五話
——朝
目覚めの鐘の音で目を覚まし、洗面所で顔を洗う。
しばらくして、昨日の従業員が朝食を持っ来る際に魔法局の人が一鐘がなる頃に迎えに来ると伝えられた。
朝食をさっさと済ませ、一鐘までに三時間ほどあるので宿の周りを散歩することにする。
まだ日が出たばかりだというのに人通りが多く、商人の馬車が慌ただしく駆けていた。冒険者もちらほら見かけるが、基本的にこの時間はギルドに行くものらしい。
そう、冒険者ギルドというのはちゃんとあるんだそうだ。昨日の魔法局までの帰り道でチラッと見てきたが、なかなか大きくて立派な建物だった。機会があったら中に入ってみたいものだ。
ただ目的もなく散歩し、鐘が鳴る前に宿へと戻る。
部屋で迎えを待っている中、外からシャンシャンという鐘の音が流れてきた。これが第三小鐘の音なのだろう。時間の区切りをはっきりと伝える朝夕の鐘とは違い、流れるような澄んだ音色だ。
暫く鐘の音に耳を澄ませていると、従業員が来て迎えの到着を告げる。
特に持つ物もないのですぐに向かおうとしたが、昨日ロスヴァールから貰ったお金がある事に気が付いた。
そんなに多くないとはいえ、持ち歩くには少々邪魔になる。散歩の時も部屋に置いて行っていたし、このまま置いてっても問題ないかなと考えてすぐに、マジックボックスのことを思い出す。今まで特に困らなかったのですっかり忘れてしまっていた。
使い方が脳裏に浮かぶ。簡単だ、ただ対象に触れて「収納」する事を意識するだけでいい。
俺は硬貨袋を手に持ち、収納と念じると持っていた袋がシュッと消えた。
出し方もまた単純で、出したい物を出したい所に「取り出す」という意識をすれば出てくる。
先程の袋を手の上に取り出してみると、収納した時と同じようにシュッと現れる。
硬貨袋を再び収納して部屋を出る。
宿を出た所で職員さんが待っていてくれた。今日はまた魔法局へ向かうらしい。そこで午前中は魔法についてのお勉強をして、午後からは剣術の稽古だそうだ。
魔法局に着くと、昨日とは別の会議室のような部屋へ案内された。今日から数日はここで魔法の基礎を学び、基礎が終わったら今日の午後に行く訓練場で魔法の実技を行うということだった。
正直、魔法の基礎は退屈そうだと思っていたが、案外ためになった。
なにより、普通は魔法の使用に詠唱が必要だと知る事ができたのが大きい。
危なく無詠唱で魔法を放つところだった。
もう隠す意味も感じていないが、一応。
後は、自分では思いつかなかった魔法を知ることもできた。
知識はあっても存在を知らないと思いつくまで使えないようなので、これも収穫だろう。
なんかこう、教えて貰うたびに「ああ! そんなのあったね!」とアハ体験している気分になった。
知らない事を忘れていて、聞いたら思い出すという謎現象だったが、なかなか面白い。
午前中の魔法講座が終わった頃にロスヴァールが来て、一緒にお昼ご飯を食べることに。
午後からの訓練で使う訓練場は昨日の宿の近くらしい。
その訓練場は貴族の護衛兵などが使う場所で、貴族が泊まる宿の近くに建てられたんだとか。
俺の覚えがいいとかで、魔法講座は二、三日で終わらせられそうだそうだ。まぁ、魔法については一度聞けば使えるようになってしまうのだから当然ではある。
改めて精霊さんのバランス調整の適当さが際立つ。これこそチートというものだろう。この世界のバランスを保つという神様の仕事の邪魔をしてないだろうか。
精霊さんが怒られていない事を祈ろう。
食事を済ませ、ロスヴァールと別れて俺は馬車で訓練場へ。
訓練場は本当に宿の目と鼻の先にあるので、ここなら歩きでもすぐ着く。
魔法局での魔法講座が終わったら魔法の実技もここでやることになるのだから、馬車は必要なくなるだろう。寧ろ乗る方が時間がかかりそうだ。
訓練場に入ると、如何にも騎士然とした男性が待っていた。
「はじめまして勇者様。私、王国近衛騎士団の団長を務めておりますローラン・ジェレッドと申します。ローランとお呼びください。本日から暫しの間勇者様の剣術指導を仰せつかっております。よろしくお願い申し上げます」
「ローラン様、私はヤシオ・ユウマと申します。ヤシオが性でユウマが名です。どちらで呼んで頂いても構いません。こちらこそよろしくお願い致します」
「様はいりません。私もユウマと呼ばせて頂きます」
「ではローランさんと呼ばせてください。目上の方を敬称なしでお呼びするのは慣れていないもので」
「承知しました。それでは早速稽古に移りますが、その前にユウマはどんな武器を使い慣れていますか? 私は剣術を教えるようにと聞いているのですが、それ以外ですと槍術が少々できるくらいで」
俺が剣を扱えるようには見えなかったのだろう。
いや、見た目通り剣なんて扱えないはずだが、なにせバランス調整が滅茶苦茶な精霊産の身体だ。達人とは行かないまでも護身程度の能力は得られると思う。
「実は、武器を握る事自体がほぼ初めてでして、護身の為に剣術をという事で手配して頂いたんだと思います」
最後に握った武器らしい武器は剣道の竹刀だ。
「なるほど、それではまず剣の振り方から始めてみましょう」
