五十六話
「あの時のお主のパーティーにおった者か……」
「あの人は普通に人間だったし、長寿な種族でも生きてる可能性の低い年月が経ってるから本人ではないだろうけどな」
「子孫か、あるいは関係者……ただの偶然というのもあるが、魔族と人族で同じ名の者が現れる可能性は低いからのー」
「そうなのか?」
「お主の知識でいえば、前世のお主の国と他国の者の名が同じになる可能性が低いのと同じじゃ」
「俺の前世の場合はそもそも言葉が違うからな」
「今は皆共通の言葉を使っておるがな、遙か昔、それこそお主がこの世界に来るより何百何千という昔は魔族と人族は別々の言語を使っておった。いや、その二種族だけではなくエルフやドワーフなどの他の種族の者達も独自の言語を使っておったという。
名の違いに関してはその名残じゃな。言語は同じでも感覚が異なる。似た名前はおっても、同じ名というのは珍しい」
「時代が変わったとか?」
「ふむ、それもありえん話ではないの。魔族と人族が国交を交わしておるんじゃ、同じ名前の者がおることもあろうというものじゃな」
とは言っても、やはりあのジェレールと関係がある人物である可能性は高いだろう。
彼の子孫とかだろうか。
ということは、彼は魔族と結ばれたのか!? 魔王を封印した張本人が魔族と添い遂げて子供まで産まれているとなるとは……わからんもんだな。
いやまて、それだと自分の子供に自分の名前を付けたことになるが、それは普通にあることなのか?
まぁいいや、ボスってのがジェレールの子孫だろうとそうでなかろうと、エルの話が今の時代でも通用するものなのだとすれば、ボスが人族と少なからず関わりがある人物であるのは確かだ。
「ボスってのが人族と関わりがあるとなると、なぜ人族との友好を邪魔しようとするんだ? 魔族の誇りをとか言ってたけど」
「誇りがなんじゃというのは建前じゃろうな。いや、五番隊の隊長とやらの言動から考えるに旧魔族派という者達の大半はそのつもりで動いておるのじゃろうが、ボスとやらに関しては妾を祭り上げようとしていたことからして本来の目的は魔族の誇りなどではなかろう」
「なんで、お前を祭り上げると魔族の誇りと無関係ってことになるんだ?」
「彼奴らの言う魔族の誇りとやらは、言い換えればただの人族との国交断絶じゃろう。当時の妾が掲げておったものとは異なるからの」
当時のエルが掲げてた目的、つまり、人と魔の戦争となった原因……。
「復讐か……」
「人族と違い長寿の種族が多い魔族で妾の考えを全く知らんということはそうあるまい。わざわざ自らの頭に据えようというのじゃから尚更じゃな」
「邪魔になりそうな相手は手段を選ばずに排除しようって考える程に過激思考みたいだし、ただの国交断絶だけが目的とは考えづらいか」
「可能性が高いというだけじゃ。人族とは全く関係もなく、妾のことも有名な魔王じゃとしか知らんだけかも知れんしな」
だとすれば一応ボスとまで呼ばれて他の者の上に立つ者としては半人前だけど。
しかし、こればかりはいくら考えても正確な答えが出るものではない。予想と想像で納得でするものを見つけたとしても正解とは限らないのだから、深く考えるだけ無駄というものだ。
それに、俺達がボスとやらに用があるわけではなく、あっちが俺達に用があるだけなのだから、こちらがあれこれ考えることもないだろう。俺達が興味あるのはボス自身ではなく彼らの使う魔道具だ。
「失礼します」
答えのわからない話の一応の結論が出たところで、外に待機していた執事さんが部屋に入ってくる。
彼は話の途中にも一度お茶と菓子を持ってきてくれていたのだが、話の内容が内容なだけに、それらを置いてすぐに退出していたのだ。子供魔王を探しに行く前はここに飾られた絵のことなどの話をしてくれたりしていたが、こう言う話をしているときはちゃんと部屋から出て会話が途切れるまで入ってこないあたり、まさに執事って感じだ。
「お茶のおかわりをお持ちしました。それと、もう間も無くジェレーナ様がお見えになるそうです」
「そうですか、ありがとうございます」
俺は前世を含めて人生に一度も執事なんてものに接したことがないものだから、どうにも話す時に敬語になってしまうな。
別に、それ自体は悪いことではないんだろうけど、この城の主人である子供魔王にはタメ口で話しておいて、そこで働く執事に敬語を使うってのはちょっと変だと自分でも思う。しかし、こればかりはどうしようもない。
