五十三話
「全部か……まぁ、無理ではないだろうけど、時間的に森か洞窟のどちらかは他に任せた方が良くないか?」
地図で見た限りだとこの二箇所はある程度距離が離れている。俺達が分かれて探すにはちょっと不安になる距離だ。
「いや、その必要はない。全てとは言ったが、水の洞窟に関しては行く必要がないんじゃ」
「行く必要がないってのはどういうことだ?」
「あの洞窟には出入り口は一ヶ所しか無いからの」
「エル様は水の洞窟の全容をご存知なのですか?」
「うむ、あの洞窟を水没させたのは妾じゃしな」
「おい」
「いや、色々と事情があったんじゃ。
ともかく、あそこに他の出口は無い……というより、あるにはあるがそこが見つかっておって誘拐犯がその場所に辿り着いておったとすれば今から行ったのでは既に遅い」
「よくわからんが、とりあえず向かう先は道なしの森とエリスマグナ屋敷の下にある迷宮ってことでいいんだな?」
「そうじゃ。妾とユウマで行けば森の探索はすぐに終わるじゃろ。そちらにおらんようじゃったら迷宮の探索じゃな」
「現在の迷宮の安全圏は四十五階層までですので、ヴァイリスが迷宮を利用しているとすれば一〜五十階層あたりまででしょう」
「ほう、妾達の頃より安全圏が数階層進んでおるな。あれを安定して倒せるようになったのか」
あれってのは多分階層主のことだろう。エルの時代でも簡単に倒せないとなると、よほど強い魔物なのかも知れない。
ちなみに、安全圏というのは迷宮で問題なく行って帰ってくることができる範囲で、迷宮内にある魔物が入ってこない安全地帯とは完全に別物。
定義は場所によって異なるが、人族が安全圏として設定している範囲は、殆どの場合Cランク冒険者が行き来できるくらいの難易度ということになっている。
迷宮内の探索や、潜るための装備の質の向上と量産あたりを強化していくことで、実力が低い者が行ける範囲が少しずつ広がり、安全圏も増えていくわけだ。
まぁ、出てくる魔物が変わらない以上そう簡単に進められるものでもないらしいから、五百年経った上での数階層だとしても、結構凄いことなんだろう。
「で、まずは道なし森だろ? 出るなら早いに越したことはないんだから行こうぜ」
「ユウマさん、エルフがいかに長命だと言ってもエル様を知っている者はいないでしょう。案内人へ依頼するのに王国からの許可書を持って行った方がいいと思います」
「許可書は用意してあります。男の行き先の候補に道なし森が出た時点で、必要になるだろうと思いましてな。準備させておきました」
ガルドフが合図すると、先程地図を持ってきてくれた魔族が再登場して一枚の紙をガルドフへと手渡していった。
ガルドフはその紙をエルへと手渡し、エルはそのまま俺へと手渡してくる。マジックボックスにしまっておけということだろう。
俺は懐にしまうふりをして許可書とやらをマジックボックスにしまう。
「それじゃあ行くか」
「うむ、急がねばな」
俺達は会議室を後にし、城の外へと足を向ける。城を出て、城と城壁の間の庭についたところで飛翔魔法を使って文字通り魔族の国から飛び出して行った。
今回はお荷物もなく俺一人で飛んでいるので、スピードを出す練習が存分にできた。
ただ移動速度を上げるイメージをするだけでいいので、他の者を運ぶのよりも断然楽だな。
二人揃って結構なスピードを出していたせいでお互いの声が聞こえるような状況ではなく、道中の会話は念話で行うことになった。
(まずは案内人の所か。場所はわかるよな?)
