六十六話
「いやぁ、狩った狩った」
「うちもう疲れた」
「当分の間肉には困らんじゃろ」
カウ種のみが出現するようになる十〜十二階層、このちょっと特殊な階層を俺達はくまなく捜索してカウ種を思う存分狩り続けた。
十二階層での狩りが終わった現在では、百頭を超えるスモールカウと二十頭程のハイカウが俺のマジックボックスに収納されている。
流石にやりすぎかとは思ったのだが、果物と違って魔物を狩る量に上限がなかったことと、なによりもアリシオーネさんからの許可があったことでこんなことになってしまったのだ。
管理してる側から許可が出たうえでなお自重するようなメンバーではない。
ちなみに、カウ狩り尽くしツアー開催の条件としてアリシオーネさん達エリスマグナ家に、狩ったカウ種の三割を譲ることになっている。アリシオーネさんから『いくらか買い取らせて欲しい』という依頼に近い話をされ、どうせ上限がなくなればここにいるカウ種を狩り尽くすことになるだろうから、果物狩りで融通してもらった件のお礼も兼ねてプレゼントしてしまおうという事で満場一致した結果だ。
それがあるからか、階層内から魔物が消え去るという惨状を前にしてもアリシオーネさんはホクホク顔をしている。
まぁ、十から十二の三階層すべてのカウ種を狩り尽くしたことでカウ肉は腐る程ある。マジックボックスに入れとけば実際には腐らないけど、しかし腐る程ある。
これだけあれば、多少あげてしまっても全く問題はない。
「それにしても、この量の三割って消費しきれるのか?」
「流石に想定外の量ですが、我がエリスマグナ家の結界魔法にかかれば問題などありません」
「ああ、そういえばお主らには〈保存結界〉があったの。妾の城にもあったが、あれは便利な魔法じゃ」
「大魔王様はご存知でしたか。旧魔王城であれが使われていたというのは初めて知りました」
「妾には使えんから、効果が切れる度にエリスマグナの者に張り直しに来てもらっておった」
「最近は魔法陣への変換に成功し、魔力の補充だけで維持できるようになったんですよ」
保存結界魔法。
結界内の物質の劣化を極端に遅くする魔法なんだそうだ。
エリスマグナ家の屋敷にはその魔法が張られているため、今回のカウ肉も問題なく保存が可能ということだ。
エリスマグナ屋敷が魔族王国に果物を定期的に出荷するのに非常に重宝しているとアリシオーネさんが自慢げに教えてくれた。
保存結界魔法かぁ、正直、マジックボックスがあればあまり必要ない気もするけど、せっかくだから教えてもらえないだろうか。なんて考えていたら、エルから脳内で『魔法陣を見られれば使えるようになるはずじゃ』と言われたので、倉庫の見学をアリシオーネさんにお願いしてみたら、多分大丈夫だろうと言われたので、間接的に魔法を教えてもらったことになる。
カウ肉もいっぱい譲ることだし、これくらいなら許されるだろう。
(にしても、魔法陣を見るだけで使えるようになるなら、なぜ、発動している瞬間まで見た空間転移の魔法は使えないんだ?)
