葉に呼応するかのように、光の柱にひびが入り始めた。

 あれが砕けた時、少年の無残な姿が晒されるのだろう。


「この魔法、見るのも使うのも初めてですからね、ちゃんと死体が残っているのかどうか」


 さも心配そうな言葉とは裏腹に、楽しそうな顔で自分が使った魔法の成果を待つふざけた男。


 私は、ただそのひびが広がるのを見続けるしかなかった。

 護られ、そして護れなかった私が彼の死から目を背けるわけにはいかない。

 どんなに惨めな想いをしようと見届ける。

 それが、エリスマグナ家に産まれた者の、最後の意地だ。


 そして、ひびはみるみる広がってゆき、遂には弾けた。

 少年の怒りと呆れを混ぜ合わせたような言葉と共に。



……ん?

 言葉?

 少年の?


 困惑するトリアンの耳に次に入ってきたのは、ユウマが発する『聞こえてました? 叫び声』という、その場にそぐわぬ素っ頓狂な言葉だった。

 いつの間にやらポイントが100を超えていました。

 人気作品と比べてしまえば小さな数字ではありますが、三桁を超えたというように考えればなかなか大きな壁を超えた気分になれます。

 これも偏に、評価をくださった方、感想をくださった方、そして、本作品を読んでくださっている皆様のおかげです。

 ありがとうございます。

 今後も、皆様に読み続けていただけるよう、気合を入れて書いていく所存です。どうぞよろしくお願い致します。


 誤字脱字等ございましたらお知らせください。

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