六十四話
「カンシボウエイの魔法ですか、その魔法も聞いたことがありません」
「ユウマが考えて妾が構築した新しい魔法じゃからな」
「それはどのような魔法なのですか? お話いいただける範囲で構いませんので、お聞かせいただけないでしょうか」
「構わんぞ。今回作ろうとしておる魔法はこの魔法を基盤に新しく構築するんじゃ。どうせ全て話す必要がある」
エルはそう言って監視防衛魔法について簡単に説明し始める。
〈監視防衛〉という名の新魔法。これはこの街に来る直前に俺達が作り出した魔法だ。
作ったと言っても、一から捻り出したわけではなく元々ある魔法を組み合わせたものなのだが。
監視防衛は、〈防壁〉の魔法に〈二重封印〉と〈探索〉の魔法を組み合わせてある。
防壁魔法に二重封印の感知遮断効果と探索魔法の索敵効果の掛け合わせることで、発動範囲外からの監視や盗聴を防ぎながら、特定の者への敵意を判別できる壁を作り出すというものだ。守りの対象となっているものに対する攻撃に反応して自動的に防壁魔法を展開する機能まで付けてある。
悪意がなく魔法が反応しない、所謂事故や災害の類には弱かったり、発動時の魔力を大幅に超えた攻撃には耐えられないなどの欠点はあるが、十分実用性のあるものが作れたと思っている。
作ったのはエルだけど。
俺達はこの街の迷宮で魔道具を作る素材を集め、監視防衛魔法を使える魔道具にして子供魔王にプレゼントする予定だった。
「この魔法じゃがな、この街に来たことで結界魔法を使った方が実用に適しておるのではないかと気付いて、改良を考えておったのじゃ」
「確かに。説明を聞いた限りですとかなり広範囲に使用することを想定されているようですし、そうなると結界魔法の方が適しているように感じますね」
「結界魔法を基盤とすれば〈魔法反射〉を混ぜ合わせることも出来るかも知れん。防壁魔法じゃと広範囲になる程効力が下がるという特性が重複してしまい、碌な効果が出んじゃろうと諦めておったが」
防壁魔法は守る範囲が広がれば広がるほど強度が下がる。
そして、エルが今回使おうとしている魔法反射魔法もまた、範囲を広げれば広げるほど反射できる魔法の魔力量が下がってしまう。街や都市といった規模の範囲で使用した場合、子供が使った炎魔術すら反射できなくなる可能性もある。
監視防衛魔法では、街自体位の守りよりも、防御効果を対象を守る場合に発動する防御魔法に特化することで、消費魔力を抑えながら防御力を維持するような仕掛けにしていた。
「魔法反射については実現できるか怪しくなってしもうたが、監視防衛魔法に結界魔法を組み込むだけでも街を守るという名目では十分役に立つじゃろう」
元より、この街の結界には防壁魔法が組み込まれているらしいし、それに範囲を広げても問題がない二重結界あたりは混ぜても何ら問題はないだろう。
探索魔法は範囲を広げるのに消費魔力が増えそうではあるが……こればかりは実際に構築してみないと分からない。しかし、エリスマグナ家が長年研究していた防壁魔法の効力を下げないバランスが役立つ筈だ。
「そうですね。とても面白そうです。この歳で新しい魔法の開発をすることになるとは思いませんでした」
「……あなた、私も参加していいですか?」
「大魔王様、よろしいですか?」
魔法開発への参加を申し出たのは、マルクルさんの隣で静かに話を聞いていたマルクルさんの妻アレイナさんだった。
「構わぬ。こちらでも数人参加させるつもりじゃが、基本的に参加する者はお主らで決めてよい。人手があって困るものではないからの。
ただし、わかっておるとは思うが、信用できる者ではなくてはならんぞ」
「はい。その点は重々承知しています。こちらからは私とアレイナ、アリシオーネだけにしましょう。トリアンがいないのが悔やまれますね」
「兄様はまた迷宮に行っているのですか?」
「あの子は一度迷宮に入るとなかなか戻ってきませんからね。あなたからも一度注意してやってください」
「トリアンにはトリアンなりの考えがあるんですよ。次期当主としての自覚はあるのですから大丈夫です」
話の内容からしてトリアンというのがアリシオーネさんのお兄さんで、マルクルさんがこの街の結界を張れなくなった時に引き継ぐって言われていた人なのだろう。