(それはわかるが、案内人のところに行く必要はないぞ)
(でも、案内人がいないと帰ってくることもできないって言ってたじゃないか)
(案内人達は確かに特殊な技能を持つものではあるのじゃが、現状ではただ探索魔法を得意とする者達というだけじゃ。お主の探索魔法があれば案内人に頼る必要はないじゃろう)
それでエルは受け取った許可書の内容も確認せずに俺に手渡したのか。ちょっとおかしいと思ってたんだが、使わないなら内容なんて関係ないもんな。
(あやつらを信用していると印象付けるのにもちょうど良いしの)
(一石二鳥ってやつだな)
俺はエルの案内についていく形で空を走る。
(もうすぐ森の上空に着くぞ。逃げた魔族とやらがまだおるかも知れんから、ここからは少しスピードを落として進む)
(了解)
エルの言葉を受けスピードを落とし、下を見ながら進んでいくが、あたり一面木で覆われており、地を走る者など見えるような状態ではない。
「右を見ても左を見てもただただ森が広がっているだけだな。探索魔法を使うか?」
「いや、ここはまだ普通の森じゃし、時間の無駄じゃろう。スピードを落としたのは念のためと言うだけじゃしな」
「どこからが道なし森なんだ?」
「あのあたりじゃな。木の高さが統一されておる場所があるじゃろ」
エルの指差す先には確かに不自然な程に木の背丈が均等になっている場所がある。
「あれの殆どがムーヴウッドと呼ばれる魔物でな、あれが侵入者を迷わせておるんじゃ」
「ムーヴウッドか、知識の中にあるな」
「ほう、あれは人族の方にはあまり出てこん魔物なんじゃがな」
ムーヴウッドというのは魔物の中でも特殊な部類に入るやつらで、基本的に人や他の魔物を襲うことがない。
ただただ森の中を動き回り、自分達の縄張り内で死んだ生き物を根に取り込むことで栄養を得ている。
生態としては魔物よりも普通の植物に近い。木が勝手に動き回るという不思議現象を無視すればだが。
「普通ならば自分の縄張り内を動き回っておるだけの魔物なのじゃが、道なし森ではそのムーヴウッドが群れを使っておるんじゃ。他の木に栄養が渡らず殆ど成長できないようになる程にの」
「殆どムーヴウッドだけで形成された森ってことか」
「奴らが動き回るせいで来た道も行く道も分からなくなり、入った者を迷わせるのじゃ」
「確かに、道なしの森だな」
ただでさえ森歩きというのは遭難との背中合わせで、場所の把握が命を左右するというのに、その場所を把握するための景色が変わり続けているというのだからたまったものではない。
「ゆえに探索魔法に優れた者が案内役として必要になる訳じゃな」
「それに、飛翔魔法が使えるのならこのまま飛んで越えてしまえばいいだけだしな」
「それがそうもいかん。そろそろ奴らの縄張りに入るぞ。気合を入れるのじゃ」
エルがそう言うのと同時に、俺の耳が何かが空を切るような音を拾った。顔の横を何か小さな物体が超高速で通り過ぎたのだ。
突然の攻撃に敵の姿を探すが、やはり眼前に広がる木々によって地に立つ者の姿を見ることはできない。
「攻撃を受けてるぞ。探索魔法を使う」
「その必要はない。避けるか弾くかすれば良かろう。森の中心まで急ぐぞ」
「中心ってどこだ!?」
「あの一本だけ背の高い木が中心地点じゃ。行くぞ」
言うが早いが飛翔魔法の速度を上げて飛び去っていくエル。
「敵は無視でいいのか? まぁ、とりあえず付いて行くか」
俺もエルを追って飛翔魔法のスピードを上げる。
飛んでいく最中にも襲撃者からの攻撃は続き、俺は数発の攻撃を避けきれずに弾くことになったのだが、その一瞬で見えた物体の正体は黒いパチンコ玉くらいの大きさの球体だった。
その飛来する球体を避けたり弾いたりしながらも飛び続け、俺がエルに追いついた頃には、俺達は森の中心らしい背の高い木にたどり着いていた。
「一度降りるぞ」