(魔法を見たのと、魔法陣を見たのとでは意味合いが全く違う。
魔法を見ただけで原理を理解できるわけではないのじゃろう)
そういうもんか。
でも、見ただけで真似できる魔法もあるんだけどな。
これが『魔法を使うことと作ることの差』ってやつなんだろうな。多分。
(いや、それは多分お主の知識内にあるかないかじゃろうな。
見ただけで使えるようになった魔法は、単純にお主の知識内に最初からあったというだけのことじゃと思うぞ)
(なるほど、思い出してただけってことか)
などと、脳内会議にて神様がくれた魔法知識についての考察をしながら、俺達は子供魔王達と共に次の階層への下り口へと向かって歩いていく。
この迷宮の下り口は小屋だ。暗がりの洞窟の迷宮と違い、階層内の何処かに建っている迷宮に入って最初に見た小屋と同じ建物に入ることで次の階層へと進める。
そんな感じなので、正直『階層を下りている』という感覚は全くない。どちらかといえば階層間を移動していると言った方が感覚としては正しい。
それに、扉を開いたらそのすぐ先に次の階層が広がっているので、『小屋に入ってる』という感覚すらない。
「本当に不思議空間だな、迷宮って」
「兄はその不思議さに魅了されてたようです。いつも、迷宮について楽しそうに話しています」
「それもう研究家というより愛好家に近いな。迷宮愛好家と名乗った方が正しい気がする」
「そういう側面があることは否定できませんが、やはり主となっているのは研究ですからね。全部含めて迷宮馬鹿というのがしっくりきます」
「自分の兄に対して辛辣だな。そういや、屋敷にいた時と呼び方変わってるし」
確か、屋敷でトリアンさんのことを話してた時は兄様と呼んでいたよな。
「両親の前でしたからね。普段もあの呼び方をするというのは少々恥ずかしいです」
家では『お父さん、お母さん』なのに、友達の前だと『親父、お袋』に変わるあれみたいなもんか。
「お、次の階層への小屋があったぞ」
階層毎の移動に使う小屋の場所はマルクルさんに借りている地図に書き込まれているので、探索魔法を何度も使わなくても見つけるのは難しくない。
ただし、正確な地図があるのは二十五階層までだ。それ以降の地図には階層の大まかな状況しか書かれておらず、四十五階層を超えるとその大まかな地図すらないので、自力で探すことになるだろう。
できればその前にトリアンさんを見つけ出したいところだが、彼はどのくらい進んでいるのだろうか。
アリシオーネさnが言うには、彼がこの迷宮に入ったのが昨日なので、そんな下の階層までは行ってないと思うんだが。
カウ種狩りが終わった際に自己申告があった通り、子供魔王は結構消耗してしまっていたため、俺達は次の階層に行く前に小休憩を取ることにした。
安全策ってのは取れるだけ取っておいて損はない。
休憩に際してジェレーナが持参していた虫菓子とお茶が振る舞われた。菓子と言っても、素揚げした昆虫に砂糖のようなものをまぶしただけの物らしい。
素揚げに砂糖をまぶすだけ……つまり、虫の形がそのまま残っている食べ物だ。
申し訳ないが、俺は遠慮させてもらった。今回は予め『食べる』と公言していたわけでもないし許されるだろう。
瞳が白い以外は普通の人族と変わらないアリシオーネさんが虫をパリパリと咀嚼している姿というのもなかなか奇妙な光景だ、とか考えながら飲んだお茶だったが、何故か美味しかった。精神強化のスキル様様だな。
そうして休憩を終え、次の階層へと向かう。
地図によると、次の階層で出るのはハイゴブリンとゴブリンオーガというどちらもゴブリンの強化版のような魔物だ。
ゴブリンオーガという魔物は、その魔物の研究によってゴブリンがオーガに進化する個体であることがわかったという逸話を持つ、迷宮研究家の中でも有名な魔物である。というのが、迷宮研究家を兄に持つアリシオーネさんの説明だった。
俺の知識にゴブリンオーガという魔物はいない。多分、ゴブリンがオーガに進化するということがわかって改名でもされたのだろう。
話を聞いた感じ、俺の知識内で近い魔物だとグランドゴブリンあたりだろうか。
だとすると、普通のゴブリンからカウ種ときて、突然強くなったものだ。
