六十三話
「名物というだけあって、迷宮由来の食事ばかりだったな」
「カウ肉のステーキは美味かった。迷宮に行ったらカウ種の肉は多めに確保しておきたいところじゃな」
王国魔族団の待機所を出た俺達は、ウェルーニアさんに教えてもらったお店を無事に見つけ、食事を堪能した。現在は店を出て、約束通りエリスマグナ家の屋敷へと向かっているところだ。
「うちはやっぱり食後のデザートが一番美味しかったと思う」
「ああ、あれも美味しかったな。ジェレーナがおすすめするだけはある」
「この街の果実類は王国のエルフたちからも人気が高いですからね。間違いはありません」
そういえばエルフは果物が主食なんだっけ。
「なら、いくつか買ってマリアナへの土産にでもするか。ヤウメルの件で世話になったし」
「その件の恩はちゃんと返したじゃろ」
「そらまぁそうだが……冒険者としてギルド長のご機嫌をとっておいて損はないだろ?」
「なら、うちの城の人達にもお土産買っていきたい」
「荷物が多くても、ユウマさんのマジックボックスなら運べますしね」
完全に荷物運びみたいな扱いだが、まぁマジックボックスに入れてしまえば重さもないわけだから、ここは便利使いされてあげよう。
ただし。
「有料な」
「えー、ユウマはケチだね」
「冗談だ。どうせ魔族王国には寄ってから帰るから、そのついでで運ぶよ」
とはいえ、マジックボックスという需要のあるものをあまり安売りしないほうがいいと思っているのは確かだ。
デーヴァンの商人ギルドのギルド長から何度か商人にならないかと誘われていることから、俺のマジックボックスの有用性は十分把握している。
というか、商人、特に行商人あたりには確実に需要がある能力だろうということは、素人の俺でも安易に想像できることだけどな。
ジェレーナがこの街の名物として果物を挙げた理由が"鮮度の違い"だったことからしても、超容量かつ鮮度が落ちないマジックボックスなんてものがどれほどの利益を生むか……。
まあ、現状はお金に困ってないから行商人の真似事をする気はないが。
「そもそも、果物類も妾達で迷宮から採ってくればよかろう」
あ、確かに。
自分達で調達してしまえば、わざわざお金を出して買う必要はない。
「エル様、それはあまりおすすめできません」
「え? なんでだ?」
「ユウマさんは迷宮の魔物や植物の再出現期間については知りませんか?」
「再出現時間? ……ああ、そうか。思い出した」
「ご存知なら何となく想像できると思います。迷宮の魔物は倒しても数日程で新しく出てきますが、植物は普通より幾分か成長が早いだけに過ぎません。そのため、好き放題に採取してしまうとすぐに採り尽くされてしまいます」
ジェレーナに言及されたことで、俺の中にインプットされたこの世界の知識にある迷宮の仕組みを思い出した。この知識、思いだそうとした内容しか出てこないからちょっとだけ不便なんだよな。いや、知識が一切ない状態と比べれば天と地程の差があるんだけどさ。
ちなみに、俺が『思い出した』と言ってもジェレーナが説明をしたのは子供魔王のためだ。俺に説明するていを装い、さらっと勉強させようという魂胆だろう。当の子供魔王が『へー、なるほど』と頭を上下させているので、ジェレーナの目論見は成功と言っていい。
「そういえばそんな制限あったの。忘れておった」
エルさんの知識は引っ張り出さなくても出てくるはずなんですがね。
「殆どの場合、迷宮の植物に関しては、そこを管理している国や領主と、その者に認められた者以外は無闇に採取してはしないようにとしていると聞いています。ユウマさんのマジックボックスで持ち出し自体はバレないでしょうが、やはりあまりおすすめはできませんね」
「俺の知識だと、個人で食べる程度ならば許される場合が多いってなってるんだが」
「管理している者次第ですね。エリスマグナ家は『あまり多くなければいい』としていた筈です」
屋敷に行ったら確認しておこう。
大丈夫だったら迷宮で本当に採りたての果物が食べられるし。
マリアナへの土産に採りたてが入るかどうかは制限の内容次第だが。
「つきました。ここがエリスマグナ家です」
会話をしているうちに目的のエリスマグナ家の屋敷へと辿り着いた。
「はー、近くで見るとまた立派な屋敷だな」
「ここは昔とあまり変わっておらんな」
