五十二話
「エル様とユウマさんはこちらでお待ちください」
ジェレーナに案内された先は応接間であろう一室だった。
赤を基調に飾られたソファーに、大理石っぽい石で作られたテーブル、壁には剣や盾やどこかで見たことあるような無いようなといった感じの人物画が飾られている。
「豪勢な部屋だな。カーペットがふかふかだ」
「これはホワイトベアーの毛皮じゃな。そこそこ希少な素材なはずじゃぞ」
「流石に高待遇だな」
俺達がキョロキョロと部屋を見回し、あの剣はどうだこの机はなんだと、都会に出てきたばかりの田舎出身者のような会話を飛ばしながら暇をつぶしていると、戸を叩く音と共に執事然とした格好の男性が部屋へと入ってきた。
「失礼致します。お茶と簡単な魔菓子をお持ちしました。お待ちの間お召し上がりください」
「魔菓子ってなんだ?」
「魔族特産の菓子の総称じゃ」
魔族産のお菓子で魔菓子か。
お菓子っぽくない禍々しさを感じる名前だな。
「魔菓子というのは大戦の頃に呼ばれるようになったものでの。
人族との交渉の為に人族の領地に出ておった者が毒殺されかけたことがあったのじゃ。その者は毒への耐性が高かったのと、解毒の薬を持っていたことがあって命に別状は無かったのじゃが、事件をきっかけに人族の作った物は食わん方がいいという流れになってな。注意を呼びかけたりしとった。
中でも子供に関しては、大人よりも毒へと耐性が低いもんじゃから普通より気を回す必要があったんじゃ。
それで人族の作った菓子と魔族が作った菓子を呼び分けることで注意させるようにしたってわけじゃな」
「なるほどな、戦争ならではというか……子供の命が危険にさらされるってのは嫌な話だな」
「あまり効果はなかったがの。
人族側が流す物をわざわざ人族産じゃと言って売る者なんぞおらんかったし、そもそも、あの事件以降は魔族に毒が効かんとでも思われたのか、人族が毒を使ってくることも無くなっておったしな」
あれは失策じゃったとカラカラ笑いながら話すエル。ちょっとしんみりした空気になったのが馬鹿らしくなるような気分だ。
「人族も子供を狙う事の危うさくらいわかっておったはずじゃ。報復で狙われるのは己れらの子なのじゃからな」
「毒だって同じ事だと思うけどな」
争い事ってのは、きっかけがなんだったにしろ報復に報復が重なってどんどん激化していくもんだ。
「それにしても、この菓子は初めて見るの」
「黄金の実をすりつぶして水で練り、それを焼いた物です。黄金焼きと呼ばれております」
「ほう、黄金の実というのも初耳じゃが……」
俺達の前に出された皿に並んでいる菓子は、俺には少し見覚えのある物だった。
「これ煎餅じゃないか?」
「煎餅じゃと?」
「前世で似たような物があったんだ。もしそうだとすると、黄金の実ってのは米の事じゃないかと思うんだが」
「米……ふむ、お主の前世での主食か」
「お二方のお話ししている物かはわかりませんが、黄金の実は遠い人族の地で採れたもので、タレも含めて我々魔族の間では高級品です」
高級品か、黄金の実ってのが本当に米の事だったとしたらぜひ白米を食べたいところだな。
それに、このタレの香りは醤油だ。発酵食品もあるとは。
「材料は魔族の国で作られた物ではないのか。ますます魔菓子と呼ぶ意味がなくなっておるな」
「さようでございますね。わたくしも先程のお話を聞くまで魔菓子と呼ばれる由来は存じておりませんでしたので」
「平和である証拠だと思いたいもんだな」
「そうじゃな」
そんな話をしながら、出された黄金焼きを一枚いただく。見た目もさることながら、味もかなり煎餅に近い感じだ。
タレが醤油そのものではないからなのか、多少俺の記憶にある煎餅とは違うが、やはり黄金の実というのは米である可能性が高いな。
ちなみに、一緒に出されたお茶は紅茶に近いものだった。これはちょっと煎餅には合わないな。確か、紅茶と緑茶は同じ茶葉から作られていたはずだから、この紅茶らしき飲み物も茶葉の発酵度合いを変えたら緑茶になるかも知れない。
可能であればこの国にいる間に茶葉を入手しておきたいところだ。
その後は、黄金焼きとやらをパリパリ食べながらまったりと時間を潰して過ごす。
「なんだ、あの絵のモデルはエルなのか。言われてみればそんな雰囲気あるな。ちょっとばかり盛ってる感じはするけど。
ちゃんと見たことがある人が描いたんだろうな。俺の像なんて完全に別人だったから少し羨ましい」
「人望の差じゃな」
「俺はなんか秘密裏に召喚されたらしいからなぁ」
