四話
気を取り直して、次は魔法だ。
色々な魔法が使えるのはわかっているが、日常的に使えるものについては予め確認しておきたい。
何より、魔法を使うという事自体が楽しくて仕方がない。
まずは、先生とよく話していた探索魔法を試してみよう。
周囲の敵や味方を探知する魔法は……あった!
〈探索〉
周囲の状態を感知する魔法。
範囲・精度は使用者の魔力に依存する。
なるほど、サーチか。名前はそのままだな。
範囲と……精度? 探知の精密さっていうのはどういう事だ? 動物か人間かみたいなのがわかるって事かな?
……とりあえず使ってみよう。
——〈探索〉
「うわっ!」
つい声が出てしまった。
周りの人からの視線が恥ずかしいので、虫を追っ払うふりをして誤魔化す。
声が出てしまった理由は、単純に探索の効果が想像を遥か上を行っていたからだ。
こっちに誰かいますよーって程度だと思っていたら、まさかの地図ごと脳内に浮かんできた。
しかも、範囲がおかしい。街全体どころか、地下の下水まで感知していた。
また、どうやら敵対反応もわかるらしく、下水にいる魔物に敵対反応が出ていた。
そして、自分の少し後ろの建物の影に隠れている奴等からも敵対反応が出ている。
調節して詳しく確認してみた所、どうやらゴロツキに目を付けられてしまったらしい。
今の服装は精霊が用意してくれた物なのだろう、街を歩いてる人達と比べて少し良さそうに見える。
しかも、昼間っから広場でボーっとしているんだから仕事がないプータローか、仕事をしなくてもいい裕福な人間というように見えるだろう。
で、そこそこ良い格好してるんだから後者という事になり……。
「おい」
「そこの坊や」
「金出しな」
絡まれる。
これ俺が貴族の息子とかだったらどうするんだろ。
まぁ、貴族の息子が昼間から広場で串焼きを食べてるわけもないか。
「お断りします」
当然お断りだ。
「なんだと!?」
「てめぇ!」
「痛い目みてぇのか!」
寧ろ何故払うと思ったんだよ。
「こんな人目のある所で喧嘩ですか?」
この世界に来てまだわからない事が多いとはいえ、流石に警察みたいな機関はあるだろう。
そうでなくてはここまで平和な街である筈がない。
ロスヴァールも良い街だって言ってたし。
「誰か助けてくださーい! 恐喝でーす!」
「くそ! ずらかるぞ!」
「話がちげぇぞ!」
馬鹿なんだろうか。
ナイフをチラつかせていたが、そんな事で簡単に金を出す訳ないだろうに。
にしても、一人気になることを言ってたな。
話が違うってのはつまり、誰かから言われて俺を脅しに来たって事だよね。
見た目だけで絡まれたって訳でもないのか。
まぁいいか。一応、他の敵対反応は無いみたいだし。
ひとまずそちらは気にしないことにして、魔法の確認を続ける。
次に確認したのが〈遠視〉の魔法。
遠くを見る事ができる魔法で、ちょっとこれは犯罪に使えてしまう。歳的にもう枯れたと思っていた感情がピョコンっと出てきたので理性で抑えつける。
これも容姿に精神をあわせた弊害だろうか。
いや、まぁ、この身体でもう枯れてますってのは流石にキツイけど。
遠視の魔法を使う事で始めて自分の容姿を確認する事ができた。
よく考えみたら新しい身体になってまだ鏡も見ていない。
髪は暗い赤色、顔は結構童顔だ。見る人によってはと言っていたが、自分で見ても18〜20には見えない。15、6ってとこだ。
まぁ、それでも成人はしてる年齢だから問題ないだろう。
そもそも、この身体で年齢なんて意味があるとも思えない。
むしろ、作ったばかりなのだから本当の年齢はまだ0歳だ。
ちなみに、自分で言うのもなんだが結構整った顔立ちをしている。モテそう。
精霊もなかなかいい仕事するじゃないか。
身長は170無いくらい。165〜168って所だ。
前世は結構背が低かったからこの身長でも文句はない。
体型は馬鹿みたいな筋力値の割に普通だ。そこらの一般人とそう変わらない。
この見た目で本当にあんな筋力があるのか? と疑問に思い、落ちてた小石を摘んでみたら指だけで砕く事ができた。我がことながらちょっと引く。
さっきのゴロツキと喧嘩しなくてよかった。ちゃんと力加減を覚えてからじゃないと、ただの喧嘩が殺戮ショーになりかねない。
その後、いくつかの小石を砂に変え、なんとなくこのくらいかなぁという程度には力の加減を覚えた。
一通り魔法を試してみて、生活に使えそうな〈着火〉や〈給水〉、〈浄化〉などの魔法を確認した。
他の魔法も試してみたかったが、思い付いたのがどれも派手な攻撃魔法だっため、街中では使えない。
そんな事をしていたら日が傾いてきて、そろそろ戻る時間だ。