「よろしくお願いします!」
それから三鐘が鳴るまでの間は武器選びと、握り方や振るい方といった基礎を学び、武器を選んだ後は鎮めの鐘が鳴るまでとにかく武器を振り続けた。
結局選んだのは剣で、ローランさんに見て貰いながら素振りをしたり、手合わせをして貰ったりと、とにかく剣を振る。
結局、達人とまではいかないものの、普通に戦える程度には使えそうだというくらいには手応えがあった。
これから訓練を続けて基礎を固めればそこそこ使えるようになるだろう。
訓練が終わり宿へ戻って風呂に入り、夕飯を食べたらすぐに寝てしまった。
それから二日で魔法局での授業は終わり、その後は毎日訓練場通い。
午前は魔法の実技、午後は剣術と連携の訓練。
魔王討伐には魔法局から三人、騎士団から二人が派遣され、俺を含めて全六人パーティーで挑むらしい。
そんな少人数でいいのかと疑問に思ったが、魔王と対峙するまではなるべく戦いを回避して一気に進む作戦のなので少数の方が動きやすいと説明された。
騎士団の二人が前衛、魔法局の人は後衛、俺は中衛を受け持つ。基本は魔法で前衛の援護をしつつ、前衛を抜けてきた敵は俺が処理するかたちだ。
魔法局の人達は完全に魔法特化で、攻撃魔法の他にも、回復や補助の魔法を使う者がいるから失うわけにはいかない。
彼等は、敵に接近されると持っている杖で殴るくらいしか戦うすべがないため、俺が抜かれると総崩れになってしまう可能性が高い。
重要な位置を受け持つ事もあり訓練に力が入る。特に連携については長めに時間を割いた。
訓練で一番苦労したのは力の制御だった。ここをミスると連携どころじゃない。筋力、魔力共に桁が違うのだ。過度な能力差は仲間まで巻き込んでしまう可能性もあるので、パーティーで動く上では力を他に合わせなくてはならない。
訓練が終わった後に宿の裏庭で素振りをしたりして調整する日々が続いた。
連携が形になってきた頃から町の外に出て実践訓練も始める。近くの森に入り魔物の討伐を行ったり、盗賊のアジトを潰したりして、実戦での連携を確認していく。
始めて盗賊のアジトを攻め落としたときは、人間相手の殺し合いなどできるのかと不安になったが、案外すんなりと対応することができた。
精霊に付けてもらった精神力強化の恩恵かもしれない。
そんなこんなで訓練を続けて一ヶ月近く経った頃、俺はロスヴァールさんに呼び出されて魔法局に来ていた。
「わざわざお越し頂いてありがとうございます」
「いえ、馬車も出して頂いておりますし、大した苦労ではありません。今日はどのようなご用件で?」
「はい、実は近々魔王軍との大きな争いが起こりそうな感じでして……」
ついに来たか!
状況を詳しく聞くと、現在魔王軍が森の先の平原に集まり始めており、近いうちに攻め入ってくるのではないかと戦々恐々とした状態らしい。
国としては魔王が出てきて本格的な戦争が起こる前に事を済ませたいようだ。
つまり、魔王がまだ魔族の国にいるうちに、戦争準備のゴタゴタに紛れて叩いてしまおうという事だ。
訓練は十分受けた。
最近はパーティーでの連携も安定している。
準備は万端だ!
「わかりました。魔王を討伐しましょう!」
「ありがとうございます」
その後、ロスヴァールさんと討伐の日程を詰め、明日一日を回復薬などの消耗品や装備などの準備にあて、明後日魔族国家へ向かうことになった。
翌日の消耗品等の準備は国と魔法局でやって貰えるということで、俺は一日街中を散歩したりして体を休ませる。
明日は早朝に領を出て一日で魔王の元へ向かうことになっている。かなりのハードスケジュールだ。しっかり体調を整えておかなければならない。
とはいえ、体が鈍ってしまってはいけないので、剣術の訓練を始めてから日課にしている素振りはしっかりやっておいた。本当かどうかは知らないが、一日休むと取り戻すのに三日かかるというし、素振りくらいならたいして疲れもしない。剣を振る感覚を忘れないようにする程度のものだ。
しっかり休みを取り、俺は早朝に備えて早目に布団に潜った。
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《テオール王国王都 王城》
「明日作戦を実行致します」
「ふむ、不備のないようにな」
「装備や消耗品などの準備は整っておりますので、問題はないかと」
「例の物は?」
「そちらも滞りなく」
「うむ。勇者の身体能力があまり高くないという知らせが気になるが……」
「それは……どうやらパーティーに合わせて力を抑えているようで、報告によると十分な身体能力を持っているとのことでした」
「そうか、何にしても失敗はできんからな」
「心得ております」
王が手を振って退室を促し、報告を行なっていた者が頭を下げて部屋を出る。
「ふぅ……これが上手く行きさえすれば平和が戻ってくるか……」
肩の荷が下りたかのようにため息をつき、グラスに注がれたワインに多少の渋みを感じつつも、「それでもワインは美味いものだ」と自らに言い聞かせながら飲み干す。
「儘ならぬ……」
最近口癖になってしまっている言葉を残し、寝室へと向かった。