ゴブリンの討伐ランクはDマイナス前後、コボルトやスモールカウがD前後といったところで、ハイカウでもCマイナスに届くかどうかって程度だが、グランドゴブリンの討伐ランクはCプラスとされている。
今までの階層はCランクの冒険者パーティーであれば余裕を持って進める難易度だったのに対して、この先からは同ランクのパーティーでも数パーティーで挑む必要がある。
「なんか、難易度調整間違えてないか?」
以前、エルが『迷宮は冒険者の育成に最適な形になってる』みたいなことを話していたのを覚えている。
この難易度の変わり様はその言葉に反しているとしか思えない。
「ユウマさんが言っているのは、迷宮の性質についてだと思いますが、実はそう間違えてもいません。次の階層から出現する主な魔物はハイゴブリンですので。ゴブリンオーガの出現も確認こそされていますが、そう頻繁に遭遇することはないんです」
「階層主のようなものか」
「正確には違いますね。どちらかというと徘徊主に近いでしょうか」
徘徊主はデーヴァン図書館で魔物の解体について調べてた時に少しだけ読んだので知っている。
確か、徘徊主というのは、その階層内を徘徊しているちょっと強い魔物の総称だったはずだ。
何故か階層内の魔物の強さを超えた魔物が階層内を歩き回っていることがあり、その魔物に出会った時は基本的に逃げることが推奨されている。
迷宮都市にある迷宮には、Cランクの魔物がメインの階層に何故かドラゴンが出るなんて所もあるそうだ。
しかも、徘徊主の中にはその迷宮の迷宮主より強い魔物が出ることすらあるとか書いてあった。
「なるほど、迷宮のギミックみたいなものか」
「そうですね。そう考えていいと思います」
「しかし、そうだとすると説明できないことがあるぞ」
階層の移動を完了し、アリシオーネに説明を受けながら階層内に探索魔法をかけていた俺に一つの疑問が浮かぶ。
「何故この階層にグランドオーガがいるんだ?」
「グランドオーガ!?」
この階層で俺の探索魔法にかかった魔物は三種類。
そのうち一つがハイゴブリンでこれは地図にあった通りだ。
もう一つはグランドゴブリン、これがやはり現在ではゴブリンオーガと呼ばれている魔物なのだろう。確かに広い階層内で一体しかおらず、なんか適当に歩き回っている。先程の話にも合致する。
そして最後がグランドオーガだ。こいつは討伐ランクBマイナスのかなり強力な魔物だ。俺はてっきりこいつが図書館で読んだ徘徊主ってやつなんだろうと思っていた。
「しかも、近くに誰かいるな。襲われてるのか?」
「トリアン兄様っ!」
「ああ、確かに白眼族っぽいな」
探索魔法の反応では、現在、グランドオーガと誰かが対峙している。
距離があるのではっきりとはわからないが、確かに白眼族っぽい感じがする。この迷宮内で幾度か使った探索魔法でアリシオーネを探索した時と少し似ているような気がしないでもない。
「とにかく、俺は襲われている人を助けに行こう。
エル、子供魔王達を頼めるか?」
「妾が行っても良いぞ」
「子供魔王の担当はお前だろ?」
「……そうじゃった」
「それに、グランドオーガは俺にご執心みたいだしな」
幸い、さっき使った探索魔法に反応してグランドオーガの注意が今は俺に向いている。
ついでに、襲われている人の注意もこっちに向いちゃってるけど。
「じゃあ、ちゃちゃっと行ってくるわ」
「兄をお願いします」
「わかった」
「オーガ系は美味くないからの。素材にすることだけ気をつければ良いぞ」
「え? なに? どうしたの?」
俺達に続いて階層を移動してきたら俺が唐突に別行動をしようとしている、という状況に困惑している子供魔王への説明は、あまり役に立たないアドバイスをくれたエルに任せて、俺はグランドオーガと対峙してる者を助けに向かう。
現在は標的が俺に変わっているから大丈夫だが、いつまた標的を変えるかわからない。できる限り急いだほうがいい。
この階層は草原と森林を複合したような地形らしく、幸運なことにグランドオーガがいるところまでに障害となる木々は生えていない。一直線に向かうことができる。
俺は飛翔魔法を使い最速で目的地へと飛んでいく。
結局、その場に飛んでいくまでの間にグランドオーガの標的が変わることはなく、トリアンさんらしき人物が襲われることはなかった。
