四十七話
翌朝。
俺は起床後、まだ寝ているジェレーナと兎を含めた全員に清掃の魔法をかけ、朝食に昨日の残りの串焼きとマジックボックスに保存してある果物を準備しつつ、一緒に昼食用のサンドイッチを用意して、出発の準備を完了させる。
あとは昨日作った家やベッドを片付ければすぐに出られるけど、まぁ時間的にはまだ早いし、ジェレーナが起きてくるまでそっとしておくか。
彼女にかけた睡眠魔法はとっくの昔に解けているが、それでも起きる様子がないのは、伝説の魔王とされているエルフェルタ・リンドの護衛だとかって気を張っていて疲れていたんだろう。
まぁ、自分が所属する国の先代か先々代あたりの国王かつ英雄だからな。緊張もしたろうし、気疲れもするよな。
「そんな大層なものでもなかろうに。現魔王の部下は現魔王に忠誠を誓っておる筈じゃ。妾のような老獪なんぞに気を使う必要なんかないんじゃがな」
自分で老獪とか言っちゃうのか。
「まぁ、そうもいかないだろ。仮に理屈ではそう思っていたとしても、立場上、態度には出せないしな」
「それにしたって気を張りすぎじゃ。デーヴァンのギルド長どもを見習うべきじゃな。彼奴らは英雄であるはずのお主に一切の遠慮がなかったではないか」
「あれはあれで普通なら問題あるけどな。俺はあの方がやりやすかったから有難いけど」
彼らには伝わっていなかったんだろうけど、王家では俺が人間に復讐しようとしてるって思われているっぽいし、そのことを知っていたら態度も変わったかもしれない。
そもそも、人間と魔族では500年っていう時間による影響が大きく違うってのが一番の原因だろう。
「人間、いや、魔族の領地に近付いてるから人族って呼んだ方がいいか。人族の中で俺達がいた時代を知っている奴ってのはまずいない。誰もが伝説とか伝承とかって形でなんとなく知ってるってだけだ。
その点、魔族の場合は自分たちの両親や祖父母、下手すりゃ自分自身ががまんま当事者だからな。そもそもの感覚が違うんじゃないか?」
「それはそうなんじゃがな、妾が封印されておる間に500年も経って情勢も大きく変わっておるというのに、今更そんな気を使われてもの」
「まぁ、英雄ってだけでも実際に会えば緊張するもんだと思うぞ」
俺だって、前世で好きだった歌手がうちの近くの公民館でコンサートをした時に、握手をお願いするだけでめちゃくちゃ緊張したものだ。
……いや、この例えは微妙か? なんにしても、相手が自国の英雄となれば、緊張の度合いは歌手の比ではないだろう。
「それはわかるんじゃ。しかし、ここまで気を使われると、何かしらの問題ごとの解決に駆り出されたりしそうでの」
「意外だな、エルだったら『困っておるのであれば妾が解決してやろう! 相手を全滅してみせるのじゃ!』とか言いそうなもんだけどな」
「お主は妾をなんだと思っておるんじゃ。
先にも言った通り、既に妾がいた時代とは情勢が変わっておる。そんな状況で頼られても困るだけじゃろ」
「それもそうだな」
そもそも、今の時代の厄介事に昔の者が関わったところで、いい結果になることはほぼない。
今の時代の問題は今の時代の者が解決すべきなのだ。
「本音は『面倒だから』ってところかの」
「うっ……いや、だって、赤の他人から面倒事押し付けられるのなんて嫌だろ」
「そうじゃな。まぁ、実際に行く前から考えておっても無駄というもんじゃがな」
「普通に会ってみたいってだけかも知れないしな」
そんな話をしているうちにジェレーナが申し訳なさそうに起き出してきたので、用意した朝食を済ませ、土の家を潰してしまう。他の人に見つかって『謎の建物発見! 森に住む未知の生物か!?』とかなっても嫌だしな。
準備が全て整い、今日もまたエルキール魔族王国へと出立する。
野営地を出てから、魔物に襲われはするものの特に問題というような問題も起きず順調に進み、既に時間は昼飯時だ。俺達は適当に場所を確保して準備しておいたサンドイッチを食べている。
「このまま行けば予定より早く途中の集落に着けそうですね」
「今夜はそこに泊まって明日には魔族の国に着くんだよな」
「何もなければそうですね」
「含みのある言い方じゃの。何か懸念でもあるのか?」
「いえ、懸念という程の事ではないのですが……」
そう言ってジェレーナが話し始めたのは、最近この辺りで何故か盗賊が出没しているというものだった。
この世界では盗賊なんてさほど珍しいものではない。しかし、ことこの辺りに限っては少々おかしな話ではあるのだ。