「外見はあまり変えないようにしているそうです。この街の顔としてあり続けるという意思表示なんだとか」
「不変のものってのは、それがあるってだけで威厳を感じるもんだ」
「外見を変えない程度の改装は結構しているみたいじゃがな」
エルの情緒のかけらもないコメントは無視することにしよう。
「一時期、お屋敷の改装費用で街の住人と揉めたこともあったそうですよ」
ジェレーナの言葉も無視しよう。
「うちはもっと可愛くしてもいいと思う」
「お前らなぁ」
どうしても無視させてくれないらしい。
「風情ってもんがあるだろ。多少朽ちてるところとか、少し古いデザインだとかにさ」
「ユウマは古いという言葉だけに流されておるな。
その風情が改装することによって無くなっておると言っておるのじゃ」
「うちはもっと可愛くしてもいいと思う」
「こやつ以外はな」
ん? そういやそうか。
「確かにそうだな。前言撤回。この屋敷に情緒はない」
「人の家の前で自宅を批判される側の身にもなってください」
俺の言葉に帰ってきたのは女性の声だった。
「えっと、アリシオーネさんだっけ?」
「はい。この情緒のない屋敷の住人の一人、アリシオーネ・エリスマグナです」
ふむ。
聞かれてた。
しかも、多分聞かれてたのは俺の言葉だけだ。
「申し訳ない」
「あ、いえいえ、こちらこそすみません。別に怒っているわけではないんです。というより、私達も同じような気持ちですし。
この屋敷を大々的に改装したのは私の曽祖父の代でして、当時は結構問題になったみたいで、この話題は冗談として使われることがあるんです。ユウマさんが人族だということを忘れていました」
なんつうブラックジョーク。
魔族王国と友好関係にある人達を怒らせたかと思ったぞ。面倒なことにならなくてよかった。
「でも、私達はこの屋敷に誇りを持ってもいます。問題こそありましたが、この街を長年守り続けてきた象徴でもありますから。
ですので、この冗談はなかなか使いどころが難しいんです。気を付けてくださいね」
今後はこの屋敷の悪口を言わないようにしよう。
いや、ていうか、エル達がいらんこと言わなければ俺は『この屋敷は風情があっていい』って思ってたんだけどな!
「エルフェルタ様、先程の魔法反射魔法については父に話をしておきました。宜しければ詳しく聞きたいとのことです」
「初めからそういう話じゃったしの」
「ありがとうございます。父と母がお待ちしております。ご案内させていただきます」
「うち達も一緒に行った方がいいの?」
「エルキール様もご一緒ください。父が、久方ぶりですので是非ご挨拶を、と申しておりました」
「わかった。じゃあ、ジェレーナはちょっと待ってて」
「はい。ここでお待ちしております」
(ジェレーナは来ないのか)
(いくら親衛隊を名乗っておるとはいえ、彼奴は言ってしまえば軍人じゃからな。対等の付き合いの者との場に連れて行けんじゃろ)
でも、魔王だろ? 友好的な相手っていっても、万が一何かあったらどうするんだ?
(魔王は力の象徴じゃ。どんな状況でも己の力で乗り切れるぞと示す必要がある。
世襲制の魔王には関係ないことなんじゃがな。
ま、悪しき風習というやつじゃ)
子供には厳しい風習だな。
(じゃが、これには一つの対処法が用意されておってな——)
「ジェレーナ様には応接室の隣に部屋を用意しました。よろしければそちらでお待ちください」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」
(と、こんな風に、何かあった時にすぐ対処できる場所に従者や護衛を案内することで、互いに敵意がないことを伝えるわけじゃ)
ややこしいが、こういう体面的なやりとりが重要になる場合ってのは結果あるからな。
互いの意思をやんわりと伝え合うだけで、争いを回避できるのなら安いもんだ。
(逆に言うと、魔王側が護衛を連れたまま入ったり、迎える側が護衛を中に入れずに放置したりすると、攻撃の意思があるのではと勘繰られることになる。
当時は、『迎え入れの流れを知らん種族が従者をそのままにし、魔王が身構えてしまって交渉事がうまくいかなかった』なんて笑い話もあったの。
この風習が今も残っておるということは、この笑い話もまだ現役かも知れんな)
(実際、自分の力でどうにかできる魔王ならまだしも、エルキールみたいに力がない魔王からしたら笑えない事態だよな)
