六十二話
「あのなぁ、それができるならとっくにやってるだろ」
「は、はい。そうです。管理形態こそ変わっていませんが、結界魔法に関しては我々エリスマグナ家は常に研究し続けています。確かに、今より強い結界魔法が新しく作れるのであればこの街の守りは硬くなりますが、そんな急に新しい魔法をと言われても簡単には作り出せません」
アリシオーネさん、こと結界の話となると相手がエルでも物怖じしなくなるな。
かなりはっきり言うようになってきてるぞ。
「ユウマ、お主には白眼族は防御に特化した魔法を使う一族じゃと説明したじゃろ? その時に説明した攻撃系統の魔法が苦手というものだけでなく、此奴らは封印系統の魔法にはちと疎い面がある。
白眼の娘、外壁に張られた結界は広範囲に使うタイプの魔法に、〈防壁〉の魔法を掛け合わせたものではないか?」
「えっと、ウェルーニアさん……」
「人族に聞かれますが、エルフェルタ様にもお考えがあるのでしょう。お答えして問題ないと思います」
「そうですか。エルフェルタ様の仰るとおりです。〈範囲結界〉という結界魔法の中でも広範囲を守ることができる魔法に、防御力を上げるために防壁魔法を掛け合わせています」
「でも、防壁魔法って範囲を広げると守る力が下がるんじゃなかったか?」
「我々エリスマグナ家は、防衛範囲を広げつつ防御力を下げない均衡点を探すために日々研究を続けています」
防壁魔法の防御力を保ちつつ、守る範囲を広げられるなら、守るための魔法としては理想型に近い。
まぁ、防壁魔法の硬さって範囲だけじゃなくて魔法に込める魔力量にも左右されるから、どれだけ理想に近い魔法ができても、魔力が高い者が使わないと意味ないんだけどね。
多分、白眼族は魔力が高い部類に入る一族なんだろう。
「確かに、単純だけど守ることを考えれば理想的な研究方針じゃないか?」
「それは違うぞユウマ。単純であることは確かに強固たる結果を生む可能性を持つことがあるが、逆に、穴を広げる結果につながることもあるのじゃ。
現に、今回の件では攻め込む側に単純な解決策を与える結果となっておる」
んー、そう言われるとそうだな。
この街の結界は力押しで突破できるわけだし。
「この街の結界がこの状態になってしまっておるのは妾にも責任がある」
「街の結界はエリスマグナ家が責任を持って管理しています。仮に不備があったとしてもエルフェルタ様に責任はありません」
しっかりとエルに目線を向けて断言する彼女に、少し前までのおどおどした空気は一切なくなっていた。
「そう怖い顔をするでない。お主ら白眼の者達の力が他に流れることを恐れ、情報の公開や他の種族との交流を制限したのは妾じゃ。
妾の責というのはそのこと。主ら白眼の者達が結界魔法以外の魔法に触れる機会をなくしてしまったことじゃ。白眼族の誇りを汚すような意図はない。許せ」
「え、いえ、そんなことは」
素直に頭を下げるエルに対し、アリシオーネは両手と頭をぶんぶんと振り、またおどおどし始めてしまった。
「そこでじゃユウマ、お主が知らん魔法を教えると言ったな」
「なんだいきなり。まぁ、そういや子供魔王を助けに行く時にそんな話になったな」
数日前、子供魔王が旧魔族派に誘拐された際に、エルの判断で俺達が救出を手伝う事になった事への埋め合わせとしてエルが提示したのが『お主が知らなそうな魔法を教えてやろう』というもの。
「その約束をここで果たそう。
これは当時の人族には使えなかった、いや、人族は存在自体を知らんかった魔法じゃ」
俺が知らなそうな魔法、つまり、五百年前の時点で人族が知らず、俺の魔法知識に無い魔法ということだが……。
「それ実用性はあるんだろうな」
五百年前の時点で人族が知らないということは、その魔法について研究がされていなかった……要するに、人族は見たこともなかったってことだ。
それはつまり、敵対していた魔族側も使っていなかったというのと同義だ。
「はっきり言って、実用性は無い」
「おい」
「しかし、この街の守りに関しては使えるかも知れん」
「俺の埋め合わせは?」
「この魔法は他の魔法と掛け合わせて初めて力を発揮すると考えておった。特に結界魔法とは相性が良いかも知れぬのじゃ」
「いや、それ未完成品ってことじゃないか。俺の報酬は未完成品なのか?」
「どうじゃ? 白眼の娘、試してみたいとは思わんか?」
「無視か? 無視なのか?