二人でエルの肖像画を見ながらそんな話をしていると、再び扉を叩く音が聞こえ、今度はジェレーナが部屋へと入ってきて、準備ができたと言い、会議室へ移動する旨が伝えられる。
会議室は俺達がいた部屋から階段を上がり、少し歩いた所にあり、中に入ると、数名の魔族が待機していた。
「初代魔王様、お待ちしておりました。儂は魔王親衛隊の隊長を務めております、ガルドフと申す者でございます。我々の不手際によりこのような状況でお迎えすることになってしまい、誠に申し訳なく……」
「それはもうよい。それよりも報告を済ませてもらえんかの」
俺達が部屋に入って早々に口を開いたのは、入った先のテーブルを挟んだ向側正面に立っていたガタイのいい男性だった。
魔王親衛隊の隊長を名乗るその男性は、身長は二メートルを超え、赤と黒で彩られた鎧を纏い、顎には白髭を貯えているにもかかわらず、老獪という言葉は一切浮かばず、顔には左目の上から右頬まで続く大きな傷跡があって強面でありながらも、何処か優しさを感じる雰囲気を持っている。
歴戦の戦士というよりは、厳しくも優しい指南役のおっさんって感じだ。
「承知致しました。では、早速状況の確認から」
その後に彼が話した内容はジェレーナから聞いていたものとさほど変わらなかった。
俺達が捕虜を連れてくるという報告を受けて準備を始めていたら、魔王エルキールが消えたという報告を受け、急いで王座の間へ向かったがもぬけの殻。部下と共に城の中を探し回るも見つからなかったのだという。
「そして、捜索隊を組んでいたところで副隊長からの報告を受け、エルフェルタ様が手を貸してくださるとのことでしたので」
「この部屋を準備しておったというわけじゃな」
「はい」
「ジェレーナの報告っていうのは、俺達を襲撃してきた相手の仲間が空間魔法を使っていたってことも聞いてるのか?」
「あなたは勇者ヤシオユウマですな。空間魔法についての報告も受けております。兵が見た城を抜け出す影が怪しいということも」
「私が戻る前から城を抜け出した者の追跡は行なっていたらしいのですが、外壁を抜けたところで撒かれてしまったそうです」
「情報を持っている可能性が高いので捜索を続けてはおったのですが、人を運ぶ様子もなかったとの報告があった故にそちらにだけ兵を割く訳にもいきませんでしてな」
まぁ、転移させられた可能性について知らされてない状態じゃ、城の内部や周辺の捜索に人手を割くほかないだろうから仕方ないよな。
ましてや、側から見たら、情報を持ってるかも知れないってだけで、さらった本人である可能性は低い相手な訳だから尚更だ。
「その者の行方に見当はついておるのか?」
「追っていた者の証言をまとめてある程度の推測は立てております。周辺の地図を用意してございますので、こちらをご確認ください」
ガルドフが指示を出し、脇に控えていた者がテーブルの上に地図を広げる。街中なんかで見かけるような大雑把なものではなく、魔族の国周辺だけとはいえかなり詳細に書き込まれた地図だ。
国内に至っては重要施設から、抜け道、隠し施設についてまで書かれている。流石に国のトップが用意しただけあるが、人側である俺の前で広げてもいいのか?
「こういうのって国家機密とかになってるもんだと思ってたんだけどな」
「実際にこの地図は国家機密扱いです。エル様のお連れとしてユウマさんも信用するということですよ」
「一応、人族との融和を謳ってるわけじゃしな」
信用の証か、まぁ、俺は悪用とかするつもりはないから、対応としては大正解だな。エルからの印象を良くするという面でも役立っている。
「追っていた者の証言から推測できる行き先はいくつかあるのですが、その中でも可能性が高そうな場所は三箇所といったところでしょう。他は人が隠れたり、ましてや魔王様を攫って隠すというのに向いておりませんからな」
「三箇所となると分かれて探す必要があるの」
「そうだな。
その三箇所ってのはどんなところなんだ?」
「一つはここです」
ガルドフが指した場所に描かれているのは洞窟の入り口のような絵だ。
「ここは水の洞窟という場所で、洞窟内の至る所に地下水の浸水によって分断された通路があり、全容が分かっておらず、出口も一つとは限りません。逃げ隠れするにはうってつけでしょう」
水の洞窟か、もし内部がかなり広いものだったら浸水云々に関わらず探すのは困難になるだろうな。
「二箇所目がここ。道なしの森です」
「道なし? 森なんて道がないのが当たり前じゃないか?」
森にある道なんてわざわざ作ったりするものだろう。
それとも、獣道すら無い森ってことか?
