五十一話
「なんでそんなことになるんだよ……」
予定外のジェレーナの迎えだったが、お迎えどころかとんでもないものを持って来た。
「一国の王が攫われるってどうなの?」
「己が主も守れぬとは情けないことじゃな」
「返す言葉もありません」
なんか、ジェレーナがやけに落ち着いてるな。
自分の護衛対象である国のトップが攫われたってのに。
「恥の上塗りになることは承知の上で申し上げます。
エル様、エルキール様の救助にご助力いただけませんでしょうか」
まぁ、そうだよな。
こんな状況で落ち着いていられる理由なんて、自国の英雄が目の前にいるから以外にないだろう。
でもな……。
「ふむ、仕方ないの」
まぁ、断るよな。
俺たちはなるべく関わらないことに……。
「って、ええ!? 本気かエル!?」
「仕方なかろう。聞かずにおったのであれば関わらんでも良かったが、妾が話せと言ってしまったことじゃからな。魔王たるもの自らの言葉には責任を持たんとな」
(まて、なるべく関わらないって方針で行くんじゃなかったのか?)
(言った通りじゃ。己が言葉には責任を持たんといかん。あちらには都合の悪いことでも話せと言っておいて、自分の都合の悪い内容じゃったら聞かなかったことにするなんてことは、魔王として死んでもできん)
ああ、なるほど。『お主らに都合の悪いことであるのなら聞かなかったことにしてやる』か、確かにあっちに都合の悪い話ではなかったな。
ジェレーナが笑っていた意味がわかった。エルの言葉を聞いて安心したんだ。
断られることはないって。
魔王として、英雄として、断らないって。
「仕方ないか」
「仕方ないの」
「後でなんか埋め合わせしろよ」
「ふむ、ではお主が知らなそうな魔法を教えてやろう」
それなら、まぁ悪くない対価か。俺が知らないってことは人族に伝わってない魔法ってことだから珍しいものだろうし。
「まったく。で、ジェレーナ、詳しく聞かせてくれるか?」
「わかりました。とはいえ、私もエル様をお迎えに出た後に聞いたことですので、あまり詳しくは知らないのです。
順だって説明致します」
それからジェレーナが話した内容は簡潔に言えばこうだ。
昨日、俺達と別れたジェレーナは夜通し走り続けて真夜中にエルキール魔族王国へと到着。
そのまま馬車の用意をさせ、城に伝令を出した後にエルを迎えに行くべく王国を出立。
今日の朝方まで交代で睡眠をとりながら進み続けていたところ、城にやったはずの伝令が追いかけて来て王が攫われたことが判明。
自分が戻るよりもエルに援軍を願った方が良いと考え、速度をあげてこちらへ向かい、今に至る。
ちなみに、伝令役が俺達のことを伝えたのは城の周辺の見回りをしていた五番隊の隊員だったそうだ。取次をと伝えたらそのまま音沙汰がなく、しばらくして城の中が騒がしくなってきたので妙に思い、忙しなく動き回る者の中でも一応その場に留まっていた門番に様子を聞いたら事件について聞かされたのだと言う。
「五番隊か」
「予想通りあちら側じゃったの」
「それで内側から不意を打たれて対処しきれなかったってことなんだろうけど……いくら内部からの不意打ちとは言え、報告に行ってからそんなにたたないうちに事が起きたってなると、簡単に攫われ過ぎな気もするな」
「あの隊長が直接関わっていたとしても、大した実力も無かったからの。ちとおかしな話じゃな」
「あいつだけの力じゃないんじゃないか?」
「魔道具か……」
「だとすれば、頼まれたんじゃなくても追いかける価値はありそうだ」
「問題はどこに行ったかじゃな」
魔道具を使ったとして、もしあの声だけの奴が使ったものと同じだとすれば、使われたのは空間魔法だろう。それならば簡単に攫われたのも肯けるというものだ。
そうなると、空間魔法での移動先が問題になる。
俺達を襲った奴らの隊長がどこに連れていかれたのかが分からないように、魔王が連れていかれた場所も特定できない。
捕虜の魔族達から聞き出すしかないか?
