四十六話
口に広がるカリカリプチプチとした歯ごたえ。
そして、程良い加減に振られた塩の仄かな香り。
なんというか、これは……。
「……うまいな」
「そうじゃろ」
見た目から想像していたものとは全く違った味や食感、前世の食べ物で例えるなら、子持ちの子魚を塩焼きにしたものに似ている。淡白だけど、塩味が効いていて味わい深い。
酒を片手に食べたくなるような、そんな感じ。
前世にいた似た見た目の虫だったらこうはならないだろう。
まさに異世界ならではってやつだな。
「ダークエルフの料理は酒のつまみになるようなものが多くての。妾達魔族の国では酒場の定番メニューとして置かれておるな」
「確かに、これでエールがあったら最高だな」
「普通の食事として出されるメニューもありますが、やはりこういったものの方が人気が高いですので、エル様が久々に召し上がるとなればこちらの方がよろしいかと思いまして」
「ダークエルフの虫料理といったらこれじゃからな」
エルは、食わせた分を取り戻すかのように俺の皿からガマギリの丸焼きを一匹取り、懐かしむような笑みでパクリと食す。
美味そうに食うもんだ。
いや、俺も実際に食べたから美味いのはわかってるんだが。
しかし、なんというか、ガマギリに関してはもう既に食べてるわけだし、次もいけそうな気はするんだけど、他のはやっぱり勇気がいるよな。
でも美味いんだ。それはさっきので証明されてる。
ここは勇気を出していくしかないか? しかし見た目がなぁ……。
「なんじゃ、まだ駄目なのか? 他のも妾が食わせてやらんといかんか?」
「いや! 大丈夫だ! 自分で食える!」
俺は、再び自分のスプーンをこちらに向けてくるエルにちょっとした恐怖を覚え、自分で食べる決意を固める。人に無理矢理食べさせられるよりは、自分でちゃんと覚悟を決めて食べた方が恐怖が薄れる筈だ。
なにより、人に食べさせてもらうってのが子供みたいでかなり恥ずかしい。
大丈夫。
これは美味い食い物なんだから。
いける。食える。
そんなことを考えて己を鼓舞し、俺は自分の分の料理を全て平らげたのだった。
ちなみに、ガジガジは根菜の炒め物で、ガジブリは蟹の素揚げのような味だった。
俺達は、昼食を終えて再びエルキール魔族王国へと向かって出立した。
今日はこのまま日が落ちるまで歩いて途中で野宿し、明日の夕方には、魔族王国とデーヴァンの街の間にある小さな集落につくらしいのでそこで一泊、魔族王国に着くのは明後日の昼頃の予定だ。
リンド魔族王国の跡地をでてからは結構な頻度で魔物に襲われた。
普段よく見るゴブリンやコボルトはもちろんのこと、主に森に生息している狼の魔物のフォレストウルフ、毒の爪を持った兎の魔物のポイズンラビット、巨大な熊の魔物のビッグベアー、などの初めて見る魔物にもちょくちょく出くわした。
フォレストウルフの牙やビッグベアーの爪は、珍しい物ではないものの魔道具や魔法陣の材料として重宝されるらしいので、魔族王国に手土産として持っていくことにする。急に呼ばれた身とはいえ、こういうのはきちんとしておいて損はないからな。
ポイズンラビットの毒液もいい材料になるらしいが、お土産に毒ってのはどうなんだってことでお蔵入り。
襲ってくる魔物を退治しながら進んでいく俺達だったが、ある事をきっかけにジェレーナに質問をしてみた。
質問の内容は、魔物以外の生き物、つまり普通の動物というのはこの世界にはいないのかというもの。
この世界にきて今まで、俺は自分の知る動物と呼べるものに出会ったことがなかった。
出会ってきたものと言えば凶暴な魔物ばかり。
この世界には動物がいないのか、それとも居るけど俺達が出会っていないだけなのか……。
答えは後者だそうだ。
ジェレーナ曰く、この世界にも俺の中の知識で動物と呼ぶような生き物は居るが、単純に数が少ないために出会うこと自体が稀なんだとか。
そもそも、魔物の動物の差というのは結構曖昧で、基本的には『迷宮で現れる生物は魔物、それ以外が動物』というように区別されているらしい。
前世というこの世界とは別の場所での知識がある俺とは違い、この世界では生き物を区別する基準が殆ど無い。単純に『コレがあるから魔物』と言えるものが無いのだ。
そこで、魔物を動物と区別するための基準となっているものの一つが『強さ』。つまり、なんか強いからこいつは魔物ってことである。
そして、もう一つの基準が先程の迷宮で現れるか否かというもの。迷宮に出現する魔物は迷宮主である魔物の魔力から作り出していると考えられている。そのことから、『魔物が作り出しているんだから魔物じゃね?』という発想らしい。