「わかった」
森の中心についた俺達は一旦中心の木の下に降りる。
すると、先程まで俺達を襲っていた攻撃がピタリと止んだ。おそらく、あれは対空中戦に特化した攻撃で、今は対地用に俺達の元に向かってきているんだろう。
「敵は何人だ? 俺が探索魔法を使おうか?」
「いや、敵はおらん。今さっき妾が探索魔法で確認しておいた」
「え? あんなに攻撃してきといてこの中心地に着いた途端に攻撃をやめて逃げたってのか?」
「そうではない。そもそも敵なんて者がおらんかったのじゃ」
「どういう意味だ? それならさっきの攻撃は……」
「あれは森自体が攻撃してきておったんじゃ」
「森自体ってことはムーヴウッドが?」
でも、俺の中にある知識ではムーヴウッドは基本的に攻撃してこないってあったんだけどな。あれは基本的に攻撃してこない奴らの行動じゃないぞ。
「やはり、人族の方での出現率が低い魔物なだけあって知識が中途半端じゃな。ムーヴウッドが攻撃を仕掛けるのは自らの上空を飛ぶ者に限られるんじゃ」
「じゃあ、基本的に攻撃しないっていうのは……」
「人族で飛翔魔法が使える者は多くなかったからの。ムーヴウッドの上を飛んだことがある者がおらんかったのじゃろ。攻撃を受けておったとしても、それがムーヴウッドからのものじゃと気づかんかったのかも知れん」
それで俺の知識にムーヴウッドの攻撃の特徴が無かったのか。
「神様もなんでこんな中途半端な知識にしたんだか」
「人側じゃからじゃろう。何度も言っておるが——」
「神も万能じゃない……か」
「そうじゃ。何かしらの制限があったとしてもおかしくはない。まぁ、奴らは適当な者でもあるからの、どちらが原因かはわからんがな」
「制限なのか、適当だったのか、何にしても無い物ねだりして……も……まて、『奴ら』って言ったか? ということは、神様って一人じゃないのか?」
「なんじゃ、そんなことも知らなかったのか。お主の知識の中にはないのか?」
「信仰する宗教がいくつかあって、進行する神も数種類あるってことは知ってるが、本当に神が何人もいるなんて思ってもなかった」
「そうじゃな、そのあたりについては機会があれば説明してやろう。それよりも、今は現魔王探しじゃ」
「え、ああ、そうだな」
衝撃の事実に魔王誘拐のことなんか頭からすっぽりと抜け落ちていたが、俺達の本来の目的はそっちだった。
「で、どうやって探すんだ? 俺の探索魔法でもこの広さじゃ魔物なんかの居場所と敵対してるかどうかの違いしかわからないぞ」
ムーヴウッドの縄張りに入って攻撃を受け始めてから、森の中心らしいこの場所まで結構距離があったからな、これが半径だとすればデーヴァンの街をひとまわりほど大きくしたくらいの広さがあるぞ。
「それで構わん。空を飛んでここまできたことで妾達はムーヴウッドの敵、もしくは獲物として認識されておるはずじゃ。つまり、森すべてに敵対されておる。それに気付かずに妾達への敵対をしていない者が——」
「魔王を連れ去っていった奴らの候補ってことか」
「もし、奴らが案内人を連れておれば更にわかりやすい」
「じゃあ探索魔法を使うぞ。見分けは任せていいか?」
「うむ、問題ない」
「それじゃ」
——〈探索〉
俺はこの迷いの森全体を覆えるように範囲を広くとって探索魔法を使う。
エルが行っていた通りムーヴウッドには敵対されていたようで、俺達の周りから始まって森の端まで敵対反応で埋め尽くすさんばかりの勢いだ。
その中でも俺達に敵対していない反応もちらほらといる。
「けっこういるな」
「ゴブリンなんかの弱い魔物は妾達に気付いてすらおらんじゃろうからな……お、こことここ、あとこれとこれじゃな。この四つが怪しいの」
「よくわかるな」
「先に言った二つの群れは探索魔法に反応して敵対に変わった者がおった群れじゃ。魔法に長けたエルフである案内人を連れた奴らである可能性がある」