「良かった。無事そうだな」
俺は飛翔魔法を解いて、こちらを注視している一人と一体との間に着地する。
「トリアンさんですか? エリスマグナ家に依頼されて迎えにきました。敵ではありません」
予想通りというかなんというか、探索魔法でもわかっていたのだが、トリアンさんは完全に俺に対して敵対してしまっていた。
確か、白眼族は魔法に長けてる種族らしいからな。アリシオーネもそうだったように、探索魔法に込めた魔力を感じ取って脅威に思っているんだろう。
「え、ああ、そうっす。助けてほしいっす」
頭に布を巻いた一見すると普通の人族にしか見えない男性は、俺の言葉で多少は信用してくれたのか、少しだけ警戒を解いてくれた。
やはり、彼がトリアンさんで間違いないようだ。
(エル、トリアンさんは無事だったぞ)
(そうか。さっさと片付けて戻るぞ)
(了解)
いくらBマイナスの討伐ランクを持つ強力な魔物だっといっても、エルから『ドラゴンでも簡単に倒せるだろう』と評価を受けた俺の敵ではない。
「トリアンさん、俺の後ろに隠れててください」
「すまないっす」
にしても、トリアンさんって考えてた人物像と結構違うな。次期当主って肩書と迷宮に一人で出入りしてるって情報だけで、もう少しごつい人をイメージしてた。
顔も屋敷で会ったエリスマグナ家の人達とあまり似てないし、それに瞳も白くない。
外国人の見た目を区別しづらいみたいな感じで、他の種族の人ってのは見分けが難しかったりするんだろうか。
トリアンさんを自分の背後に隠れさせ、俺はグランドオーガと対峙しながらそんなことを考えていた。
すると、脳内にエルの言葉が響く。
(今なんと言った!)
(いや、見た目で区別しづらいもんなんかなって。もしかして、こういうのって差別とかになるのか? そんなつもりなかったんだが、他では言わないように——)
(そうではない! 瞳じゃ、瞳が白くないと考えておらんかったか!?)
(え、まぁ、ぱっと見では白く見えなくもないけど、完全な白ではなかったな)
彼の瞳は灰色をしていた。
白に近い灰色って感じではあったが、白かったと言い切ることはできない色だ。
(なんだ? それがまずかっ——)
(違うっ! 白眼の者は混血でもない限り瞳に白い膜がかかっておる! 例外無く瞳の色は白い! トリアンの両親はどちらも白眼族じゃ、その者はトリアンではないぞ!)
「え、じゃあこの人は」
俺はエルの言葉に困惑し、背後の男に視線を移す。
すると、そこには手に魔法陣が描かれた板を持った三つ目の男がいた。
「あれ? バレたっすか? まぁ、俺は目、白くないっすからね。むしろ、なんで勘違いしてくれたんだかわからないくらいっすよ。まぁ、やりやすくて良かったっすけどね」
男がそう言うと同時に魔法陣が光を放ち始める。
すると、俺と男の足元に闇が広がり、俺達を飲み込み始める。
「これ、転移魔法か? ってことはお前は旧魔族派ってことか」
「ちょっと違うっすけどね。現状では正解ってところっす」
(魔法妨害は……発動を遅らせても動けそうにないから無駄だな)
この魔法は発動から転移までの速度がなかなか速い。
しかも、込めた魔力の量によってそこも短縮できるようだ。
既に胸の辺りまで飲み込まれてしまっている。
「どこに連れてくんだ?」
「この迷宮の三十階層っす。そこで待ってる人がいるっすよ」
「ボスってやつか」
「違うっす。ピニエールって頭おかしい人っす」
そんなに遠くまで飛ばされるわけでもないし、なんらかの罠の中に行くってわけでもなさそうだ。
(すまんエル。俺はこのまま転移してみる。この三つ目を倒しても転移魔法は止まんないみたいだし)
(まったく、油断が過ぎるぞ。即死系の魔法が使える者だったらどうしたのじゃ)
(俺、そんなんで死ぬんかな。神様曰くほぼ不老不死らしいけど)
(それが油断じゃと言っておる)
そんな会話をしている間にももう頭まで飲み込まれそうだ。
(わかったわかった。そっちは頼むぞ。グランドオーガは残ったままだからな)
(うむ。良い土産を貰ったしの。グランドオーが如き、余興じゃ)
それも油断なんじゃ、とは思ったが、口にはしない。
(聴こえておるぞ)
エルのその言葉を最後に俺は転移魔法の闇に飲み込まれた。