そもそも、俺達が通っている場所は魔族の国へ行く場合の正規ルートではなく、殆ど獣道と言って相違ないような道なのだが、普通、盗賊が狙うような商人や貴族が使う道は他にちゃんと用意されている。
数百年前、俺とエルが封印さてた後に魔族の国と人族の国が国交を結ぶこととなり、互いに今まで行き来することなんかなかった場所との交流を始めることになったわけだが、それに際して魔族の国に一番近いデーヴァンと現在の魔族の王都であるエルキール魔族王国との間に道を通す必要が出てきた。国交を結んでこれから交流していこうって言うのだから当然なことではある。
しかし、これにデーヴァンに住む領民から反対の声が上がった。まぁ、少し前までは敵同士だったわけだから仕方のないことだろう。
そのことで一番困ってしまったのはデーヴァンの領主だった。国からは国交のために道を作れと言われ、しかし自分の領地に住む民からは反発されている。要するに板挟み状態になってしまったわけだ。
ついに自分達を守るはずの軍に所属している兵隊達まで道をつくることに反対する者が出始め、あわや暴動かという状況までいったころで領主が苦肉の策として一つの案を出した。
それは『遠回りした形で道をつくり、互いの領地にすぐには着けないようにする』というもの。国交で使うにはそこまで不便はなく、ただし攻め込むのに使うには不便になるという、どっち付かずながらギリギリ両方の懸念を解消できる本当に苦肉の策だったわけだが、幸運にもその案で領民を説得することに成功。
かくして、エルキール魔族王国とデーヴァンの間には、馬車を使っても最速で三日はかかるという商人や政治家以外にはあまり使われないぐるっと遠回りした道が出来上がった。
初めはジェレーナもこの道で魔族の国まで行くつもりだったらしいが、馬車で最速三日と言うのは、馬車も、その馬車を引く馬さえも使い捨てにする覚悟で走り通した場合のもので、通常通りだと少なくとも四日、平均で五日ほどはかかる道のりになってしまう。
ジェレーナの計画は『そんな長いこと馬車に揺られてるなんてごめんだ』というエルの一言で却下された。
で、結局、歩きでしか通れない獣道のような場所を通って魔族の国に向かっているわけだ。
そんな道なので、ここを利用する者は主に冒険者や正式な用事ではない魔族ということになる。
「この道を通る者を襲ったところで実入りは少ないはずなのですが」
「しかし被害が出ているのじゃな」
「そのようです」
「とはいえ、盗賊程度に後れをとるような面子でもないしな。そこまで心配する事でもないんじゃないか?」
野営地での話の続きというわけではないが、俺達が襲われたわけでもないのにそんなことに巻き込まれるのはごめんだ。魔王の親衛隊であるジェレーナは気になるのだろうが、俺達は今の所無関係なんだしな。
「そうですね。失礼しました」
「よいよい、態々探してやろうとは思わんが、もし遭遇することがあれば始末してやろう。おかしなことをしておる連中じゃ、もしかしたら強者がおるかも知れん。最近、手応えのないものばかりで退屈しておることじゃしな」
「なんか、お前いつもそんなこと言ってんな」
「では、お主が相手してくれるか? 妾としてはそれでも良いぞ?」
「やめておけ、貴様では勝てん」
「なに歴戦の戦士のようなことを言っとるんじゃ」
言葉だけじゃない、雰囲気も歴戦の戦士っぽく演出したぞ。
「できとらんな、ちょっと眉を寄せただけではないか。困った顔をしている子供といった方がしっくりくるの」
「子供って……」
お前、自分の年齢二十歳とか言ってたろ。俺の体もそんなに変わらないはずだぞ。
「まぁ、いいや。昼食も済んだしそろそろ行くか」
そうして腰を上げてまた獣道を歩き出す俺達。
ことが起こったのはそれから数時間後、間も無く目的の集落につこうかといったところだった。
俺は忘れていたのだ。
前世で担当医の先生が言っていた『フラグ』という神の悪戯のごとき存在を。
「本当に会うことになるとはな」
「偶然というやつはおかしなところで顔を出すもんじゃからな」
「偶然よりも必然を感じるんだが気のせいか?」
噂をすれば影がさすという言葉があるが、そのまま正にと言った感じで俺達の周りを木に隠れながら囲んでいる盗賊らしき人影。彼らを尻目に俺はジェレーナへと視線を移す。
盗賊の話は彼女が出してきたものだ。どことなく陰謀の匂いがするようなしないような。
「我々魔族がエル様の気分を害す事をしたところで何の得もありません」
「んー、そう言われてみるとそうだな」
考えすぎだろうか?