「もちろん、普通の道ということであればそうですな。それに、獣道のような簡単な通り道であればこの森にもあります。
この森は別名迷いの森と呼ばれ、入った者は二度と戻らないと言われておるのです。森の入り口付近に住んでいる通称案内人と呼ばれるエルフの者の手を借りねば森から出ることはできません」
「迷いの森ね、普通の森じゃ無いんだな」
まぁ、こんな森に囲まれた土地で個別の名前が付けられている時点で普通の森であるはずがないか。
「この森もまた全容が分かっておりませぬゆえ、隠れるには適しております。案内人の協力を得ているか、何らかの方法で森から抜け出すことができるのであればですが」
「その案内人の協力というのは簡単に得られるものなのか?」
「普通なら難しいですな。しかし、ヴァイリスの奴があちら側についているとなれば王国魔族団の名を出せるので容易でしょう」
ヴァイリスってのは五番隊の隊長さんのことだな。
確かに、王国で保証された者が依頼したのであれば案内人の協力を得ることも可能か。
「最後がここです」
ガルドフの指した場所に描かれているのは何やら建物の周りを丸く囲ったようなマークだ。
「ここはエリスマグナ屋敷と呼ばれる場所です」
「誰も住まなくなった住居ってとこか?」
「住居というよりは街ですな。あそこはエリスマグナ家という一族が管理している土地で、領主の屋形を中心に小さな街ができております」
街ってことは人が居るんだよな。
そんなところを逃げ場所にするか? 誰かに見られたら居場所がバレかねないじゃないか。
それとも、ならず者ばかりが集まってるあまりよろしくない街なんだろうか。
「ここには普段から王国魔族団が派遣されており、現在も王国魔族団の者がいるはずです」
「それじゃあ、逃げ隠れするのに全然適してないじゃないか」
「しかし、この街は特殊でしてな——」
「あそこの地下には迷宮があるんじゃ」
ガルドフの言葉にエルが続く。
「あの場所は妾の時代に迷宮を管理する目的で作られた街でな。
そうか、まだエリスのところが管理しておったか」
「はい。既にエルフェルタ様がご存知の頃のものから十代程代替わりしておりますが、エリスマグナ家が管理しています」
「彼奴らは白眼族の者達じゃったな、彼奴らの寿命は人族に近いからの」
五百年で十世代ってことはだいたい一世代につき五十年ずつくらいだからな、寿命は確かに人間に近そうだ。
「にしてもまた迷宮か。しかし、ここに篭ったところで出入り口を固めてしまえば逃げられないんじゃないか?」
「そうじゃな。出入り口さえ抑えれば逃げることはできん」
「どの場所も転移の中継地である可能性として挙げております。迷宮内は八十階層からなる非常に広い空間ですので、隠れるにはうってつけ。
空間魔法で飛ばされたのがエルキール様のみか、数人かはわかりませんが、少なくとも一人はその足で逃げ出しているわけですから、飛ばせる人数に制限があると考えるべきでしょう。
であれば、距離や使用回数にも制限があれば、直接拠点に飛ばさず、一度中継地に飛ばしてから拠点へ向かっているのではないかと」
先に挙げた二箇所の場合は、一度魔王を飛ばしてからその足で運び出そうとしているかも知れないってことで、迷宮の場合はもう一度空間魔法が使えるようになるまで隠れている可能性があるのではってことか。
「だとすると、洞窟と森はやっかいだな。城から逃げた奴が合流したら拠点に向けて動き出すだろうから、あまり時間がない」
「迷宮の方も、空間魔法の再使用までにかかる時間がわからないので油断できませんね」
確かに、ジェレーナの言う通りだ。
俺達を襲った奴らの隊長とやらが空間魔法で転移させられたのを見たのが昨日なわけだから、翌日に魔王エルキールが攫われたことを考慮して、少なくとも一日あればもう一度使えると考えるべきだろう。
「どこに行ったにしても、猶予は良くて一日ってところか」
俺とエルが別れて探すとしても、手を出せるのは二箇所だけ、残りの一箇所は魔王の配下達に頑張ってもらうしかない。
というか、エルが俺からどれだけ離れられるか分からないから、出来れば一箇所に絞っておきたいな。
「エル、どこにする?」
エルも俺から離れて動くことの危険性はわかっているはずだ。
拠点がわかるならそっちを叩きに行ってもいいんだけどな。
「そういや、捕虜の奴らから拠点の場所を聞き出すって手もあるな。魔王をわざわざ攫ったってことは、今すぐに命を取ろうってつもりはないようだし、少し時間をかけてでも拠点を聞き出して直接そっちに行ってもいいかも知れない」
さっきの三箇所のどこかを調べに行くか、それとも捕虜から拠点を引き出すか。
「いや、それは妾達が捜索に行っている間にやらせておけば良かろう」
「それもそうか」
なにも全部を自分達だけでやることもないんだ。捕虜の尋問くらい俺達じゃなくてもいいか。
「じゃあどうするんだ?」
尋問を任せるってことはさっきの三箇所から一つ選んで探しに行くことになるわけだけど……。
「そうじゃな……」
何処にするのか迷っているのか、顎に拳を当てて頭を捻るエルだったが、やがてパッと頭を上げると、こう答えた。
「面倒じゃから、全て行ってしまおう」