確かに、結界を引き継ぐような人には今回の魔法開発に参加させたいだろうな。
「エルさん、うち達も迷宮に行く予定だったし、トリアンさんも探してきてあげたらいいと思うんだけど」
「ふむ、確かにそうじゃな。ユウマ、どうじゃ?」
「俺は別に構わないぞ」
どうせ、俺が魔法の構築で手伝えることなんてないからな。
「ありがたいお話です。お手間を取らせてしまい申し訳ありません」
「よいよい、エルキールの言った通り元より行く予定じゃった場所じゃ」
「むしろそっちの方が本来の目的だしな」
「ではお言葉に甘えさせていただきます。新魔法については皆様が戻られてから改めて。
迷宮に向かわれるのであれば地図をご用意しますので少々お待ちください」
マルクルさんはそう言うと、アレイナさんを連れて部屋から出て行った。
「なんか、マルクルさんは物怖じしない人なんだな。エルに対して変に畏る様子がなかったぞ」
「妾はその方が気楽でいいがの。そもそも、魔族やそれと交流のあるもの達にはそのような者が多いように思うの。性質じゃろうか」
「うーん、マルクルさん、十分緊張してたと思うよ。うちが何度か来た時はもっと砕けた感じだったし」
「そうですね。父は元来もう少し軽い人ですから、やはりエルフェルタ様とお会いするのに緊張していたのだと思います」
あれで緊張してたのか。
誤魔化すのが上手いと言うかなんと言うか……緊張しているようには全然見えなかった。
「多分、魔法構築の作業になったら母と共に大はしゃぎし始めると思いますよ」
「いや、全然想像できない」
「そうでもないぞ。アレイナと言ったか、アリシオーネの母親が魔法開発を手伝いたいと言い出したときの顔は幼子のそれじゃった」
そういえば、マルクルさんも新しい魔法の話になった途端に目を輝かせてたな。
「父も母も魔法や魔術の研究が趣味のような人達ですから」
「なら、早くアリシオーネさんのお兄さんを連れてきて魔法開発を初められるようにしてあげた方がいいな」
「カウ種の肉はちゃんと刈るがの」
まぁ、元々の目的はそれだしな。
俺もカウ種の肉を放っておいてまでアリシオーネさんのお兄さん探しをしようとは思わない。
「刈るといえば。アリシオーネさん、迷宮の果物って採っても大丈夫ですか?」
「ああ、はい。あまり多くなければ問題ありませんよ。厳密に上限を決めているわけではありませんが、個人で持ち帰ることができる程度を目安にしています。大体、一人十個くらいまでなら許可していますね」
一人頭十個ってことは俺とエル、子供魔王とジェレーナで合計四十個くらいまでなら大丈夫ってことか。
いや、流石に子供魔王達の分まで俺達が持って帰るわけにはいかないし、二十個くらいって考えた方がいいな。
「二十個も持って帰れるならお土産にしても良さそうだな」
「そんなに食っては腹を壊しそうじゃしな」
魔力体であるエルが腹を壊すかどうかは置いておくとして、とりあえずお土産にすることに反対では無いようだ。
「お待たせしました」
食事処で出てきた何種類かの果物のうちどれをお土産にしようか、なんて話をしていたところでマルクルさんとアレイナさんが地図を持って戻ってきた。
「この地図があれば、二十五階層までは迷わず降りられます」
「トリアンさんがどの階層にいるかというのは、ある程度予想できませんか?」
「闇雲に探しても見つけられんかも知れんしな」
「トリアンは迷宮研究家を名乗る程の迷宮好きですからどこにいてもおかしく無いですね」
迷宮研究家ってのは聞いたことのない単語だな。言葉通り迷宮を研究してる人ってことなんだろうけど、俺の知識にはそういう人達に対する明確な呼び名は無い。
俺の知識にないってことは、少なくとも人族の中では迷宮研究家と呼ばれる者はいなかったってことだ。
「兄様は、最近フォレスト種の研究を始めたと言っていましたので、三十階層あたりにいるのではないかと思いますが」
「ということは地図の範囲外だな」
「四十階層まで地図はありますが、二十五階層以下はあまり正確なものではないので持ってこなかったのですが……トリアンはそんな所まで行っていたのですか」
「ここの迷宮の安全圏は四十五階層って話だったけど」
「最近は迷宮に入る者をだいぶ制限しておりましたから」
実力のある者を厳選して入れていたから、安全に戻ってくる階層は深くなってるけど、それに対応できる人自体はそう多くないってことか。