その後、まったりとお茶とお菓子を楽しんでいると、ジェレーナがやってきて王座の間に来てくれと言われた。さっき子供魔王に戻ってくれと言っていた場所だ。
魔王との謁見ってとこだろう。
俺達はそのまま応接間を後にして彼女について行く。
「そういえば、捕まえた誘拐犯はどうした?」
「封印が施された地下牢に入れてあります」
「空間魔法を使うための魔道具などは持っておらんかったか?」
「それらしき物はあったのですが、我々ではどうにも結論が出せず……エルキール様との謁見の後にお二人にもお見せします」
その後の謁見は大した内容ではなかった。
魔王直属親衛隊の隊長であるガルドフと、何やら宰相らしき人物から感謝の言葉を受けてから、子供魔王が頑張って覚えて来た予め用意されていたであろう文章の発表会を見ていただけだ。
正直、これが通常営業なら反魔王派が出てくるのもわからんでもない。魔王の隣にいた宰相なんか完全に孫を応援するおじいちゃんの目をしていたぞ。
そんなことはともかく、謁見を終えたら今回の一番の目的である魔道具かもしれない物を見せてもらう番だ。問題の物は地下牢の隣の部屋で保管しているらしいので、王座の間を退出した俺達はそのまま城の地下へと向かった。
地下に着き何故か先回りしていた子供魔王と合流し、目的の物のある部屋へと入る。
「あちらがヴァイリスの所持品です。魔道具らしき物はそちらに」
案内をしてくれていたガルドフの指差す先の机の上に置いてあったのは、横に筒がくっつけられただけの木の板だった。
確かに何かに使う物って形はしているが、魔道具と呼ぶには随分としょぼい。
「これが魔道具なのか? 俺はてっきり……もっとこう……なぁ」
「お主の言いたいことはわかる。こんな適当な作りではなく道具としてまともな体裁をした物を想像しておったのじゃろう」
「そうなんだよ。こんな子供が作ったおもちゃみたいなのが出てくるとは思わなかった」
「じゃろうな、現にこれは魔道具ではない」
魔道具らしき物を手にとってじっくり調べていたエルは、そう言って木の板を机の上に放り投げる。
「やはり魔道具ではありませんか」
「ガドルフじゃったな、例の魔王を誘拐した輩に会いたいのじゃが可能か?」
「可能ですがいかがなさるのですかな? 一応あれは元王国魔族団の隊長を務めた者ゆえ手続きなく手荒なことをするわけにはいかんのですが」
「案ずるな。話を聞くだけじゃ」
「わかりました」
そう言って隣の部屋へと向かうガドルフの後に続いて俺達も隣の部屋への扉を潜る。
ヴァイリスは部屋の真ん中に、両手両足を縛られた上で口を塞がれた状態でさらに椅子に縛り付けられ、そのまま放置されていた。
手荒なことができない相手への対応とは思えないが、魔術を使えないようにする必要がある以上仕方がない。
「話せるようにしてやってくれんか」
「しかし魔術を……いえ、お二人ならば問題ないでしょうな」
ガドルフが目配せすると、部屋の角にいた見張りがヴァイリスに近づき、彼の口を覆っている布に手を向ける。
すると、ふわりと淡い光とともに布が取れた。封印魔法の一種のようだ。
「ヴァイリス、妾達がお主を生かす条件としてなんでも話す。そうじゃったな」
「知っていることならば全て話す」
「ではお主が持っていた木の板、あれはなんじゃ?」
「あれは使い捨ての転移の魔道具だ。魔王を誘拐するために使用した」
え? さっきエルはあれが魔道具じゃないって言ったけど。
「あれはどう使う」
「使いたいときに魔力を込めるだけだ。そうすると自分と周囲の者一人を指定の場所へと転移することができる。今回は道なしの森の近くに転移した」
「場所の指定はどうやるのじゃ」
「予め転移先に目印となる対の魔道具を置いておく。その魔道具も使い捨てだが」
「そうか、お主の知る限りの拠点については後で話してもらうことになるじゃろうが、今はこれだけでいい」
そう言ってエルが離れると同時に先程の見張りが布を巻き直して再び封印をかける。
そして、牢を出て先程の部屋へと戻り、エルに説明を求めると苦い顔でこう答えが返ってくる。
「エルキール達にとってはまずい状況と言わざるを得ん。あやつはああ言っておったが、あれはやはり魔道具ではないのじゃ」