「それならば、一つ心当たりがあります」
俺が、ジェレーナが連れてきた他の魔族達によって寝たまま荷馬車に積み込まれた副隊長達に目をやりながら考えていると、ジェレーナから意外な声があがった。
「空間魔法で転移したってのに移動先がわかるのか?」
「確かではありませんが、この話を持ってきた伝令の者が聞いた話ですと、エルキール様の行方がわからなくなった頃に城から逃げ出す人影が目撃されているらしいのです。もし、その者が魔王様を誘拐した犯人だとすれば……」
「そいつが向かった先が魔王の転移先である可能性が高いってことか」
「様を付けなさい」
「元勇者に何を望んでるんだ。で、その犯人らしき人影はどこに向かったんだ?」
「それはわかりません」
おい。
心当たりがあるんじゃ無かったのか。それじゃあ手掛かりの一つ程度じゃないか。
いやまぁ、何の手掛かりもない状況よりはマシだけどさ。
「一度王国に向かいましょう。情報を集める必要があります」
「そうするか。捕虜の積み込みも終わってるみたいだし」
「では、エル様は馬車にお乗りください。ユウマも乗っていいですよ」
魔王を助けるのを手伝おうって相手に随分な言いようだな。
……いや、今更か。
俺とエルはジェレーナが乗っていた馬車へと乗り込み、ジェレーナがその後に続く。御者は彼女と共に来たもう一人の人がやってくれるようだ。
「そういや、夜通し走り続けてたって言ってたよな? 馬車を引く馬は大丈夫なのか?」
「それならば問題はありません。この馬車も後ろの荷馬車も引いているのはハイホースという魔獣ですので。数日程度ならば走り続けていても倒れることはありませんので」
「魔獣? 魔物とは別物なのか?」
「ふむ、そういえば魔獣というのは魔族特有のものじゃったな。魔獣と魔物の違いは単純に使役されておるかどうかじゃ。
テイムという魔法の知識はあるかの?」
「ああ、生物を使役するってやつか?」
「そうじゃ。魔獣というのは魔物の中でもテイムの魔法によって使役されておる者を指す。今はどうか知らんが、妾達の時代では人族は魔獣という呼び方はしとらんかった。
魔族が使うイメージが強いのか、魔の使いなんて呼び方をしとる者もおったが、大半は魔物で統一しておったようじゃな」
「現在では人族の間でも魔獣という呼び方が浸透しています。テイムが魔術で再現できるようになったので、その影響ですね」
「ほう、あれは再現の難しい魔法じゃと思っておったが」
再現の難しい魔法か。
確か、細かな調整が必要な魔法は失われた魔法とか呼ばれて魔術では再現ができていないんだっけ。
「確かに再現が難しい魔法ではあるのですが、それよりもテイムの魔法の難しさは『魔物自身の同意が必要である』という部分ですので、自我の薄い小さな魔物相手ならば魔術としても成功率が高いのです」
「昔テイムの魔術が流行らなかったのは再現の難しさよりも契約の難しさゆえじゃったか」
「昔は魔物との契約ができる者ならば、殆ど場合魔法が使えておりましたので。父からの受け売りですが」
「魔法が衰退したせいで本来ならテイムの魔法を使えるくらいの才能がある人でも魔術を使うようになって、テイムの魔術に受容が出てきたってことか」
「それでも人族でテイムの魔術を使える者は珍しいですけどね」
人族でテイムできる者が少ないのは相性みたいなものがあるのか、ただ単純に人族の魔物を手懐ける技術が低いのかはわからないが、人族で魔獣を連れてると目立つってことだな。覚えておこう。
「そういえば、話変わるけど、魔王が自分であいつらから逃げるってことはないのか?」
「そう言われてみればそうじゃな。攫われてしもうたのは空間転移で説明がつくが、魔王になるような者なのじゃから自力で脱出してもおかしくなかろう」
「エルキール様はまだ十歳になったばかりですので、それは難しいかと」
十歳!? エルと初めて対峙した時も、随分若いのが出てきたと驚いたもんだが、十歳ってこの世界でも成人してない歳じゃないか。
「随分と若い魔王じゃな」
「お前が言うか……と言いたいところだが、俺もそう思う」
「先代が子を授かるのがとても遅く、エルキール様を産まれてから数年で亡くなられてしまいましたので」
「現魔王は親から受け継いだ者じゃったか」
「受け継ぐ? なんか前にもそんな話をしてたような気がするが」
「うむ、そういえば話しておらんかったな。魔王になると言っても様々あっての……」
魔王になる方法は大きく分けて三つあるのだそうだ。
一つ目は力で魔族達を束ねて王になるというもの。
二つ目は魔族達に選ばれて王になるというもので、エルはこのパターンらしい。
三つ目がエルキールのパターンで、自分の親が魔王でそれを継ぐ方法。
基本的にはこの三種類の方法で魔王が誕生するわけだ。
と言っても、二つ目の場合は殆どが力の強い者が選ばれるので、条件としては力で魔王になる一つ目とそう変わらなくなるし、この三つ以外の方法もあるらしいけど。
「それで、現魔王は若くして魔王に就任したと」
「それでよく他の魔族を纏められるものじゃな」
「就任当初……いえ、今現在もですが、問題はいくつか起きています。当時は反対する者も多かったですし、今になって旧魔族派などという輩が幅を利かせ始めたのもエルキール様を軽んじる恩知らずが増えたことも原因としてあるでしょう」
「難儀なものじゃな」
「何というか、魔族って力こそ全てみたいなイメージあるしな。むしろ、現魔王を支持してる奴はどうして残ってるんだ?」