……まぁ、いいや。で、その魔法ってのはどんな魔法なんだ?」
俺の言葉はエルに届かないようなので、諦めて話を進めてもらうことにした。
「エルフェルタ様を信じないわけではありませんが、私もその魔法がどんな魔法なのかがわからずにお答えするわけにはいきません」
「それもそうじゃな。
魔法の名は〈魔法反射〉という。その名の通り魔法を反射する効果を持つ魔法じゃ」
エルの言葉を聞いた途端にその場の空気が停止する。
そして、再び空気が流れ出すと同時に溢れ出たのは困惑と疑問、そしてなによりの驚愕を乗せたこの場にいる全員の言葉だった。
「いや、それのどこが実用性のない魔法なんだよ! めちゃくちゃ実用性あるじゃないか」
「魔法の反射……そんな魔法は聞いたこともない。そんな魔法があったのならば、エルフェルタ様と同じ時代を生きた私のお爺様から話くらい聞いていてもいいようなものだが」
「エリスマグナ家が防御や結界系の魔法以外に疎いとはいえ、そんな魔法戦自体を根本から覆すような魔法を知らないというのはおかしいです」
「魔王直属の親衛隊としても把握していない魔法ですね」
「そんな魔法があったら俺の対魔剣の唯一性が……」
一人だけちょっと違う意味ではあるようだったが、概ね皆が驚いていた。
「ふむ、難しい魔法じゃとは思っておったが、まさかこの時代まで全く浸透しておらんとは。それ程のものじゃったか……これは、使えんかも知れんな」
「一人で納得しながら肩を落としてないで説明してくれ」
「すまん、そうじゃな。
まず、この魔法の特性について改めて説明しよう」
エルの説明は先の言葉とさほど違いはなかった。
魔法反射は、相手の魔法をそのまま相手に跳ね返す魔法。魔法を返すといっても、魔素の進む先を変更することで返しているので、剣や戦斧などを使ったような物理的な攻撃には弱い。
説明の中でエルは魔法の動作についてなんか難しい説明を長々としていたが、簡単にまとめると、相手が放った魔法に対して『進行方向を逆にする』という内容の効果を追加することで魔法を跳ね返すってことらしい。
「ここまで聞けば確かにお主らの反応は正しい。しかしこの魔法には、実用性が無いと言える最大の欠点がこの魔法にはあるのじゃ」
「多少の欠点なら飲み込めるレベルの魔法だけどな」
「この魔法……発動が異常に遅い上に設置型なんじゃ」
「……ああ、なるほど」
設置型魔法、まぁ言葉通りその場に設置するタイプの魔法を指してこう呼ばれる。防壁魔法や、土の牢獄、エリスマグナの結界魔法なんかは設置型に分類されるな。
逆に、攻撃魔法に多い魔法自体を動かして使うものは可動型と呼ばれている。外壁での騒動でエルが使っていた黒雷槍なんかは完全に可動型だ。
「しかも、この魔法の発動範囲は異常に狭い。広くしようとすると反射できる魔力量が極端に落ちるのじゃ。争い事で使えるものではない」
「それで広まらなかったのか」
「この魔法を生み出したのが妾が封印される少し前じゃったというのも関係しておるかも知れんな。後処理やらでそれどころではなかった可能性もある。しかし、それを踏まえても浸透しておらなさ過ぎる。
先に言ったように、妾達はこの魔法が他の魔法との混ぜることで力を発揮できると踏んでおったのじゃが、ここまで浸透しておらんとなると……」
「研究の末使い物にならなかった可能性が高いってことか」
「そうなる」
確かに、成功していればこれほど強力な魔法はない。
当時、エルが封印された直後に争いが完全に無くなったわけではないはずだ。そんな中で魔法を反射する結界などが完成していたとすれば大活躍だっただろう。
「あれほど大口を叩いておいて格好がつかん話じゃが、自信がなくなってきたの」
「いえ、それでも我々が知らない魔法であることは確かです。一度屋敷に戻って父に話してみましょう。結界が強化できるとなればお話を聞いてもらえると思います」
肩を落としながら言うエルとは正反対に、目を輝かせているアリシオーネ。