実際のところ、魔物か動物かという区別はそこまで重要なことではないため、一部の研究者がこのように考えているというだけで、一般的には「まぁ、どっちでもいいけど」って程度のものだ。
さて、俺の知識でいうところの動物はいる。しかし数が少ない。
何故か。
それは、魔物と動物を区別している要素の一つである『強さ』が関わっている。
とても単純な話で、動物は魔物に生存競争で勝てないのだ。
魔物より弱い存在として淘汰され数を減らす。しかし、基本的に魔力を多く保有しているものの方が獲物として狙われやすいという性質があるらしく、絶滅するまでには至っていない。
味で言ったらゴブリンなんかより普通の牛や豚や鳥の方が美味い筈だが、魔物達が狙うのはそれらの動物よりゴブリンということになる。それが何故かは、強くなる為にだとか色々な仮説はあるものの、解明されていないそうだ。
「『迷宮に現れる生物を魔物とする』という定義、これはこの説を提唱し始めた者の名前から『フーヴルの定義』と呼ばれていますが、これに照らし合わせると、お昼にお出しした虫も魔物という扱いになるんですよ。アレも迷宮内で確認されていますので。虫の場合は魔核が無いようですが」
「ふむ、妾が封印されておった間になかなか研究が進んだんじゃの。そもそも、妾達の時代では魔物か否かなどという区別をしようとする者はおらんかったしの」
「ま、それはいいとして、これはどうする?」
何故ここで魔物と動物の違いなんて話をジェレーナから長々と説明を受けていたのか。
それは、珍しいとされている普通の動物である兎を見つけてしまったからだ。
「説明を聞いた限りじゃこいつは珍しいんだよな」
「ポイズンラビットの群れの中に普通の兎が混じっているなんて、本当に珍しいことです。生け捕りにできたのは幸運でした」
「幸運?」
動物に出会えた者は幸せになれるとかそういう迷信でもあるのか?
「どういうことじゃ?」
「保有魔力の少ないものは食用として保有魔力の多いものに劣ります。そして、素材としても、動物は似た種の魔物と比べれば劣ると言っていいでしょう。
しかし、動物は魔物と比べて攻撃性が低いため、ペットとしての需要があるのです」
ペット!?
魔物を手懐けられるテイムっていう魔法があるこの世界で!?
いや、まぁ、俺目線で見ると魔物の方が珍しくてテンションが上がるものだが、魔物がいて当然の世界で暮らしているこの世界の者達からしたら動物の方がいいんだろうけど。
テイムの魔法だって誰でも使えるってわけではないだろうしな。
「つまりこいつは現魔王への手土産としてうってつけだってことか?」
「はい。フォレストウルフの牙やビッグベアーの爪よりも喜ばれる可能性が高いです」
魔道具やなんかの素材よりも動物の方が喜ばれるって、それだけ聞くと全然怖くないな。魔王なのに。
珍しいものだからってのはわかるけどさ。こう、イメージがね……。
「土産に持って行くなら、籠を作るか、紐で繋いどく必要があるぞ。マジックボックスに生き物は入れられないからな」
「では私が持っていましょう。紐はありますか?」
俺は、マジックボックスから細めのロープを取り出して兎の首に巻き、少し長めに余らせた部分を持ち手にしてジェレーナへと差し出した。彼女が持ち手をしっかり掴んだ事を確認した後に兎も預ける。
リードを握りながら兎を抱くジェレーナの姿は、さながら散歩中に疲れて動かなくなった犬を抱えて歩く飼い主のようだ。
兎を抱くジェレーナの顔が何処と無く嬉しそうに見えるな。彼女も珍しい動物ってものを抱っこしてみたかったんだろうか。ちょっとかわいい。
「じゃあ、行くか。ジェレーナは今後戦闘に参加しないでいいからな」
兎を撫でているジェレーナを横目にエルキール魔族王国へと歩を進める。
その後も何度か魔物の襲撃を受けながらも俺達は着実に先へと進んでいった。ジェレーナを、いや、正確には彼女が抱えている兎を守りながら戦わなくてはいけないので、基本的に全ての魔物をエルに任せて、取りこぼしを俺が退治するという形にする必要があって進行速度が少し遅くなったが、ジェレーナによると魔族王国への到着日に影響がある程ではないらしいので問題はないだろう。
この調子なら予定通り明後日には目的地に着けるはずだ。
ジェレーナが兎を抱っこしていたくて嘘をついていなければだが。
そんなこんなで進んでいくうちに辺りが暗くなってくる。
「今日はこの辺にしとくか?」
「そうじゃな、暗くなってしまっては兎を守りながら進むのは難しくなるじゃろうからな」