そもそも、この盗賊どもが実際にこの辺りにいたから話題に上がったわけで、それと出会うのもある意味必然ってことかも知れない。
ただ、暇を持て余したエルにとっては気分を害すどころか、献上物になりかねない代物だし、そのことを伝えてもいたわけだから、完全に信用できるいいわけではないな。
「本人達から聞き出せばいいか」
「殺さずに捕縛じゃな」
「眠らせてしまえば一発じゃないか?」
「それじゃつまらん。妾にやらせてくれんかの」
「いいけど、やり過ぎるなよ。生きていればいいってわけじゃないんだからな」
「わかっておる」
ともかく、まずは相手さんの目的を確認しないとな。
もしかしたら、よそ者である俺達を警戒して見張っている一般人って可能性もなくはないし。
「なあ、さっきから木陰に隠れているのはわかってるんだ。そろそろ出てきて顔を見せてはくれないか。俺たちは怪しいもんじゃない。そちらに敵意がないなら危害を加える気はないぞ」
一応、ハッタリじゃないぞという意味を込めて隠れているうちの一人に向かって話しかけるが、なんの反応もない。
「敵意があるかないかの判断ができなければ、攻撃していいのかの判断もできない。出てこないのならば、俺達の身の安全のためにこちらから攻撃を仕掛けるからな」
少し待っても動かない相手に業を煮やし、そう言葉を追加したらやっと反応があった。
俺が見ていた木の陰から人影が現れる。
「随分と威勢のいいにいちゃんじゃねぇか。人族のくせに生意気だな」
出てきたのは一人だけ。他の奴らはバレてないと思っているのだろうか。
「人族のくせにってことは、あんたは魔族なのか。見た目は普通の人にしか見えないけどな」
「俺を人族なんぞと一緒にすんじゃねぇよ。こう見えて角紅瞳族なんでな」
「角紅瞳っていうと五番隊の隊長さんと同じか、確かに目が赤いけど……あの人は肌の色が灰色だったと思ったが」
「王国魔族団のヴァイリスに会って無事とは運がいいやつだな。あいつも結構な人族嫌いだったはずだけどな」
「いや、なかなか面白い奴だったぞ。自分で仕掛けてきたのに待ってって言ったら待ってくれたり、去り際にギャグかましていったりな」
「何言ってんだかよくわかんねぇが、魔族をバカにしてんのか?」
「バカにはしてないよ」
言ったらエルも魔族だしね。しかも魔王だしね。
「まぁいいか。とにかく、お前ら、持ってるもん全部出しやがれ。素直に従えば身動き取れなくなるくらいに痛めつけるだけで勘弁してやる。従わねぇなら殺す。好きな方を選べ」
なんて選択肢だ。従えば助けるってのは聞いたことはあるけど、従っても助からないじゃないか。
まぁ、答えは決まってるんだけどね。エルがもう飛び出しそうだし。
「とりあえず敵ってことでいいな。お前も……周りにいる奴らも」
「なにっ! お前気づいて——」
「エルさん、やっておしまい!」
そこからはただの蹂躙劇だった。
自信満々に出てきた男はエルの拳で一撃だったし、潜んでた奴らもまさにサーチアンドデストロイ。ちぎっては投げちぎっては投げで次々と木陰から放り投げられてくる。
無論、デストロイとは言ったが命を奪ったりはしていない。殺さずに最初の男のそばへと積み上げられていっているだけだ。そこだけ見れば死屍累々……いや、死んでないんだけどね。
俺達はただそこに突っ立っているだけだったが、決着はすぐについてしまった。
働かないというのもなんだったので、俺は気絶している魔族達をロープで縛っていく。
「こう見ると、魔族ってのは種族が多いんだな。肌の色だけじゃなくて、姿形が全然違う奴もいるぞ」
「500年前の大戦に敗戦した魔族の間で、力を得ようと異種族の交配が盛んになりましたからね。エル様や貴方がいた時代とは大きく変わっています」
「と言われても、結局500年前は魔族とあまり戦わなかったからな。俺が知ってる魔族なんてエルぐらいのもんだったぞ」