魔法反射魔法が広まらなかった原因は今となっては確認するすべはない。しかし、原因が他にある可能性が捨てきれない以上、研究自体が無駄ということはないだろう。
「屋敷に行くのであれば私も同行しましょう。騒動の件も説明する必要があるからな」
「では、我々も同行しましょう。元々、エリスマグナ家にはご挨拶に伺う予定でしたし。エルキール様、問題ありませんか?」
「うちはどっちでもいいけど、まずご飯が食べたい。お腹すいた」
「そういや、騒動のせいで忘れてしまっていたけど、この街に入ったら昼食にする予定だったな」
言われてみれば確かにお腹が空いている。
「では、我が家で昼食を出しましょう」
「いや、この街の観光も兼ねておるからの。街中で食べたいところじゃな」
「そうですか。では、私は先に戻って先ほどの話を先に伝えておきます」
その後、昼食を終えたらエリスマグナ家の屋敷に向かうということにして解散した。
アリシオーネさんはそのまま屋敷へ向かい、ウェルーニアさんも彼女について行った。リクレーンさんは待機所に残って警備任務に戻るようだ。
「まさか、今回の騒動がお咎めなしになるとは思わなかったな」
「うちが見てた感じだと、魔法反射魔法の話で塗りつぶされてた感じだったけどね」
「部下への説明も忘れているようでしたし、よほど驚かれたのでしょう」
「それだと、後でまた何か言われるかもしれないな」
「これから飯にしようという時にそのような話をするでない。飯がまずくなるじゃろうが。はよ店を探すぞ」
「いや、お前のせいだからな」
そんな話をしながら、俺達はウェルーニアさんが別れる前に教えてくれた食事処を探すため、街の中心へと向かって歩を進めていった。
——————
《エリスマグナ屋敷 街中》
「いやぁ、どうにか入れたっすね」
「もう少しスマートに入る方法はなかったのですか? この私がこんなコボルトのようにコソコソと……」
「目的を果たす前に捕まる訳にはいかないっすからね」
エリスマグナ屋敷の街中、人々の喧騒を避けるようにすっと伸びた細い横道に彼らはいた。
一人は頭に布を巻いた一見するとただの人間だが、その布の下に第三の目を持つ男。
そして、もう一人の男はダークな色合いの道化師の格好をし、背中には蝙蝠のような羽が生えていた。彼は、狭い路地の中だというのに、器用にも髑髏の意匠が付いた杖を手元でくるくると回している。
「まぁいいでしょう。それで、目標は見つけたのですか?」
「もう見つけてるっすよ。街中に向かって来てるっすね。飯を食うみたいっす」
「まったく、一時的にとはいえ目標を見失うなんて、だらしないですね」
「街に侵入するのに能力酷使してたんすからしょうがないじゃないっすか」
「言い訳は結構です。そのまま監視していてくださいね」
言い訳じゃないんすけど、という彼の言葉は道化の男には聞き入れられない。
「私達は先に迷宮に向かいましょう。下準備も必要ですしね」
道化の男はそう言うと、さっさと歩き始める。
「いや、迷宮に入るときも能力酷使するから監視は続けられないっすけどね」
「何か言いましたか?」
「なんでもないっす」
「早く行きますよ。ボスのために殺し尽くしましょう」
道化師の格好に似合わない狂気の笑みを浮かべ、スキップでもしだしそうな雰囲気でコツコツと歩を進める道化の男。
「だから、目標以外を殺す命令は出てないんっすってば……」
頭に布を巻いた男は、ため息をつきつつ道化の男の後について行く。
「今回の任務、大丈夫っすかね……いざとなったら一人でも逃げる準備もしとく必要もあるかもしれないっす……」
「何か言いましたか?」
「なんでもないっす」
「じゃあ、さっさと歩きなさい。私は迷宮の場所はわからないんですよ」
「……なら、あまり先に行かないでほしいっす」
男は、何度目かのため息をつき、『なんか今回の任務でため息が癖になったっす』などと考えながら道化の男とともに細道の闇の中へと消えていくのだった。