「では、適当な場所を探して野営の準備をしましょう」
周辺を見渡したところ、近くにあった大きな木の下がそこそこ平坦で野営がしやすそうだったので、今夜はそこで夜を明かすことになった。
「とりあえず家と寝床を作っちまおう。夕飯の準備とかは後でいいよな?」
「家ですか? テントではなく?」
「簡易的な物だけどな。少し離れててくれ」
——土の牢獄
俺は、説明するより実際に見せてしまった方が確実だろうと、ドーム状の土壁を作り出す魔法を使用してみせる。
そして、魔法によって作り出された土のドームの側面に、今度は土を操る魔法を使えば……。
——大地操作
ドームに人が一人通り抜けられる程度の穴が開き、原始的ではあるが家の完成だ。
「あとは寝床だな。これも大地操作で——」
ドームの中の床を少し持ち上げて、その上にマジックボックスから取り出した藁を敷き、布を被せればベッドの完成だ。
「よし、こんなもんだろ。とりあえず夜を凌げればいいんだしな」
「普通の野営と比べたら、とりあえず夜を凌ぐというレベルではありませんけどね」
「まぁ、使えるものは使った方がいいじゃろ。しっかり休めるのであれば、それに越したことはないしの」
「次は食事の用意だな。エル、巻きを拾ってきてくれるか? 俺はこの家に防壁魔法とか使って強化しとくから」
「良いぞ。ジェレーナ、手伝ってもらえんか?」
「そのようなことなら私がやって参りますので、エル様は休んでいてください」
「良いのじゃ、こういうのもまた楽しいものじゃからな。
ほれ、行くぞ」
「わかりました」
エルがジェレーナを連れて森の中へと消えてゆき、俺は家の強化と食事を作るための竃をこれまた大地操作で作る作業に移る。
といっても、家の強化も竃作りもただ魔法を使うだけなのですぐに終わってしまった。
「暇だし、料理の準備でもしてるか」
今日の夕飯にはポイズンラビットを使う。
ポイズンラビットは、毒の爪を持っているくせに肉は普通に美味いらしい。臭みが少なく、塩を振っただけの串焼きでもなかなかの味だそうだ。
今日は串焼きの他にスープも作る。街で買った鍋に、こちらも街で買っておいた野菜を切って入れる。その中に水魔法を使って水を入れれば一先ず準備は完了だ。後は肉を切って、薪が来たら火にかけながら塩で味を調整するだけ。
簡単だけど、本当に肉が美味いならこれだけでもそこそこ美味いスープになるはずだ。
「あとは解体だな」
俺は、以前道具屋で買ったナイフをマジックボックスから取り出し、今日狩ったポイズンラビットの解体を始める。
兎型の魔物の解体方法に関しては記録媒体で確認済みなので、ちゃんとできる。……はず。
理論上はできるはずなので、とりあえずやってみるしかないか。ジェレーナを待ってもいいんだけど、これも経験だな。
その後、色々と頑張ってみたものの、ジェレーナが戻ってくるまでに解体することはできず、結局、彼女にやってもらうことになった。
食材を入れた鍋を竃の上に乗せ、組んだ薪に魔法で火を付ける。
「スープはこれでよし。火が通ってきた味付けするだけだ。次は串焼きだな」
ジェレーナが解体したポイズンラビットの肉を一口大に切り、細い木の棒に適当に刺していく。
それらに塩を振って竃の火の近くに刺しておけば、あとは勝手に焼けるだろう。焼けすぎないようにひっくり返したりするだけでいい。
「準備完了だな」
「なかなか美味そうじゃの」
先程刺した串焼きが火に炙られて、既に香ばしい香りを漂わせ始めている。
すぐにでも食べたくなるが、魔物の肉に何があるかわからないからな。しっかり火を通したほうがいいだろう。
料理開始から数十分、スープも串焼きもいい頃だ。
「食べよう」
「待っておったぞ」
「取り分けます」
人数分のスープを器によそって、串焼きも各自で取っていく。
「いただきます」
「いただきますじゃな」
「……その掛け声はなんですか?」
俺とエルは食前の挨拶と共に兎肉を頬張る。
簡単な味付けだったにしてはスープも串焼きもかなり美味しい。
明日の昼食はこの肉をパンに挟んでサンドイッチにしよう。
そうして、俺達は食事をしながら、ジェレーナの疑問に答えたり、明日の予定を簡単に相談したりと適当に過ごし、食事を終えた後は明日に備えて早めに寝ようと、土の家の中のベッドに潜り込んだ。
防御魔法かけてるから大丈夫だって言ってるのに、ジェレーナが見張りをすると言って譲らなかったので、睡眠魔法で強制的に眠らせたりといった軽い騒動はあったものの、特に問題もなく魔族王国へ向かう旅路の初日の夜は過ぎていった。