知識としては少しは知っている種族もいるけどな。それでも、神様にもらったこの知識は人族側に偏っているみたいだから、当時でも俺の知識にない魔族は多くいたのだろう。それに加えて封印されている間に増えてるってことか。
「それにしても、ジェレーナは魔族がここまでやられて気にならないのか? 一応、魔族王国の中でも偉い方なんだろ?」
「私はあくまで一兵士ですので、そこまで高い地位にいるわけではありません。それに、相手の力量もわからず喧嘩を仕掛けるような愚か者はこうなって当然です」
お前さんも俺に喧嘩売ろうとしてエルの怒りを買ってたけどな。
そんな話をしながら魔族達を拘束していると、あらかた片付いたのかエルが戻ってきた。
「いや、実力は大したことなかったが、思ったより隠れるのが上手い奴なんかがおってなかなか楽しめたの」
「かくれんぼかなんかの感想だな」
「実力が伴わん輩との戦闘なんぞ、児戯とそう変わらん」
「お遊びでこんな目にあってる奴らは可哀想だなっと、これでこっちも終わりか?」
俺は辺りを確認して取りこぼしが居ないのを確かめるが、ほかに転がってる奴はいない。問題なく全員捕縛できたようだ。
「さて、どうするか」
「一人を起こして聞いてみるしかなかろう」
「それでは、先程の男を起こしましょう」
「誰がトップかわからないしそれでいいか」
あいつを起こして、リーダーが他のやつならそれを聞き出せばいいしな。
「じゃあ起こすぞ」
——〈気付け(ケアー)〉
「うごっ、くそ、なんだあのバケモンは」
「気が付いてすぐに悪態を吐くなんて、結構元気だな」
「一撃で仕留めるのは勿体無いなかったかの。もう少し遊んでやれば良かったかも知れんな」
目を覚ました角紅瞳族の男は周囲を見渡して状況を確認している様子だ。
「全滅か。なんなんだお前らは。司令内容と全然違うじゃねぇか」
司令? 今、司令って言ったか?
やっぱり俺が嗅いだ陰謀の匂いは気のせいじゃなかったっぽいな。
ただそうなると……。
「司令ですか。興味深いですね。誰の指示で動いていたのか教えてもらえますか?」
「魔族王国じゃないのか?」
「先程も言ったように特がありません。少なくとも、魔王派の者ではないと考えて良いでしょう。考え得るとすれば旧魔族派ですが……どうでしょう」
そう言って男を睨みつけるジェレーナ。
てか、魔王派とか旧魔族派とか聞いたことのない単語が出てきたんだが。
「へっ、言いやしねぇよ。口割るくらいなら死んだほうがマシだ」
ジェレーナの視線を物ともせずに男はそっぽを向く。
ただ、今さっき誰かの指示で動いてることを白状したばかりだから説得力がなぁ。
「まぁ、この程度の雑魚しかおらんようじゃたいした組織ではあるまい。ガジブリの集団かなんかじゃろ」
「てめぇ! 魔王派の腰抜けごときが旧魔族派を馬鹿にすんじゃねぇ!」
誰もそんなこと言ってないぞ名無しの角紅瞳族さんよ。
もう普通に馬鹿だなこいつ。適当に煽っただけで情報をペラペラと喋ってくれる。
「ほう、では、旧魔族派とやらは強いというのか? 妾のような女子一人に壊滅させられていては説得力がないの」
「んだと! 俺は確かに負けたが下っ端でしかねぇ、俺達の組織はなぁ——ぐがっ」
まだまだ情報を引き出してやろうと満面の笑みで男を煽るエルにたいして、なんの防御もなく簡単に乗せられて新たな情報を口走りそうになっていた角紅瞳の男だったが、急に苦しみだしたと思ったらふっと気を失ってしまった。
「なんだ? エル、何をしたんだ」
「妾は何もしておらん。興奮しすぎて気絶でもしたのかの?」
「そういった風ではありませんが……」
「とりあえずもう一回起こすか。念のために回復魔法もかけておくか?」
俺が再び気つけ魔法を使おうと男に近づいたその時。
『その必要はありませんよ。この男に話させていると重要な情報をペラペラと話してしまいそうでしたのでね。ちょっと変わらせていただきました』
気絶したはずの男が、先程とは違う声色の、全く別人の声で話し始めた。