来る時もただ道なりに歩いただけなので帰りも迷う事はない。
もうすぐ魔法局に着くかという所で鐘の音が辺りに響く。ゴーンゴーンと耳に煩くないのになかなか迫力のある音で、これは良いものだと立ち止まって暫く聴き入ってしまった。
これは明日の第三小鐘が楽しみだ。
魔法局に着くと、既にロスヴァールが局の前で待っていた。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、構いませんよ。街はどうでしたか」
「活気があって面白かったです。また時間があれば歩き回ってみたいですね」
「それは良かった。次は誰かに案内させましょう」
「感謝します。それで、宿へはどう行けば?」
「馬車を用意してあります。いま取りに行かせてますから少々お待ちください」
ロスヴァールがそう言うと同時に、魔法局の裏手から馬車が出て来る。
「来ましたね。明日は私が行けませんのでうちの職員がお迎えにあがります」
「色々とありがとうございます。あ、これあまり使わなかったのでお返しします」
ここを出る前に渡された硬貨の入った布袋をロスヴァールに渡そうとするが、そっと返されてしまった。
「いえ、今後も必要になることがあるでしょう。持っていてください。必要になったらまた仰って頂ければご用意しますので」
「何から何まで感謝します」
まさかのお金はいくらでも払います宣言。金額が云々と考えたのが恥ずかしいくらいの高待遇だ。
「それではまた明日」
「はい」
俺は馬車に乗り、宿へと送って貰った。
宿はかなり豪華な建物で、送って貰った御者に聞いたところ、貴族や大商人などが利用する一級宿だそうだ。
前世で旅行することくらいあったが、ここまで豪華な宿に泊まるのは初めてかもしれない。
受付で名前を伝えると、すぐに担当の者が来てくれて部屋へ案内された。従業員が一人自分の担当として充てがわれているということに開いた口が塞がらない。
部屋もまた二十畳はあるかという広々とした豪華なもので、ベッドは大の大人が二人悠々と寝られる広さ。敷いてあるマットもふかふかでとても寝心地が良さそう。テーブルにはフルーツが置かれている。
「夕食は後程お持ちします」
食事もここに運んでくれるらしい。
どこぞの王様になった気分だ。
「それでは、ごゆっくりとお寛ぎください」
部屋が二部屋付いており、そちらはトイレと風呂場になっていた。
日本人として風呂があるのは嬉しい。
せっかくだから、夕飯の時間まで風呂に入ってゆっくりと疲れを癒そう。
風呂に入ったり、ベッドで寝転んだり、フルーツを摘んだりして寛いでいたら、部屋の戸をノックして従業員が夕飯を持って来てくれた。
日本の食事で舌が肥えていたので感動する程ではなかったが、とても美味しい夕飯だった。
メインのステーキは、元の世界で食べたら財布がすっからかんになる様な高級肉といった感じで、噛めばとろけて、それでいて脂っこくなくしっかりとした肉の味が口の中に広がる。あえて言うならばソースがいまいち。たぶん、香辛料をあまり使えないのだろう。こんな豪華な宿でもそうなのだから香辛料はかなり高級品ということだ。実際、スープは少し味気なかった。
ともあれ、食事を堪能し、皿を下げて貰い、俺はベッドに潜る。
召喚初日で疲れもあったのか、その夜はグッスリと眠りについた。
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《テオール王国王都 王城》
「ロスヴァール公爵より勇者召喚成功の知らせが参りました」
「そうか。それで、使えそうなのかその勇者は」
「はい、魔法局の鑑定器で数値が測れない程の魔力だとか」
「それは……機器の故障ではないのか」
「すぐ後にデーヴァン支部の局長が鑑定し、故障でないことを確認しております」
「ふむ、身体能力はどうなのだ」
「それは正確に確認できていないそうです。街のゴロツキを差し向けたものの、うまく行かなかったようで」
「まぁそちらは今後の訓練で確認できるか」
「未確認ではございますが、道端の小石を指で砕いていたという情報もありますので問題ないかと」
「うまくいけば良いが」
「殿下、この作戦が失敗すれば王国が滅びます」
「わかっている。だからこそ万全を期さねばならん」
「承知しております」
「何かあったら随時報告するように」
「はっ!」
報告をしていた者が部屋を後にし、静かになった空間にため息が一つ響く。
「まったく、異世界の者を利用しなければ国も守れぬとは……儘ならぬものだ。しかし、このような事態だ多少の犠牲は致し方ない」
再度深いため息をつき、王もまた部屋を後にする。