「多くは先代から仕えている者が残っている形ですね。先代はかの大戦で逃げ延びた者達を守り、新しい王国を作り上げたうえで、更なる争いを生まぬようにと、不可能と言われていた人族との協定を結ばれた偉大な方でしたので」
「先代に助けられたって魔族は多いってことか」
それで恩知らずね。
まぁ、デーヴァンの図書館で読んだ歴史書からしても、俺達が封印された後の魔族は随分苦労したみたいだからな。
「つまり、みんな先代への恩義でエルキールに使えてるんだな」
「それだけではありませんよ。エルキール様はまだお若いですが立派に魔王を努めておられます。もう十数年もすれば、先代のように国を支える存在となるでしょう」
現魔王についている者達は、早くに親を亡くしたエルキールを守ることで魔族王国を守ってるのかも知れないな。
「しかし、それならそれで、エルキールが育つまで代理を立てとくとかできなかったのか?」
「魔王とはそう簡単に変われるものではないからの。一度任命された魔王の意思は絶対とされることが多い。仮に、代理とした者が譲らんと言えば魔王の座は奪われる。
ま、その場合は力で引き摺り下ろしてやれば良いのじゃがな」
「それはそれで面倒になるんで、若くてもいいからエルキールを就任させておいたのか」
「そうです。そんなことで国力を削ぐのも馬鹿な話ですから」
それでこんな騒動になったってんじゃ元も子もないだろと言いたいところだが……まぁ、そんな話をしたところで意味はないか。
「それで、エルキール魔族王国にはどれくらいでつくんだ?」
「本日のお昼ごろにはつくと思います」
「ついたらすぐに城で情報の確認かの?」
「はい。伝令を走らせましたので、既に準備は進めている筈です。
本来であれば食事の用意をしてお迎えしたかったのですが、このような事になってしまい……」
「それは気にせずとも良い。相手の居場所さえわかれば妾達がすぐに解決してやる」
「そんな簡単に済めばいいけどな」
相手が使っているであろう魔道具に関してもまだ把握しきれていないし、そもそも、あまりに遠くまで転移させられていたらそこに向かうだけで一苦労だ。
簡単に片付けられるとは言い切れないと思うんだが。
「悲観したところで得はなかろう」
「それはそうだけど」
どこから来るんだ? この圧倒的な自信は。
「食事をする時間はありませんので、道中で食べられるようなものを私が作りましょう」
「ジェレーナが?」
「簡単なものしかできませんが」
捕虜達に配ったおかげでパンの在庫は無くなっているし、普通ならお言葉に甘えるところなんだが、彼女の料理ってことは虫食なんだよなぁ。
「わざわざ作らんでもパンが何かを用意しておけば良い。此奴のマジックボックスに収納しておけば劣化はせんのじゃからな。軽い食事ならば、片手で食べられるパンなどの方が向いておるじゃろ」
「確かにそうですね。わかりました。城につき次第用意させましょう」
俺の考えを読んで気を回してくれたのか、エルの助け舟によって虫食は免れたようだ。
あとでお礼言っとこう。
そんな話をしながら数時間馬車に揺られ、ちょっとお尻が痛くなってきた頃、御者台の方からコンコンと戸を軽く叩く音が聞こえてきた。
「エル様、エルキール魔族王国が見えてきたようです。こちら側の窓から見えますよ」
「ほお、どれどれ」
「俺も見せてくれ」
ジェレーナに促されて窓へと群がる俺とエルが、馬車の両側に付いている窓の片側を覗くと……。
「これはなかなかすごいもんだな」
「年月が流れたとはいえ、一度国を追われた者達が作ったとは思えんな」
俺達が走っている場所が、王国より少し高いところにあるのか国を見渡せるような感じになっており、眼前には頑丈そうな外壁で囲まれた清楚な雰囲気の街並みが広がっている。
建築物のイメージが統一されていて、前世で見た海外旅行のパンフレットの表紙のようだ。
ちなみに、パンフレットの表紙なんてものしか浮かばないのは、悲しいかな、俺は海外旅行なんて行ったことがないからだ。
まぁ、そんな話は置いておいて……。
そんな、白い壁にオレンジ色の屋根に統一された街並みも綺麗なのだが、それよりも目を引くのが国の真ん中に大きく佇んでいる城の存在だった。
まるで物語に出てくるお姫様が住むお城のようだ。
壁は街並みに合わせて白くしてあるが、屋根は他の建物とは違うと主張しているかのようなブルーに彩られている。
「これなら観光名所とかになっててもおかしくないな」
「立地は最悪じゃがな」
「まぁ、森を切り拓いて作った場所みたいだからな。それは仕方ないだろ」
「これでも、この道ができたことでだいぶ楽になったのだと聞いています」
魔族と人が和平を結んだのは戦争が終わってすぐって話だったけど、道ができたのは結構あとになってからだったのか。
戦争が終わってすぐじゃ国を建て直すので精一杯だから当然っちゃ当然だな。
俺達はエルキール魔族王国を眺めながら進んでゆき、成り立ちや街の名所の話を聞いたりしているうちに入国の為の門へと辿り着いた。
流石に魔王直属の親衛隊の馬車だけあり、ほとんど顔パスでその門を通り抜けることができた。
そして、そのまま街中を走り抜けてゆき、城に着くと、これまた顔パス同然で中へと入っていく。
そんなんだから自国の王を攫割れたりするんじゃないか? と思わずにはいられないが、ここでそんなことを声に出せば面倒なことになりそうなので、それは頭の隅に置いておくことにする。
そして、馬車が止まり、俺達はジェレーナについていく形で、家長不在の魔王の城の門を潜るのだった。