(そうじゃろうな。
魔王は力の象徴という考え方がある以上は無くなれば困るやりとりではあるが、あったらあったで無駄に気を使う。面倒なことじゃ)
力に自信のあるエルなんかは『ここで待たせておけ』とか言いそうだな。なんて考えていたら脳内で『妾は部下をそんな無下に扱いはせん』とお叱りを受けてしまった。
ともあれ、面倒なやりとりを終え、俺達はジェレーナと共に屋敷内へと案内される。
丁寧に整備されたアプローチをすぎて玄関へ。アリシオーネが木製の重厚感のある扉を開くと、その先には二人の人物が待ち構えていた。
扉の先にいた一人は男性。灰色の長髪を後ろでまとめ、体型はかなり細身。右手に持つ杖で体を支えているように見える。
もう一人は、長さこそセミロング程度で違っているものの、アリシオーネさんと同じ桜色をした髪色を持つ女性で、顔の雰囲気も彼女と少し似ている気がする。
そして、二人の目には黒目がなく、白眼族であることを物語っている。多分、彼らがアリシオーネさんの両親だろう。
「エルキール様、そしてエルフェルタ様とユウマさん、ようこそいらっしゃいました。私がエリスマグナ家現当主のマルクル・エリスマグナです。門までお迎えに伺うつもりだったのですが、このような身ゆえこちらでお待ちさせていただきました」
「マルクルさん久しぶり。元気そうでよかった。アレイナさんも」
男性の方がマルクルと名乗り、子供魔王が答える。
エリスマグナ家の当主ってことはやっぱりアリシオーネさんの父親だな。
「お父さん、部屋で待っててって言ったのに」
「魔王様と大魔王様をお迎えするのに私だけ部屋にいるってわけにはいかないよ」
「別に、気にしなくてもうちはマルクルさんが足を悪くしてるのは知ってるのに。前と同じで中で待ってても怒らないよ」
「エルキール様。以前、ノームとの会合の際に第一のカルノヴァが問題を起こしています。恐らく、エルフェルタ様もいるということでわざわざこちらで待っていただいていたのだと思います」
「そっか。気を使ってもらっちゃってごめんね」
「いえいえ、私も自分の屋敷内ですら不自由しているなんて思われたくないですからね。ちょっとした意地っ張りですよ。応接間には私がご案内します」
マルクルさんはそう言って笑みを見せ、俺達を屋敷内へと迎え入れた。
応接間は一階にあり、さほど歩かされるようなことはなかった。ジェレーナは直前で別室へと案内され、俺とエル、そして子供魔王はそのまま、マルクルさんと、アレイナさんと呼ばれていた女性についていき、ジェレーナが案内された部屋のお隣の部屋の扉を潜る。
部屋には大人三人が優に座れる程の大きさの豪奢なソファーが二つとテーブル、テーブルの横にも一人用のソファーが置かれている。壁には大きな盾が飾られていた。
中でも目を引くのは部屋の角に飾られている緑色の鎧だ。それだけはどことなく古い物の感じがする。手入れはしっかりされているのだが、壁に飾られた盾や、周りの家具とはどこか時代が違う雰囲気……貫禄とでもいうのだろうか、そんな空気を感じさせる。
「おお、あの鎧は妾の城にあったやつではないか」
「え?」
「ほれ、妾の城に行った時に話したじゃろ。あの城の応接間に飾っておったドラゴンの鱗を使って造られた鎧じゃ」
エルの城に行ったのは数日前だが、そんな話ししてただろうか……いや、なんか話してたような気もするな。
「誰が持っていったのかと思ったが、ここにあったのじゃな」
「本当に大魔王様の鎧だったのですか。私の祖父が人族の行商の人から仕入れた物なのですが、大魔王様が使用していた鎧だと言っていたらしく、守りを主とする我がエリスマグナ家の象徴として相応しいと言って購入したんだそうです。
大魔王様は魔法に長けた方だと聞いていたので眉唾物だと思っていたのですが、祖父の消費癖も悪いことばかりではなかったのですね」
マルクルさんの祖父ってことはアリシオーネさんの曽祖父、つまり、先の話題に上がった屋敷の改築費用で住民と揉めたって人か。
「いや、あれは妾が小さい頃に狩ったドラゴンの鱗を使っておるだけで、妾自身が使っておった物ではないのじゃがな」
「そこは別にいいだろエル由来の本物ってことにしておけば」
「妾の由来の物ということでは間違っておらん。しかし、妾が使っておった物はもっと上質な装備じゃぞ」
そこは譲れないのか?