「でも、あれが魔王誘拐に使われたのは事実っぽかったぞ。嘘をついてるふうには見えなかった」
「嘘ではないからじゃ。あやつは知らんだけじゃろう」
ヴァイリスがあれを魔道具ではないと知らなかったから、彼自身は嘘はついてないってことになるってことか。
「なるほど、まぁそれはいいけど、効果は発揮するのに魔道具じゃないってのはどういうことなんだ?」
「厳密にいえば魔道具ではあるんじゃが、あやつは使い切りじゃと言っておったじゃろ、魔道具作成において一度の使用で壊れてしまうような出来損ないは魔具と呼ばれる」
「なんだ、呼び方の問題か」
「いや、そんな簡単な話ではない。魔具は魔道具作成での出来損ないの呼び名、つまりあれは誰かが作り出した物なんじゃ。迷宮産の特殊な魔道具ではない」
「それがどうしたんだ?」
確かに、国宝級にもなるような迷宮産ならそんな出来損ないが出てきたりしないだろうし、それは納得できるが、迷宮産か否かがそんなに重要だろうか。
「これを作れる者は空間転移の少なくとも魔術が使える」
「は?」
「魔道具を作るにはその魔法を発動させるための知識が必要じゃ。つまり、転移魔法を発動できる相手に魔法構築を委託しておるか、製作者自身が転移魔法を使えるということになる」
「つまり、ボス自身が転移魔法を使えるか」
「転移魔法の構築ができる相手を知っておると言うことじゃな。少なくとも魔術として使うことができるのは間違いないじゃろう」
確かにこれはまずい状況だな。
相手が転移魔法を使えるとなるいうのはつまり、いつどこから現れるかわからない者に狙われているということになる。
「あれ? あれが国宝級の迷宮産じゃなくお手製の物だったってなると、魔力が足りない問題が再浮上するぞ」
「あれを作っておる者がかなりの魔力量を持っておるとしか考えられん。発動するためのキーになる魔力は横についている筒に魔核を入れて使っておるのじゃろうが、転移魔法自体を使うには足りん、魔具として作る際に必要なだけ魔力を込めておるのじゃろう」
「ボスはバケモノだったか」
「ボスもお主には言われたくないじゃろうがな」
俺たちの会話を聞いてエルキールとその周辺の表情に影がさしていく。
「しかし、これらは対策ができんわけではない」
「そうなのですか!」
エルの言葉に最も早く食いついたのはジェレーナだった。
親衛隊としてエルキールを守れないかも知れないという現状を告げるような会話の内容に頭を抱えていたのだろう。
「あれの使い方を聞いたじゃろ。あれは転移先にも目印が必要じゃ。それは魔術を使う者自身じゃろうと変わらん」
「つまり、転移先の目印を排除してしまえば良いのですな」
「そういうことじゃな。城の中に仕掛けてあるとすれば、どうせ仕掛けたのはあのヴァイリスじゃろう、仕掛けた場所を聞き出すといい」
「今回みたいにこっちで使われて連れ出される場合はどうするんだ? さっきは知らんって言ってたが」
「それは変わらず知らん!……と言いたいところじゃが、妾の後継者の命がかかっておる、一応の対策として封印魔法応用の一つを教えておくのじゃ。これは確実な対策ではないから出したくなかったのじゃが」
そう言ってエルが伝えたのは二重封印の応用方法だった。
薄い板の端に場所を知らせる〈目印〉と言う魔法の魔法陣を書き、その発動条件に二重魔法が解けたことを指定し、その板に薄く二重魔法をかける。これで、いざという時に板を割ると封印が解けて、目印魔法が発動することで居場所がわかるというわけだ。
「目印の魔法はあまりに離れすぎると機能せん。これに頼りすぎてはいかんぞ」
目印の魔法は発動すると特殊な魔力を一定間隔で発し続けると言うもので、探索魔法で確認したら発動時はその場所に紫色のマークが見えるようになっていた。
「後は警備の強化くらいしかないの」
「それは我々親衛隊の役目ですので」
「責任重大ですな。腕がなるというものです」
そうして話を終え、部屋から出たところで俺達は夕飯に招かれた。ジェレーナが子供魔王に言っていた俺達との時間を作るというのはこのことだったらしい。
しかし、既に日は傾き始めてはいるもののまだ夕飯には早い時間ということで、子供魔王による城内の案内会が開催されることとなり、夕飯の時間になるまで魔王城を練り歩いたのだった。