「後の二つはなんだ?」
「それは探索魔法を使う前からこちらに敵対しておった者が共に行動しておる群れじゃな。案内人の特殊な技能というのが関係しておってな、案内人は妾達が森に攻撃を受けておった時からこちらに気付いている可能性も高いんじゃ」
なるほど、ってことは今度は四箇所か。
せっかく三択の中から候補を減らしたうえで、残りも全部確認するなんて強行策に出たってのに、こんなとこでまた選択を迫られるとは。
「どうする?」
「全部じゃな」
「だろうな。で、どっちタイプの群れから行くんだ?」
「そうじゃな、どちらと選べる程の確信はないからの。森から出そうな方を優先するのが得策じゃろ」
「あいつらは逃げてる状態な筈だしな。じゃあ、探索魔法に反応した方か。この二つはどっちももう少しで森から出られそうだ」
エルが先程選んだ反応のうち、先に選んだ二つはどちらも既に森の端にいる。もう間も無くこの道なしの森から脱出できるだろう。
「この距離なら手分けしていけるな。俺はあっちのを確認してくる」
「では妾はあちらじゃな」
「よし、行こう」
「うむ」
そう言って、俺達は再び飛翔魔法で空を駆ける。森の上を飛ぶとムーヴウッドからの攻撃は受けるが、木々の間を縫って飛ぶよりは断然早い。目的の場所に着くまでにそう時間はかからなかった。
その目的の相手だが……反応があった場所の近くに降りた俺の目に映ったのは狼だった。
「グリーンウルフか、こいつらが森を出られそうなのは案内人のおかげじゃなくて嗅覚のおかげだな」
(エル、こっちはハズレだった)
(こっちもハズレじゃな。オークの群れじゃった)
オークか、あいつらも鼻がきくのか? 確か、豚ってかなり鼻がいいんだよな。
(とすれば後の二つの群れに期待だな。そっちもダメだと迷宮だから面倒だぞ)
(とにかく確認してみる他なかろう。そちらも別れたまま確認できそうじゃしな)
(わかった。じゃあ、お互い近い方だな)
(そうじゃな)
俺はどっちかが当たりであってくれと願いつつ、再び飛翔魔法を発動させた。
近い方とは言ったが、こちらも森の外へと向かっているみたいで、この場からそこそこ離れている。エルの方が先に目標にたどり着きそうだな。
ムーヴウッドの攻撃を避けるゲームを続けること暫く。もう少しで目標に着けそうってところでエルから念話が届いた。
(またハズレじゃ。今度は魔族じゃったから襲いそうになってしもうたわ。親衛隊から出された捜索部隊のようじゃ)
そういや、一応逃げ出したやつを探させてはいるって言ってたな。例の三箇所に数人ずつだけでも人を送っていたのだろう。
(俺の方が最後の望みか……)
(そうじゃな、妾もそちらに向かうかの?)
(いや、ダメだったらすぐ移動だから確認してからでいい。もう確認できるしな)
俺は、念話をしている間に目的の反応の近くまで着き、森の中へと降りていく。
お願いだから当たりであってくれと願いながら、当たりだった場合に備えて相手に気付かれないようにゆっくりと近づく。
足跡を立てないように飛翔魔法で少しだけ体を浮かせて、木々の間を進んでいると、微かに話し声のようなものが聞こえてくる。
これは当たりなのではという期待を胸に俺が話し声の方へ近付いていくと……。
「……しが違う。あなた方が魔王様の護衛で動いているというから我々は協力している」
「うるさいぞ、案内人は大人しく案内だけしていろ」
「変な魔法でうちを連れ去った反逆者の分際で偉そうに」
「黙れ小娘。貴様なんぞを魔王と認めたことなどない」
「うちのお母さんがいたから今の魔族の国があるんでしょ! お母さん頑張ってたんだからね!」
話の内容からして完全に連れ去られた魔王と、犯人、あと案内人の会話だな。
良かった。
どうやら当たりを引けたらしい。
俺はそっと胸を撫で下ろすのだった。