ほら、エリスマグナ家の方々は微妙な顔をしているぞ。
「ま、まぁ、『大魔王が討伐したドラゴンの鎧』って方が箔がつくかも知れないしな」
「そ、そうですよね。ひいお爺様も物を見る目はあった方だったと聞いてますし、その点は間違いなじゃかったってことです」
俺とアリシオーネさんによる必死のエリスマグナ家曽祖父への擁護に苦笑を浮かべるマルクルさん。
「確かにその通りですね。せっかくですからこの鎧は大魔王様に献上しましょう。元は大魔王様の思い出の品のようですし」
「いや、その必要はない。妾にはもうそれを飾る場所はないからの。これはお主らにとっても慣れた物じゃろうし、これからも飾ってやってくれ」
「そうですか。では今後も手入れには気をつけさせるとしましょう。
あ、すみません。どうぞおかけください」
マルクルさんに促されてソファーへと腰を下ろす。
「改めて自己紹介させていただきましょう。私はマルクル・エリスマグナ、こちらは妻のアレイナと、娘のアリシオーネです」
「妾はエルフェルタ・リンド。今はなきリンド魔族王国の魔王じゃ」
「俺は八潮雄馬です。姓が八潮で名が雄馬。まぁ、ユウマと呼んでください。元勇者で、今は冒険者をやってます」
「うちは自己紹介しなくてもいいよね」
「はい。魔王様、久方ぶりです」
「うん。あまり来なかったせいで門の人に顔忘れられてたしね」
子供魔王は街の外壁の門で顔パスできなかったことを気にしているらしい。
「その件は失礼しました。一応、魔王様がいらっしゃることは伝えてあったのですが」
「冗談だよ。うちがちゃんと手続きしなかったせいだってジェレーナに怒られたし」
「門の管理している者はまさか魔王様が徒歩でいらっしゃるとは思っていなかったのでしょう」
対等な関係とはいえ、相手の王族を牢に入れたのだから、お互いに笑いながら話しているのを見ていなければあわや戦争かと思わせるような事態だが、特に問題にもならないあたり元の関係が相当いいものなのだろう。
その後は、しばらく会っていなかったということでマルクルさんが子供魔王に街の現状なんかを軽く話し、逆に子供魔王からは魔族王国の現状に関しての話をしていた。
そして、旧魔族派の話になった流れで今回の騒動のことに話が向かい、マルクルさんがエルへと顔を向ける。
「娘から話は聞いております。結界魔法に新しい魔法を結びつける方法をご教示いただけるとか」
「それなんじゃがな、ジェレーナから聞いておるかも知れんが、実現できるかわからんのじゃ」
「はい。しかし、その上でお話をお聞きしたく思います。魔法に詳しい大魔王様のご意見ならば、この魔法がうまくいかなくても、なにかのきっかけになる可能性は高そうですので。お礼はいかほどでもお出しします」
「礼はいい。それよりも、この魔法を完成させられることがあれば妾にも使用許可が欲しいのじゃが」
「それは構いません。むしろ、魔法構築で大魔王様にお手伝いいただけるのでしたら、こちらとしてもありがたいお話ですので」
魔法構築自体の手伝いをすれば、その魔法の使い方も必然的にわかってしまう。
つまり、その魔法を独占するには魔法構築自体を隠す必要があるが、エルにも構築の手伝いを願い出るということは、エリスマグナ家としては魔法の情報が漏れることよりも魔法の完成を重視したいということだろう。
「そうか。ならば妾から要求するのはお主らの結界魔法の知識じゃな。この魔法を完成させるには必要になるはずじゃしな」
「結界魔法に掛け合わせるのは魔法反射魔法だと聞いていますが、どのような形で構築する予定なのですか?」
マルクルさんはまるで子供のように、見えない瞳を輝かせ、少し前のめり気味に話を続ける。
「魔法を一から作るのはちと苦労するが、今回は地盤が既にある。それに結界魔法と魔法反射魔法を掛け合わせるつもりじゃ」
「地盤ですか」
「うむ」
既に造られた魔法に結界魔法を使うって、なんか最近聞いた気がするんだが。
「エル、その魔法って……」
「そうじゃ、お主が考え出した〈監視防衛〉の魔法じゃ」
うちの魔王様は、人へのプレゼントの改善に他の人を巻き込むつもりらしい。