安全圏って言葉の意味があまりないな。
「兄様は冒険者でいうところの中級くらいの実力はありますから、安全圏の四十五階層までは問題ないでしょう」
「しかし、そうなると探すのはちと手間じゃな」
「まぁ、本人が大丈夫ならどうにかなるだろ。迷宮内を全て探すってんじゃないんだし」
「私も大体の検討はつきますので案内します」
結局、案内人としてアリシオーネさんも付いてくることでこの件は解決。
その後、念のため不完全な二十五階層以下の不明瞭な地図も受け取り、俺達はジェレーナと合流しつつ、迷宮へと潜るべく屋敷を後にする。
マルクルさん達から子供魔王は屋敷に残ったらどうかとの提案もあったのだが、子供魔王自身が断ると、彼らも深く進めてくることはなかった。
アレイナさんなんかは最後まで気にしていたようだが、『魔王は力の象徴』という考えがあり、その魔王本人が行くと言った以上、それを否定すると角が立つ。だから見送るしかなかったのだろうというのがエルの私見だ。
「元々、うちが迷宮についていくことが王国が許可を出す条件だったしね」
「そうですね。エル様と共にいた方が安全だと思いますし、賢明なご判断だったと思います」
「子守と人探しを並行することになるのか」
「問題はあるまい。迷宮の魔物程度ではさほど困りはせんじゃろう」
「でも、人探しの方は最深部に行けないってデメリットはあるぞ」
トリアンさんを迎えにいくということになれば、見つけた後は地上に戻る必要があるだろう。
「そうじゃったな……新しい魔法の開発を終えた後にでももう一度入らせてはもらえんじゃろうか」
「大丈夫だと思いますよ。実力に問題はありませんし、いくつかの依頼を受けていただけるのであれば、むしろこちらからお願いしたいくらいです」
「そうか! ならば気兼ねなく行けるの」
アリシオーネさんの言葉で元気を取り戻して先をゆくエル。
俺としては、いくつかの依頼ってのが気になるんだが……まあ、トリアンさんを探しにいくことは決定してしまっていることだし、とやかく言っても仕方ないか。
迷宮の入り口に向かうまでの間には二箇所の検問所のようなものが設置されていた。
アリシオーネさん曰く、一個目の検問所に特殊な結界が張られていて、その結界で白眼族からの許可を得られてない者を識別し、許可のない者を二個目の検問所でとらえる仕組みなんだそうだ。
今回は、白眼族であるアリシオーネさんが付いてきているので問題なく通り抜けることができた。
残念ながら、特殊な結界とやらの詳細は教えてもらえなかったが、迷宮の守りの重要点なのだから当然か。
「ここがエリスマグナ屋敷の迷宮です」
アリシオーネさんが指差す先にあるのは、小さな建物。
一見するとただの倉庫なのだが……これが迷宮?
「ここには認識阻害結界が張られています。外見はただの倉庫に見えるはずです」
認識阻害? つまり、元の物を別物に見せてるってことか?
そんな魔法俺の知識にはないな。結界魔法と同様にエリスマグナ家しか知らない魔法ってことだろうか。
かなり便利そうな魔法だし、是非教えて欲しいところだが……。
「無論、門外不出の魔法です」
だよな。
「倉庫に偽装していますが、普通に出入り口から入れます」
「それあんまり偽装の意味がなくないか?」
倉庫の周りには他の建物なんかないので、迷宮の存在を知っている者が来た時に不思議に思いはするだろうが、そのまま倉庫の中に入っていっていってしまう。迷宮に対する守りにはなっていない。
「そうですね。意味はありません。これはどちらかというと我が家の力を誇示するための結界ですね。正直、検問所に張っている結界で侵入などは殆ど不可能ですので」
「そんなことにも魔力を割いてるのか。大変だな」
「そうでもありません。この結界自体は魔力効率がいいですし、魔道具を作って魔核で運用していますから」
それ、その魔道具が奪われたら門外不出が危ぶまれる事態にならないか?
「なんでもいいから早く行こう」
「エルキール様、知識は重要です。何事からも吸収するつもりでいてください」
「門外不出らしいから学べないけどな。とにかく行くか」
そうして、倉庫にしか見えない建物の扉をくぐり、俺達はエリスマグナ屋敷の迷宮へと足を踏み入れた。




